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第1章

島、帰還→風がやむ日

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 それから数日ほど、俺たちはエリューズを満喫した。
 いろんなお店に通ったり、港町の名産品に舌鼓したつづみを打ったり、町の人々と交流を深めたり。
 本当に、本当に充実した数日間だった。
 もっとも、ずっとエリューズにいるわけにもいかない。

「ただいま、ヘルヘイムス島!」

 町の皆に「また来いよ」と見送られて港を出た俺たちは、ヘルヘイムス島に帰ってきた。
 広がる砂浜と大自然、生き物たちの息遣いは、また町とは別の魅力がある。

「数日空けただけだというのに、なんだか新鮮ですね」

 船から降りたエセルが、砂を踏みしめながら言った。
 彼女だけじゃなく、ジェシカもリタも、以前と同じ格好だ。

「そういやエセル、皆もだけど、新しい服を木箱にしまい込んでいいのか? せっかく買ったんだし、洗濯用の洗剤もクラフトできるし、自由に着てもいいんだぞ」
「いえ、あれはあくまで遠出用です。島の散策には向きませんから」

 確かに、あの姿で作業をするとなると、引っかけたりケガをしたり、何かと大変そうだ。

「そ~だよね~♪ エセルおねーちゃんのは、ちょ~な服だもんね~♪」

 リタに茶化されたエセルの頬が、またも真っ赤になる。

「え、え、エッチとは何ですか! 自分のセンスはもっと、こう……お仕置きですっ!」
「きゃ~、いたぁ~い……いだだだだだ」
「はは、頭ぐりぐりもほどほどにしてやってくれ」

 割と強めのぐりぐりで悶絶するリタを見て、俺は軽く笑った。
 ふたりがはしゃいでいるのをエセルが(物理的に)なだめるのは、もうすっかり見慣れた光景だし、反省すればエセルも手を止めるもんな。

「ところで、ジェシカもリタも、もうすっかり船酔いを克服したんだな」

 俺が思い出したように言うと、エセルから解放されたリタが胸を張った。

「当たり前じゃ~ん♪ リタはさいきょーの竜人族だもぉ~ん♪」
「もう慣れちゃったのも理由だけど、コタロー君がお船をパワーアップしてくれたおかげだよ! 全然揺れないし、すっごくカイテキ、だよーっ☆」

 ジェシカの言う通り、俺はエリューズで素材を集めて、船を強化した。
 ひと回りほど大きくなった船は、よりがっしりしたプロポーションになっただけでなく、外輪も巨大化して、生活空間も増えた。
 ぶっちゃけ、船というより、小さな小屋が動いてるようなもんだな。

「自分も、まさかエリューズでクラフトするとは思いませんでした」
「家のまわりで伐採できる木材よりも強固な『密集けやき』とか、精錬された『漆黒しっこく鋼』とかの素材を買えたからな。船に乗せるには重いし、向こうで作った方が楽だったんだ」

 俺が船に視線を向けると、詳細が表示される。

『パドル船(中):より多くの人や物資を運ぶのに最適の船。パワーと耐久性が向上し、中型モンスターを衝角しょうかくで迎撃することも可能』

 衝角で迎撃するってのはありがたいが、使う機会がないことを祈るよ。
 そう思う俺の前で、ゴロゴロと外輪を動かして、船はひとりでに家へと向かって行った。

「あはは、おもしろーい! やっぱり輪っかで動くんだーっ!」
「モンスターがこんなもんを見たら、ビビッて逃げだすだろうよ。自分で言うのもなんだけど、4人だと大きすぎるくらいだな」
「今後はもっと大きなものを運ぶかもしれませんし……もしも、エリューズよりもずっと遠くに行くこともあるなら、大きいにこしたことはありませんよ」
「それっていいのか? ヘルヘイムス島での試練だろ?」

 俺が聞くと、エセルはいつの間にか持っていた筒をかざしてみせる。
 確か、島を出る前に発射した、連絡用の筒だ。

「先ほど、連絡用の筒が返ってきました。母から、より遠くへの移動も許可されましたし、問題はないかと」

 なるほど、自分で外に出られるくらいの技術があれば、後はお任せってわけか。
 色んなところに行って外の素材や知識を仕入れれば、もっとたくさんのアイテムをクラフトできるし、食材も保持できる。
 とはいえ、それができるのは、島をもっと豊かにしてからだろ。

「ま、俺としては、外に出るよりも島の開拓を優先したいんだけどな。特に、こいつらを育ててやれば、もっと料理のバリエーションが広がるぜ!」

 ごそごそとポケットを漁り、俺は麻袋を3人に見せた。

「何ですか、それは……、でしょうか?」
「正確に言うと、胡椒こしょうの種だ。栄養剤を使ってやれば、すぐに収穫できるだろうな」

 俺がエリューズで手に入れたもの――それは胡椒。
 胡椒の栽培なんてあまり聞かないし、育てるのは難儀するだろうけども、成功すれば島の料理事情が格段にランクアップするぜ。

「他にも色んなスパイスとか、食材に、マナストーンも買ってきたぞ」

 次いで腰に下げたポーチから取り出したのは、黄色と水色の石。

「武具屋のおじさんにもらった、『サンダーストーン』と『アイスストーン』ですね」
「きれ~♪ すっごくキラキラしてるぅ~♪」

 リタが目を輝かせるほど綺麗な石には、すさまじい力が秘められてるんだ。

「こいつをクラフト素材にすれば、ヘルヘイムス島で町と同じくらい便利な暮らしができるはずだ。もしかすると、島に来る奴もいるかもな?」

 島の来訪者には、実のところ、ちょっと期待してる。
 ここをリゾートにするとか、資源を搾取するとか、ろくでもないやつじゃなきゃ、の話だけど。
 もしも素敵な客が来た時のために、もっともっと、島を良くしていかないと。

「海のモンスターと戦う勇気があれば、ですけどね」
「モンスター除けのアイテムも、いつかは欲しいところだな。それと――」

 そんな計画の一端を話そうとした時、ふと、島の空気が変わった。




「――おにーちゃん、変だよ」

 それだけじゃなく、ドラゴン三姉妹全員の目が、急に細くなった。
 黒点が縦の線状になるのは、強く警戒心をあらわにしてる時だ。

「変? 何か感じたのか、リタ?」
「リタだけじゃないよ、コタロー君。私も、お姉ちゃんも感じてる」
「ええ……風が、やみました」

 尾鰭を逆立てて、エセルが言った。
 ジェシカも唸り声を上げる中、リタがつぶやいた。

「やんだんじゃない。よ」

 消えた。
 わずかばかりの不吉な予感を覚えた俺の胸が、ざわめいた。
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