追放された美少女を助けた底辺おっさんが、実は元”特級冒険者”だった件について。

いちまる

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おっさん、幽霊屋敷に行く

外に出ない理由

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 ふむ、とダンテは考え込むそぶりを見せた。

「……聞いたことがあるな。聖なる存在の力を、自らの肉体に降ろして発現させる術師。魔法の一種だが、邪悪なモンスターを滅する力がとても強い」

 ここだけを聞くと魔法使いのようにも聞こえるが、魔法使いと聖霊術師は別物だ。

「魔法使いは魔導書の魔力を使うが、聖霊術師は精神エネルギーを使って戦う。だから人一倍、精神力が強靭きょうじん……あんたは特に強力だ、違うか?」
「詳しいのですね」

 オフィーリアを見つめて、ダンテは悪戯っぽく笑った。

「少し話せば、だいたいそいつのことが分かる。例えば、オフィーリアがリットエルド王国の出身じゃなく、東のギローヴァ出身だってこともな」

 予想だにしていない彼の推理を聞き、オフィーリアは今度こそ驚いた。

「……どうして、それを……」
「目の色、わずかななまり、爪の色。どれもギローヴァの部族の生まれの証拠だ」
「……驚きました。どうやらダンテさんには、隠し事ができないようです」

 まるでトリックを使ったかのようだが、ダンテにとっては特殊技能ですらない。
 戦闘において用いる、相手の弱点の探り出しを、人間観察に転用しただけだ。
 とはいえ、今回はオフィーリアにとって効果てきめんだったようで、彼女から話を引き出すことに成功した。

「私は聖霊術の使い手で、精神エネルギーが人より多いんです。それを時間経過で回復する範囲で少しずつ食べてゆく……だから、私は生かされています」

 ダンテが聞くよりも先に、自分の力について多くを語りだしてくれたのだ。

「だから、レイスはお前を狙わないし、傷つけもしないのか」
「その通りです。私といれば、出られないにしても、死にはしないでしょう」
「だとしても、妙な話だな」

 ぎし、とダンテが背もたれを揺らす。

「聖霊術を使えば、テラーハウスを内側から破壊できるだろう? どうしてそうしない?」

 ダンテの知る限り、聖霊術は幽霊やより邪悪なモンスターに特効的な力を持つ。
 攻撃を透過するレイスにも致命傷を与えられるし、仮に相手がテラーハウスだとしても、さほど苦労せずに撃破できるだろう。
 しかし、オフィーリアの目には戦いの意志がなかった。

「……私は、外に出るつもりはありません」

 それどころか、屋敷をどうこうしようとも、外に出る気すらないというのだ。
 あまりに消極的な考えに、ダンテは顔をしかめた。

矛盾むじゅんしてるな。人を助けたいと言っておきながら、幽霊屋敷を壊そうと思わないのか?」
「聖霊術師といっても、所詮は修行の身でした。テラーハウスを倒す力もありません」
「試したのか?」
「いえ」

 逃げようとも、戦おうともせず、ただ今を享受きょうじゅするだけ。
 そのせいで、今まで多くの人が食べられてきた。
 しかもセレナとリンまでもが、テラーハウスの犠牲になろうとしているのだ。
 ふたりが無惨に死ぬかもしれないと思っているダンテは、ホルスターにしまわれたナイフを抜き、オフィーリアの眼前に突きつけた。

「いいか、俺の仲間もここに閉じ込められた。そいつらを助けないといけないんだ、悪いが幽霊屋敷を壊す手助けをしてもらうぞ」

 少しでもダンテがナイフを動かせば、彼女の眼球に切れ込みが入るだろう。
 なのに、オフィーリアはまばたきひとつせず、頷きもしないのである。

「私には許されていません。犯した罪を、永遠につぐなわないといけないのです」

 廊下の時もそうだが、彼女には脅しが通じないというか、生き死にの概念にまるで関心がないように見える。
 いつ死んでもいい、生きているのも何かひとつのゆるしを得るため。
 そんな人間に、やはり「殺す」などの脅迫は通じない。
 二度と成立しない脅迫はしないと決めたダンテは、ナイフをテーブルに置いた。

「オフィーリア、お前……ここで、何をしでかしたんだ?」

 ダンテが問うと、オフィーリアの視線が彼からわずかに逸れた。

「……つまらない話です」

 それから少しばかりの間をおいて、語り出した。

「私は、とある名うての聖霊術師のもとで修業を積む、見習いでした」

 オフィーリアの過去の多くは、自分に聖霊術を教えてくれた師匠との思い出にある。
 彼女よりもずっと年上の、ひげをたくわえた老人だ。
 いつからだったかは覚えていないが、才能を見出されたオフィーリアは、聖霊術に卓越した師匠とともに旅を始めた。
 目的は彼女自身の成長と、方々で人を苦しめるモンスターの討伐だ。

「何度かモンスターの討伐にも赴き、師匠に鍛えられ、戦闘経験を重ねていたある日……私と師匠のところに、テラーハウスの討伐依頼が来ました」
「幽霊屋敷の被害者か?」
「屋敷に友人を食べられたと、お話ししたように覚えています」

 霧に紛れて人を食べる、屋敷の姿をしたモンスターの話を聞いたのは、彼女が師事してから5年ほどたったある日のことだった。
 大事な人を奪われた怒りや、悲嘆に満ちた声を彼女達が無視するはずがなかった。

「師匠は私を連れ、テラーハウスを探し、とうとうヴォルコン湿原で見つけました。師匠の聖霊術は熟達したもので、レイスをはねのけ、モンスターを追い詰めました」

 執念深くモンスターを追いかけ、見つけ、戦いを挑んだ。
 もはや勝利は間近であると確信したが――確信自体が過ちであった。

「ですが……一瞬の隙を突いて、無数のレイスが師匠を捕らえたのです。いくら師匠といえど、数えきれないほどのレイスにむさぼられれば、力を失ってしまいます」

 オフィーリアの目に浮かぶのは、いつもと同じ光景。
 レイスに囲まれ、生気を奪われて絶叫する師匠のさまだ。

「……師匠の体が骨ばり、髪が白くなり……死の間際に立った時、私の名を呼びました」
「助けてほしい、か」
「はい……教えた聖霊術で、レイスを追い払ってくれと……」

 初めて目の当たりにした、師匠の危機。
 自分よりずっと強い師匠が悶え、苦しみ、死を恐れて叫び散らす。
 レイスが師匠を食らい尽くしているのを見ているうちに、オフィーリアは自分が涙を漏らし、尿にょうが太ももを伝っているのに気づいた。

「……お前は、どうしたんだ?」

 ダンテが問いかけるまでもなかった。

「私は……私、は……!」

 うつむき、歯を食いしばりながら、オフィーリアは答えた。

「……逃げました……師匠を置いて、ひとりで逃げたんです……!」

 死にたくない。
 その一心で、愛する師匠を見捨てて逃げたのだと。
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