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おっさん、幽霊屋敷に行く
亡霊モンスター、レイス
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「……驚いた」
ダンテは目を開けた。
モンスターに食べられたのだから、胃の中だと思っていた。
「まさか――モンスターの中に、屋敷があるなんてな」
ところが、眼前に広がる光景は、気品あふれる建物の中だった。
ブーツ越しに伝わる青いカーペットの踏み心地、どこまでも続く長い廊下、全体を照らす灯りとやや派手な壁紙は、王都の一等地にある豪邸のようだ。
あまりにも現実味のない光景だが、幻覚の類ではないとダンテは察していた。
(質感は木や煉瓦、鉄そのものか。窓がひとつもなくて、生活感もない、ずっと異様な雰囲気が漂っているのを除けば……ただの長い廊下だ)
ナイフをホルスターから引き抜き、彼は試しにカーペットを裂いてみる。
切れ端となって宙を舞ったカーペットは、たちまち足元に戻ってきた。
(斬っても即座に再生する、か。ただ高い再生能力があるだけじゃない、何かしらのカラクリがあると考えた方がよさそうだな)
色々と予測を立ててはみたものの、特級冒険者ですら経験したことのない事態であるならば、深く考え込むのは時間の無駄だ。
「……ま、突っ立っていても仕方ない。ひとまず進んで、ふたりを探すとするか」
ナイフを手にしたまま、半ば観光気分で、ダンテは歩き出した。
扉はあるが、押しても引いても開かないし、窓がないから景色が変わらない。
長く居続ければ、それだけで気が触れてしまう者もいるだろう。
(どこまで言っても同じ光景で、出口に届かない。幻覚である可能性と、俺達の体ごと異空間に取り込まれた可能性を考慮して、外に出る算段を立てておかないと……)
ちょうど500歩ほど進んだところで、ダンテは振り向いた。
「出て来い。そんなに殺気だってたら、嫌でも気配を感じるぜ」
彼の視線の先には、廊下の奥からぬう、と姿を現す、半透明の何かがいた。
『オオオォ……』
『コオォ……』
人間の形をしているが、全体的に半透明で、下半身がない。
窪んだ眼窩に目玉がないのに、口だけは異様に大きく、舌と前腕がひどく伸びている。
何より――そいつらは、ふわふわと宙を浮いているのだ。
どう見ても幽霊、亡霊の類かと思ってしまうだろうが、ダンテは違った。
(亡霊のモンスター『レイス』。接触した人間の精神エネルギーを捕食して力を奪い、動けなくなった肉体をすする化け物か)
わらわらと這い出てきた幽霊の正体が、モンスターであると知っている。
(普通の武器や防具は、半透明の体をすり抜けるから通用しない。ここに取り込まれた人間は、こいつらに抵抗できないまま食われたと考えてよさそうだ)
ふむ、と指を顎にあてがうダンテめがけて、一斉にレイスが襲いかかってきた。
『『ゴオオォォ……ッ』』
レイスが触れた部位は、精神的なエネルギーを奪われて動けなくなる。
1匹、2匹でも警戒しないといけないようなモンスターが合わせて10匹も迫って来ているのだから、普通の冒険者なら慌てふためき、逃げ惑うに違いない。
「邪魔だ」
もっとも、ダンテはそうではない。
彼がナイフを目にも留まらぬ速さで振るうと、レイスが斬り刻まれた。
『オオオォ……』
悲鳴を上げ、すべてのレイスが塵となって消えてゆく。
ダンテが振るったナイフの刃には、王国で使われている公用語とも、大陸のどこで使われている言語とも違う、楔のような文字が彫り込まれていた。
赤く輝くそれに触れると、レイスが斬られていったのだ。
(ドワーフ族の中でもごく一握りの家系にしか口伝されない技術、『破魔の刻印』。ナイフに刻まれたこれは、実体のない相手にすらダメージを与えられる)
ダンテほどの冒険者になると、幽体相手の対策も常に取り入れている。
ただ、敵を完全に倒したかと言われれば、そんなはずがない。
『オオオ……』
『フォオオォ……』
扉の隙間、灯りの裏側、ありとあらゆるところからレイスが出てきた。
10匹ではダンテを倒せないと思ったのか、今度は50匹を超えるレイスが、蠢きながらじわじわと彼に迫って来ている。
「一度に10匹は真っ二つにしてやったのに、懲りない連中だ。しかも見たところ、まだまだ湧いて出てきそうだな」
どうやらいつもの調子で戦っていては、きりがないらしい。
ならばどうするか。
「仕方ない――スイッチを入れるか」
ダンテの瞳から、光が消えた。
頭の中で『C級冒険者でセレナとリンの保護者』の自分を脇にどけ、『特級冒険者』の自分に切り替えたのだ。
20年以上前と同じとはいかないが、恐るべき覇気はかつてのままだ。
(今の俺なら、本気の1割で最低200匹は同時に斃せる。それでもまだやるつもりだったら、一瞬だけ全力を出す……気は進まないがな)
彼が伴う雰囲気が明らかにずしりと重くなる。
レイス達が本能的な恐怖で、わずかに突撃をためらうほどのプレッシャーが放たれる。
「幽霊共、地獄に堕ちる覚悟はあるか?」
ゆらり、と体を前のめりにして、ダンテがナイフを握る力を強めた時だった。
「――お待ちください」
女性の声が耳に届き、ダンテは攻撃を止めた。
振り返ると、開いた扉の奥から、ゆっくりとひとりの女性が姿を現した。
見たところ20代前半か少し上くらいで、穏やかな雰囲気を伴っている。
「……お前は?」
ダンテはほとんど反射的に、ナイフをレイスから女性に向ける。
相当な殺気を放っているはずなのに、女性はまるで動じない――恐怖に慣れすぎて、自らの死すら些末な出来事となってしまったかのように。
「武器を向けないでください、敵ではありません」
「敵じゃないって言葉はな、敵か、もっと酷い輩だけが口にするセリフだ」
「私も貴方と同じ、外から来た人間です」
少し驚いた様子で、ダンテの目に光が戻ってくる。
女性も落ち着いてはいるが、迫ってくるレイスに焦りを隠せないようだ。
「あのレイスは幽霊屋敷で無尽蔵に生成されます、どれだけ攻撃しても無意味なのです。レイスが唯一近寄らない場所があります、そこで詳しいことをお話ししましょう」
「信用できると思うか?」
「私と会うまで生きていた人も、久しいのです。できるだけ死なせたくはありません」
どうやらこの女性は、自分より前に幽霊屋敷に食べられたらしい。
もちろん、彼女の言葉のすべてが真実であればの話ではあるが、どちらにしても、ここでもたついているのは時間の無駄である。
レイスの声が近づく中、ダンテはナイフをホルスターに収めた。
「……分かった、案内してくれ。ただし、妙な動きを見せたら首を刎ねるぞ」
「ありがとうございます。では、私についてきてください」
そして、女性と共に扉の中へと入っていった。
開かなかった扉がどうして開くのか、疑問は消えないままだった。
ダンテは目を開けた。
モンスターに食べられたのだから、胃の中だと思っていた。
「まさか――モンスターの中に、屋敷があるなんてな」
ところが、眼前に広がる光景は、気品あふれる建物の中だった。
ブーツ越しに伝わる青いカーペットの踏み心地、どこまでも続く長い廊下、全体を照らす灯りとやや派手な壁紙は、王都の一等地にある豪邸のようだ。
あまりにも現実味のない光景だが、幻覚の類ではないとダンテは察していた。
(質感は木や煉瓦、鉄そのものか。窓がひとつもなくて、生活感もない、ずっと異様な雰囲気が漂っているのを除けば……ただの長い廊下だ)
ナイフをホルスターから引き抜き、彼は試しにカーペットを裂いてみる。
切れ端となって宙を舞ったカーペットは、たちまち足元に戻ってきた。
(斬っても即座に再生する、か。ただ高い再生能力があるだけじゃない、何かしらのカラクリがあると考えた方がよさそうだな)
色々と予測を立ててはみたものの、特級冒険者ですら経験したことのない事態であるならば、深く考え込むのは時間の無駄だ。
「……ま、突っ立っていても仕方ない。ひとまず進んで、ふたりを探すとするか」
ナイフを手にしたまま、半ば観光気分で、ダンテは歩き出した。
扉はあるが、押しても引いても開かないし、窓がないから景色が変わらない。
長く居続ければ、それだけで気が触れてしまう者もいるだろう。
(どこまで言っても同じ光景で、出口に届かない。幻覚である可能性と、俺達の体ごと異空間に取り込まれた可能性を考慮して、外に出る算段を立てておかないと……)
ちょうど500歩ほど進んだところで、ダンテは振り向いた。
「出て来い。そんなに殺気だってたら、嫌でも気配を感じるぜ」
彼の視線の先には、廊下の奥からぬう、と姿を現す、半透明の何かがいた。
『オオオォ……』
『コオォ……』
人間の形をしているが、全体的に半透明で、下半身がない。
窪んだ眼窩に目玉がないのに、口だけは異様に大きく、舌と前腕がひどく伸びている。
何より――そいつらは、ふわふわと宙を浮いているのだ。
どう見ても幽霊、亡霊の類かと思ってしまうだろうが、ダンテは違った。
(亡霊のモンスター『レイス』。接触した人間の精神エネルギーを捕食して力を奪い、動けなくなった肉体をすする化け物か)
わらわらと這い出てきた幽霊の正体が、モンスターであると知っている。
(普通の武器や防具は、半透明の体をすり抜けるから通用しない。ここに取り込まれた人間は、こいつらに抵抗できないまま食われたと考えてよさそうだ)
ふむ、と指を顎にあてがうダンテめがけて、一斉にレイスが襲いかかってきた。
『『ゴオオォォ……ッ』』
レイスが触れた部位は、精神的なエネルギーを奪われて動けなくなる。
1匹、2匹でも警戒しないといけないようなモンスターが合わせて10匹も迫って来ているのだから、普通の冒険者なら慌てふためき、逃げ惑うに違いない。
「邪魔だ」
もっとも、ダンテはそうではない。
彼がナイフを目にも留まらぬ速さで振るうと、レイスが斬り刻まれた。
『オオオォ……』
悲鳴を上げ、すべてのレイスが塵となって消えてゆく。
ダンテが振るったナイフの刃には、王国で使われている公用語とも、大陸のどこで使われている言語とも違う、楔のような文字が彫り込まれていた。
赤く輝くそれに触れると、レイスが斬られていったのだ。
(ドワーフ族の中でもごく一握りの家系にしか口伝されない技術、『破魔の刻印』。ナイフに刻まれたこれは、実体のない相手にすらダメージを与えられる)
ダンテほどの冒険者になると、幽体相手の対策も常に取り入れている。
ただ、敵を完全に倒したかと言われれば、そんなはずがない。
『オオオ……』
『フォオオォ……』
扉の隙間、灯りの裏側、ありとあらゆるところからレイスが出てきた。
10匹ではダンテを倒せないと思ったのか、今度は50匹を超えるレイスが、蠢きながらじわじわと彼に迫って来ている。
「一度に10匹は真っ二つにしてやったのに、懲りない連中だ。しかも見たところ、まだまだ湧いて出てきそうだな」
どうやらいつもの調子で戦っていては、きりがないらしい。
ならばどうするか。
「仕方ない――スイッチを入れるか」
ダンテの瞳から、光が消えた。
頭の中で『C級冒険者でセレナとリンの保護者』の自分を脇にどけ、『特級冒険者』の自分に切り替えたのだ。
20年以上前と同じとはいかないが、恐るべき覇気はかつてのままだ。
(今の俺なら、本気の1割で最低200匹は同時に斃せる。それでもまだやるつもりだったら、一瞬だけ全力を出す……気は進まないがな)
彼が伴う雰囲気が明らかにずしりと重くなる。
レイス達が本能的な恐怖で、わずかに突撃をためらうほどのプレッシャーが放たれる。
「幽霊共、地獄に堕ちる覚悟はあるか?」
ゆらり、と体を前のめりにして、ダンテがナイフを握る力を強めた時だった。
「――お待ちください」
女性の声が耳に届き、ダンテは攻撃を止めた。
振り返ると、開いた扉の奥から、ゆっくりとひとりの女性が姿を現した。
見たところ20代前半か少し上くらいで、穏やかな雰囲気を伴っている。
「……お前は?」
ダンテはほとんど反射的に、ナイフをレイスから女性に向ける。
相当な殺気を放っているはずなのに、女性はまるで動じない――恐怖に慣れすぎて、自らの死すら些末な出来事となってしまったかのように。
「武器を向けないでください、敵ではありません」
「敵じゃないって言葉はな、敵か、もっと酷い輩だけが口にするセリフだ」
「私も貴方と同じ、外から来た人間です」
少し驚いた様子で、ダンテの目に光が戻ってくる。
女性も落ち着いてはいるが、迫ってくるレイスに焦りを隠せないようだ。
「あのレイスは幽霊屋敷で無尽蔵に生成されます、どれだけ攻撃しても無意味なのです。レイスが唯一近寄らない場所があります、そこで詳しいことをお話ししましょう」
「信用できると思うか?」
「私と会うまで生きていた人も、久しいのです。できるだけ死なせたくはありません」
どうやらこの女性は、自分より前に幽霊屋敷に食べられたらしい。
もちろん、彼女の言葉のすべてが真実であればの話ではあるが、どちらにしても、ここでもたついているのは時間の無駄である。
レイスの声が近づく中、ダンテはナイフをホルスターに収めた。
「……分かった、案内してくれ。ただし、妙な動きを見せたら首を刎ねるぞ」
「ありがとうございます。では、私についてきてください」
そして、女性と共に扉の中へと入っていった。
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