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第1章

船酔い→港へ

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「日よけの布に、持ち込んだクッションに……なんだか、家のようにゆっくりできますね」

 ざざん、と波が揺れるたび、体が心地良く揺れる。
 日差しもさほど強くないし、日よけの布のおかげで眩しくもない。
 エセルも俺と同じで、持って来たクッションに頭を乗せて寝転がってる。

「クルーズ船とまではいかないけど、こりゃくつろげるな。ちょっと船旅を楽しんでるうちに、あっという間にエリューズに着いてるはずだぜ」
「ふふ、いつも飲んでる水筒の水も美味しく思えるのは、旅行気分だからでしょうか」
「皆が喜んでくれたなら、俺も嬉しいよ」

 他のドラゴン少女の騒ぐ声も聞こえなくなったし、きっとリラックスしてるんだろうな。
 でも、すぐに飽きて、また走り回るに違いない。

「ジェシカとリタも、はしゃぐのはいいけど、船を壊さないように……」

 そう思いながら、俺はふたりの方を見た。

「う~……」
「…………」

 俺の考えは、見事に外れていた。
 ジェシカも、リタも、グロッキーな顔つきで船の隅で仰向けになっていたんだ。
 こんなさまになる理由なんて、ひとつしか思い浮かばない。

「おいおい、まさか船酔いしたのか!?」

 間違いない、見事にふたりとも船酔いをしてしまったみたいだ。

「き、気持ち悪いよぉ……」
「うぷ、おえ……」

 頭をグラグラと揺らすジェシカに、口を抑えてぐったりするリタ。
 このままだと、間違いなく食べたものを全部リバースする羽目になる。

「万が一だったが、《酔い止め薬》を持ってきて正解だったな」

 そうなる前に、俺は荷物の中から、赤い液体の入った瓶を取り出した。

『《酔い止め薬》:複数の薬草でクラフト可能。乗り物に乗る前だけでなく、酔ってしまった後も即座に効果を発揮する』

 念のために積んでおいた薬が、まさか早速役立つとはな。

「ほら、これ飲んで奥で寝とけ」
「あ、ありがと~……」

 ジェシカは瓶を受け取って全部飲み干したけど、リタはしぶい顔でちろちろ舐めるだけだ。

「苦いよぉ……」
「薬とは苦いものです。お水と混ぜてもいいですから、全部飲みましょうね」
「ひぃーん……」

 それでもエセルに手伝ってもらい、どうにかリタは瓶の中身を飲み切った。
 あとは日陰で横にして、回復を待つだけだな。

「乗り物酔いとは、とんだ弱点だな。エリューズに着いたら、まずは消費した分の酔い止め薬を忘れずに買っておかないとな……エセルは、大丈夫なのか?」
「自分は問題ありません。恐らく、体質の差かと」

 そうか、エセルの強靭な肉体はこの程度じゃやられないってことか。

「鍛え上げられた筋肉は伊達じゃないってことか……痛だだだだ!?」

 そんな風に思っていた内容が口をついて出た瞬間、俺の頭にエセルの指がめり込んだ。
 どす黒い笑顔を浮かべたエセルが、俺の頭を掴んで持ち上げたからだ!

「はい、おかげさまで1割の力も出していないのに、虎太郎さんの頭を持ち上げられます。どれくらい力を強めれば、頭がい骨が砕けるのか、試してみましょうか?」
「も、もう砕けそうなんですけどぉ!?」
「いえいえ、まだ我慢できるはずです」
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい! デリカシーがなかったから、ほんとごめん!」

 ミシミシと脳に響く音に心底ビビる俺は、必死の謝罪の末に開放してもらえた。
 いくらエセルたちと仲良くなったとはいえ、軽率な発言だったのは事実だ。
 改めて、今度からは気を付けよう――俺の謝罪に耳も貸さずに、エセルが人間の頭がい骨を指先だけで粉々にする前に。
 いや、これはフリじゃないぞ。

「はぁ……親しき中にも礼儀あり、ですよ」
「この世界、日本のことわざとかあるんだな……」

 腕を組んで呆れるエセルと、頭をさすりながらことわざの存在に驚く俺。
 そうしているうち、動いている人々の詳細まで見える距離まで、エリューズの港に近づいてきた。
 漁師に、その奥さんらしい人に、子供。
 俺が異世界に来て、最初に見る人間だ――なんだかちょっと、感動するな。

「……あれは……虎太郎さん、見てください。港で誰かが手を振っています」

 すると、エセルが港に向かって指をさした。
 なにやら漁師らしいおじさんが、俺たちに向かって手を大きく振ってる。

「本当だ。何かマズいことでもやったかな?」

 少し不安な気持ちを抱えながら、俺が船を港に寄せると、声が聞こえてきた。

「おーい! どこの船だーっ!」

 やや張った声が耳に入ってきた時、俺は自分の眉間にしわが寄ったのを感じた。

「そうか、停泊には許可証がいるのかもな。参った、そんなもんありゃしないぞ」

 船でどこかに行けるってのが嬉しくて、うっかり停泊する為に必要な段取りだとかを、すっかりしまってたんだ。
 もしも突き返されれば、ヘルヘイムス島までたちまちUターンだ。

「すいませーん! 俺たち、あそこのヘルヘイムス島から来ましたーっ! どこか、船を停めてもいいところはありませんかーっ!」

 ひとまず大声で返事をしてみると、漁師は手を振るのをやめた。

「おお、ヘルヘイムス島ってことは、竜人族の子かーっ!」
「そうですーっ!」
「だったら、そこの端に停めてくれーっ!」

 よかった。
 エセルが話していた通り、ヘルヘイムス島の事情を、エリューズの人は知ってたみたいだ。
 俺自身は竜人族じゃないんだけど、ま、問題はないよな。

「よし、無事に上陸できそうだな。ジェシカ、リタ、調子はどうだ?」

 振り向いた俺の視線の先には、顔色もよくなって飛び跳ねるふたりがいた。

「元気100倍だよーっ!」
「リタが船酔いなんかでぇ、やられるわけないじゃ~ん♪」

 まったく、薬がなけりゃ、今頃げーげー吐きまくってたかもしれないってのにな。

「……だったら、《酔い止め薬》はいらないか?」
「「いるっ!」」

 目の色を変えたふたりを見て、俺とエセルはくすりと笑う。
 この調子なら、港町ももうちょっと楽しめそうだ。

「では、行きましょうか、虎太郎さん」
「ああ――エリューズ、上陸だ!」

 俺たちは互いに頷き合って、ぴたりと停めた船の端から、港にジャンプした。
 踏みしめた木の板の感触が、確かに陸続きの感覚を、俺に教えてくれた。
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