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俺達の名前は『RK』

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「痛てて、全身がバッキバキだ……」

 シルバー・サムライを救出してから、俺とライドは早々に家に帰った。
 いつもなら有名配信者を助けたらどうなるかとかエゴサしたり、配信の反省をしたりと忙しいんだけど、今日はとてもそんな気になれなかった。
 色々ありすぎたからってのも理由の一つだけど、正直体が軋んでるってのが最大の原因だ。
 ライド曰く、内側から金属で体を無理矢理支配した影響らしい。慣れていくし、明日には収まるって言ってたけど、しばらくはこの筋肉痛みたいな苦しみに耐える必要があるみたいだ。現に、今はこうしてPCと向き合って必要最低限の作業をするのが限界だもの。

 それでも、この痛みの価値はあったと思う。
 俺がまさか、あのシルバー・サムライを助けてA等級のモンスターを倒すなんて!

『随分とにやついているな、黒鋼』

 スマホの姿に戻ったライドの指摘通り、俺の顔はにやけてたと思う。

「当たり前だろ。無敵の力でモンスターをぶっ飛ばすなんてのは、探索者の夢なんだからさ。それが叶ったんだし、ワクワクするのも……痛で!」

 嬉しいのは嬉しいけど、腕をちょっと上げるだけでぴりぴりと痛むのはきついな。
 もしかすると、ライドに頼りっきりじゃなくて、俺自身も鍛えないといけないのかも?

「ま、こんなへろへろ探索者についてきたライドの運は悪いかもな、ははは」
『……黒鋼』

 筋トレなんて得意じゃないのに、なんて思ってると、不意にライドがしゃべった。
 いつもの俺を小馬鹿にするような口調でも、訳の分からない理屈を話す時の口調でもない。電子音声なのに、どこかその声には重たさすら感じた。
 ちょっぴりの沈黙を挟んでから、スマホの画面がちかちかと光った。

『――ありがとう。僕のワガママに、ここまで付き合ってくれるとは思わなかった』

 俺は驚いた。
 画面に映っていたのは、目じりを下げて申し訳なさそうにするライドだ。

『僕が捨てられた理由の一つに、自我の増大とスペックが比例していない点が挙げられていた。それを止められない感情の幼さもある。現に今日、僕はシルバー・サムライの命を重要視していた君の意見を無視して、視聴者数を優先した』
「ライド……」
『軽率な判断だった。以降は……できる限り、気を付けよう』

 こいつはこいつなりに、俺を巻き込んだのをどこか悪いと思ってたのかもしれない。まあ、実際のところ金属を流し込んで人を操るなんて、アニメだったら完全に悪役の能力だもんな。人間じゃなくても、人間に対する罪悪感が芽生えたのかも。
 ただ、俺の方は別に、こいつを鬱陶しいだなんて思ってないよ。
 仮に俺を利用してるとしても、この一日に勝る興奮なんてありゃしない。

「ははは、こっちこそありがとな。あんな楽しい経験、人生初だよ」

 その証拠に、俺はライドを掴んで、PCの画面を見せた。

「それでさ、できればまた同じような経験がしたいって思ってるんだ。ライド、お前さえよければ、こういう形で配信していかないか?」

 ――そこにあるのは、一新した『Yо!tube』のチャンネル設定画面。
 俺がさっきまで作業をしていたそこには、昨日までと違うものがあった。

『チャンネル名、『RKアールケーの目指せ登録者100万人』……ライドと黒鋼でRK、と名前を変えたのかい?』
「俺のネーミングセンスだと、これが限界だったんだ。ライドが決めてもいいぞ?」

 連なる文字と名前を見つめていたライドの画面が、笑顔に変わった。

『……これがいい。君が決めた名前が、僕は一番好きだ』

 なんだ、こいつ。
 俺が言うのもなんだけど、けっこう可愛いところもあるじゃん。
 さて、とにもかくにも、こうして俺とライドの関係性が改めて決定したわけだ。俺は(漠然とした目標としての)登録者100万人を目指して、ライドは目立ってバズって承認欲求を満たす。win‐winの関係性に、あっさり芽生えた友情をプラスだ。

「じゃ、決定だ。目標目指して頑張るから、よろしくな、ライド」
『こちらこそ、改めてよろしく頼むよ、黒鋼』

 画面と向かい合って、俺はにっと笑った。
 ライドも、画面の中でもう一度笑顔を見せてくれた。
 そんな互いの関係性を確認したところで、俺の体を強烈な眠気が襲った。というか、作業が終わるまでは耐えると思っていただけで、実はずっと眠かった。

『そういえば、シルバー・サムライの配信を見たかい?』
「いいや、まだ。ぶっちゃけ眠くてさ、設定をいじるので限界だよ」

 ライドのつぶやきも聞き流して、俺はベッドに倒れ込む。
 天井を見つめるまぶたが、ゆっくりと閉じてゆく。

『じゃあ、切り抜き動画は?』
「だから……眠いんだってば……」
『……君の……バズ……』

 ライドが何かを話しているのも、ついぞ聞き取れなかった。
 そうしてあっという間に、俺は意識を手放した。
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