追放された美少女を助けた底辺おっさんが、実は元”特級冒険者”だった件について。

いちまる

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おっさん、ドラゴンを討伐する

金色竜、降臨

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「せ、セレナ……!」

 リンの声が、ずっと遠くに聞こえる。
 オフィーリアはリンのように声が上ずっているわけではないが、恐怖がありありと目に浮かんでいる。
 何よりリーダーであるはずのセレナの心臓は、破裂しそうなほど早く鳴り響いていた。

(想像したよりもずっと大きい、いや、大きすぎる! 睨まれてもいないのに、目が合っただけなのに、心臓が掴まれたように痛い!)

 ほんの数秒、対峙しただけで、死をこれほどまで間近に感じられるとは。
 以前討伐したドラゴーレムなど、まるで比べ物にならない。

(これが……この存在感が、ドラゴン……!)

 言葉が喉から出てこず、剣を握り締めるしかできないセレナを、ドラゴンが見下ろした。

『ふむ。随分とワイバーンを殺めてくれたな、人間よ』

 地面を揺るがすような重い声に、最初に反応したのはオフィーリアだった。

「セレナさん、気を抜いては――」

 しかし、彼女の助言は、セレナの耳には届かなかった。

「――おごッ」

 オフィーリアが動き出すよりも先に、ドラゴンの腕が彼女を薙ぎ払ったからだ。
 回避どころか、手足を動かすことすらままならないオフィーリアの体が消えた。
 次にふたりがまばたきした時、彼女は家の瓦礫がれきをいくつも貫通した先で、血まみれになって倒れていた。

「オフィーリア!」

 顔面蒼白のセレナとリンが彼女に駆け寄る。
 瓦礫の中からオフィーリアを抱き起こすが、彼女は目を閉じたまま、血に濡れてぴくりとも動かない。
 それどころか、体中にできた切り傷から、どくどくと赤い液体が溢れて止まらないのだ。

「そんな、血が止まらない……!」
「オフィーリア、起きて、起きてってば!」

 必死に彼女の体を揺すっても、聞こえてくるのは弱まる呼吸の音ばかり。
 焦りが恐れへと変わってゆくふたりの後ろで、ギラヴィの嘲るような声が聞こえた。

『撫でてやっただけでこのざまとは。やはり人間とは脆く、弱いな』

 仲間をこんな目に遭わされて黙っていられるほど、ふたりは冷静ではなかった。

「この野郎……よくも、オフィーリアをッ!」
「待ってて。すぐにドラゴンをやっつける」

 セレナが剣を握り締め、リンが魔導書を開き、恐怖を必死にかき消しながらギラヴィに向き直る。

「『天より来たる轟雷ごうらい螺旋らせんえがき邪悪なるものの胸を打ち砕け』!」
「でりゃああああッ!」

 そしてたちまち、雷と共に斬撃を叩き込もうとした。
 ワイバーンを一撃で臥した技の威力を、ふたりは疑っていなかった。

『フン、つまらん技だ』

 ギラヴィが右の前脚で、刃も雷も弾いてしまうまでは。
 あまりにあっさりと渾身の一撃を無力化され、セレナもリンも目を見開いた。

(……ダンテが買ってくれた、150万エメトの剣で傷ひとつつかない……!)

 地面に着地したセレナの足が、確かに震えている。
 全力で斬り込んだはずなのに、全力で魔法を撃ち込んだはずなのに、傷をつけるどころか、鱗1枚にかすり傷をつけることすらできなかったのだから。

『この程度の魔法、我が鱗を焦がすにもあたいせんわ』

 ここに来てやっと、ふたりは理解した。
 ギラヴィは倒せない相手であり――勝てるわけもない相手なのだと。
 それでもリンは、まだセレナよりも絶望的な状況を打開する意志があった。

「セレナ、オフィーリアを連れていったん退こう! ワイバーンならどうにかできても、ドラゴンはボクらじゃ手に負えない!」
「……ダメ、逃げられない……」
「何言ってるの! アルフォンス達に、ドラゴンが来たって伝えないとッ」

 もっとも、意志だけでどうにかできるほど、竜は甘くないのだが。
 今度はセレナの頬を裂くほどの威力で、リンにドラゴンの尻尾が直撃した。
 はるか後方に吹き飛ばされたリンは悲鳴を上げる間もなく、どこかの宿をまたぐほどの力で吹き飛ばされ、姿が見えなくなった。
 運が良ければ瀕死だ――悪ければ、あるいは普通なら、即死だ。

「……リン……?」

 後ろを振り向く気力すらないセレナは、もう体中が汗でめちゃくちゃに濡れていた。

『ほう、人かと思ったが獣人か。殺すつもりで尻尾で打ってやったが……もっとも、戯れはここまでだ。貴様は火であぶり、消し炭にしてやろう』

 そんな彼女のすぐ正面まで、ギラヴィは顔を寄せる。
 情けをかけるためでなく、喉の奥から唸り声を上げる炎で、少女を消し炭にするためだ。
 もはや万事休す、絶体絶命の死の間際――セレナはほとんど反射的に、その名を呼んだ。

「……ダンテ……」

 ここで最も呼んではいけない名前――ダンテの名を。
 ダンテ、と聞いた途端、ギラヴィの目の色が変わり、炎はたちまち引っ込んだ。

『……む。貴様、ダンテ・ウォ―レンを知っているのか?』
「…………」
『ちょうどよい、あの忌々しい人間をここへ呼べ。我が用があるのはあやつだけだ。あやつを呼べば、貴様の命は見逃してやろう』

 セレナもまた、自分がどれだけ愚かな過ちを犯したのかを察していた。
 だから、ここで焼き殺されたとしても、ギラヴィの言いなりにはならないと誓った。

「……呼ばない……絶対、呼ばない……!」
『ふむ、強情な子猫だな。ではやり方を変えるとしよう』

 そんな彼女の右肩に、不意に熱い感覚がはしった。
 セレナの答えを聞いた瞬間、ギラヴィが彼女の肩を爪で貫いたのだ。

「――ああああああああッ!?」

 焼けるような激痛で叫び、逃れようとするセレナ。
 ところが、ギラヴィの爪はしっかりと彼女の肩に食い込み、まるで離れない。

『どうした? まだ爪が骨を砕いただけであろう?』
「おッ……ご、あがが……ッ」
『ああ、滑稽こっけい、滑稽。あのような外道をかばい、血反吐ちへどを吐いて苦しむとは。あの男が我らに何をしでかしたのか、知らんのだろうなあ?』

 ギラヴィが熱い鼻息を噴くと、爪がやっと抜けた。
 地にどう、と倒れたセレナの息は反対にか細く、服や頬が流れた血で濡れている。

「がふ、げほ……ごほ……!」
『竜の王の慈悲として、もう一度だけ機会をやろう。ダンテ・ウォーレンをここに呼べ』

 それでもセレナは、首を縦に振らなかったし、助けも呼ばなかった。

『……もうよい。貴様のような愚か者の末路は、ワイバーンの餌――』

 そのさまを見たギラヴィの目が、細くなった。
 竜の王の爪が滾り、セレナの脳天を貫こうとした刹那――。

「――来てやったぜ、ギラヴィ」

 ぴたりと、ギラヴィの爪が止まった。
 鋭く尖る凶器を収めた、金色の竜の視線がセレナのずっと先を捉える。
 そこにいたのは――リンを抱きかかえた、ダンテだった。
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