追放された美少女を助けた底辺おっさんが、実は元”特級冒険者”だった件について。

いちまる

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おっさん、A級冒険者の闇を暴く

迫りくる過去

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「――やった、B級に昇格だーっ!」

 冒険者ギルドに、セレナのはしゃぐ声が響いた。
 『竜王の冠』のメンバーを救出して、闇ギルドの悪党を退治した実績によって、『セレナ団』はたった一度のクエストでB級へと昇格したのだ。
 当然、こんな事例はほとんどなく、冒険者達の視線はセレナ達に集まる。
 それがリーダーであるセレナには、たまらなく嬉しかった。

「やったね、セレナ」
「エヴリンさんにも事情を話して、『竜王の冠ドラゴンクラウン』も無事に再結成しましたし、万々歳です」

 オフィーリアの言う通り、残されたエヴリン達はアポロスの真実を聞かされた。
 ギルド側には「さらわれたアポロスは、弟の恨みを買って殺された」と報告していたが、真実は知っての通り「アポロスとテミスが結託けったくし、仲間を殺そうとした」だ。
 この事実を聞かされた元パーティーメンバーはひどくショックを受けたが、エヴリンは驚くほど立ち直りが早かった。
 もしかすると、彼女は薄々、事実を悟っていたのかもしれない。

『私達は、まだ諦められない。おとしめられた名誉は、私が取り戻すわ』

 アポロスのためでなく、彼の名誉に縋る仲間を、正しい道に戻るべく。
 彼女は自分がリーダーとなって、『竜王の冠』の名前を引き継ぐことにした。
 元メンバーもそれに共感し、エヴリンのもとにつくと決めた。
 今はまだ冒険者活動もできず、周囲からは「C級に助けられてリーダーも失ったみっともないパーティー」と称されているが、じきに汚名は返上できるだろうと、ダンテは思った。

「色々あったが、俺達も晴れてB級だ。でも、これで満足はしてないんだろ?」
「トーゼン!」

 ダンテの問いかけに、セレナは歯を見せて笑う。

「あたしの目標は、国一番の冒険者でA級冒険者! 夢を叶えるまで、あたし達は絶対に止まらないから、ダンテもついてきてよね!」
「当たり前だ。お前だけに任せてたら、どこで転ぶか分からないからな」
「なにおーうっ!」

 ぷんふかと頬を膨らませるセレナの肩を、リンとオフィーリアが叩く。

「その心配ならないよ、ボクがセレナを支えるから」
「私も、皆様に助けられた恩があります。いえ、そうでないとしても、きっと『セレナ団』と共に進み続けるはずですから」
「……いい仲間を持ったな」

 ダンテが珍しく笑うと、セレナが首を傾げた。

「持ったなって……なんで他人事なのさ」
「え?」
「ダンテだって仲間でしょ? だったらもっと、あたしを支えてよね!」

 生意気な、どこまでも調子に乗った口調。
 それなのにダンテにとって、これほどまでに嬉しく、心に響く言葉はなかった。
 ――ああ、あの時彼女といる道を選んでよかった。
 心の中でひとりごちるダンテに背を向けて、セレナは勢いよく手を掲げた。

「よーし、B級昇格祝いにさっそく酒場でお祝いだーっ! 代金は全部あたしが持つから、遠慮なくじゃんじゃん飲んでいいよーっ!」
「随分と太っ腹だね、セレナ」
「そりゃそうだよ! 昨日賭けで大勝ち……あっ」

 しまった、とセレナが口を手でふさいだ時には、もう遅い。
 禁止されているはずのギャンブルに手を出したセレナを、リンとオフィーリアがじっとりと睨んでいるからだ。

「セレナさん?」
「その話、ちゃんと聞かせてよね」
「あー、えーと、あの……ごめん、やっぱり今日はお祝いなしーっ!」

 言うが早いか、セレナはどたばたと駆け出してギルドの外に出た。

「リンさん、逃げました!」
「逃がさない。ダンテ、追いかけるよ」
「任せろ、今度こそしっかり説教を――」

 リン達に続いてダンテが走りだそうとした時。

「随分と人間に馴染んだみたいだね、ダンテ?」

 彼の後ろから、クロードの声が聞こえてきた。
 白い髪をなびかせる、ダンテを縛り付ける呪縛じゅばくの声の持ち主だ。
 間違いなくダンテの後ろにいるというのに、誰も彼に気付かないし、クロードがいると指摘する者もいない。
 まるで、彼が見えているのはダンテだけである、とでもいうかのように。

「悔しそうな声だな、クロード。俺はお前が地団駄じだんだを踏むのが、心底楽しいんだがな」
「いいや、残念なのさ。君がこれから、どれほどの苦難の道を渡ることになるのかを想像すると、同情するくらいにはね」
「お前の同情なんか、どうせ自分の利益にならない者へのあわれみだろうが」
「まあ、そうとも言うね」

 クロードは相変わらず、人を食った態度でくすくすと笑う。

「で、俺のところに来たのは、人を小バカにするためか? それだけなら目障めざわりだ、真っ二つにされる前に消えろ」
「いいや、違うよ。今日は君に、警告しに来たんだ」
「警告?」

 ダンテが振り向くより先に、クロードの冷たい指が彼の首筋に触れる。
 氷よりもずっとひんやりとした、死人のような指だ。

「ダンテ、君のが君に追い付いたんだ。逃げ続けていた自分自身の過ちと向き合う時が、とうとう来たんだよ」
「俺の罪だと?」
「そうとも、君自身が一番よく知ってるはずさ」

 クロードの指が、亡霊のように消えてゆく。

「君はいずれ罪をつぐなう重みに耐えきれず、我々のもとに返ってくる。その時、君はやっと本来のダンテ・ウォーレンに戻れるのさ……罪を恐れない、真の兵器として、ね」
「どういう意味だ、クロード」
「いずれ分かるよ。今は、目の前のお客さんに集中した方がいい」

 ふわりと霧散する声に問いかけようとしたダンテだったが、彼はすぐに、クロードが指し示した「お客さん」の意味を悟った。

「ダンテーっ!」

 なんと、ギルドの入り口からセレナとリン、オフィーリアが戻ってきたのだ。
 しかも彼女達を、鈍色にびいろの甲冑をまとった騎士が、逃がさないように囲んでいる。
 いくら新進気鋭の冒険者といえど、20を超える騎士に拘束されているのでは、戦闘も逃亡もかなわない。

「お前ら!」

 どうして獅子と蛇の紋様が彫り込まれた鎧の騎士――王国騎士が冒険者ギルドになだれ込んできたのかはさっぱりだ。
しかし、仲間に手を出されて黙っているほど、ダンテは甘くない。
 ギルド中の人々が騒ぐ中、ダンテはホルスターからナイフを抜こうとした。

「――動くな」

 ところが、彼の後ろにいた誰かの声と共に、ダンテの背中に刃が当たった。
 少しだけ振り向くと、さっきまでクロードがいたところに、いつの間にか純白の鎧を着た騎士が立っていたのだ。
 しかも彼が握っている剣も、刃から柄まで、すべて真っ白だ。

「……お前……」

 ダンテは彼を知っていた。
 彼もきっと、ダンテを知っている。

「ダンテ・ウォーレン。西部王国騎士駐屯所まで、ご同行願います。拒むのなら、仲間の命は保証しません」

 張り詰めた空気がギルドを支配する中、精悍せいかんな声が響いた。

「貴方が犯した罪を――償ってもらいます」

 兜の奥の蒼い瞳が、ダンテを捉えて離さなかった。
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