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第2章

無関心への怒り→兄の名前

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「虎太郎様、今日のメニューは何ですの?」

 家に戻り、テーブルの上にカゴいっぱいの野菜をどかっと置く。
 野菜をたくさん、なおかつおいしく摂るなら、メニューはひとつで決まりだ。

「今日は俺特製『野菜たっぷりシチュー』だよ」
「わあ! わたくし、シチューを食べるのは生まれて初めてですわ!」
「……だったら、記憶に残るくらい美味しくしないとな」

 知らず知らずのうちに、声に憂いが混じる。
 そんなことをつゆ知らず、ジェシカもリタも、シチューにはしゃぐ――一度作ってあげた時に、鍋が空になるほど平らげたもんな。

「シチュー、シチューだーっ☆」
「リタ、おにーちゃんのシチューなら何杯でも食べちゃうかも~♪」

 皆が俺の料理を待ちわびてくれるのは、とても嬉しい。
 でも、どうしてもはっきりさせておかなきゃいけないこともある。

「その前に……ミーナ、ちょっといいか?」
「どうなさいましたの? 早く作らないと、お腹ペコペコですわ」
「いいんだ。すぐに作れるし、手間のかかる作業もないからさ」

 椅子に腰かけて、エセルと互いに頷きあってから、俺はミーナに聞いた。

「ミーナ……お前の家族に会わせてくれ。そんでもって、言わせてくれ――自分の娘が危険な島にいるのに、どうして平気なんだって」

 彼女のことじゃなく――あまりに無関心な、彼女の家族について、だ。

「え?」
「もとより3日だけの滞在、それが気がつきゃ5日だ。皆もお前と一緒にいたいし、もっとヘルヘイムス島を楽しんでほしいと思ってる」
「私、ミーナちゃんとずっと一緒にいたいよっ!」

 不穏な空気を感じ取ったのか、ジェシカが首を横に振る。
 気持ちは分かる。

「俺だって同じさ、皆にサイコーにハッピーになってほしいんだからな」

 問題があるとすれば、ミーナをヘルヘイムス島まで連れてきた連中の方だ。

「だけど……普通の家庭なら、病弱な女の子をひとりで島に連れて行くことなんて、認めちゃいけないんだよ。単身船に忍び込ませて、しかも5日も迎えに来ない上、連絡のひとつもよこさないなんて……俺はそれが許せない」
「虎太郎さん……」
「俺はミーナに怒ってるんじゃない。お前の家族の、無関心さに怒ってるんだ」

 もしも俺がミーナの家族なら、病弱な娘が数日、しかも無人島から帰ってこないと聞いただけで、飯は喉を通らないし、眠れもしない。
 竜人族の女の子がいると聞いたところで、何の慰めにもならない。
 なのに、ミーナは島に置いてきぼりなんだぜ。
 ここまで聞いたエセルもジェシカも、リタも、俺と同じ感情を抱いてくれてるみたいだ。

「……虎太郎様は、お優しいですのね。島の外の、信用もできないかもしれないわたくしを信じて、わたくしのために怒ってくださるなんて」

 少しだけ間を開けて、ミーナが言った。

「そりゃそうだ。ミーナはもう、島の仲間なんだからな」
「貴方のお言葉ほど、嬉しいものはありません。皆様も、わたくしを想ってくださるのが感じられて……屋敷にいるより、とても幸せですの」

 彼女は寂しそうな目で、窓の外の景色を見た。

「……わたくし、無関心なんて慣れっこですわ」

 きゅっと、ミーナがこぶしを握る音が聞こえた。
 俺たちよりもずっと、家族への痛みと苦しみが詰まった音だ。

「病弱で、いつも部屋の奥にいて、少し外に出るだけで息を切らして倒れてしまうような子供なんて、剛毅ごうきたるオッドランド家では恥も同然。お父様もお母様も、わたくしを追い出すために島への渡航を許可したなんて、百も承知ですわ」
「では、ミーナさんは最初から……?」
「何を言ってもだめ、何を話しても弱い体をどうにかしろ、と一点張りの両親が、手のひらを返したのなら、いくらわたくしでも疑いはしますの」

 やっぱり――ミーナは半ば、家から追放されたようなものだ。
 利用価値すらないと判断した連中が、ヘルヘイムス島ならどうなってもいいと企んで、ミーナを俺たちに預けたんだよ。
 家族のひとりをないがしろにして、ひどい扱いをして、最後には捨てる。
 そんなゲス野郎がいるとするなら、許していい理由がない。

「なおさら許せねえな」

 ミーナの扱いに怒っているのは、俺だけじゃない。

「彼女の意思を尊重したわけではありませんね。これでは、自分の子供をどこへと知れないところに置き去りにしたのと同じです! しかも、自分の足でなんて!」
「ミーナちゃんがかわいそうだよ!」
「リタ、大人のそーゆーところ、キライだなぁ」

 ドラゴン三姉妹の怒りは、俺よりもずっと大きく、激しい。
 唸る牙、たぎる爪、床に叩きつける尻尾。
 人間よりもずっと激しく表現される怒りを前にしても、ミーナはどこか諦めたような顔つきで、力なく笑うばかりだ。

「仕方ありませんわ。騎士の名家に、弱者は不要。それに――」

 彼女は口の端から漏らすように言った。



「――オースティン兄様も、わたくしを無価値だと常々言っていましたもの」

 俺たち全員が目を見開くような、驚くべき名前を。
 エリューズの港で一度だけ出会った男の名前を。
 ヘルヘイムス島をリゾート地にしたいとぬかしたやつの名前を。

「……そいつは……!?」

 ミーナはその男――オースティンの妹だった。
 どうして今まで忘れてたんだと、俺は俺自身のどうしようもない記憶力を呪った。
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