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第2章
芽生えたキモチ→トラブルは終わらない?
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ミーナが『バリーズ・グッズ』に残ると決心した翌日、俺たちはヘルヘイムス島に帰って来た。
この遠征もすっかり慣れたもので、荷物運びも手間取らなくなった。
「エリューズでいっぱい買い物しちゃったねー☆」
「リタもぉ、新しいお洋服買っちゃった~♪」
「「そしたらお家で、見せあいっこだ~☆♪」」
ジェシカとリタが、木箱を担いで笑いあうのも、同じように見慣れた様子だな。
ほほえましい光景に俺が微笑んでいると、隣を歩くエセルが、ぽつりとつぶやいた。
「……ミーナさんがいれば、一緒にお洋服を買っていたでしょうか」
前を行くふたりに聞こえないように配慮した――あるいは無意識に声量を落としたかのような、エセルらしくない声だ。
最初はあの子をすっごく警戒してたのに、おかしなもんだな。
「正直、驚きでした。彼女の手前、ああは言いましたが、ミーナさんはてっきりずっとヘルヘイムス島にいるものだと思い込んでいました」
「でもさ、あの決意がきっとミーナには必要だったんだよ」
一方で俺は、エセルほど悲しみに満ちていなかった。
むしろ、俺の中にあったのは、ミーナの成長に対する喜びだ。
「ヘルヘイムス島に居続けることが大事なんじゃない。オッドランド家っていう、くそったれなところから抜け出して、強くなるための場所……それが、この島だったんだ」
ずっとここに居続けるのは、ミーナにとっての成長の糧になりえない。
そう思ったからこそ、俺はバリーさんに彼女を預けたんだ。
「ミーナはエリクサーと、島での生活のおかげで強くなれた。雛鳥だって大きくなりゃ、巣を出ていく。たまたま、ミーナの場合は早かったってだけさ」
ジェシカたちがわいわいと話し合うのをぼんやりと見つめながら、エセルが言った。
「……自分たちも、同じですね」
「ん?」
「ヘルヘイムス島に永遠にいるわけではありません。試練が終われば、自分たち4人が同じところにいるとも限りません。そう思うと……少し、寂しいですね」
「エセルが言ったことだぜ。今生の別れなんかじゃない、ってな」
そこまで重苦しく考えることじゃない。
出会いと別れなんて、どこかで必ず起こることなんだからさ。
「……虎太郎さん」
ただ、エセルにとってはそうじゃないみたいだ。
「うん?」
歩みを止めないエセルの手は、青い鱗が妙にざわめき立っている。
青く、そして黒い髪が風に揺れて、なぜかピンク色に染まった彼女の頬を隠してる。
「いつか、いつか島を離れた時、それでも自分は貴方といたいと思います」
エセルは俺の方をちっとも見ないけど、確かに俺の心に向かって語り掛けてるんだ。
「そりゃ構わないけど、どうして?」
「どうしてって、女性から言わせるつもりですか」
「言わせるも何も、エセルが話し出したんだろ?」
当然の質問をしたのに、エセルはこれ以上ないほど大きなため息をついた。
「はあ……貴方は予想していたより、ずっと鈍い男性なんですね」
鈍いって、そりゃなんだ。
俺が口を尖らせるよりも早く、エセルはやっと俺の方を見た。
「いいですか、虎太郎さん。自分が貴方といたい理由は――」
わずかにうるんだ瞳で。
いつもよりとろけた顔で。
俺の目を見て、はっきりと――。
「――ふたりとも、ちょっとストップ」
――言えなかった。
ジェシカとリタが、そろってぴたりと足を止めたからだ。
「どうかしましたか、リタ?」
危うくぶつかりそうになった俺とエセルに、リタが振り返った。
「ジェシカおねーちゃんを見て。何かに警戒してる」
いつものメスガキっぽい調子はすっかり鳴りを潜め、代わりに明らかな警戒心が、揺れる大きな翼からも感じ取れる。
しかもジェシカだって、牙をうならせ、赤い髪を逆立ててるんだ。
彼女が細い目の黒点で睨んでるのは、もうすぐ目の前にある、俺たちの家だ。
「……あたしたちのおうちに、何かいるよ」
「何かがいる、ですか? 見たところ、誰かが侵入した形跡は……」
「いや、相手は相当賢いが、詰めは甘いみたいだぜ」
俺もやっと、ふたりが何者かの襲来に気づいた跡を見つけた。
指さした足元にあるのは、ややぬかるんだ地面にしっかりとついた足跡だ。
家の戸は閉まってるし、4本指の足跡は自分たちの周りにしかないけど、それでも明らかに何かが、家に忍び込んだに違いないんだ。
「これは、足跡? それも……大きな、犬?」
「エセルおねーちゃん、きっと狼だと思うよ」
ふう、と今度は小さくため息をつき、エセルは荷物を地面におろす。
代わりに指をばきり、と鳴らし、腕の筋肉をたぎらせる。
「どちらにせよ、家に無断で忍び込むモンスターが相手なら、お仕置きをして追い払うしかありませんね。まったく、せっかくの大事な会話を……」
「お姉ちゃん、コタロー君と大事なお話してたの?」
「な、何でもありません! とにかく、家からモンスターを追い出しますよ!」
照れ隠しのように牙を剥くエセル、姉と同じように荷物を置いたジェシカとリタ、そして俺が、家の前までやってくる。
確かに中からは、何かの唸り声のようなものが聞こえてくる。
まぎれもなく、家の中に俺たち以外の誰か――誰も知らない侵入者がいる証拠だ。
だったら迅速に突入して、油断しているうちにぶっ飛ばしてやらないとな。
俺とエセルが頷きあい、リタが翼を広げて、ジェシカが炎を溜め込み――。
「「どりゃああああっ!」」
一斉に、家の中に飛び込んだ。
そこで俺たちを待っていたのは、醜悪な怪物でも、島の外から来た野蛮人でもなく。
『くー……ぐるる……くー……』
テーブルの上でひっくり返る、茶色の毛玉だった。
唸り声だと思っていたのは、まん丸のお腹をさする、幸せそうな寝息だ。
「なんだこりゃ?」
俺の問いかけの答えは、3人が返してくれた。
「茶色い?」
まっ茶色の毛並み。
「ふとっちょの?」
ぽよぽよと膨れたお腹と、短い4本足。
「ワンちゃん……?」
そしてこいつは、犬だが狼だか分からない、毛むくじゃらの獣だった。
――竜人族の試練の島、ヘルヘイムス島。
――ここにはまだ、俺たちの知らない謎と秘密と、トラブルがあるみたいだ。
俺は今まさに、それを痛感させられた。
第2章→第3章……?
この遠征もすっかり慣れたもので、荷物運びも手間取らなくなった。
「エリューズでいっぱい買い物しちゃったねー☆」
「リタもぉ、新しいお洋服買っちゃった~♪」
「「そしたらお家で、見せあいっこだ~☆♪」」
ジェシカとリタが、木箱を担いで笑いあうのも、同じように見慣れた様子だな。
ほほえましい光景に俺が微笑んでいると、隣を歩くエセルが、ぽつりとつぶやいた。
「……ミーナさんがいれば、一緒にお洋服を買っていたでしょうか」
前を行くふたりに聞こえないように配慮した――あるいは無意識に声量を落としたかのような、エセルらしくない声だ。
最初はあの子をすっごく警戒してたのに、おかしなもんだな。
「正直、驚きでした。彼女の手前、ああは言いましたが、ミーナさんはてっきりずっとヘルヘイムス島にいるものだと思い込んでいました」
「でもさ、あの決意がきっとミーナには必要だったんだよ」
一方で俺は、エセルほど悲しみに満ちていなかった。
むしろ、俺の中にあったのは、ミーナの成長に対する喜びだ。
「ヘルヘイムス島に居続けることが大事なんじゃない。オッドランド家っていう、くそったれなところから抜け出して、強くなるための場所……それが、この島だったんだ」
ずっとここに居続けるのは、ミーナにとっての成長の糧になりえない。
そう思ったからこそ、俺はバリーさんに彼女を預けたんだ。
「ミーナはエリクサーと、島での生活のおかげで強くなれた。雛鳥だって大きくなりゃ、巣を出ていく。たまたま、ミーナの場合は早かったってだけさ」
ジェシカたちがわいわいと話し合うのをぼんやりと見つめながら、エセルが言った。
「……自分たちも、同じですね」
「ん?」
「ヘルヘイムス島に永遠にいるわけではありません。試練が終われば、自分たち4人が同じところにいるとも限りません。そう思うと……少し、寂しいですね」
「エセルが言ったことだぜ。今生の別れなんかじゃない、ってな」
そこまで重苦しく考えることじゃない。
出会いと別れなんて、どこかで必ず起こることなんだからさ。
「……虎太郎さん」
ただ、エセルにとってはそうじゃないみたいだ。
「うん?」
歩みを止めないエセルの手は、青い鱗が妙にざわめき立っている。
青く、そして黒い髪が風に揺れて、なぜかピンク色に染まった彼女の頬を隠してる。
「いつか、いつか島を離れた時、それでも自分は貴方といたいと思います」
エセルは俺の方をちっとも見ないけど、確かに俺の心に向かって語り掛けてるんだ。
「そりゃ構わないけど、どうして?」
「どうしてって、女性から言わせるつもりですか」
「言わせるも何も、エセルが話し出したんだろ?」
当然の質問をしたのに、エセルはこれ以上ないほど大きなため息をついた。
「はあ……貴方は予想していたより、ずっと鈍い男性なんですね」
鈍いって、そりゃなんだ。
俺が口を尖らせるよりも早く、エセルはやっと俺の方を見た。
「いいですか、虎太郎さん。自分が貴方といたい理由は――」
わずかにうるんだ瞳で。
いつもよりとろけた顔で。
俺の目を見て、はっきりと――。
「――ふたりとも、ちょっとストップ」
――言えなかった。
ジェシカとリタが、そろってぴたりと足を止めたからだ。
「どうかしましたか、リタ?」
危うくぶつかりそうになった俺とエセルに、リタが振り返った。
「ジェシカおねーちゃんを見て。何かに警戒してる」
いつものメスガキっぽい調子はすっかり鳴りを潜め、代わりに明らかな警戒心が、揺れる大きな翼からも感じ取れる。
しかもジェシカだって、牙をうならせ、赤い髪を逆立ててるんだ。
彼女が細い目の黒点で睨んでるのは、もうすぐ目の前にある、俺たちの家だ。
「……あたしたちのおうちに、何かいるよ」
「何かがいる、ですか? 見たところ、誰かが侵入した形跡は……」
「いや、相手は相当賢いが、詰めは甘いみたいだぜ」
俺もやっと、ふたりが何者かの襲来に気づいた跡を見つけた。
指さした足元にあるのは、ややぬかるんだ地面にしっかりとついた足跡だ。
家の戸は閉まってるし、4本指の足跡は自分たちの周りにしかないけど、それでも明らかに何かが、家に忍び込んだに違いないんだ。
「これは、足跡? それも……大きな、犬?」
「エセルおねーちゃん、きっと狼だと思うよ」
ふう、と今度は小さくため息をつき、エセルは荷物を地面におろす。
代わりに指をばきり、と鳴らし、腕の筋肉をたぎらせる。
「どちらにせよ、家に無断で忍び込むモンスターが相手なら、お仕置きをして追い払うしかありませんね。まったく、せっかくの大事な会話を……」
「お姉ちゃん、コタロー君と大事なお話してたの?」
「な、何でもありません! とにかく、家からモンスターを追い出しますよ!」
照れ隠しのように牙を剥くエセル、姉と同じように荷物を置いたジェシカとリタ、そして俺が、家の前までやってくる。
確かに中からは、何かの唸り声のようなものが聞こえてくる。
まぎれもなく、家の中に俺たち以外の誰か――誰も知らない侵入者がいる証拠だ。
だったら迅速に突入して、油断しているうちにぶっ飛ばしてやらないとな。
俺とエセルが頷きあい、リタが翼を広げて、ジェシカが炎を溜め込み――。
「「どりゃああああっ!」」
一斉に、家の中に飛び込んだ。
そこで俺たちを待っていたのは、醜悪な怪物でも、島の外から来た野蛮人でもなく。
『くー……ぐるる……くー……』
テーブルの上でひっくり返る、茶色の毛玉だった。
唸り声だと思っていたのは、まん丸のお腹をさする、幸せそうな寝息だ。
「なんだこりゃ?」
俺の問いかけの答えは、3人が返してくれた。
「茶色い?」
まっ茶色の毛並み。
「ふとっちょの?」
ぽよぽよと膨れたお腹と、短い4本足。
「ワンちゃん……?」
そしてこいつは、犬だが狼だか分からない、毛むくじゃらの獣だった。
――竜人族の試練の島、ヘルヘイムス島。
――ここにはまだ、俺たちの知らない謎と秘密と、トラブルがあるみたいだ。
俺は今まさに、それを痛感させられた。
第2章→第3章……?
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