追放された美少女を助けた底辺おっさんが、実は元”特級冒険者”だった件について。

いちまる

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おっさん、ドラゴンを討伐する

『竜部族』

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 さて、セレナが言いつけを守る気など微塵みじんもない表情を見せていた頃、ダンテはグライスナー兄妹に、駐屯所の奥に連れてこられていた。
 アルフォンスが廊下を歩くだけで、談笑していた騎士がびしっと背を伸ばす。
 10も歳の離れている少年に敬礼するさまを見て、ダンテは小さく笑った。

「あの時の子供が、いまやひとつの騎士部隊の隊長か。出世したもんだな」
「出世はです。私が剣を振るい、力なき人々を守る枷になるのなら、こんな称号は捨ててしまいましょう」
「すっかり、騎士のかがみだな」

 褒められたアルフォンスは、どこか照れた調子で、廊下の奥の扉を開けた。
 ダンテを迎え入れたのは、客室よりもずっと質素な部屋だ。
 もっとも、棚にぎっしりと詰められた戦略書や国の地形を表したテーブルが、ここが一介の騎士では踏み入ることすらできない部屋であると告げていた。

「鑑であり続けるのも、白騎士の務めですよ。さて、本題に入りましょう」

 アルフォンスは騎士を模した卓上の駒をどけ、置かれていた指し棒をとある山に向けた。
 ジオラマの上にいくつもこまを置き、戦闘のシミュレーションを行うのは、多くの騎士団が用いる会議の手段のひとつだ。

「ふた月ほど前、ワイバーンの群れが王国のとある小村を襲いました。それだけならよくあるモンスター被害なのですが、騎士団が到着した時、明らかにおかしな点がありました」
「おかしな点?」

 ハイデマリーが隣から顔をのぞかせ、モンスターの黒い影を彫り出した駒を置く。

「人間が、襲われていましたの」

 こつん、とモンスターの駒が動かされて、人間の駒を倒した。

「家畜も、周辺のモンスターも、何もかもが一切無傷でした。人が作った建物や人の手が加えられた箇所、そして人間だけが、見るも無残に破壊されていました」
「特に人間に対しては、明らかに死ぬ間際までもてあそんでいた痕跡がありましたわ。ワイバーンが脚で腕を千切り、のしかかって体を潰し、爪で頭を削る……あまりにむごい光景で、新人の騎士が吐くほどでしたの」

 あごに指をあてがい、ダンテが呟く。

「……ありえないな」
「そう、ありえません。人間がモンスターをいたぶるのではなく、モンスターが人間を狙い、いたぶるなど、これまでありえなかったんです」

 人間がモンスターに対して優勢でいられるのは、その残虐性と合理性だ。
 怪物の皮が、爪が、角が、内臓が金になる。
 もしくは暇つぶしにハンティングをする相手がモンスターなら、よりたかぶる。
 モンスターにもし、人間のこのような側面があるとするならば、人類はもっと大陸の隅で暮らす羽目になっていただろう。
 ダンテだってそう思っていたからこそ、アルフォンスの報告に驚いていた。

「奴らは捕食のため、縄張りを守るために人を襲う、それが常識だろ。モンスターの攻撃に見せかけた犯罪組織の手口じゃないのか?」
「食糧、金品、家財、人材、どれも奪われていません。その場で殺し尽くされていました」

 ことん、と今度は2個目のモンスターの駒が置かれる。
 駒が指に従い、静かに山に沿って別の地域へと進んでゆく。

「その事件をきっかけに、町村へのワイバーン襲撃が発生し始めました。手口は変わらず、人間だけを皆殺しにして、家畜やペットは無視。ものも奪わず、誰もいない土地を占領すらせず、次の人が住む地域を襲うのです」
「『王都中央新聞』には、そんな事件は載ってなかったな」
「新聞社には口止めをしています。1ヶ月に10件も村が壊滅するなど、公表するには、あまりに恐ろしい事件ですから」

 いつかきっと、新聞社は縫い合わされた口を開くだろう、とダンテは思った。
 彼らは情報を吐き出す底なしの沼だ――沼に栓をするなど、できはしないのだ。

「相手はワイバーン、しかも群れだ。飛行能力があるモンスターの狙い目を予想するのは難しいが、まだ特定はできていないのか?」
「わたくし達は王国騎士団ですわ。襲撃地を予想し、一度迎撃に成功しましたの」

 アルフォンスとハイデマリーの表情に、かげりが射した。

「……それが、を呼び出す引き金になったのです」

 やつが誰かなど、もう説明するまでもないだろう。

「騎士団に所属するモンスター研究家の協力で、二度目の迎撃場所を割り出した黄騎士ききしのモンドール・バッテルが、ワイバーン討伐に向かいましたわ。一度目に敵を撤退に追い込んだ、老練ろうれんの騎士ですの」
「バッテル殿とは、小型の伝書ドレイクを使って頻繁ひんぱんに通信をしていましたが、ある日急に途切れました。複数の騎士部隊を向かわせたとき……やつがいました」

 アルフォンスが取り出したのは、大きな竜を模した駒。
 その駒が騎士の前に置かれた――どちらが生き残ったのかは、明確だ。

「唯一の生存者の証言によると、それ――金色のドラゴンは片方の角が欠け、並のドラゴンの倍ほどの巨躯で、人語を解し、真っ青な炎を吐いたそうです。鱗は魔力を有した斬撃も射撃も弾き、爪を振るうだけで騎士の甲冑が紙のように裂けた、と」
「騎士甲冑は新人のものであっても、魔法による防御が施されていますわ。それを真っ二つにして、噛み千切るなんて……ドラゴンでも、とうてい信じられませんわ」

 ダンテの右手の指先に、力がこもった。
 たいていの人間はドラゴンに知り合いなどいないだろうが、彼の場合は別だ。
 かつての自分の罪が、何人の騎士を殺し、何人の罪なき人間の命をもてあそんだのかを考えると、心臓の奥から怒りがこみあげて来る。
 それと同じくらい、罪が生まれる瞬間に立ち会った自分にも苛立つのだ。
 グライスナー兄妹には、きっと彼が心の奥に秘める激情に気付かないだろう。

「金色のドラゴンがワイバーンを率いているのは、明らかでした。やつの襲来で他のモンスターに統率が生まれ、様子を見に来た騎士部隊も壊滅したのです」
「やつらはもう、モンスターの群れというよりは、立派な戦闘集団ですの」
「私達は連中を『竜部族トライバル』と呼ぶようにしました。国家を脅かす種族……これはすでに、侵略戦争のきっかけになりつつあるのです」
「人間に反旗はんきひるがした部族、か」

 ダンテはじっと、ドラゴンの駒を見つめた。
 これをのは自分なのだと、クロードに言われずとも、彼は理解していた。
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