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第1章

最後の抵抗→必殺の一撃

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「……レーザービームが……空を割った……!」

 およそ人間サイズの女の子が放ったとは思えない、兵器の如きレーザー光線。
 あの『内閣総辞職ビーム』を彷彿ほうふつとさせる光が少しずつ消えてゆくと、辺りは再び暗くなり、デスヒドラもぴくりとも動かなくなった。
 一方で、俺はジェシカがその場にうずくまっているのにも気づいた。

「あが、が……」
「ジェシカ!」

 俺が駆け寄ると、ジェシカは喉を抑えて、小さく痙攣けいれんしている。
 もしかしたら、あのレーザーを発射すると、声が出なくなるんだろうか。

「おい、大丈夫か!? 息はできるか、痛いところは……!」
「……あ、あー、だいじょーぶ。いがいがするけど、おはなしできるよー」

 すっかりしゃがれて、絞り出すような声になったジェシカが笑った。

「どう見たって、大丈夫じゃないだろ。でも、ジェシカが戦ってくれたおかげで助かったよ、本当にありがとな」
「えへへ、どーいたしましてー」

 まあ、大丈夫かどうかって言うなら、俺も足ががくがく震えてるし、背骨が効いたことのない音を立ててる。
 デスヒドラにぶっ飛ばされた体の部位が、ヤバいくらい悲鳴を上げてる。

「さて、後はバファルナの花を摘みに、さっきのところに戻るだけだな――」

 それでも、花さえ回収して帰れば問題ないと、俺が確信した時だった。

『――ゴギィイイイイッ!』

 俺たちの後ろから、耳をつんざく怒声が聞こえた。
 まさかと思い、振り向いた俺の目に映ったのは、目を血走らせるデスヒドラだ。

「……冗談だろ……首が1本でも残ってるだけで、ここまで暴れられるのか!?」

 唯一無事だった首をもたげて、牙をうならせる怪物は、「よくも俺の首を斬り落としたな」と怒りに燃えた目で告げている。
 その応報おうほうは、俺たちの死をってしかありえない、とも。

「ジェシカ、さっきのレーザービームを出せるか!?」
「む、むりぃー……」

 だからって、ふたり揃って蛇の胃袋に収まってやるつもりはない。

「だったら、予定はさっきと同じだ! 俺があいつの気を引き付けるから、その間にバファルナの花を集めて家まで逃げろ!」
「だめだよ、だめ」
「ダメも何もないだろ! こうしなきゃ、俺たちふたりともお陀仏だ!」

 必死に引き留めるジェシカの手を払い、俺はおかしくなったように鳴り響く心臓を抑えながら、デスヒドラの真正面に立つ。

「こっちは1回死んで転移してるんだ、あっさり2度も死んでたまるか! 来やがれ蛇ヤロー、俺は簡単にくたばってなんかやらねえぞ!」
「こ、こたろーくん!」

 ジェシカの悲鳴を背に、俺は覚悟を決めた。
 俺はどうなってもいいから、ジェシカだけは何としても姉妹のところに返す。
 彼女が無事ならもう、体が引き裂かれても、デスヒドラの腹の中でどれだけ時間をかけて溶かされてもいい。

「どこからでもかかってきやがれ、俺は――」

 そんな俺を睨み、デスヒドラは勢いよく口を開けて襲いかかり――。



「――はあぁッ!」

 明後日の方向に吹っ飛ばされた。

『ゴギュッ』

 潰れたカエルのような声をあげて、地面に叩きつけられたデスヒドラは、顔をぐちゃぐちゃに壊されて絶命した。
 眼球が飛び出し、緑色の血が口から噴水の如く漏れている。
 ドラゴンの爪も通用しないモンスターを、果たして誰が一撃で破壊したのか。

「……間に合ってよかったです、虎太郎さん、ジェシカ」

 エセルだ。
 雨に濡れた、青い髪をなびかせる姿を、見間違えるわけがない。
 息を切らし、くいっと眼鏡をかけ直したエセルが、拳でデスヒドラを仕留めたんだ。

「エセル……!」
「おねーちゃんっ!」

 安堵の息を漏らす俺の後ろから、ジェシカがエセルに飛びつく。
 エセルは妹を落ち着かせ、頭を撫でた。

「渾身の力で殴り飛ばしました、立ち上がりはしないでしょう。それよりもジェシカ、炎を最大のエネルギーで撃ち込んだみたいですね」
「ご、ごめんねー……」
「いえ、その力で虎太郎さんを助けたのでしょう。褒めこそすれど、叱るわけがありません」

 微笑むエセルによろよろと近づきつつ、俺は疑問を口にした。

「それにしてもエセル、どうしてここにいるんだ? リタは大丈夫なのか?」
「実を言うと、そのリタに、貴方たちを追いかけるよう頼まれたのです。自分は大丈夫だから、ふたりを助けてあげてほしいと」

 彼女の事情を聞いて、俺はつくづく、リタに驚かされた。
 高熱にうなされながら、俺とジェシカの心配をして、唯一そばにいてくれたエセルに俺たちを助けるよう頼むなんて、並の子供じゃできやしない。
 もちろん、デスヒドラを一撃で倒すなんてのも、普通じゃできっこないけどさ。

「そして島中を探しているうちに、偶然空を裂く炎を見ました。きっとあれは、ジェシカが本気を出した証拠だと思い、島の東側に来たというわけです」
「なるほどな。とにかく、間一髪だったぜ」

 ふう、と地面にへたり込み、俺は言った。

「またエセルに助けられたな。なあ、これでも自分が、頼りない姉だと思うか?」

 俺が思い出したのは、屋根の上での会話だ。
 エセル自身が「もう最後にする」といった話を繰り返したのは、俺のちょっとした意地悪と、彼女の答えを聞いておきたい気持ちからだ。

「……分かりません。でも……」

 少しだけ間を置いて、エセルが答えた。

「ようやく……自慢の姉らしいところを、見せられましたかね」

 彼女の返事は、何とも頼りなくて、歯切れが悪かった。
 それでも、俺たちはエセルがどれほど素晴らしい人なのかを知っている。

「……バーカ」
「おねーちゃんは、さいしょから、じまんのおねーちゃんだよ」

 俺とジェシカが揃って笑うと、エセルも花のような笑顔を見せる。
 もう、彼女は自分の弱さに悩まないだろう――俺はそう確信した。

 雨はいつの間にか止んでいて、月明かりが雲の切れ目から差していた。
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