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おっさん、A級冒険者の闇を暴く
巨怪な亭主
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その後、ダンテ達はタウラン中の宿に聞き込みをしたが、目立った成果は得られなかった。
アポロスや『竜王の冠』のメンバーを見た人は多くいたが、どこに行ったか、何をしていたかと聞くと、誰もが知らないと答えるのだ。
太陽が空の真ん中を通り過ぎる頃には、もうほとんどの宿に足を運んだというのに、情報はひとつも集まっていなかった。
「うーん、誰もアポロスがどこに行ったか知らないなんて、おかしくない?」
あまりに進展がない現状を前にして、セレナはタウランの街を疑い始める。
「もしかして、街の皆がグルなのかも」
「そりゃないな。俺達が聞き込みをした相手は、嘘を言ってる顔じゃなかった」
リンも同意したが、ダンテは首を横に振った。
「ここは冒険者ギルドほどじゃないが、冒険者や行商人の往来が多い。それにほとんどの冒険者にとって、タウランはあくまで中継地点だから、長居もしないんだよ」
冒険者が受注するクエストのほとんどには、達成期限が存在する。
万が一の事態を想定して、常にきびきびと行動するのが彼らの常だ。
「先ほど話を聞いた方も、冒険者は皆、朝方には宿を出るとお話しされていましたね」
「そうかなー? あたし達、いっつも太陽が昇ってから出発するよ?」
「お前が朝に弱いからだよ」
ダンテの言う通り、リーダーが寝坊助なのが本来はおかしいのだ。
「この辺りじゃあ、あそこが最後の宿だな。確か、『テミスの宿』だっけか」
さて、彼が指さした先にあるのは、周りと比べて少し綺麗な宿。
古びたところに泊まるよりはよっぽど人気がありそうだが、なぜか人の気配がない。
「ちょうど2カ月ほど前にできたらしいですね。施設も比較的新しいのですが、従業員が足りなくて、宿を閉めている日も多いみたいですよ」
「期待はできないが……まあ、話だけでも聞いてみるか」
ひとまず4人は宿の扉を開き、辺りを見回した。
煉瓦造りの建物はどこか薄暗く、肌を撫でるような冷たい雰囲気が漂っている。
「すいませーん、誰かいませんかー?」
「ボク達、ちょっと聞きたいことが……ひっ!」
セレナとリンが声を上げた時、奥からぬっと誰かが姿を見せた。
同時に、ふたりが息を呑んだ。
「――いらっしゃイ」
というのも――彼女達の前に現れたのは、白いマスクで顔を覆った巨漢だったからだ。
ダンテより頭ひとつ分大きい背丈。
素肌の上から青いオーバーオールを羽織り、口元と目しか見えないつるつるのマスクをつけたさまは、モンスターのようである。
「……すみませン、幼い頃に顔にやけどを負ってしまいましたのデ、被り物をしていまス」
亭主もセレナ達の反応から何かを察したのか、ぺこりと頭を下げた。
すっかり怯えているふたりを脇にどけて、代わりにダンテが彼と話す。
「気を悪くさせてすまなかったな。あんたがここの亭主か?」
「はイ、テミスと申しまス。皆様は、宿をお探しでしょうカ」
「まあ、そんなところだ。ついでに、ちょっと探し物をな」
ダンテは胸ポケットからアポロスの人相書きを取り出して、亭主――テミスに見せた。
「この男について、何か知らないか?」
わずかな沈黙。
その間に、テミスの視線が泳いだのを、ダンテは見逃さなかった。
「……いいエ、知りませんネ。こんな冒険者は、一度も泊まっていませン」
「そうか。ところで、部屋は空いてるか?」
「……ええ、空いてまス。うちは人手が足りませんのデ、今日は皆様だけの貸し切りにするとしましょウ」
テミスがマスクの奥で笑顔を見せると、セレナ達の顔もぱっと華やいだ。
「貸し切りだって! やったね、ダンテ!」
「何だかセレブっぽいね、わくわく」
「よろしけれバ、ランチでもいかがですカ? 質の良い牛肉が……」
おまけにランチまで提供してくれるのだから、ふたりとしては嬉しい限りだ。
喜び勇んで宿の中に入ろうとしたセレナとリンだったが、前者をダンテが、後者をオフィーリアが制した。
「いや、いい。外で食べるから、部屋だけ用意しておいてくれ」
「分かりましタ。では、お戻りになられたらお声かけくださイ」
テミスは一行を引き留めなかった。
深々ともう一度頭を下げた彼を置いて、一行は宿の外に出る。
そうしてやっと、彼とオフィーリアはセレナ達を解放した。
「ちょっと、ダンテ! せっかくランチを用意してくれるって言ったのに、なんで断っちゃうのさ!」
地団太を踏んで怒るセレナだったが、すぐに彼女の怒りは収束していった。
何故かというと、いつもよりずっと神妙なダンテの顔を見てしまったからだ。
「……あいつ、なんでアポロスが冒険者だって知ってるんだろうな?」
「え?」
「俺はアポロスの職業について一言も話してないし、人相書きしか見せてないのに、あいつは冒険者だと断言した。おかしいと思わないか?」
言われてみれば、確かに。
彼が見せたのはアポロスの顔だけで、それ以外の情報はひとつも伝えていない。
なのに、あのテミスという宿の亭主は、ダンテ達が探している男の正体が冒険者であると知っていたのだ。
さらにダンテは、テミスのおかしな点を指摘してゆく。
「それにあいつの視線は、俺達を見ちゃいない。見てたのは、俺達の武器だ」
マスクの奥で動く瞳の向かう先は、セレナやリンの持ち物。
要するに、売り払った時に金になりそうな装備である。
「……高価な品を、見定めていたと?」
「俺の憶測だけどな。セレナとリンだって、亭主のおかしなところに気付いただろ?」
豪華な料理につられていた猫耳コンビも、テミスの態度や様子を思い返してみる。
マスクと巨大な体躯以外は、温厚な宿の亭主だという印象を受けていたが、よくよく考えてみれば違和感があった。
「……爪が緑色だった。変な花の匂いもした……毒、かな」
セレナが察したのは、不自然な匂いと指先を染める色。
獣人の嗅覚が、ただの染色ではないと警告している。
「ちらちら宿の廊下の方を見てた。考えすぎだと思ってたけど……」
リンが勘付いたのは、テミスの視線。
誰もいない廊下の奥を、どうして彼が見たのだろうか。
謎はいくつも重なるが、結論はひとつ。
「考えすぎじゃない。間違いなくあの亭主は今回の一件に関わってる」
ダンテは振り返り、テミスの宿を睨んだ。
「だったら――罠に飛び込んでやろうじゃないか」
宿の2階の窓から、誰かがこちらを見ている気がした。
アポロスや『竜王の冠』のメンバーを見た人は多くいたが、どこに行ったか、何をしていたかと聞くと、誰もが知らないと答えるのだ。
太陽が空の真ん中を通り過ぎる頃には、もうほとんどの宿に足を運んだというのに、情報はひとつも集まっていなかった。
「うーん、誰もアポロスがどこに行ったか知らないなんて、おかしくない?」
あまりに進展がない現状を前にして、セレナはタウランの街を疑い始める。
「もしかして、街の皆がグルなのかも」
「そりゃないな。俺達が聞き込みをした相手は、嘘を言ってる顔じゃなかった」
リンも同意したが、ダンテは首を横に振った。
「ここは冒険者ギルドほどじゃないが、冒険者や行商人の往来が多い。それにほとんどの冒険者にとって、タウランはあくまで中継地点だから、長居もしないんだよ」
冒険者が受注するクエストのほとんどには、達成期限が存在する。
万が一の事態を想定して、常にきびきびと行動するのが彼らの常だ。
「先ほど話を聞いた方も、冒険者は皆、朝方には宿を出るとお話しされていましたね」
「そうかなー? あたし達、いっつも太陽が昇ってから出発するよ?」
「お前が朝に弱いからだよ」
ダンテの言う通り、リーダーが寝坊助なのが本来はおかしいのだ。
「この辺りじゃあ、あそこが最後の宿だな。確か、『テミスの宿』だっけか」
さて、彼が指さした先にあるのは、周りと比べて少し綺麗な宿。
古びたところに泊まるよりはよっぽど人気がありそうだが、なぜか人の気配がない。
「ちょうど2カ月ほど前にできたらしいですね。施設も比較的新しいのですが、従業員が足りなくて、宿を閉めている日も多いみたいですよ」
「期待はできないが……まあ、話だけでも聞いてみるか」
ひとまず4人は宿の扉を開き、辺りを見回した。
煉瓦造りの建物はどこか薄暗く、肌を撫でるような冷たい雰囲気が漂っている。
「すいませーん、誰かいませんかー?」
「ボク達、ちょっと聞きたいことが……ひっ!」
セレナとリンが声を上げた時、奥からぬっと誰かが姿を見せた。
同時に、ふたりが息を呑んだ。
「――いらっしゃイ」
というのも――彼女達の前に現れたのは、白いマスクで顔を覆った巨漢だったからだ。
ダンテより頭ひとつ分大きい背丈。
素肌の上から青いオーバーオールを羽織り、口元と目しか見えないつるつるのマスクをつけたさまは、モンスターのようである。
「……すみませン、幼い頃に顔にやけどを負ってしまいましたのデ、被り物をしていまス」
亭主もセレナ達の反応から何かを察したのか、ぺこりと頭を下げた。
すっかり怯えているふたりを脇にどけて、代わりにダンテが彼と話す。
「気を悪くさせてすまなかったな。あんたがここの亭主か?」
「はイ、テミスと申しまス。皆様は、宿をお探しでしょうカ」
「まあ、そんなところだ。ついでに、ちょっと探し物をな」
ダンテは胸ポケットからアポロスの人相書きを取り出して、亭主――テミスに見せた。
「この男について、何か知らないか?」
わずかな沈黙。
その間に、テミスの視線が泳いだのを、ダンテは見逃さなかった。
「……いいエ、知りませんネ。こんな冒険者は、一度も泊まっていませン」
「そうか。ところで、部屋は空いてるか?」
「……ええ、空いてまス。うちは人手が足りませんのデ、今日は皆様だけの貸し切りにするとしましょウ」
テミスがマスクの奥で笑顔を見せると、セレナ達の顔もぱっと華やいだ。
「貸し切りだって! やったね、ダンテ!」
「何だかセレブっぽいね、わくわく」
「よろしけれバ、ランチでもいかがですカ? 質の良い牛肉が……」
おまけにランチまで提供してくれるのだから、ふたりとしては嬉しい限りだ。
喜び勇んで宿の中に入ろうとしたセレナとリンだったが、前者をダンテが、後者をオフィーリアが制した。
「いや、いい。外で食べるから、部屋だけ用意しておいてくれ」
「分かりましタ。では、お戻りになられたらお声かけくださイ」
テミスは一行を引き留めなかった。
深々ともう一度頭を下げた彼を置いて、一行は宿の外に出る。
そうしてやっと、彼とオフィーリアはセレナ達を解放した。
「ちょっと、ダンテ! せっかくランチを用意してくれるって言ったのに、なんで断っちゃうのさ!」
地団太を踏んで怒るセレナだったが、すぐに彼女の怒りは収束していった。
何故かというと、いつもよりずっと神妙なダンテの顔を見てしまったからだ。
「……あいつ、なんでアポロスが冒険者だって知ってるんだろうな?」
「え?」
「俺はアポロスの職業について一言も話してないし、人相書きしか見せてないのに、あいつは冒険者だと断言した。おかしいと思わないか?」
言われてみれば、確かに。
彼が見せたのはアポロスの顔だけで、それ以外の情報はひとつも伝えていない。
なのに、あのテミスという宿の亭主は、ダンテ達が探している男の正体が冒険者であると知っていたのだ。
さらにダンテは、テミスのおかしな点を指摘してゆく。
「それにあいつの視線は、俺達を見ちゃいない。見てたのは、俺達の武器だ」
マスクの奥で動く瞳の向かう先は、セレナやリンの持ち物。
要するに、売り払った時に金になりそうな装備である。
「……高価な品を、見定めていたと?」
「俺の憶測だけどな。セレナとリンだって、亭主のおかしなところに気付いただろ?」
豪華な料理につられていた猫耳コンビも、テミスの態度や様子を思い返してみる。
マスクと巨大な体躯以外は、温厚な宿の亭主だという印象を受けていたが、よくよく考えてみれば違和感があった。
「……爪が緑色だった。変な花の匂いもした……毒、かな」
セレナが察したのは、不自然な匂いと指先を染める色。
獣人の嗅覚が、ただの染色ではないと警告している。
「ちらちら宿の廊下の方を見てた。考えすぎだと思ってたけど……」
リンが勘付いたのは、テミスの視線。
誰もいない廊下の奥を、どうして彼が見たのだろうか。
謎はいくつも重なるが、結論はひとつ。
「考えすぎじゃない。間違いなくあの亭主は今回の一件に関わってる」
ダンテは振り返り、テミスの宿を睨んだ。
「だったら――罠に飛び込んでやろうじゃないか」
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