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おっさん、A級冒険者の闇を暴く

アポロスという男

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「――ダンテさん。これが、アポロス・ハービンジャーの情報です」

 翌日、ダンテはとある喫茶店のカウンターで複雑な顔をしていた。
 というのも、彼の行きつけであるこの店は情報屋を兼ねているのだが、いつもダンテが欲しがるを先に仕入れているのだ。
 大きな窓から陽の光が差す店内には、自分しかいない。
 だからダンテは、顔をしかめるのも隠さず、大きなため息をついた。

「頼んでもないのに、これだけの量の情報を集めて来るとはな。まったく、お前は俺達の話を盗み聞きでもしてるのか?」
「さあ、どうでしょう」

 喫茶のマスターは、相変わらずカップを拭きながら小さく微笑むだけ。
 ダンテが彼の指を折っても、爪を剥いでも、情報の仕入れ先など話してはくれないだろう。

「お代は言い値で構わない。銀行の番号だ、いつでも取りに行ってくれ」

 諦めと感謝を半分ずつ混ぜたような顔で、ダンテはカウンターの上に置かれた書類を手に取った。
 表紙に記されている人相書きは、間違いなくアポロス。
 つまりダンテは、アポロスに関する情報をマスターから集めようとしていたのだ。

「……アポロス・ハービンジャー、22歳。性別は男性、4年前から冒険者になって、3年でA級冒険者に昇格。出身は……テンガンダ、西にある小さな町だな」
「ご存知ですか?」
「昔、一度だけ行ったことがある。よそ者嫌いで閉鎖的な町だ」

 資料をぺらぺらとめくっていくダンテは、いつもマスターの諜報ちょうほう能力に驚かされる。
 自分の出生地、年齢はもちろん、アポロス自身も知らない秘密だって、マスターの手にかかれば半日以内におおやけのもとに晒されるだろう。

「実力は『騎士形式調査きしけいしきちょうさ』で5段階中4段目、A級冒険者にしては平均的。高難度クエストの成功率は……100パーセント?」

 そして今回も、マスターはダンテが手を止めるほど奇妙な情報を集めてきてくれた。

「彼のクエストには、失敗した記録がありませんでした。どのようなものでも、結果としては必ず成功させて戻ってきています」

 すぐそばに置かれたコーヒーをすすり、ダンテは思案にふけるる。
 クエストに失敗しない冒険者など、普通は存在しえない。
 初心者の頃の簡単な失敗や、慣れてきた頃の大ポカ、熟練者が必死に挑んだ末の撤退も含めて、どんな冒険者も一度は必ず敗北を味わうものだ。
 ところが、このアポロスという男は、そんな敗北の味を知らないらしい。
 ダンテですら、手痛い失敗を何度も経験しているというのに。
 ただのA級冒険者とは思えない、奇妙な違和感を覚えながら、ダンテは言った。

「同時期に将来有望とされていた冒険者は、『風詠かぜよみ』パーダンと『ナイスガイ』のロッキーカット……どっちもA級確定と言われてたが、死んでるな」
「パーダンはクエスト中に野党に襲われて死亡、ロッキーカットは街で酒を飲み過ぎて中毒死しています。どちらも3年前……アポロスがA級に昇格する時期ですね」

 どちらの冒険者も、ダンテは多少なり知っている。
 そのふたりが、アポロスがA級冒険者になるタイミングで死んでいるなど、普通は疑って当然だろう。
 なのに、誰も疑問を抱かないのは、アポロスのクエスト成功率が手助けしているのか。
 あるいは――彼の邪魔をする者が死ぬと、理解してしまったからだろうか。

「クエスト達成率100パーセントに、消えた邪魔者……あいつをカリスマと勘違いする奴や、ビビって刃向かえない奴が増えるのも分かるぜ」
「そのような現状を、ダンテさんはご存じなかったので?」
「興味がなかったから、観察しようとも思わなかったよ。調べてみるとなんとも胡散臭うさんくさい男だが……ん?」

 ふと、ダンテは資料の隅に記された情報に目を留めた。

「……弟? アポロスには、弟がいるのか?」
 あのアポロスに弟がいると、ここで聞くまで彼は知らないままだったはずだ。
「はい。ですが、現在は死亡しています」

 しかも死亡していると聞かされ、流石のダンテもカウンターから身を乗り出した。

「確かか?」
「テンガンダに記録があり、墓標が立っています。間違いないかと」

 墓標があり、町の人々が口を合わせて死んだのだと言えば、その人物は死んでいる。
 ――確証など、どこにもないまま。

「……は、死んだってわけか」

 ぼそりと、ダンテが呟いた。

「どうかしましたか?」
「いや、何でもない。情報ありがとよ」

 資料をマスターにつき返し、ダンテは喫茶店を後にした。
 中身をすっかり覚えた彼が迷路のような路地を抜け、大通りに出ると、少し離れたところにセレナ達の姿が見えた。

「皆、待たせたな」
「あ、ダンテ!」
「どこ行ってたの?」

 仲間達も手を振り、彼のところに駆け寄ってくる。

「ちょっと情報を集めてたんだ。今回のクエストはモンスターでもただの人間でもない、闇ギルドで仕事を受ける、犯罪のプロ連中だからな」

 彼の話を聞いて、オフィーリアは神妙な顔つきを見せた。

「人間をだまして、襲って殺す、正真正銘しょうしんしょうめいの悪人です。油断はできませんね」

 彼女は『セレナ団』に加入してから何度かモンスターと戦ったが、対人戦闘の経験はほとんどない。
 そもそも、聖霊術は人々を救う力なのだから、人間に向けるのは想定外だ。
 少し不安そうなオフィーリアの隣で、セレナが胸を張って言った。

「だいじょーぶだよ! あたし達、何度も悪い奴らと戦ってきたから! オフィーリアにも悪党をやっつけるコツを教えてあげるよっ!」
「まあ、それは頼もしいです♪」

 手を合わせて喜ぶオフィーリアの反応を見たセレナは、調子に乗って語り出す。

「まずはね、常に相手を疑うこと! 相手はワルモノだから、絶対に嘘をついて……」
「うまい話に乗っかって、さらわれかけたことがあったよね」

 過去の失敗をリンに掘り返されて、じろりと彼女を睨む。

「……他にも、ヒキョーな手段を仕掛けてくるから……」
「カンがいいくせに、しょっちゅう罠に引っかかる奴は説得力がないな」
「もうっ! ダンテもリンも、余計なこと言わなくていいんだよーっ!」

 ついでにダンテにも注意力の低さを指摘され、セレナはふたりをぽかぽかと叩いた。
 そこもセレナのいいところだと、あえてふたりは言わなかった。
 オフィーリアもまた、ダンテ達の意図を知っているようで、くすくす笑うだけだった。
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