闇に飛ぶ鳥

トウリン

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カワセミ

カラスの真意

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 焚火がパチンとはぜる。
 揺らめく炎を見つめながら、巴はカラスのことを考えた。

 いつもと違っていた、彼の様子。
 迷っているような、思い悩んでいるような。

 迷いも悩みも、カラスには似つかわしくない言葉だ。けれど、先ほどの彼の顔には、それらが漂っていたように見えた。

(彼は、もしかしたら戻ってこないのかもしれない)
 巴を一人残していったのは、カワセミに連れて行かせるためなのかも。
 そんな嫌な考えが頭をよぎって、巴は大きくかぶりを振った。
 もしも彼女を小早川の屋敷に戻すつもりなら――彼が元居た場所に戻るつもりなら、ちゃんと、そう言ってくれるはずだ。
(このまま黙っていなくなってしまうなんてことは、彼は絶対にしない)
 巴は小さく息をついた。

 トビは帰りたいと思うような場所ではないと言っていたけれど、結局、カラスもそう思っているのか――帰りたいと思っているのかいないのか、確かめられずにいる。確かめるのが、怖いのだ。巴はカラスに何もあげることができないから。帰りたいと言われた時に、引き留める術を彼女は持っていないから。

 巴は、カラスを助けることもできない、ただの足手まといだ。
 戦うことも、食料を探しに行くこともできない。ただ、守られているだけ、待っているだけの自分。
 初めて野宿をしたとき、カラスがいない間に薪拾いくらいは手伝おうとしてうろついていたら、探しに来た彼にしこたま怒られた。薙刀を置いていったことも、いけなかったらしい。
 小枝を両腕いっぱいに抱えた巴を見た瞬間に、カラスの顔からスッと表情が消えて、次いで、怒鳴り飛ばされた。居ろといった場所から二度と離れるな、と。

 カラスが声を荒らげたことなんて、数えるほどしかない。そして、それらはいつも、巴の身の安全に関わるときばかりだった。
 彼は、巴を守ろうとしてくれている。
 けれど、それはどうしてなのだろう。

(責任感? 気まぐれ?)
 それとも、そのどちらでもない、他の理由からなのだろうか。
 ほんの少しでも、巴といたいと思っているから、こうやって一緒に歩いてくれているのだろうか。
 ひと月一緒にいても、未だ巴にはカラスの真意は解からないままだった。
 訊いたら答えてくれるのかもしれない。
 知りたい。けれど、同時に、巴の中には知るのが怖いという気持ちもある。

(臆病者)
 胸の内で呟いて、巴は立てた膝に顔を埋めた。

 と、カサリ、と、落ち葉を踏む音がした。

 カラスにしては珍しい。彼はいつも足音一つ、衣擦れの音一つ立てずに動くのに。

「おかえりなさ――」
 振り返りながらそう言いかけて、巴はハッと息を呑んだ。
 そこに立っていたのは、翡翠色の髪をした女性だったから。

「カワセミ、さん」
 立ち上がり、後ずさりながら名を呟くと、彼女はいかにも不快そうに顔をしかめた。
「気易く呼ばないでよ」
「ごめんなさい」
 思わずそう返したけれども、カワセミはそれを無視してチラリと辺りに目を走らせた。

「カラスはどうせ近くで見張ってるんでしょ? あいつが来る前に訊いとくけど、戻るつもりは?」
「そ、れは……」
 歯切れの悪い巴の態度にカワセミは眉を吊り上げた。小ばかにするように鼻を鳴らす。
「あんた、自分がお荷物だってこと、解かってるんでしょ? いつまであいつに縋り付いてるつもり?」
 距離を置いたまま冷ややかな声で畳みかけるカワセミに、巴は返す言葉がない。

 口をつぐんだままの巴に、腕組みをしたカワセミが苛々と足を踏む。
「あいつは誰かといたいと思うような奴じゃないのよ。あんたといるのも気まぐれに過ぎないわ。明日にはふいといなくなっていてもおかしくないんだから」
 嘲笑と共にそう言ったカワセミに、巴はパッと顔を上げた。
 彼女のその言葉は、少し前、巴の中に浮かんだ、そしてすでに払拭した懸念だ。他者の声で聞かされると、より一層確信できる。

「彼はそんなことはしないと思います」
 真っ直ぐにカワセミを見つめて答えると、彼女は眉根を寄せた。
「は?」
「いなくなるならいなくなるって、おっしゃってくださると思います。飽きたからもうおしまいだ、とか……でも、きっと、何も言わずに放り出すことはありません」
「何を知った口を。あいつのことなんて、大して知らないじゃない! あたしは十年以上あいつと一緒にいるのよ!?」
「確かに、わたくしはカラスのことはほとんど知りません。でも、わたくしが見てきたカラスは、このひと月一緒にいたカラスは、そういう方だと思います」

 確かにカラスは気まぐれだ。
 出逢うまでのカラスのことは知らないし、胸の内も話してくれないし、どうして巴と一緒にいてくれるのかも解からない。
 けれど、カワセミが言うようなことはしないだろうということは、断じることができた。
 もしかしたらそれは、巴がそうであって欲しいと思っているだけかもしれない。それでも良かった。巴は、そう信じていたから。

 きっぱりと告げた巴の答えは、カワセミの神経を逆撫でしたようだった。低く唸るような声で呟く。
「何よ……何だっていうのよ」
 刹那、彼女の手がサッと動き、そこから小さな閃きが放たれるのが目に入った。
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