上 下
54 / 108
第2章

カレー粉→スパイス・チキンと共に

しおりを挟む
「――うし、準備はこんなもんだな」

 陽も少し暮れ始めた頃、俺たちはもう一度キッチンに集まってた。
 昼間はスイーツづくりに必要なフルーツや牛乳とかを置いてたところには、今回は肉や野菜、パンが揃ってる。
 これから作るのはサイコーにハッピーになれる料理。

「今日の夕飯は俺の大好物で得意料理の『カレー』だ!」

 そう、カレーだ。
 俺が大手を広げてそう言うと、3人は同時に首を傾げた。

「「……かれぇ?」」

 てっきり喜ぶかと思ったんだが、こりゃ意外だったな。

「おっと、こっちにはカレーがないのか。茶色くて、鳥肉や野菜がゴロゴロ入ってて……シチューみたいなもんだけど、辛くて美味いぞ」
「全然ソーゾーつかないけど、楽しみだな☆」
「甘いものを食べた後に辛いものなんて、リタ、どうにかなっちゃいそ~♪」

 ま、美味けりゃ何だって食べてくれるのが、ドラゴン三姉妹のいいところだよ。
 説明するよりも作った方が早いと思った俺は、早速食材に手を付け始めた。

「虎太郎さん、それは何ですか?」
「コショーかな?」

 お、そこに目をつけるとは、勘が鋭いな。
 俺がキッチンに並べたいくつもの小瓶の中には、それぞれ違う色の粉が入ってる。
 きゅぽん、とふたを開けると、刺激的な匂いが辺りに広がった。

「これは『スパイス』だよ。果実や種子を加工したものでな、香りづけや臭みを取ったり、色を付けたりするのに使うんだ。普通は隠し味に使うんだが、今回はメインになるぜ」

 エセルとリタは驚いたままだけど、ジェシカは鱗の生えた手で鼻を隠した。
 彼女は三姉妹の中でも特に身体能力が優れてるから、もしかすると、直に嗅いだスパイスの匂いは刺激が強すぎるのかも。
 そのツーンと来る感じが、じきにやみつきになるんだぜ。

「クミンにカルダモン、ローレルにコリアンダー……まさか、異世界でもあっちと同じようなスパイスが買えるなんて、思ってもみなかったな」
「エリューズで何かを買っていると思ったら、それだったのですね。自分も何度か市場で見たことはありますが、今回はどんな使い方をするのですか?」
「まずは『カレー粉』を作るのさ。その間に皆は、鳥肉と野菜を切っておいてくれ」
「分かりました」
「おっけー☆」
「りょ~かい♪」

 3人が揃って、よく洗った爪で野菜と肉を切っているうちに、俺はスパイスをフライパンで煎っていく。
 目分量だけど、どうやら今回はうまくいったようで、カレーの匂いが漂ってくる。

「なんだか、不思議な匂いだね!」
「この匂いがクセになるのさ。俺は子供のころからずっと食べてたよ。熱を出した日も、いいことがあった日も、悪い日も、ずっとカレーが一緒だった」

 ジャガイモを器用にざく切りにしながら、リタがにゅっと顔を覗かせる。

「おにーちゃんにとって、思い出の味なんだね」
「いつか、リタにとっても思い出の味になる。俺のカレーが、ずっと恋しくなるさ」
「きもっ♪ おっさんっぽい喋りになってるぞ♪」

 はいはい、お前が何を言っても、俺はカレーを準備して待っててやるさ。
 なんて思っているうち、3人の尻尾がふるん、と揺れた。

「コタロー君、玉ねぎにニンジン、ジャガイモにトマト、ぜーんぶ切れたよっ!」

 それすなわち、食材の準備ができた証拠だ。

「ありがとな、ジェシカ。まずは玉ねぎから、こっちのフライパンで炒めるか」
「他に、自分たちに何かできることはありますか?」
「こっちの鍋で、残った具材を炒めてくれ。鳥肉にしっかりと焼き目がついたら、トマトと水を入れて煮込むんだ」

 別に鍋を温めて、鳥肉を入れようとすると、ジェシカが大きく口を開く。

「だったら、あたしの炎で一気に焼いちゃうよーっ☆」
「よせよせ、丸焦げになっちまうぞ」

 ぱっと俺が止めると、ジェシカはむぐむぐ言いながら口を閉じた。
 もしも彼女が一気に焼こうとすれば、その時は家も一緒に焼けるよな――なんて思いながら、俺は冷蔵庫から別の食材を取り出し、潰して鍋に入れる。

「『ニセショウガ』と『マシマシニンニク』が自生しててラッキーだったな。こいつがあるのとないのとじゃ、完成度が段違いだ」

 ショウガとニンニクは、料理にいつだって必要不可欠だ。
 家の近くの川沿いに自生してるのを見つけた時は、3人の白い目も構わず、バカみたいに小躍こおどりしちゃったぞ。
 もちろんこいつらも大事だが、これと野菜と鳥肉だけじゃあカレーにはならない。

「玉ねぎもあめ色になったし、次はバターとカレー粉で『カレールウ』作りだ」

 必要なのはカレー粉と、事前に準備していたバターだ。

「あ~っ! それって、この前エセルおねーちゃんが振ってた『バター』だよね~♪」
「おう、エセルが爆速で作ってくれたバターだ」

 このバターを作るのには、エセルがとてつもない貢献を見せてくれた。
 瓶に牛乳を入れて振ればバターができるのは知ってても、体力がかなり必要で、俺だけじゃなくジェシカとリタも、早々にギブアップしてしまった。

『フンフンフンフンフンフンフンフンッ!』

 ただひとり、目にも留まらぬ速さで瓶を振り続けたのはエセルだけだ。
 青い髪を揺らし、すごい形相で瓶を振っていると、牛乳自身も驚くほどのスピードで固形になってしまった。

『できました、虎太郎さん。これでいいでしょうか?』

 ドヤ顔で胸を張るエセルに、俺たちはただ茫然ぼうぜんとするばかり。

『すっげ……あっという間に固まったな……』
『リタもジェシカおねーちゃんも、まだ牛乳のまんまだよ……?』

 とにかく、エセルのおかげで、カレー作りにバターを使えるのはありがたい。
 焦がさないようにそれとカレー粉を炒め、混ぜていくと、見知ったルウの姿になる。

「ルウもできたし、しっかり煮込んでからこれを入れてやれば、っと」

 焼き目をつけた鳥肉と野菜を一緒に煮込み、辺りで拾ってきた香草を入れ、一度火を止めてからルウを投入する。
 それから静かにかき混ぜていくと、さっきよりもずっと強いカレーの匂いが漂う。

「お、おお……!」
「見たことないスープだよ、それにすっごくおいしそーなの!」

 皆の好奇心も、見るからに高まってゆく。
 彼女達の期待を一身に背負い、俺は火を完全に止めて、軽く味見した。

「――うん、完璧だ!」

 まぎれもない、前世で飽きるほど食べて、一度だって飽きなかったカレー。
 異世界で完全に再現して、エセルたちに楽しんでもらえるサイコーの料理。

「待たせたな、皆! 『チキンカレー』の完成だぜ!」

 俺が手を掲げると、わっとキッチンが湧きあがった。
 エセルやジェシカ、リタにカレーを振る舞えるのが、もう今から楽しみで仕方なかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

バイクごと異世界に転移したので美人店主と宅配弁当屋はじめました

福山陽士
ファンタジー
弁当屋でバイトをしていた大鳳正義《おおほうまさよし》は、突然宅配バイクごと異世界に転移してしまった。 現代日本とは何もかも違う世界に途方に暮れていた、その時。 「君、どうしたの?」 親切な女性、カルディナに助けてもらう。 カルディナは立地が悪すぎて今にも潰れそうになっている、定食屋の店主だった。 正義は助けてもらったお礼に「宅配をすればどう?」と提案。 カルディナの親友、魔法使いのララーベリントと共に店の再建に励むこととなったのだった。 『温かい料理を運ぶ』という概念がない世界で、みんなに美味しい料理を届けていく話。 ※のんびり進行です

付与効果スキル職人の離島生活 ~超ブラックな職場環境から解放された俺は小さな島でドラゴン少女&もふもふ妖狐と一緒に工房を開く~

鈴木竜一
ファンタジー
傭兵を派遣する商会で十年以上武器づくりを担当するジャック。貴重な付与効果スキルを持つ彼は逃げ場のない環境で強制労働させられていたが、新しく商会の代表に就任した無能な二代目に難癖をつけられ、解雇を言い渡される。 だが、それは彼にとってまさに天使の囁きに等しかった。 実はジャックには前世の記憶がよみがえっており、自分の持つ付与効果スキルを存分に発揮してアイテムづくりに没頭しつつ、夢の異世界のんびり生活を叶えようとしていたからだ。 思わぬ形で念願叶い、自由の身となったジャックはひょんなことから小さな離島へと移住し、そこで工房を開くことに。ドラゴン少女やもふもふ妖狐や病弱令嬢やらと出会いつつ、夢だった平穏な物づくりライフを満喫していくのであった。 一方、ジャックの去った商会は経営が大きく傾き、その原因がジャックの持つ優秀な付与効果スキルにあると気づくのだった。 俺がいなくなったら商会の経営が傾いた? ……そう(無関心)

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~

夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。 しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。 とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。 エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。 スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。 *小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

処理中です...