21 / 55
トビ
苛立ち
しおりを挟む
予想外の儲けになった。
元々、カラスは花札が得意だ。相手の考えを読むことができれば、そこそこの勝ちは手に入る。
だが、今日は、それに加えて面白いほどに良い札が手元に来てくれて、まさに入れ食い状態で次から次へと役が揃っていったのだ。
(まあ、取り敢えず、当分は宿に泊まれるな)
カラスは隣を歩く巴を見下ろして内心でそう呟く。
彼一人なら野宿だろうがなんだろうが別に構わないのだが、巴にはそうさせたくない。固い石の転がる地面に寝かせておいたらあの薄い皮膚は破れてしまいそうだったし、どんなに彼がしっかりと包み込んでやったとしても、この寒空では碌な肉がついていない細い身体はあっという間に冷え切ってしまいそうだったから。
道端で年端もいかない浮浪児がそんなふうにしているのを見ても、別にどうとも思わない。『伏せ籠』に入れられる前は、カラスの生活も似たようなものだった。口に何か物が入るのはせいぜい二日に一度。ガリガリに痩せこけた身体に拾った穴だらけのむしろを巻き付け、辛うじて雨を防げる軒下を見つけることができたら上出来だった。それすら、後から来た宿なしに蹴り出されることがしばしばだったのだが。
もしも、巴が同じような日々を過ごしていたら。
カラスは、記憶の中の自分を彼女に置き換えてみる。
――非常に、不快だ。無性に、腹立たしい。
自身に起きていた時にはどうということもなかったことだというのに。
チ、と舌打ちをしたカラスは、見るともなしに隣に眼を向けた。向けて、眉根を寄せる。
「?」
ない。
巴の姿が。
振り返ると、遥か後方にそれを見つけた。相変わらず、巴はもたもたと歩いている。いや、彼女にしてみたら懸命に脚を動かしているつもりなのだろうが。
カラスと目が合うと、大きな琥珀の目が瞬いた。そして、そこに浮かんでいた切羽詰まったような色が失せる。
その様に、また、彼は苛立ちを覚えた。
(何か言えよ)
置いていくなとか、待てとか、何とか。
カラスは小さく息をつき、追いついてきた巴に向けて無言で左手を差し出した。
それを見つめて、一瞬後、彼女はホッと緩むような笑みを浮かべる。微かだが、嬉しそうで幸せそうな笑みを。
それを見下ろし、カラスは思う。
何故、巴はこうやって、彼に向けて笑うのだろう、と。
何故、彼女は自分の手を取るのだろうか。それも、ただそうするのではなく、喜びとか、陽性の感情を伴って。
幾日か彼女と共に過ごして、そんな疑問がカラスの胸中をよぎるようになった。
確かに、巴をあの屋敷から連れ出したのは彼だ。それは、単に彼自身が連れて行きたいと思ったからだ。単純に彼の欲求を満たす為で、彼女の為を思ってのことではない。巴が死ぬのが嫌だと思ったのは、そうなれば彼が楽しくないからだ。ついてくるかどうか、彼女の意見も碌に訊かなかった。
あくまでも、自分の為。そう、カラスは彼自身のことしか考えたことがない。
だが、それなら、何故、自分は巴をつらい目に遭わせたくないと思うのだろう。
そして巴は、何故そんな彼についてくるのだろう。
無表情な顔の裏でそんな疑問を並べ立て、カラスは手のひらに触れた巴の指先を握り込む。
その手は、あまりに小さい。
何もかもが弱々しげで、カラスが指先で小突けばいとも軽く吹き飛びそうなほどだ。
それなのに、時折、妙に――頑固になる。
カラスの一言でしおれ、ちょっとした仕草で喜ぶ。まるで彼という風に吹かれて揺れ動く一輪の花のようなのに、何かをきっかけに、樫の大木のようになるのだ。
その『何か』が何なのか、カラスは無性に知りたくなる時がある。
このちっぽけな少女の中に詰まっているものを、知りたくなるのだ。
その心の動きは理解不能で、それもまた、カラスの中に苛立ちを掻き立てる。
だが、奇妙なことに、その苛立ちは、不快ではなかった。
「行くぞ」
短くそう声をかけると、巴はコクリと頷いた。
元々、カラスは花札が得意だ。相手の考えを読むことができれば、そこそこの勝ちは手に入る。
だが、今日は、それに加えて面白いほどに良い札が手元に来てくれて、まさに入れ食い状態で次から次へと役が揃っていったのだ。
(まあ、取り敢えず、当分は宿に泊まれるな)
カラスは隣を歩く巴を見下ろして内心でそう呟く。
彼一人なら野宿だろうがなんだろうが別に構わないのだが、巴にはそうさせたくない。固い石の転がる地面に寝かせておいたらあの薄い皮膚は破れてしまいそうだったし、どんなに彼がしっかりと包み込んでやったとしても、この寒空では碌な肉がついていない細い身体はあっという間に冷え切ってしまいそうだったから。
道端で年端もいかない浮浪児がそんなふうにしているのを見ても、別にどうとも思わない。『伏せ籠』に入れられる前は、カラスの生活も似たようなものだった。口に何か物が入るのはせいぜい二日に一度。ガリガリに痩せこけた身体に拾った穴だらけのむしろを巻き付け、辛うじて雨を防げる軒下を見つけることができたら上出来だった。それすら、後から来た宿なしに蹴り出されることがしばしばだったのだが。
もしも、巴が同じような日々を過ごしていたら。
カラスは、記憶の中の自分を彼女に置き換えてみる。
――非常に、不快だ。無性に、腹立たしい。
自身に起きていた時にはどうということもなかったことだというのに。
チ、と舌打ちをしたカラスは、見るともなしに隣に眼を向けた。向けて、眉根を寄せる。
「?」
ない。
巴の姿が。
振り返ると、遥か後方にそれを見つけた。相変わらず、巴はもたもたと歩いている。いや、彼女にしてみたら懸命に脚を動かしているつもりなのだろうが。
カラスと目が合うと、大きな琥珀の目が瞬いた。そして、そこに浮かんでいた切羽詰まったような色が失せる。
その様に、また、彼は苛立ちを覚えた。
(何か言えよ)
置いていくなとか、待てとか、何とか。
カラスは小さく息をつき、追いついてきた巴に向けて無言で左手を差し出した。
それを見つめて、一瞬後、彼女はホッと緩むような笑みを浮かべる。微かだが、嬉しそうで幸せそうな笑みを。
それを見下ろし、カラスは思う。
何故、巴はこうやって、彼に向けて笑うのだろう、と。
何故、彼女は自分の手を取るのだろうか。それも、ただそうするのではなく、喜びとか、陽性の感情を伴って。
幾日か彼女と共に過ごして、そんな疑問がカラスの胸中をよぎるようになった。
確かに、巴をあの屋敷から連れ出したのは彼だ。それは、単に彼自身が連れて行きたいと思ったからだ。単純に彼の欲求を満たす為で、彼女の為を思ってのことではない。巴が死ぬのが嫌だと思ったのは、そうなれば彼が楽しくないからだ。ついてくるかどうか、彼女の意見も碌に訊かなかった。
あくまでも、自分の為。そう、カラスは彼自身のことしか考えたことがない。
だが、それなら、何故、自分は巴をつらい目に遭わせたくないと思うのだろう。
そして巴は、何故そんな彼についてくるのだろう。
無表情な顔の裏でそんな疑問を並べ立て、カラスは手のひらに触れた巴の指先を握り込む。
その手は、あまりに小さい。
何もかもが弱々しげで、カラスが指先で小突けばいとも軽く吹き飛びそうなほどだ。
それなのに、時折、妙に――頑固になる。
カラスの一言でしおれ、ちょっとした仕草で喜ぶ。まるで彼という風に吹かれて揺れ動く一輪の花のようなのに、何かをきっかけに、樫の大木のようになるのだ。
その『何か』が何なのか、カラスは無性に知りたくなる時がある。
このちっぽけな少女の中に詰まっているものを、知りたくなるのだ。
その心の動きは理解不能で、それもまた、カラスの中に苛立ちを掻き立てる。
だが、奇妙なことに、その苛立ちは、不快ではなかった。
「行くぞ」
短くそう声をかけると、巴はコクリと頷いた。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
狗神巡礼ものがたり
唄うたい
ライト文芸
「早苗さん、これだけは信じていて。
俺達は“何があっても貴女を護る”。」
ーーー
「犬居家」は先祖代々続く風習として
守り神である「狗神様」に
十年に一度、生贄を献げてきました。
犬居家の血を引きながら
女中として冷遇されていた娘・早苗は、
本家の娘の身代わりとして
狗神様への生贄に選ばれます。
早苗の前に現れた山犬の神使・仁雷と義嵐は、
生贄の試練として、
三つの聖地を巡礼するよう命じます。
早苗は神使達に導かれるまま、
狗神様の守る広い山々を巡る
旅に出ることとなりました。
●他サイトでも公開しています。
ぼくたちのたぬきち物語
アポロ
ライト文芸
一章にエピソード①〜⑩をまとめました。大人のための童話風ライト文芸として書きましたが、小学生でも読めます。
どの章から読みはじめても大丈夫です。
挿絵はアポロの友人・絵描きのひろ生さん提供。
アポロとたぬきちの見守り隊長、いつもありがとう。
初稿はnoteにて2021年夏〜22年冬、「こたぬきたぬきち、町へゆく」のタイトルで連載していました。
この思い入れのある作品を、全編加筆修正してアルファポリスに投稿します。
🍀一章│①〜⑩のあらすじ🍀
たぬきちは、化け狸の子です。
生まれてはじめて変化の術に成功し、ちょっとおしゃれなかわいい少年にうまく化けました。やったね。
たぬきちは、人生ではじめて山から町へ行くのです。(はい、人生です)
現在行方不明の父さんたぬき・ぽんたから教えてもらった記憶を頼りに、憧れの町の「映画館」を目指します。
さて無事にたどり着けるかどうか。
旅にハプニングはつきものです。
少年たぬきちの小さな冒険を、ぜひ見守ってあげてください。
届けたいのは、ささやかな感動です。
心を込め込め書きました。
あなたにも、届け。
月の女神と夜の女王
海獺屋ぼの
ライト文芸
北関東のとある地方都市に住む双子の姉妹の物語。
妹の月姫(ルナ)は父親が経営するコンビニでアルバイトしながら高校に通っていた。彼女は双子の姉に対する強いコンプレックスがあり、それを払拭することがどうしてもできなかった。あるとき、月姫(ルナ)はある兄妹と出会うのだが……。
姉の裏月(ヘカテー)は実家を飛び出してバンド活動に明け暮れていた。クセの強いバンドメンバー、クリスチャンの友人、退学した高校の悪友。そんな個性が強すぎる面々と絡んでいく。ある日彼女のバンド活動にも転機が訪れた……。
月姫(ルナ)と裏月(ヘカテー)の姉妹の物語が各章ごとに交錯し、ある結末へと向かう。
マキノのカフェで、ヒトヤスミ ~Café Le Repos~
Repos
ライト文芸
田舎の古民家を改装し、カフェを開いたマキノの奮闘記。
やさしい旦那様と綴る幸せな結婚生活。
試行錯誤しながら少しずつ充実していくお店。
カフェスタッフ達の喜怒哀楽の出来事。
自分自身も迷ったり戸惑ったりいろんなことがあるけれど、
ごはんをおいしく食べることが幸せの原点だとマキノは信じています。
お店の名前は 『Cafe Le Repos』
“Repos”るぽ とは フランス語で『ひとやすみ』という意味。
ここに訪れた人が、ホッと一息ついて、小さな元気の芽が出るように。
それがマキノの願いなのです。
- - - - - - - - - - - -
このお話は、『Café Le Repos ~マキノのカフェ開業奮闘記~』の続きのお話です。
<なろうに投稿したものを、こちらでリライトしています。>
すこやか食堂のゆかいな人々
山いい奈
ライト文芸
貧血体質で悩まされている、常盤みのり。
母親が栄養学の本を読みながらごはんを作ってくれているのを見て、みのりも興味を持った。
心を癒し、食べるもので健康になれる様な食堂を開きたい。それがみのりの目標になっていた。
短大で栄養学を学び、専門学校でお料理を学び、体調を見ながら日本料理店でのアルバイトに励み、お料理教室で技を鍛えて来た。
そしてみのりは、両親や幼なじみ、お料理教室の先生、テナントビルのオーナーの力を借りて、すこやか食堂をオープンする。
一癖も二癖もある周りの人々やお客さまに囲まれて、みのりは奮闘する。
やがて、それはみのりの家族の問題に繋がっていく。
じんわりと、だがほっこりと心暖まる物語。
私たちは、お日様に触れていた。
柑実 ナコ
ライト文芸
《迷子の女子高生》と《口の悪い大学院生》
これはシノさんが仕組んだ、私と奴の、同居のお話。
◇
梶 桔帆(かじ きほ)は、とある出来事をきっかけに人と距離を取って過ごす高校2年生。しかし、バイト先の花屋で妻のために毎月花を買いにくる大学教授・東明 駿(しのあき すぐる)に出会い、何故か気に入られてしまう。お日様のような笑顔の東明に徐々に心を開く中、彼の研究室で口の悪い大学院生の久遠 綾瀬(くどお あやせ)にも出会う。東明の計らいで同居をする羽目になった2人は、喧嘩しながらも友人や家族と向き合いながら少しずつ距離を縮めていく。そして、「バカンスへ行く」と言ったきり家に戻らない東明が抱えてきた秘密と覚悟を知る――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる