追放された美少女を助けた底辺おっさんが、実は元”特級冒険者”だった件について。

いちまる

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おっさん、ドラゴンを討伐する

最期の真実

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 風がやんだ。
 ギラヴィの体が倒れ伏せる音を聞いて、ダンテの仲間達が駆け寄ってきた。

「……死んだ、の?」
「いいや、まだ生きてる。放っておけば死ぬがな」

 おずおずと問いかけたセレナに首を振って、ダンテが言った。

「アル、マリー。セレナ達を連れて下山するぞ。早いうちポーションの毒気を抜いてやれば、少しは副作用もマシになるだろ」
「え、抜かないとどうなるの?」
「俺の見立てだと死ぬ」

 あっさりとダンテが宣告すると、セレナがじたばたと暴れはじめる。

「えぇーっ!? ヤダヤダヤダ、死ぬなんてヤダーっ!」

 仲間を引き連れてポーションを飲んだ身でありながら、いざ死が手招きしていると知るや否や、恥も外聞もなく喚き出す。
 ある意味いつも通りのセレナなのだが、その俗物ぶりにハイデマリーが顔をしかめる。

「腹を括ったと言っていた割には、存外未練がありますのね……」
「でも、ゲキレツポーションのおかげで、ボクもオフィーリアもまだ動けるよ」
「ポーションの対策があるというのであれば、ぜひお願いしたいところです。ここから動けなくなれば、副作用でどうなるか分かりませんから」

 一方で冷静なリンとオフィーリアに、ダンテは頷いた。

「ま、大げさに言ったが、適切な処置をすれば死なずに済むさ。数日ほどベッドの上でうめくのは、確定してるがな」

 そう聞いて、セレナはようやく、しかしけだるそうに起き上がった。

「あーあ、ポーションなんて飲まなきゃよかったよ~」
「でも、そのおかげでダンテを助けられた。それで十分じゃない?」
「……だね!」

 にっと笑うセレナだが、仲間も含めて、すでに満身創痍だ。
 アルフォンスもハイデマリーも、連戦を重ねた末にダメージをかなり負っているし、長居させるべきではないだろう。
 幸い、騎士ふたりに関しては、その辺りをきちんと察しているらしい。

「さ、とっとと下山しますわよ。おじ様は……」

 セレナの問いに、ダンテは振り向かず答えた。

「……少しだけ、ここにいる」

 誰も、彼を連れて行こうとはしなかった。

「分かりました。ユドノーの騎士団駐屯所で落ち合いましょう」

 アルフォンスに従い、セレナ団の面々と騎士が、来た道を戻り始める。
 誰の声も聞こえなくなったころ、やっと死屍累々の中心地に、声が響いた。

「聞こえるか、ギラヴィ」
『……死ね……苦しみもだえ、死に絶えろ……人間……』

 首だけになってなお、ギラヴィは生きていた。
 もっとも、これから間もなく死ぬだろうし、何かができるわけでもない首だけの竜を、ダンテはちっとも恐れないだろうが。

「お前に言っていない秘密があると、話したな。それを今、教えてやる」

 脅しに眉ひとつ動かさず、ダンテが話し始めた。

「ギラヴィ、お前の種族を知ってるか? 人間から、何と呼ばれてると?」
『知らぬ……人の、呼び名など……』
「――『イーヴィルドラゴン』。邪竜だ」

 ダンテが真実を伝えた途端、ギラヴィの目が見開いた。
 そう――気高き金色竜の正体とは、冒険者の間で知らない者はいないほど残虐で、邪悪で、おぞましい怪物に過ぎなかったのだ。

「戯れにほかの生き物を殺し、好奇心を満たすために山林を焼き、生物の死と苦しみに喜びを見出す。高潔な竜の中でも特異な存在、忌むべき怪物だよ」

 ギラヴィの鱗の隙間から、血の混じった液体が漏れ出す。
 溢れ出るそれらは、崩れ落ちる竜のアイデンティティの表れだろうか。

「まあ、それだけで人間はお前らを滅ぼしたりなんかしない。だが、ギラヴィ、お前の一族は越えちゃいけないラインを超えたんだ」
『……何、を……』
「イーヴィルドラゴンの大罪――無実の人間の、大量虐殺だ」

 そしてダンテがドラゴンを殺したのも、当然の帰結である。
 なんせギラヴィは、彼が殺した数の十数倍の人間を、皆殺しにしたのだから。

「何をしたわけでもない、むしろモンスターの生態調査で調和の道を探していた集団をとらえて、なぶり殺しにしたんだよ。それが人間の逆鱗に触れて、邪竜は滅ぼされた」
『ガ……ガぁ……』
「その討伐任務を任されたのが、俺だったんだよ」

 彼は目を閉じ、静かに語り続ける。
 本当ならダンテは、あの場でギラヴィを含めた竜を抹殺するべきだった。
 それをしなかったのは、まぎれもないダンテの大罪だ。

「お前は幼いから知らないと思い込んでた。でも、本当は違う。記憶を捻じ曲げて、都合の悪い記憶を切り捨てて、自分を復讐者に仕立て上げた」
『ウゥ、う……!』
「――お前も俺と同じ。最初から加害者だったんだよ」
『……ア……ア、ァ……』

 だが、もうギラヴィにかける情けはなかった。
 ギラヴィもまた、真実に耐えうるほどの心の強さは持ち合わせていない。
 絶対的な正義の意志を打ち砕かれた哀れな竜は、もはや生きる気力を完全に失い、首も胴体も金色の粉になってゆく。
 しばらくしない間に、竜の痕跡は、完全にチリとなって消えた。
 体だけが大きくなった、真実も何も知らない幼い竜に、おぞましい邪悪の血が流れているという事実は耐えきれなかったのだ。
 要するに、彼の復讐の意志も、その程度のものだったのである。

 ダンテは少しの間、じっと地面を見つめていた。
 そしてナイフをホルスターから引き抜くと、自身の右目を静かに裂いた。
 視力が奪われるほどの深い傷ではないが、一直線に引かれた傷跡は大きく、おそらく長い治療をしても傷は完全には消えないだろう。

 ――これが、ダンテの罰。
 ――竜が狂おしいほど与えたがっていた傷。

「……お前の罪は、俺が背負う。この傷に触れるたびに、思い出してやる」

 滴る血が、ダンテの目を赤く染めた。
 彼がこれまで、あまたの命を奪った時に見てきた血のように、なおも濃く。

「それでも、俺は生きるんだ。セレナの、仲間のために」

 すべてにけじめをつけ、ダンテはようやく山に背を向けて歩き出した。

 流れ落ちていく罪を拭わないまま、彼は歩みを止めることもなく。
 ただ静かに、曇天に戻りつつある空の下、山を下りていくのであった。
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