追放された美少女を助けた底辺おっさんが、実は元”特級冒険者”だった件について。

いちまる

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おっさん、幽霊屋敷に行く

いつでも変われる

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 あまたの命と、たったひとつの命。
 何もかもを自らの足で踏みにじったダンテは、虚空に叫ぶしかなかった。

「たった一度の過ちで、俺は自分の大事なものを奪われた……他でもない、俺自身に」

 腕の中で失われてゆく命の重みを、彼は今でも覚えている。
 どうして、何でこうなったのかと自問自答した回数は、もっと覚えている。

「誰のせいかと問い詰めたよ。いくつも悪の組織を滅ぼして、何人も悪党を殺した。でも、結論は変わらなかった。彼女をあやめたのは、自分だって」

 自分の罪悪感をぬぐい捨てるためだけに、何十、何百という悪党を殺し、悪の組織を滅ぼしたが、彼の心は砕けたままだった。
 当然だ――彼が大事な人を殺した事実は、変わりないのだから。
 だからダンテは、何かが欠けたままの心で生き続けてきた。

「それから何年かは、ひどいさまだ。酒を飲んではケンカをして、橋の下かどこかの軒下で寝るだけの、浮浪者同然の生活をずっと送ってきた」
「…………」
「今みたいに冒険者生活を始めても、生きるためだけにクエストをこなした。そこに人生の目的はない。抜け殻同然の、虚無の人生だ……今のお前と、同じだな」

 ダンテの瞳に、オフィーリアが映った。
 互いに己を許せず、抜け殻のように生き続けてきた者の末路だ。

「でも……俺は今、自分の生き方に価値を見出せてる。あのふたりのおかげだ」

 オフィーリアとは違い、ダンテの目には今、明るい光が満ちていた。
 誰のおかげかなど、言うまでもない。

「一緒に迷い込んだ友人のことでしょうか」

 ダンテが頷いた。

「セレナ・ソーンダーズとリン・ミリィ、あいつらを俺が引き取って……いいや、違うな」

 最初は渋々だった。
「俺を、ふたりが変えてくれたんだ」

 次第に心を許していった。

「……そして、気づいたんだ」

 支え、信じ、友として愛したいと思った。
 なぜならセレナとリンが、教えてくれたからだ。



「――人は、心ひとつでいつでも変われる、ってな」

 ダンテ・ウォーレンはまだ、前に進めるのだと。

「……!」

 暗いオフィーリアの瞳に、驚きの火が灯った。
 幽霊屋敷にいる間、一度だって灯らなかった輝きだ。

「テラーハウスを脱出するのも、喪った人の分まで生きるのも、あのふたりの夢を叶えるためだ。そのためなら、俺はなんだってできるし、やってみせる」

 まだ後ろめたい気持ちはあるが、ダンテはもう歩みを止めない。
 セレナとリンの笑顔を守り、共にA級冒険者になるために。
 そして自分にできたのならオフィーリアにもできると、ダンテは確信していた。

「だからオフィーリア、お前ももう一度、歩き出せるはずだ」

 歯を見せて、ダンテが笑った。
 オフィーリアは思った。
 こうして笑えるようになるまで、どれほどの苦しみを積み重ね、向き合い、乗り越えてきたのだろうか。
 ダンテという人間はどこまで強く――ともすれば弱くあり続けたのだろうか。
 自分もまた、彼のようになれるだろうか。

「……赦されて、いいのでしょうか。過ちと罪を重ねた、私のような人間が」
「その答えは、外で見つければいい」

 少しの間、沈黙が流れた。
 これ以上話すことはないと考えたダンテは、静かに席を立つ。

「ケーキ、美味しかったよ。俺はもう部屋から出るから――」

「――テラーハウスの出口は、恐らく屋敷の一番奥です」

 背を向けたダンテに、オフィーリアが言った。
 振り返る彼の目に飛び込んできたのは、まだ恐れを残しているように震えているが、確かに椅子から立ち上がった彼女の姿だった。
 つまりオフィーリアは――決意の固さはどうあれ、外に出る気でいるのだ。
 ならば、ダンテが協力しない理由はない。

「……出口なのに、屋敷の奥なのか?」
「屋敷の禍々しい力が一番薄まっている場所が、外に繋がっている場所であると仮定するのなら、間違いありません」
「外に向かう気持ちが強ければ強いほど、余計に迷うってわけだな」
「はい、テラーハウスもそれを知っているからこそ、奥に辿り着くのは一筋縄ではありません。こちらの動きは把握されていますし、奴は自分の意志で扉を永遠に閉じられます」
「無理矢理こじ開けることはできないか?」

 オフィーリアが首を縦に振る。

「可能です。ダンテさん、貴方にお任せしても?」
「もちろんだ。といっても、セレナとリンを見つけてからだがな」
「では、迷い込んだお仲間の捜索はこちらが務めます」

 彼女が手のひらをかざし、目をつむる。
 指先からじんじんと温かい感覚が広がり、金色の光が迸る。

「力をお貸しください――『ガヴリール』!」

 そして、目をかっと見開いたオフィーリアが叫ぶと、手のひらから放たれた光が一筆書きで、すらすらと空間に生き物の姿を描き上げた。
 ダンテの目の前に現出したのは、ぐるぐると巻かれた勇猛な角を伴う、金色の雄山羊おやぎだ。

「これは……!」

 金細工にも似た山羊が鳴くと、オフィーリアが背を撫でた。

「私の聖霊術は、神聖なる力を他の生き物の形にして召喚するのに秀でています。この『ガヴリール』は人の生命力を探知するのに秀でているのです」
「そりゃあ、頼りになるな」
「ここが闇の巣窟そうくつで、瘴気しょうきに満ちているとしても、必ず人を見つけ出せるでしょう」

 前衛はダンテが、サポートはオフィーリアが務める。
 彼女の聖霊術は、邪悪なモンスターには効果てきめんだろう。
 もしも物理的な被害を敵がもたらすとしても、ダンテが必ず叩き潰す。
 あとは、ここを脱出する勇気を再確認するだけだ。

「今更聞くまでもないかもしれないが、後悔はないな?」
「もう十分すぎるほど、後悔をしてきました」

 彼の隣に立ち、オフィーリアが拳を握り締める。
 赤い瞳に映るのは、罪で心と体をがんじがらめにする、弱い自分ではない。

「でも、もう終わりです――長く積み重ねた年の功を、活かしてみせましょう!」

 30年の時を経て立ち上がる聖霊術師――オフィーリア・ブルームだ。

「行くぞ!」
「はい!」

 ナイフを抜いたダンテと、山羊の聖霊を従えたオフィーリアは、同時に客室を出た。
 恐怖をもたらすレイスの声を聞いても、どちらの心も揺るがなかった。
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