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おっさん、ドラゴンを討伐する
とある帝国の果て
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アルフォンスの最も苦しい思い出は、ずっと昔にさかのぼる。
西の大国ゴルディーナ帝国の辺境に住まうグライスナー兄妹のもとに、皇帝軍と国を乗っ取ろうと画策した反乱軍の内戦の報せが入った。
血で血を洗う残酷極まりない戦いは、たちまち国中に広がった。
兄妹の故郷も例外ではなく、ふたりは逃げるように生まれ育った村を出て、何もかもなくした難民の行列に紛れた。
轟々と降る大雪の中、ぼろきれを纏った者達の絶望の行進。
誰が倒れても気に留めない、脱落者に死がもたらされる逃避行。
『……はあ、はあ、はあ……』
10歳にも満たないグライスナー兄妹も、例外ではなかった。
特に自立心がまだ育っていないハイデマリーにとっては、身を突き刺す寒波と空腹、包帯すら巻かれない体の傷は、とても耐えられるものではない。
『……お兄ちゃん……寒いよ……痛いよ……』
『大丈夫だ、マリー……国境を越えれば、あいつらも襲ってこない……』
アルフォンスも幼い身でありながら、必死に妹を支えた。
ゴルディーナ帝国の国境の向こうにいけば、きっと助かると信じていた。
『ちくしょう、全部戦争のせいだ……!』
『皇帝軍も反乱軍も、くだらないことで国民を巻き込んで、争いやがって……』
『家もない、飯もない……私達、どうなるのよ……!』
大人達の怨嗟の声は、努めて妹には聞かせないようにした。
ただでさえ虚ろな目をした彼女が、唯一の希望を失えば、壊れてしまうからだ。
『お兄ちゃん……お父さんとお母さん、どこにいるのかな……』
口が裂けても言えなかった。
両親は故郷で離ればなれになった時、死んでいるのだと。
『マリー……』
『会いたいよ……会いたいよぉ……!』
『……きっと……生きてれば、会えるさ……』
ぎゅっとアルフォンスが妹を引き寄せた時、耳をつんざくような声が響いた。
『――皆、逃げろ! 皇帝軍の連中だ!』
絶叫と共に、白い雪の積もった丘の向こうから現れたのは、帝国の旗を掲げた騎兵。
正確に言えば、半分ほど千切れた旗を手にした、見るも無残な有様になった軍隊のなれの果て――つまり、蛮族だ。
『そんな、国境までもうじきだっていうのに!』
アルフォンスの悲鳴よりも先に、難民達が一斉に散り散りになった。
軍隊も当然、獲物を逃がすわけがなく、丘を滑って人々に襲い掛かった。
『よせ、やめてくれ! なんで同じ国の人間同士が……ぎゃああ!』
力なき人々の懇願など、剣を何度も突き刺す男達の澱んだ瞳には届かない。
『笑わせるな! ゴルディーナ帝国の御旗のもと、命を賭して戦った我ら大英雄と、臆病風に吹かれて逃げる連中が一緒なわけがないだろう!』
『貴様らのようなやつらが協力しないから、我らはいつまで経っても勝てんのだ!』
『ならばせめて、我らの血肉となり、戦いに貢献するがいい!』
白い大地が、たちまち鮮血で染め上げられる。
『ぎゃあああああ!』
『助けて、やめて……ひいいい!』
誰も彼もが自分を逃がすので精いっぱいの中、アルフォンスは血眼になって、千切れんばかりに足を動かしてハイデマリーを連れてゆく。
『止まるな、マリー!』
『お兄ちゃん、待って……きゃっ!』
しかし、妹は雪に足を取られ、転んでしまった。
『マリー!』
『おい、ここにもいたぞ!』
アルフォンスが彼女の手を掴むよりも先に、軍人がハイデマリーをひっ掴んだ。
『いやああっ!』
血走った目でハイデマリーを羽交い絞めにする男や、彼のもとに群がる軍人は、難民達と同じくらいみすぼらしいありさまだ。
武器もさびていて、鎧もほとんど残っていない。
それでも、アルフォンスは妹を腕力では助けられないと直感できた。
『お願いします! マリーを離してください、僕が代わりに……!』
必死の懇願を聞き、蛮族連中は鼻で笑う。
『頭を下げるしかできないとは、情けないガキだ! 俺の子供はお前と同じくらいの歳で帝都の防衛線に参加し、勇敢に散ったというのに!』
『お前達にも帝国の民に相応しい死をくれてやる! 死んで、我々の糧となれ!』
ぎょろぎょろと目をせわしなく動かし、涎をまき散らすさまは、もはや人ではない。
飢えのままに人を襲い、死肉を食らう屍食鬼同然だ。
(ダメだ、正気じゃない……戦争にあてられて、どうかしてるんだ……!)
アルフォンスが息を呑んだ頃には、彼と妹を除き、難民は殺し尽くされていた。
『まずはこの小娘からだな! はらわたを裂いて、血を土に染みこませて、偉大なるゴルディーナ帝国の一部としてやろう!』
『やだああああああ! お兄ちゃん、お兄ちゃあああああん!』
喉元に折れた剣を突きつけられ、ハイデマリーが絶叫する。
『やめてください、やめてください! 僕には妹しかいないんです、いい子なんです、誰も傷つけたことのない、いい子なんです! お願いします、お願い……!』
『さあ、よく見ておけ! 聖戦に加わらない者の末路を、しかと――』
兄の頼みに耳も貸さず、敗残兵が剣を振り上げた。
アルフォンスもハイデマリーも、目をつむり、死を覚悟した――。
『――がッ』
その死は、いつまでも来なかった。
兄妹が目を開くと、信じられない光景が広がっていた。
ついさっきまで、ハイデマリーの喉を裂こうとしていた男の腕と首が吹き飛ばされ、雪の中にごろりと転がっているのだ。
信じられない惨状に、皇帝軍の面々も戸惑っている。
『な、なんだ……ぎゃッ!?』
だが、そんな暇は彼らには残されていない。
『ぎゃああああッ!?』
『うぎいいい!?』
『や、やめ……ばぎゃッ!』
大雪の中から光が煌めくたびに、彼らは腕を斬られて、足を潰されて、頭を刎ねられて、たちまち無残な死骸へと変わってゆくのだ。
『お兄ちゃん!』
『マリー、よかった……!』
解放されたハイデマリーとアルフォンスが抱き合っても、斬撃の嵐はまだ続いた。
逃げることすら忘れた兄弟のまわりに、もう生きている人間はいなかった。
難民達を、子供をもてあそぶかのように殺し尽くした皇帝軍の兵士が、ほとんど何の反撃もできないまま絶望の死を迎えた。
『な、何が起きてるんだ……!?』
絶句する彼の前に、やがてそれは現れた。
吹雪の中、返り血で染まったナイフを手に立つ、ひとりの人間。
振り返ったその男の目を見た瞬間、ふたりはぞっとした。
(……バケモノ……!)
アルフォンスは確信した。
彼は――人間ではない、なにか別の存在なのだと。
西の大国ゴルディーナ帝国の辺境に住まうグライスナー兄妹のもとに、皇帝軍と国を乗っ取ろうと画策した反乱軍の内戦の報せが入った。
血で血を洗う残酷極まりない戦いは、たちまち国中に広がった。
兄妹の故郷も例外ではなく、ふたりは逃げるように生まれ育った村を出て、何もかもなくした難民の行列に紛れた。
轟々と降る大雪の中、ぼろきれを纏った者達の絶望の行進。
誰が倒れても気に留めない、脱落者に死がもたらされる逃避行。
『……はあ、はあ、はあ……』
10歳にも満たないグライスナー兄妹も、例外ではなかった。
特に自立心がまだ育っていないハイデマリーにとっては、身を突き刺す寒波と空腹、包帯すら巻かれない体の傷は、とても耐えられるものではない。
『……お兄ちゃん……寒いよ……痛いよ……』
『大丈夫だ、マリー……国境を越えれば、あいつらも襲ってこない……』
アルフォンスも幼い身でありながら、必死に妹を支えた。
ゴルディーナ帝国の国境の向こうにいけば、きっと助かると信じていた。
『ちくしょう、全部戦争のせいだ……!』
『皇帝軍も反乱軍も、くだらないことで国民を巻き込んで、争いやがって……』
『家もない、飯もない……私達、どうなるのよ……!』
大人達の怨嗟の声は、努めて妹には聞かせないようにした。
ただでさえ虚ろな目をした彼女が、唯一の希望を失えば、壊れてしまうからだ。
『お兄ちゃん……お父さんとお母さん、どこにいるのかな……』
口が裂けても言えなかった。
両親は故郷で離ればなれになった時、死んでいるのだと。
『マリー……』
『会いたいよ……会いたいよぉ……!』
『……きっと……生きてれば、会えるさ……』
ぎゅっとアルフォンスが妹を引き寄せた時、耳をつんざくような声が響いた。
『――皆、逃げろ! 皇帝軍の連中だ!』
絶叫と共に、白い雪の積もった丘の向こうから現れたのは、帝国の旗を掲げた騎兵。
正確に言えば、半分ほど千切れた旗を手にした、見るも無残な有様になった軍隊のなれの果て――つまり、蛮族だ。
『そんな、国境までもうじきだっていうのに!』
アルフォンスの悲鳴よりも先に、難民達が一斉に散り散りになった。
軍隊も当然、獲物を逃がすわけがなく、丘を滑って人々に襲い掛かった。
『よせ、やめてくれ! なんで同じ国の人間同士が……ぎゃああ!』
力なき人々の懇願など、剣を何度も突き刺す男達の澱んだ瞳には届かない。
『笑わせるな! ゴルディーナ帝国の御旗のもと、命を賭して戦った我ら大英雄と、臆病風に吹かれて逃げる連中が一緒なわけがないだろう!』
『貴様らのようなやつらが協力しないから、我らはいつまで経っても勝てんのだ!』
『ならばせめて、我らの血肉となり、戦いに貢献するがいい!』
白い大地が、たちまち鮮血で染め上げられる。
『ぎゃあああああ!』
『助けて、やめて……ひいいい!』
誰も彼もが自分を逃がすので精いっぱいの中、アルフォンスは血眼になって、千切れんばかりに足を動かしてハイデマリーを連れてゆく。
『止まるな、マリー!』
『お兄ちゃん、待って……きゃっ!』
しかし、妹は雪に足を取られ、転んでしまった。
『マリー!』
『おい、ここにもいたぞ!』
アルフォンスが彼女の手を掴むよりも先に、軍人がハイデマリーをひっ掴んだ。
『いやああっ!』
血走った目でハイデマリーを羽交い絞めにする男や、彼のもとに群がる軍人は、難民達と同じくらいみすぼらしいありさまだ。
武器もさびていて、鎧もほとんど残っていない。
それでも、アルフォンスは妹を腕力では助けられないと直感できた。
『お願いします! マリーを離してください、僕が代わりに……!』
必死の懇願を聞き、蛮族連中は鼻で笑う。
『頭を下げるしかできないとは、情けないガキだ! 俺の子供はお前と同じくらいの歳で帝都の防衛線に参加し、勇敢に散ったというのに!』
『お前達にも帝国の民に相応しい死をくれてやる! 死んで、我々の糧となれ!』
ぎょろぎょろと目をせわしなく動かし、涎をまき散らすさまは、もはや人ではない。
飢えのままに人を襲い、死肉を食らう屍食鬼同然だ。
(ダメだ、正気じゃない……戦争にあてられて、どうかしてるんだ……!)
アルフォンスが息を呑んだ頃には、彼と妹を除き、難民は殺し尽くされていた。
『まずはこの小娘からだな! はらわたを裂いて、血を土に染みこませて、偉大なるゴルディーナ帝国の一部としてやろう!』
『やだああああああ! お兄ちゃん、お兄ちゃあああああん!』
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『やめてください、やめてください! 僕には妹しかいないんです、いい子なんです、誰も傷つけたことのない、いい子なんです! お願いします、お願い……!』
『さあ、よく見ておけ! 聖戦に加わらない者の末路を、しかと――』
兄の頼みに耳も貸さず、敗残兵が剣を振り上げた。
アルフォンスもハイデマリーも、目をつむり、死を覚悟した――。
『――がッ』
その死は、いつまでも来なかった。
兄妹が目を開くと、信じられない光景が広がっていた。
ついさっきまで、ハイデマリーの喉を裂こうとしていた男の腕と首が吹き飛ばされ、雪の中にごろりと転がっているのだ。
信じられない惨状に、皇帝軍の面々も戸惑っている。
『な、なんだ……ぎゃッ!?』
だが、そんな暇は彼らには残されていない。
『ぎゃああああッ!?』
『うぎいいい!?』
『や、やめ……ばぎゃッ!』
大雪の中から光が煌めくたびに、彼らは腕を斬られて、足を潰されて、頭を刎ねられて、たちまち無残な死骸へと変わってゆくのだ。
『お兄ちゃん!』
『マリー、よかった……!』
解放されたハイデマリーとアルフォンスが抱き合っても、斬撃の嵐はまだ続いた。
逃げることすら忘れた兄弟のまわりに、もう生きている人間はいなかった。
難民達を、子供をもてあそぶかのように殺し尽くした皇帝軍の兵士が、ほとんど何の反撃もできないまま絶望の死を迎えた。
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絶句する彼の前に、やがてそれは現れた。
吹雪の中、返り血で染まったナイフを手に立つ、ひとりの人間。
振り返ったその男の目を見た瞬間、ふたりはぞっとした。
(……バケモノ……!)
アルフォンスは確信した。
彼は――人間ではない、なにか別の存在なのだと。
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