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第3章

ふとっちょ狼→ローンウルフ

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 ごろごろとテーブルの上で転がる狼は、俺たちの背丈と同じくらいの大きさ。
 短い脚に幸せそうな寝顔と、精悍せいかんな狼のイメージからは程遠い。

「……狼、ですよね? 見た目はかなり、その……」
「おデブちゃんだけどね」
「こんな狼、ヘルヘイムス島で見たことがないけどな」

 俺はそう言いつつ、視線をすっかり開かれた冷蔵庫に向けた。

「というかこいつ、どうやら俺たちのメシを食い散らかしてるみたいだぜ」

 ジェシカが慌てた調子で冷蔵庫に駆け寄ると、空っぽになった皿やかごを持ち上げ、頓狂とんきょうな声を上げた。

「ほんとだ! 冷蔵庫の中身、ぜーんぶなくなっちゃってるよー!」

 次に表情を急変させたのは、デザートがなくなったと聞いたエセルだ。

「ぜ、全部!? まさか、自分のプリンもですか!?」
「お姉ちゃんのプリンも、あたしのもリタのも、ぜぇーんぶ!」

 次の瞬間、彼女の角から煙が漏れ出し、顔には憤怒ふんぬの形相がありありと浮かんだ。

「我慢なりませんッ! そこの泥棒狼は自分が丁寧にすりつぶして、夕食のメインディッシュにしてやりますッ!」

 鱗を逆立てて、血管が浮かぶほど拳を握り締めたエセルの怒りは、まぎれもなく本物だ。
 狼どころかテーブル、家すら壊しかねないほど激怒したエセルを、俺が引き留めた。

「落ち着けって、エセル! プリンならまた作ってやるからさ!」

 ぎろりと振り返り、俺を睨むエセルの目はドラゴンそのものだった。

「生クリームたっぷりでお願いします!」
「生クリーム好きなだけ乗っけてもいいぞ!」

 といっても、甘味ひとつで許してくれる、随分と優しいドラゴンなんだけどさ。

「……ふう。命拾いしましたね」

 エセルが首をごきり、と鳴らすと、遂に狼の方が動いた。

『グルル……?』
「やべえ、目を覚ましたぞ!」

 テーブルからのそのそと転がる狼を見て、エセルたちが俺の前におどり出る。
 こういう時、女の子に守られてばかりってのは、やっぱカッコ悪いよなあ。

「虎太郎さんは自分の後ろに! ジェシカ、リタ、モンスターが妙な動きを見せたら即座に倒しますよ!」
「任せて!」
「デブ狼なんかに、竜人が負けるわけないよねぇ~♪」

 しばらくの間、3人は狼を睨みつけてた。
 もっとも、狼の方はドラゴン三姉妹なんて、ちっとも見てなかったんだが。

『……ワォン』
「あ、あら?」

 小さくあくびをして、狼は床の上で丸まった。

『ワフゥン……クゥン』

 そして、くうくうとまた眠ってしまった。
 なんだこりゃ……ここまでのんびりしてると、こっちの牙が抜かれた気分になるよ。

「寝ちゃったね」
「これじゃあ狼っていうより、ブタちゃんだぁ~♪」

 リタの言う通り、見れば見るほど、狼よかブタに思えてくるな。

「どうやら敵意があるわけではないようですね。ということは、もしかして、本当にお腹が空いたから家に忍び込んだだけでしょうか?」
「だろうな。こいつ、こんなに呑気で、よくヘルヘイムス島で生きてこられたな」
「自分たちも、虎太郎さんより少し長くここにいますが、この狼は初めて……」

 ふと、エセルが顎に指をあてがって言った。

「……もしかして、これは『ローンウルフ』では?」
「ローンウルフ?」
「モンスターの中でも特に珍しい、自然発生する狼です」

 俺はどうにも理解できず、口を尖らせた。
 普通、生き物ってのは親がいて、そこから生まれてくるもんだろ。

「自然発生って、霧や霞じゃあるまいし」
「あたしも聞いたことがあるよ、ローンウルフ!」

 ところが、エセルだけじゃなく、ジェシカも話に加わってきた。

「いきなりポンって出てきて、ひとりでおっきくなって、ひとりでどっか行っちゃうんだって! 家族も友達もいなくて、ずっと山奥で暮らすから、ローンウルフって呼ぶんだよって、ママが言ってた!」

 普段はあまり知識を披露しないジェシカが言うくらい、ローンウルフの存在は知れ渡っていて、しかも常識的なのか。
 そんなことを思いつつ、俺はクラフトメニューを搭載した目で、狼を見る。
 これを使えば、素材と同じように、モンスターの情報もチェックできる。

『ローンウルフ:自然発生するモンスター。主な生態や発生条件は不明。戦闘能力は高いが、毛皮や牙は上質な武器の素材となる』

 なるほど、存在が有名でも、謎が多い生き物ってわけか。
 それにこいつ――こんなに幸せそうなのに、ひとりぼっちなんだな。
 どうにもたまらなくなって、俺はローンウルフに近づく。

「虎太郎さん、危険です! 近づかないでください!」
「大丈夫だよ。もしもこいつがヤバいモンスターなら、とっくの昔に襲ってきてるさ」

 エセルにひらひらと手を振ってから、俺は茶色い毛並みを撫でた。
 返ってくるのは牙や爪じゃなく、気分のよさそうな鳴き声だ。

「……ずっとひとり、か」

 ここに来るまで、ずっとこんな調子で幸せそうだったんだろうか。
 いいや、そうじゃないって確信できる。
 だって俺が、そうだったから。

「お前、俺と同じだな」

 親がいない、助けてくれる人もいない、ただ必死で生きてきただけ。
 雨宮虎太郎って人間も――きっと、ローンウルフだったんだ。



「おにーちゃん、急にカッコつけちゃってどうしたの?」
「うるせー」

 リタ、お前はあとでデコピンな。
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