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おっさん、ドラゴンを討伐する
誰がために過ちを正すのか
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「兄様、それは……!」
ハイデマリーが兄を止めようとしたが、もう止まらない。
堰を切ったように、アルフォンスはダンテへの想いをぶちまけた。
「ええ、ええ、覚えていますとも! 貴方が私達を引き取ろうとしたのも、任務と育児を両立させようとしながら誰にも頼らず、結果として失敗したのも!」
彼の言葉に、何ひとつ誇張も、誤りもない。
あるのはダンテという人間が、10年近く前に犯したとんでもない失敗だけだ。
実を言うと、ダンテは行く当てのないアルフォンスとハイデマリーを預かり、しばらくの間、面倒を見ようとしたことがある。
ところが、特級冒険者としてまだ現役だった彼にとって、ふたりの子供を育てるというのは、都市ひとつを滅ぼすよりも難しかった。
「私達の食事を何度作り忘れましたか、夜泣きに何度気づきませんでしたか!? 心の痛みと苦しみを私達にぶつけようとした時すらありましたね、覚えていませんか!?」
何度も、何度も兄妹の痛みを放置して無視した。
そのうち特級冒険者であることそのものに嫌気がさした。
自分の苦しみだけで頭がいっぱいになったダンテは育児を放棄した。
これほど無様な男に、果たして何ができるというのか。
「そして最後には、母上に私達を預けた! あの時、何と言ったか――」
アルフォンスの珍しい怒声を、とうとうダンテが遮った。
「――『ひとりでできることなんて、知れてる』」
怒りからではなく、途方もない虚しさに満ちた声だった。
未だ鼻息を荒くするアルフォンスの前で、ダンテは最強の戦闘兵器とは思えないほど弱々しい声を、小さく開いた口から紡ぐ。
「……覚えてるよ、全部。だから、分かってるんだよ」
「何をですか」
「俺は心の底から、人を信用しちゃいない」
そう。
ダンテはずっと、ずっと他人に心を開いていなかった。
信じていると豪語していたセレナ、リン、オフィーリアにも、本当の意味で自分の心を開いてなどいなかったのだ。
「セレナ達をドラゴンの件から引き離そうとしたのも、お前らを育てるのに他人の力を借りなかったのも、全部、全部……どこかで他人を信用してなかったからだ。困ったら、自分の力だけを頼る気でいたからだ」
いざとなれば、自分ひとりで戦えばいい。
そんな風に考えている男が、どうして他者を信頼し、それを手に入れられるというのか。
「俺ひとりで何とかすればいい、俺ひとりなら何も失わない。つながりを捨ててまで、意固地になってまでひとりでなんとかしようとしてたのは、ああ、理由も気づいてるさ」
そしてダンテが、ずっと分かり合うのを拒んでいたのは、傲慢ゆえではない。
「――怖いんだ。あの時のように、ようやく手にしたものを手放すのが」
彼がずっと目を逸らし続けてきた――恐怖からだ。
すべてを語り終えたダンテに、アルフォンスが言った。
「やっと、教えてくれましたね」
「お前が知りたがってた秘密のひとつだよ。アルとマリーの母親に……パメラに預けた時、反省したつもりだったんだがな」
「反省しているなら、目に映るものすべてを殺す力を使おうとはしないでしょう」
「言えてるな」
ダンテは疲れた瞳で、手のひらをじっと見つめる。
「『セレナ団』に入っていながら、お前らとの再会を喜んでいながら……俺は結局、あの日のままだったわけだ。特級冒険者なんてこりごりだ、なんて言っておきながら、何も変えられちゃいない……兵器が背伸びしようが、人殺しのままってわけだよ」
自分は変わったのだと、クロードにも国の連中にも見せてやるつもりだった。
現実は真逆で、クロードが嘲笑するダンテのままだった。
「……変われると、思ったんだがな」
自分を嘲笑うダンテを見て、ハイデマリーが髪を揺らし、首を横に振った。
「お、おじ様は兵器でも、人殺しでもありませんわ!」
ダンテが驚くほど、その声は大きく、しかもひどく震えている。
「確かに人を殺めたかもしれません、傷つけたかもしれません! ですがわたくし、確信していますわ! この数日、一緒にいたおじ様の笑顔は、兵器には見えません!」
しかも次第に、涙声へと変わっていった。
ここまで弱気になってしまうハイデマリーを、ダンテだけでなく、アルフォンスだって初めて見たのだ。
「わたくしは……わ、わたくしにとって、お、おじ様は、優しく、強く……」
しゃくりだすハイデマリーを、ダンテは静かに抱き入れた。
「……ありがとう、マリー」
頭を撫でてやると、彼女は次第に落ち着きを取り戻してゆく。
ふう、とため息をつきながら、ダンテは彼女の奥にいるアルフォンスを見た。
「すまなかったな、アル。俺はまた、同じ過ちを繰り返すところだった」
「どういたしまして」
ふたりの笑顔で、彼らの間にあったわだかまりは少しだけ解消されたようだ。
もっとも、迫る危機が遠ざかったわけではない。
むしろ、今もなおここに近づいているのだ。
「だが、騎士団を待っていられるほど悠長にしていられないのも、間違いない。俺が山に行かなきゃ、ギラヴィはメルカビス山から離れる」
ダンテに完全勝利したと思い込み――殺すべき相手が逃げたと思い込んだ凶悪なドラゴンは、人間に対してどのような仕打ちをするだろうか。
きっと人間を虫けらだと判断し、今度こそ邪悪な竜として完全に顕現するはずだ。
「そしたらあいつは、もう一度殺戮を始める。俺に打ち勝った優越感と、俺が来なかった苛立ちで暴れるギラヴィは、もう手に負えないぞ」
「そうなる前に、私達で倒すのですね?」
「……ああ」
アルフォンスの問いに、ダンテが頷いた。
「俺達が万が一失敗しても、移動してきた騎士団がとどめを刺せるくらいには弱らせる。奴にはもう、二度と復讐なんてさせない。俺の因縁の旅も、ここで終わらせる」
ダンテの決意は固かった。
同時に、もうギラヴィとの間に起きた事件について、隠すわけにもいかなかった。
「……だから、あいつの秘密をお前らに教えておく。耳を貸せ」
ダンテがアルフォンス、ハイデマリーに何かを耳打ちする。
「――まさか」
ふたりは揃って目を見開き、ダンテから離れた。
彼の言い分が正しければ、今回の襲撃どころか、『竜部族』のアイデンティティーがすべて崩壊するのだから。
「――おじ様、でしたらあのギラヴィの言葉は、すべて……!」
ハイデマリーのつぶやきを聞いても、ダンテは振り返らなかった。
これから彼はできる限りの武器を集め、騎士兄妹を引き連れ、竜を倒さなければならない。
「……行くぞ」
もはや彼の心にも、ギラヴィがメルカビス山にいる時間にも、余裕などなかった。
ハイデマリーが兄を止めようとしたが、もう止まらない。
堰を切ったように、アルフォンスはダンテへの想いをぶちまけた。
「ええ、ええ、覚えていますとも! 貴方が私達を引き取ろうとしたのも、任務と育児を両立させようとしながら誰にも頼らず、結果として失敗したのも!」
彼の言葉に、何ひとつ誇張も、誤りもない。
あるのはダンテという人間が、10年近く前に犯したとんでもない失敗だけだ。
実を言うと、ダンテは行く当てのないアルフォンスとハイデマリーを預かり、しばらくの間、面倒を見ようとしたことがある。
ところが、特級冒険者としてまだ現役だった彼にとって、ふたりの子供を育てるというのは、都市ひとつを滅ぼすよりも難しかった。
「私達の食事を何度作り忘れましたか、夜泣きに何度気づきませんでしたか!? 心の痛みと苦しみを私達にぶつけようとした時すらありましたね、覚えていませんか!?」
何度も、何度も兄妹の痛みを放置して無視した。
そのうち特級冒険者であることそのものに嫌気がさした。
自分の苦しみだけで頭がいっぱいになったダンテは育児を放棄した。
これほど無様な男に、果たして何ができるというのか。
「そして最後には、母上に私達を預けた! あの時、何と言ったか――」
アルフォンスの珍しい怒声を、とうとうダンテが遮った。
「――『ひとりでできることなんて、知れてる』」
怒りからではなく、途方もない虚しさに満ちた声だった。
未だ鼻息を荒くするアルフォンスの前で、ダンテは最強の戦闘兵器とは思えないほど弱々しい声を、小さく開いた口から紡ぐ。
「……覚えてるよ、全部。だから、分かってるんだよ」
「何をですか」
「俺は心の底から、人を信用しちゃいない」
そう。
ダンテはずっと、ずっと他人に心を開いていなかった。
信じていると豪語していたセレナ、リン、オフィーリアにも、本当の意味で自分の心を開いてなどいなかったのだ。
「セレナ達をドラゴンの件から引き離そうとしたのも、お前らを育てるのに他人の力を借りなかったのも、全部、全部……どこかで他人を信用してなかったからだ。困ったら、自分の力だけを頼る気でいたからだ」
いざとなれば、自分ひとりで戦えばいい。
そんな風に考えている男が、どうして他者を信頼し、それを手に入れられるというのか。
「俺ひとりで何とかすればいい、俺ひとりなら何も失わない。つながりを捨ててまで、意固地になってまでひとりでなんとかしようとしてたのは、ああ、理由も気づいてるさ」
そしてダンテが、ずっと分かり合うのを拒んでいたのは、傲慢ゆえではない。
「――怖いんだ。あの時のように、ようやく手にしたものを手放すのが」
彼がずっと目を逸らし続けてきた――恐怖からだ。
すべてを語り終えたダンテに、アルフォンスが言った。
「やっと、教えてくれましたね」
「お前が知りたがってた秘密のひとつだよ。アルとマリーの母親に……パメラに預けた時、反省したつもりだったんだがな」
「反省しているなら、目に映るものすべてを殺す力を使おうとはしないでしょう」
「言えてるな」
ダンテは疲れた瞳で、手のひらをじっと見つめる。
「『セレナ団』に入っていながら、お前らとの再会を喜んでいながら……俺は結局、あの日のままだったわけだ。特級冒険者なんてこりごりだ、なんて言っておきながら、何も変えられちゃいない……兵器が背伸びしようが、人殺しのままってわけだよ」
自分は変わったのだと、クロードにも国の連中にも見せてやるつもりだった。
現実は真逆で、クロードが嘲笑するダンテのままだった。
「……変われると、思ったんだがな」
自分を嘲笑うダンテを見て、ハイデマリーが髪を揺らし、首を横に振った。
「お、おじ様は兵器でも、人殺しでもありませんわ!」
ダンテが驚くほど、その声は大きく、しかもひどく震えている。
「確かに人を殺めたかもしれません、傷つけたかもしれません! ですがわたくし、確信していますわ! この数日、一緒にいたおじ様の笑顔は、兵器には見えません!」
しかも次第に、涙声へと変わっていった。
ここまで弱気になってしまうハイデマリーを、ダンテだけでなく、アルフォンスだって初めて見たのだ。
「わたくしは……わ、わたくしにとって、お、おじ様は、優しく、強く……」
しゃくりだすハイデマリーを、ダンテは静かに抱き入れた。
「……ありがとう、マリー」
頭を撫でてやると、彼女は次第に落ち着きを取り戻してゆく。
ふう、とため息をつきながら、ダンテは彼女の奥にいるアルフォンスを見た。
「すまなかったな、アル。俺はまた、同じ過ちを繰り返すところだった」
「どういたしまして」
ふたりの笑顔で、彼らの間にあったわだかまりは少しだけ解消されたようだ。
もっとも、迫る危機が遠ざかったわけではない。
むしろ、今もなおここに近づいているのだ。
「だが、騎士団を待っていられるほど悠長にしていられないのも、間違いない。俺が山に行かなきゃ、ギラヴィはメルカビス山から離れる」
ダンテに完全勝利したと思い込み――殺すべき相手が逃げたと思い込んだ凶悪なドラゴンは、人間に対してどのような仕打ちをするだろうか。
きっと人間を虫けらだと判断し、今度こそ邪悪な竜として完全に顕現するはずだ。
「そしたらあいつは、もう一度殺戮を始める。俺に打ち勝った優越感と、俺が来なかった苛立ちで暴れるギラヴィは、もう手に負えないぞ」
「そうなる前に、私達で倒すのですね?」
「……ああ」
アルフォンスの問いに、ダンテが頷いた。
「俺達が万が一失敗しても、移動してきた騎士団がとどめを刺せるくらいには弱らせる。奴にはもう、二度と復讐なんてさせない。俺の因縁の旅も、ここで終わらせる」
ダンテの決意は固かった。
同時に、もうギラヴィとの間に起きた事件について、隠すわけにもいかなかった。
「……だから、あいつの秘密をお前らに教えておく。耳を貸せ」
ダンテがアルフォンス、ハイデマリーに何かを耳打ちする。
「――まさか」
ふたりは揃って目を見開き、ダンテから離れた。
彼の言い分が正しければ、今回の襲撃どころか、『竜部族』のアイデンティティーがすべて崩壊するのだから。
「――おじ様、でしたらあのギラヴィの言葉は、すべて……!」
ハイデマリーのつぶやきを聞いても、ダンテは振り返らなかった。
これから彼はできる限りの武器を集め、騎士兄妹を引き連れ、竜を倒さなければならない。
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