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おっさん、幽霊屋敷に行く
大聖霊の鉄拳!
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どれくらい、時間が経っただろうか。
「……ここは……」
頬にくっつくぬかるみの不快感で、セレナとリンは目を覚ました。
のそりと起き上がった彼女達が辺りを見回すと、綺麗なのに恐ろしい雰囲気の漂う屋敷の内装はどこにもない。
あるのは、服や手を汚す泥と、一面に立ち込める霧だけだ。
「ぬめぬめしてて、生臭くて……間違いない、ヴォルコン湿原だよ……!」
「ということは、あたし達、外に出られたんだ!」
つまりここは――テラーハウスの外である。
「「やったーっ!」」
ふたりは顔を見合わせて、大袈裟に抱き合った。
生きて幽霊屋敷から脱出できた喜びを噛みしめていると、少し離れたところから、ダンテが歩いてきた。
「セレナもリンも、無事みたいだな。それで、オフィーリアは……」
ダンテの声で、セレナ達は振り向く。
3人のすぐそばでは、オフィーリアが自身の手のひらを見つめて、震えていた。
「信じられません。私、歳をとっていません!」
なんと彼女は、テラーハウスに食べられた時の姿のまま、外に出てきたのだ。
つまり50代前半の彼女の外見は、まだ20代の若い容姿だった。
「異空間に長く居すぎて、影響を強く受けすぎたのかもな。聖霊術士が持つ聖なる力には、老化を防ぐとも聞いたことがあるが……おばあちゃんになるよりは、ましだろ」
「……それもそうですね」
オフィーリアが自分を納得させるように頷くと、何かが湿原を踏みしめる音が聞こえた。
『ギイ、ギイイイイッ!』
一行の背後から、のそりと姿を現したのは、テラーハウスだ。
目を爛々と輝かせ、ダンテの攻撃を受けてぐちゃぐちゃに切り裂かれた口を大きく開けるさまは、もう幽霊屋敷とは呼べない。
口からレイスを吐き出して従える、立派なモンスターである。
「ぎゃーっ!」
「幽霊屋敷がまだ生きてるーっ!」
セレナとリンが悲鳴を上げて、もう一度抱き合った。
「腹をかっさばいてやったのに、まだ叫んでレイスを呼び出す気力があるとはな。幽霊は幽霊らしく、地獄に叩き落として……」
ダンテはナイフを振るい、今度こそ完全にテラーハウスを斬り刻むつもりでいた。
「いいえ、ダンテさん。私が倒します」
だが、彼より先に、オフィーリアが躍り出た。
「オフィーリア、無理はするな。30年前より、こいつは間違いなく強くなってるぞ」
「もちろん、分かっています。でもそれは、私も同じです!」
ぐっと拳を握り締めるオフィーリアの赤い目には、勇猛さが灯っている。
30年も罪を償うと言って己を誤魔化した弱さを、ここで清算するつもりでいるのだ。
「これまでの私は、テラーハウスという罪を背負い、立ち向かうことすら諦めていました。ですが己と向き合い、前に進むと決意した私の敵ではありません!」
オフィーリアは手を天高く掲げ、叫んだ。
「力をお貸しください――大聖霊『ミカエラ』!」
すると、曇り空に切れ目が生まれ、そこから彼女のもとに光が降り注いだ。
テラーハウスやレイスが目を細めるほどの強烈な光の中から姿を現したのは、山羊や蝶のように金線で構築された、荘厳な大天使。
しかも手を握り、祈りを捧げるそれは、幽霊屋敷の倍近い背丈もあるのだ。
「わあ、すごく綺麗……」
「天使様なんて、ボク、初めて見た……」
思わずセレナ達も見惚れる神々しさに、ダンテも感心する。
(聖なる力の量が、さっきまでの聖霊とは段違いだ。セレナ達もそうだが、どうやらオフィーリアってのは、聖霊術の天才だったみたいだな)
3人も天才に巡り合える自分の幸運を噛みしめながら、ダンテは聖霊の攻撃を予想する。
聖霊はその生き物が持ちうる技を、自分の技として使う傾向がある。
山羊の突進や蝶の鱗粉から察するに、天使ならば穏やかな歌声や、聖なる光で敵を浄化するような攻撃を行うのだろうかと、ダンテは思った。
ところが、彼の予想は裏切られた。
「――聖霊の鉄拳を、くらいなさいッ!」
オフィーリアの声と共に振り下ろされた――鬼の形相の、天使の拳によって。
『オゴバガアアアアアアアッ!?』
玄関を殴り潰され、レイスもろともひしゃげたテラーハウスの悲鳴によって。
「「「……ゑ?」」」
ダンテ達がぽかんとする中、オフィーリアは叫んだ。
「おおおおおおおッ!」
30年以上積み重ねられた激情の怒号と共に、天使も凄まじい顔に変貌し、目にも留まらぬ拳のラッシュをテラーハウスに叩き込んだ。
『『ガバギギャギャギャギャアアアアアアアーッ!?』』
絶叫する幽霊屋敷はレイスを吐き出す反撃や、再生を試みようとしたが、1秒当たり少なくとも5発は叩き込まれる鉄拳を受け続ければ、そのどちらも叶わない。
白目を剥いて殴り続ける天使と、ぐしゃぐしゃに破壊されてゆく幽霊屋敷。
子供が見れば、泣いて逃げるほどの恐ろしい光景である。
セレナとリンに至っては、肩をしっかりとつかみ合って震える始末だ。
「これで……終わりですッ!」
一方的な暴力は、とうとうオフィーリアの声と、天使の渾身の右ストレートで終わった。
光り輝く拳が、テラーハウスを原形が残らないほど破壊しつくしたのだ。
『アガ、ガ、ガアァ……』
幽霊屋敷は小さく呻くと、ぴくりとも動かなくなった。
レイスもまた、宿主を失うと姿を保てないようで、悲鳴を上げながら霧散してゆく。
「うわあ、幽霊屋敷が粉々になっちゃった……」
「天使様って意外とバイオレンスなんだね……」
ふたりが大聖霊が光の粒になっていくのを見届けてから、ダンテはテラーハウスだった、木材のような肉片を集めてゆく。
「テラーハウスの残骸は残ってるな。これを持って帰れば、クエストは達成だ……どうした、オフィーリア?」
ふと、彼はオフィーリアを見た。
テラーハウスを倒したのは彼女だというのに、その顔に喜びはない。
「……この勇気を……30年前に、持っていれば……私は……」
きっと、未だに後悔の念が彼女の中には渦巻いているのだろう。
自分を変えると言っても、すぐに変われないことくらい、ダンテも知っている。
だから彼は、オフィーリアの肩を叩いて言った。
「後悔も苦しみも抱えて、歩き続けるんだ。俺達には、それしかできないんだからな」
それからセレナとリンを見て、何かを伝えるように片方の眉を上げた。
幸いにも、彼の意図は彼女達に通じたようだ。
ふたりはとてとてと歩いてきて、オフィーリアの両手を握った。
「ダンテ、オフィーリア、王都に帰ろうっ!」
「お腹ペコペコ。ボク、どこかでランチも食べたい」
「ああ、皆で帰るぞ。オフィーリアも一緒にな」
3人の笑顔を見て、少しだけオフィーリアは驚いた顔を見せたが、すぐに微笑む。
「……はい……!」
目じりに浮かんだ涙をぬぐい、彼女は仲間と共にヴォルコン湿原を歩き出した。
いつの間にか霧は晴れ、陽の光が差し込んでいた。
「……ここは……」
頬にくっつくぬかるみの不快感で、セレナとリンは目を覚ました。
のそりと起き上がった彼女達が辺りを見回すと、綺麗なのに恐ろしい雰囲気の漂う屋敷の内装はどこにもない。
あるのは、服や手を汚す泥と、一面に立ち込める霧だけだ。
「ぬめぬめしてて、生臭くて……間違いない、ヴォルコン湿原だよ……!」
「ということは、あたし達、外に出られたんだ!」
つまりここは――テラーハウスの外である。
「「やったーっ!」」
ふたりは顔を見合わせて、大袈裟に抱き合った。
生きて幽霊屋敷から脱出できた喜びを噛みしめていると、少し離れたところから、ダンテが歩いてきた。
「セレナもリンも、無事みたいだな。それで、オフィーリアは……」
ダンテの声で、セレナ達は振り向く。
3人のすぐそばでは、オフィーリアが自身の手のひらを見つめて、震えていた。
「信じられません。私、歳をとっていません!」
なんと彼女は、テラーハウスに食べられた時の姿のまま、外に出てきたのだ。
つまり50代前半の彼女の外見は、まだ20代の若い容姿だった。
「異空間に長く居すぎて、影響を強く受けすぎたのかもな。聖霊術士が持つ聖なる力には、老化を防ぐとも聞いたことがあるが……おばあちゃんになるよりは、ましだろ」
「……それもそうですね」
オフィーリアが自分を納得させるように頷くと、何かが湿原を踏みしめる音が聞こえた。
『ギイ、ギイイイイッ!』
一行の背後から、のそりと姿を現したのは、テラーハウスだ。
目を爛々と輝かせ、ダンテの攻撃を受けてぐちゃぐちゃに切り裂かれた口を大きく開けるさまは、もう幽霊屋敷とは呼べない。
口からレイスを吐き出して従える、立派なモンスターである。
「ぎゃーっ!」
「幽霊屋敷がまだ生きてるーっ!」
セレナとリンが悲鳴を上げて、もう一度抱き合った。
「腹をかっさばいてやったのに、まだ叫んでレイスを呼び出す気力があるとはな。幽霊は幽霊らしく、地獄に叩き落として……」
ダンテはナイフを振るい、今度こそ完全にテラーハウスを斬り刻むつもりでいた。
「いいえ、ダンテさん。私が倒します」
だが、彼より先に、オフィーリアが躍り出た。
「オフィーリア、無理はするな。30年前より、こいつは間違いなく強くなってるぞ」
「もちろん、分かっています。でもそれは、私も同じです!」
ぐっと拳を握り締めるオフィーリアの赤い目には、勇猛さが灯っている。
30年も罪を償うと言って己を誤魔化した弱さを、ここで清算するつもりでいるのだ。
「これまでの私は、テラーハウスという罪を背負い、立ち向かうことすら諦めていました。ですが己と向き合い、前に進むと決意した私の敵ではありません!」
オフィーリアは手を天高く掲げ、叫んだ。
「力をお貸しください――大聖霊『ミカエラ』!」
すると、曇り空に切れ目が生まれ、そこから彼女のもとに光が降り注いだ。
テラーハウスやレイスが目を細めるほどの強烈な光の中から姿を現したのは、山羊や蝶のように金線で構築された、荘厳な大天使。
しかも手を握り、祈りを捧げるそれは、幽霊屋敷の倍近い背丈もあるのだ。
「わあ、すごく綺麗……」
「天使様なんて、ボク、初めて見た……」
思わずセレナ達も見惚れる神々しさに、ダンテも感心する。
(聖なる力の量が、さっきまでの聖霊とは段違いだ。セレナ達もそうだが、どうやらオフィーリアってのは、聖霊術の天才だったみたいだな)
3人も天才に巡り合える自分の幸運を噛みしめながら、ダンテは聖霊の攻撃を予想する。
聖霊はその生き物が持ちうる技を、自分の技として使う傾向がある。
山羊の突進や蝶の鱗粉から察するに、天使ならば穏やかな歌声や、聖なる光で敵を浄化するような攻撃を行うのだろうかと、ダンテは思った。
ところが、彼の予想は裏切られた。
「――聖霊の鉄拳を、くらいなさいッ!」
オフィーリアの声と共に振り下ろされた――鬼の形相の、天使の拳によって。
『オゴバガアアアアアアアッ!?』
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「「「……ゑ?」」」
ダンテ達がぽかんとする中、オフィーリアは叫んだ。
「おおおおおおおッ!」
30年以上積み重ねられた激情の怒号と共に、天使も凄まじい顔に変貌し、目にも留まらぬ拳のラッシュをテラーハウスに叩き込んだ。
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絶叫する幽霊屋敷はレイスを吐き出す反撃や、再生を試みようとしたが、1秒当たり少なくとも5発は叩き込まれる鉄拳を受け続ければ、そのどちらも叶わない。
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きっと、未だに後悔の念が彼女の中には渦巻いているのだろう。
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幸いにも、彼の意図は彼女達に通じたようだ。
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「ダンテ、オフィーリア、王都に帰ろうっ!」
「お腹ペコペコ。ボク、どこかでランチも食べたい」
「ああ、皆で帰るぞ。オフィーリアも一緒にな」
3人の笑顔を見て、少しだけオフィーリアは驚いた顔を見せたが、すぐに微笑む。
「……はい……!」
目じりに浮かんだ涙をぬぐい、彼女は仲間と共にヴォルコン湿原を歩き出した。
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