上 下
6 / 108
第1章

実食→美味

しおりを挟む
 各々がシータイガーの塩焼きをひとつずつ持ち、焚き火を囲む。

「そんじゃ、いただきます……」

 俺は魚にかぶりつこうとしたけど、どういうわけか、3人ともきょとんとしたままだ。
 どうしてだろうかと思っているうち、俺はすぐに原因を察した。
 そりゃそうだ、異世界で「いただきます」なんて言わないだろうし、ドラゴン姉妹からすれば、おまじないでも唱えたように見えてるんだろう。

「ああ、『いただきます』ってのは、俺の地元の挨拶なんだ。メシを食べる前に言うと、なんつーか、ちょっと美味しくなるんだぜ」

 嘘は言ってないはずだ――俺は少なくとも、そう思ってるし。

「ほんとに!? じゃあじゃあ、私も言うよーっ!」
「リタは信じてないけどぉ~、特別に言ったげるね♪」
「虎太郎さんが言うなら、やってみましょう」
「よし、だったらもう一度。せーの」

 まだ出会って半日どころか、1時間も経っていない俺たちの声が重なり――。

「「いただきます!」」

 一斉に、塩焼きにかぶりついた。
 歯が肉に食い込んだ途端、ほんの一瞬だけ、俺たちは顔を見合わせた。

「「――おいし~いっ!」」

 そして一斉に、心からの喜びの声を上げた。

「なんだこりゃ、マグロかカツオか、どっちよりもうまいぞっ!?」
 噛むと弾かれるほどの弾力なのに、いざ噛み切ると口の中でほろほろと崩れる。
 ぷりっぷりの魚肉から溢れ出す旨味に塩気が絡んで、より双方を引き立てる。
 何より口の中で溶けてなくなる脂が、料理の味を一段階ランクアップさせてくれる。

 総評――こんなにうまい魚は、食べたことがない!
 あれだけ熱中してたゲームの中でだって、こんなに感動したことはなかったぞ!

 涙すら出てきそうな俺の目に、塩焼きの情報がポン、とポップされる。

『《シータイガーの塩焼き》:モンスター料理のひとつ。
 最高の調味料は大自然の恵みであると、君に教えてくれるだろう』

 いやいや、いつもなら首を傾げるような紹介文も、今はニクく聞こえるくらい美味だ。

「すっごくおいしいね、リタ!」
「おいしーね、おねーちゃん♪ あ~、でも骨がある~っ」
「おねーちゃんに任せなさいっ! どれどれ……はい取れた、じゃじゃーん!」
「わぁ~っ♪ おねーちゃんだいすき~っ♪」

 ほとんど無我夢中で食べる俺の周りで、ドラゴン姉妹も和気あいあい塩焼きを食べる。
 3人とも小さな翼を揺らし、うまさに打ち震えてるみたいだ。

「驚きました、はぐ、自分、もぐ、こんなに美味しいのは初めて、まぐ、すいません虎太郎さん、もう1本もらいます!」

 特にエセルは、もう俺を疑ってたのなんかすっかり忘れたみたいに、まだ地面に刺したままの塩焼きを手に取るほど気に入ったらしい。
 いやはや、こんなにうまそうに食べてくれるなら、俺も作った甲斐があるってもんだ。

「私も食べちゃお!」
「リタも~!」
「じ、自分も1本追加させていただきます!」

 ……めちゃくちゃ食べるじゃねーか。
 そういや、おとぎ話でも創作でも、ドラゴンってもりもり飯を食うイメージがあるよな。
 10本以上刺してあったシータイガーの塩焼きがたちまちなくなっていくのは、流石はドラゴンの食欲ってところか。
 こうして数分もしないうちに、シータイガーの塩焼きはすっかりなくなった。
 それなりに大きいサイズだったのに、いまや全部ドラゴン三姉妹の腹の中だ。

「ふう……虎太郎さん、食事を作ってもらったのには感謝します」

 俺も最後の1本を食べ終わると、エセルがこっちを見た。
 食事中とは打って変わって、どこか真面目な顔つきだ。

「ですが貴方は、理由も知らないままここに流れ着いた人間です。完全に自分たちの信頼を得ているわけではないというのを、お忘れなく」

 いや、すっげえキリっとした顔で言ってるけど、全然説得力ないぞ。
 だって口の端には塩焼きのカスがついてるし、エセルの両手にはまだ、木の枝の串が4本握られてるんだから。
 何というか、彼女は真面目でも、合理的にはなりきれない感じだな。
 どっちかというと、ポンコツキャラなんじゃないか?

「えぇ~? でもでもぉ、ジェシカおねーちゃんとリタと違ってぇ、エセルおねーちゃんはずぅ~っと食べてたよねぇ~♪」
「なっ……じ、自分は長女ですから! たくさん食べるのは自然の摂理です!」

 少なくとも、リタにこう言われてたじろぐあたり、インテリキャラは難しそうだが。

「それに自分には、毒見の役目があります! ジェシカとリタが虎太郎さんの料理で大変なことにならないように、わざとたくさん食べていたのですよ!」
「ほんとに!? やっぱりお姉ちゃんってすごいなーっ!」
「一緒に食べてたのに、毒見の意味ないじゃ~ん」
「もうっ! 余計なことばかり言うリタにはお仕置きですっ!」
「きゃ~♪ 頭ぐりぐり、いたぁ~い♪」

 エセルはげんこつでリタのこめかみをぐりぐりと押すけど、妹は痛がるどころか、むしろ姉とのやり取りを喜んでるみたいだ。
 あはは、と笑うジェシカの態度を見るに、こんな感じのやり取りは日常茶飯事だろうな。

 真面目で責任感があるエセル。
 底抜けに明るくて素直なジェシカ。
 小悪魔で甘え上手のリタ。
 何というか、仲のいい姉妹なんだなって、俺は思った。

「ま、塩焼きを作ったのは俺の気まぐれだと思ってくれていいよ」

 俺がそう言うと、三姉妹が同時に俺を見た。
 はっきり言って恩を売るつもりなんて毛頭ないし、クラフトスキルがどれほどのスペックを持ってるのか確かめようとしただけだ。
 それで皆がサイコーにハッピーになったなら、俺は嬉しいってだけだからさ。

「……変な人ですね。見返りも求めずに、食事を作ってどこかに行くつもりですか?」
「エセルたちが、そうしてくれって望むならな」

 にっと笑うと、エセルはちょっぴり呆れたように笑い返した。

「……参りました。美味しい料理を作ってくれた人を邪険じゃけんに扱うほど、自分は冷たい竜人ではありませんよ」

 よかった、どうやら彼女にも信用してもらえたみたいだ。
 ウマい料理は心をひとつにするって、古事記にも書いてた気がするし。

「自分たちにできることなら、お礼はなんでもします。島の外に出たいというなら、できる限り協力しましょう」
「私たちもなんでもするもんねー?」
「ね~♪」

 にこにこ笑顔を見せるジェシカとリタに、俺は気になってたことを言ってみる。

「だったら、どうしてエセルたちがこの島にいるのか、聞かせてくれないか?」
「……本来なら、に反するのですが、今は仕方ありませんね」

 妹たちが顔を見合わせる中、エセルが口を開いた。

「自分とジェシカは、試練を受けているのです。人のいないヘルヘイムス島で生活し、竜人族の成人として認められる試練を」

 パチパチと揺れる火の勢いが、少しだけ弱くなった気がした。
 俺も誰も、話を聞いていて、木をくべようとはしなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件

月風レイ
ファンタジー
 普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。    そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。  そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。  そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。  そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。  食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。  不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。  大修正中!今週中に修正終え更新していきます!

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

付与効果スキル職人の離島生活 ~超ブラックな職場環境から解放された俺は小さな島でドラゴン少女&もふもふ妖狐と一緒に工房を開く~

鈴木竜一
ファンタジー
傭兵を派遣する商会で十年以上武器づくりを担当するジャック。貴重な付与効果スキルを持つ彼は逃げ場のない環境で強制労働させられていたが、新しく商会の代表に就任した無能な二代目に難癖をつけられ、解雇を言い渡される。 だが、それは彼にとってまさに天使の囁きに等しかった。 実はジャックには前世の記憶がよみがえっており、自分の持つ付与効果スキルを存分に発揮してアイテムづくりに没頭しつつ、夢の異世界のんびり生活を叶えようとしていたからだ。 思わぬ形で念願叶い、自由の身となったジャックはひょんなことから小さな離島へと移住し、そこで工房を開くことに。ドラゴン少女やもふもふ妖狐や病弱令嬢やらと出会いつつ、夢だった平穏な物づくりライフを満喫していくのであった。 一方、ジャックの去った商会は経営が大きく傾き、その原因がジャックの持つ優秀な付与効果スキルにあると気づくのだった。 俺がいなくなったら商会の経営が傾いた? ……そう(無関心)

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

異世界転移したけど、果物食い続けてたら無敵になってた

甘党羊
ファンタジー
唐突に異世界に飛ばされてしまった主人公。 降り立った場所は周囲に生物の居ない不思議な森の中、訳がわからない状況で自身の能力などを確認していく。 森の中で引きこもりながら自身の持っていた能力と、周囲の環境を上手く利用してどんどん成長していく。 その中で試した能力により出会った最愛のわんこと共に、周囲に他の人間が居ない自分の住みやすい地を求めてボヤきながら異世界を旅していく物語。 協力関係となった者とバカをやったり、敵には情け容赦なく立ち回ったり、飯や甘い物に並々ならぬ情熱を見せたりしながら、ゆっくり進んでいきます。

処理中です...