追放された美少女を助けた底辺おっさんが、実は元”特級冒険者”だった件について。

いちまる

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おっさん、ドラゴンを討伐する

アルフォンスの想い

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 ならず者が皆殺しにされたからといって、アルフォンスは微塵も安堵あんどできなかった。
 なぜか上半身に何も纏わない男の、次の標的が自分達だと信じて疑わなかったからだ。

『……お、お願いします……殺さないで……』

 がくがくと身を震わせるアルフォンスを、男はちらりと見た。

『……なるほどな』

 そしてナイフを腰のホルスターにしまい、言った。

『お前達、帝都から逃げてきた難民だろ。国境線は皇帝軍の残党や反乱軍であふれ返ってる、どう逃げたって死ぬぞ』

 彼が何を言っているのか、アルフォンスは一瞬、理解できなかった。
 ただ、男がふたりの隣を抜けて、すたすたと歩いていくのを見て、突如現れた彼が何をしようとしているのかをやっと察せた。

『誰にも見つからない逃げ道を知ってる。ぐずぐずしないでついてこい』

 どうやら彼は、自分達を助けてくれるようなのだ。

『……信用、しても……いいんですか……』
『好きにしろ。お前らを助けたのは、ただの気まぐれだ』

 返事をしても、男は振り向きもしなかった。
 きっと彼が自分を助けてくれるのは、気まぐれなのだろう。
 だからもし、アルフォンスもハイデマリーもついてこなくても気にしないし、行き倒れても助けてはくれない。

『お兄ちゃん……』

 未だ震え、かじかむ妹の手を見つめ、アルフォンスは覚悟を決めた。

『……わ、分かりました……』

 兄妹はゆっくり立ち上がると、男の後ろについて行った。
 その男というのが――何を隠そう、ダンテ・ウォーレンなのだ。
 今ここに、温泉に一緒に浸かっている男なのだ。

「――今思えば、あの時、神様がダンテさんを遣わしてくれたんでしょう。そうとしか説明できないほど、運命に似たものを感じました」

 回想を終えたアルフォンスがしみじみと呟くと、ダンテが鼻で笑った。

「神様なんて、いてたまるかよ。俺は特級冒険者としての依頼でゴルディーナ帝国に向かって、帝国軍と反乱軍の争いを止めた。その途中で、たまたまアルとマリーに出会っただけだ」
「だとしても、『青騎士あおきし』パメラ・ミーガンの養子にしてもらえるよう手配してくれたのは、貴方でしょう?」

 アルフォンスの言う通り、ダンテはふたりを、知人の騎士に預けた。
 自分が面倒を見切れないと最初から知っていたのだろうし、騎士ならば大きなトラブルも起きないと踏んでの判断だったが、果たして正解であった。

「リットエルド王国の騎士に引き取られて、私もマリーも、騎士になる道を選びました。私達のような苦しみを味わう子供達を、ひとりでも減らすために……そして、貴方にもう一度会うために」

 ちゃぷ、と湯から出た握りこぶしを見つめ、アルフォンスは言った。

「ははは、ふたつめはくだらない目的だな」
「言ってくれますね。私にとっては、人生の目的になりつつあったんですよ?」

 彼がここまで素直に頬を膨らませる相手は、きっとダンテだけだろう。

「国中、大陸中を駆け回る仕事に就けば、いつか貴方に会えると思っていました。まさか、騎士と一番相性の悪い冒険者……しかも、C級冒険者として雑草むしりに身をやつしているとは思いませんでしたよ」
「C級に昇格する前は、河川敷のホームレスだったからな。探すのは苦労しただろ」
「貴方の手掛かりを聞く前に、『白騎士』に昇格してしまうほどにね」

 アルフォンスの肩書でもある『白騎士』とは、そう簡単に手に入れられるものではない。
 他の色は、努力によって手に入れられる称号であるが、白色だけは生まれ持った才能が左右するだけでなく、ある種の運が求められる。
 要するに、持たざるものでは永遠に手に入れられないのだ。

「マリーは赤騎士に、私は歴代最年少で白騎士になりましたが、まだまだ学ぶべきことは多くあります。私を快く思わない騎士もいます。理想とする騎士になるまでの道のりは、まだまだ遠そうです」
「年功序列、ってやつか。お前を妬む他の色の騎士は多そうだな」
「紫や黄の騎士の中じゃ、私を引きずり降ろそうとする者もいるくらいですから。母上の教えがなければ、私は彼らに牙を剥いていたでしょう」
「そういう意味じゃ、パメラは立派な先生だっただろ?」

 アルフォンスが頷いた。

「ええ。厳しすぎるほどでしたよ」
「だからこそ、お前らを預けたんだ。あいつは母親としても、騎士としても尊敬できる人間だからな」

 ダンテとパメラ・ミーガンという騎士の関係は、あまり深くはない。
 しかし彼は、騎士としての誠実さと責任感の強さにおいて、アルフォンスとハイデマリーの血の繋がらない母親ほど信頼できる人はいないと知っていた。
 アルフォンスもまた、彼女から騎士として大事なことを教わった。

「……本当なら、貴方にも教わりたかった」

 きっと、ダンテの剣技も教わっていれば彼は最強の騎士になっていただろう。
 あるいは――父親の愛情をもう一度受ける喜びを覚えただろう。

「俺から教わることなんて、何もねえよ。自分を偽って、他人をあざむいて、手を血で濡らしてきた人間だ。誇れるような人生も、送っちゃいない」
「それでも、私にとっては偉大な恩人なんです」
「むずがゆいな」

 頭をくダンテに、アルフォンスが微笑む。

「いつか、貴方のすべてを知りたい。貴方がひとりで抱えている謎と秘密を明かしてくれたなら、私が救いになりたいと……そう思うのは、傲慢ですか?」

 アルフォンスの表情には、嘘も曇りも、ためらいもない。
 騎士の鑑とも言うべき、真摯にして誠実な顔だ。
 ダンテには、眩しすぎるほどに。

「……本当に成長したな。力と体だけじゃない、心もだ」

 そんな未来の大騎士に、自分が背負う痛みを肩代わりさせるなんて、ダンテにはできなかった。

「俺の死の間際になったら、耳を貸せ。聞きたいこと、全部教えてやるよ」
「……ずるい人だ」

 アルフォンスも、深くは追及しなかった。
 ちゃぽん、と湯に首まで浸かり、ふたりは空を仰いだ。
 夕焼けと夜空の境目が、あんまりにも綺麗だった。
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