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おっさん、幽霊屋敷に行く
丸呑み
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折れかかった柱、苔の生えた扉、目のようにぱちぱちとまたたくランタン。
木材を脚に見立てて歩いている点と、湿原の真ん中に唐突に現れた点を除けば、おんぼろの宿屋だと言われても信じてしまうだろう。
「……本当に、屋敷だね」
「古びた屋敷だな。動いてさえなけりゃ、間違って入りかねないぜ」
目当ての場所が出てきても、ダンテとリンは屋敷に入ろうとしなかった。
奇怪な風体に加え、ひとえに不気味な存在感のせいである。
「やったー! こいつをやっつければ、10万エメトゲットだーっ!」
ただ、セレナは違った。
彼女は満面の笑みで飛び跳ねながら、尻尾を揺らして屋敷に近寄ってゆくのだ。
この危機感のなさで冒険者をやっていくというのだから、リンのお守りが必要だと両親が判断したのも、ダンテには納得できた。
「落ち着け、セレナ。討伐が目的じゃない、こいつを観察して生態を調べて、ギルドに報告するのが今回のクエストだろ」
「あー、そうだっけ? でもさ、逃げ出す前に足をぶった切るのもいいんじゃない?」
「蛮族でも、もうちょっと情けがあるぞ」
おまけに彼女は、もう剣を抜いて、屋敷をみじん切りにするつもりなのだ。
「というかこいつ、ちっとも動かないね。なんだか愛嬌もあるかも!」
入り口で揺れるふたつのランタン、もぞもぞと動く屋根と壁。
好奇心旺盛なセレナからすれば、ちっとも攻撃を仕掛けてこないお屋敷は、もうすっかりペットにでもできそうなくらい無害だと思われている。
当然、ここまで楽観的なのは、パーティーの中でも彼女だけだ。
「セレナ、気を付けて。そいつ、モンスターかもしれないよ」
「リンは心配性だなあ! こんなのろのろした奴がモンスターでも、猫耳族のあたしを捕まえられるはずが――」
だから、彼女だけが気づけなかった。
幽霊屋敷の扉が開いたことに。
しかも扉が横に――悪魔の口の如く裂けて、大きく開いたことに。
「――え」
間近にいたセレナどころか、リンですら脊髄反射で気づいた。
こいつは無害じゃない――こちらを最初から、餌と認識していたのだと。
がぱ、と口を開けるのを目の当たりにしたセレナは、あまりに唐突な出来事で、頭が半分ほど口の中に納まるまで呼吸すらできなかった。
「わっ……!?」
そんな彼女の体が、一瞬だけふわりと宙に浮いた。
もう一度、セレナがまばたきすると、彼女の体は幽霊屋敷の口から離れていた。
彼女を脇に抱え、光よりも素早く救出したのは、他ならないダンテだ。
「ダンテ!」
しかも彼は、もう片方の脇にリンまで担いでいる。
「油断しすぎだ、お前ら。あいつは立派なモンスターだぞ」
厳しい口調で窘めるダンテだが、ふたりは彼の言葉が頭に入ってこない。
というのも、彼女達は1秒にも満たない間に、幽霊屋敷と距離をとって自分達を助けたダンテの早業が、とても人間のものだとは思えなかったのだ。
(え、今、瞬間移動した!?)
(まばたきしてないのに……ダンテを追えなかった……!)
さて、当の本人はというと、ふたりの驚きなど知る由もない。
「しかもどうやら、俺達を餌と認識したみたいだな。相手がどんな動きを見せるか分からないし、いったん退くぞ」
「う、うん……ダンテ、前!」
そのまま一気に逃げ出そうとしたが、ダンテはもう一度足を止める羽目になった。
真後ろにいたはずの幽霊屋敷が、今度は真正面に立っているのだ。
「なんだと……!?」
ダンテの神業よりも早い動きなど、いよいよ瞬間移動か、幻覚の類としか思えない。
「どうしよう、ダンテ!?」
「この湿原を抜ける! ここ全部があいつのテリトリーの可能性が高い!」
ならばとばかりに、ダンテは踵を返してヴォルコン湿原を駆け抜けようとした。
しかし、そうはいかなかった。
「わ、わわっ!」
なんとセレナ達が、するりとダンテの脇から抜け出してしまったのだ。
「セレナ、リン!」
そのままどこに吸い込まれるかは明白だ。
大きく開いた、幽霊屋敷の口である。
「なんで、おかしいよ! ダンテの手が掴めないよ、このままじゃ――」
涙目で足掻くセレナとリンを、ダンテが必死に掴もうとするが、どうやってもするりとすり抜けてしまい、引っ張れない。
そのうち、とうとうふたりは幽霊屋敷の口元まで引きずり込まれ――。
「「きゃあああああ――……」」
悲鳴と共に、閉じた口の中へと姿を消してしまった。
残されたのはダンテと、まだ食べ足りないと言いたげな幽霊屋敷だけだ。
(どういうことだ……俺はふたりから手を離していないのに、すり抜けて屋敷の中に吸い込まれた。しかも俺の直感と探知をすり抜けて、こいつは目の前に現れた)
揺れるカンテラの目で、モンスターは確かにダンテを見ている。
(霊体エネルギーを感知して捕縛している、と考えるのが定石だな。20年前に国の外で暴れてたカルト集団が、同じような魔法を使ってたが……)
様々な仮説が頭に浮かんでは消えるが、そのすべてが無駄であると結論付けた。
「……おっさんになってすっかり鈍ったとは、思いたくないな」
自分のミスでふたりを危機に晒したなら、責任を取るべきだ。
ホルスターからナイフを抜き、ダンテは幽霊屋敷に刃を向けた。
「一度だけ警告するぞ、ふたりを吐き出せ。さもないと、屋敷か木片か分からないくらいに切り刻んでやる」
わずかな沈黙ののち、幽霊屋敷がもう一度口を開いた。
『……がぱぁ』
中に見えるのは、人影のような何か。
セレナか、あるいはリンか、もしくはどちらでもない罠か。
『もっちゃ……もっちゃ……』
何であれ、幽霊屋敷の意図はダンテにも伝わった。
自分に刃向かえば、中の人間を食べてしまうぞ、と言いたいようなのだ。
いかに敵を殺す手段があるとはいえ、セレナとリンを確実に助け出す手段がない以上、ダンテにここまで効く脅迫はないだろう。
彼を脅した人間はことごとくこの世にいないが、今回は例外になりそうだ。
「……元特級冒険者を脅すなんざ、命知らずにもほどがあるが……面白い、乗ってやる」
ナイフを下ろした彼に、幽霊屋敷が近寄ってくる。
さっきよりずっと大きく開いた口が、ダンテの頭を、体をすっぽりと覆い尽くす。
「ただし、俺を丸呑みにしたら、ちゃんと消化するんだな。じゃないと――」
視界のすべてが暗くなる間際、ダンテは言った。
「――お前が内側から、真っ二つになるぜ」
『ぱくん』
幽霊屋敷が口を閉じ、完全な闇が訪れた。
音も、匂いも、すべてが失われた世界で、ダンテの意識はほんの一瞬だけ失われた。
木材を脚に見立てて歩いている点と、湿原の真ん中に唐突に現れた点を除けば、おんぼろの宿屋だと言われても信じてしまうだろう。
「……本当に、屋敷だね」
「古びた屋敷だな。動いてさえなけりゃ、間違って入りかねないぜ」
目当ての場所が出てきても、ダンテとリンは屋敷に入ろうとしなかった。
奇怪な風体に加え、ひとえに不気味な存在感のせいである。
「やったー! こいつをやっつければ、10万エメトゲットだーっ!」
ただ、セレナは違った。
彼女は満面の笑みで飛び跳ねながら、尻尾を揺らして屋敷に近寄ってゆくのだ。
この危機感のなさで冒険者をやっていくというのだから、リンのお守りが必要だと両親が判断したのも、ダンテには納得できた。
「落ち着け、セレナ。討伐が目的じゃない、こいつを観察して生態を調べて、ギルドに報告するのが今回のクエストだろ」
「あー、そうだっけ? でもさ、逃げ出す前に足をぶった切るのもいいんじゃない?」
「蛮族でも、もうちょっと情けがあるぞ」
おまけに彼女は、もう剣を抜いて、屋敷をみじん切りにするつもりなのだ。
「というかこいつ、ちっとも動かないね。なんだか愛嬌もあるかも!」
入り口で揺れるふたつのランタン、もぞもぞと動く屋根と壁。
好奇心旺盛なセレナからすれば、ちっとも攻撃を仕掛けてこないお屋敷は、もうすっかりペットにでもできそうなくらい無害だと思われている。
当然、ここまで楽観的なのは、パーティーの中でも彼女だけだ。
「セレナ、気を付けて。そいつ、モンスターかもしれないよ」
「リンは心配性だなあ! こんなのろのろした奴がモンスターでも、猫耳族のあたしを捕まえられるはずが――」
だから、彼女だけが気づけなかった。
幽霊屋敷の扉が開いたことに。
しかも扉が横に――悪魔の口の如く裂けて、大きく開いたことに。
「――え」
間近にいたセレナどころか、リンですら脊髄反射で気づいた。
こいつは無害じゃない――こちらを最初から、餌と認識していたのだと。
がぱ、と口を開けるのを目の当たりにしたセレナは、あまりに唐突な出来事で、頭が半分ほど口の中に納まるまで呼吸すらできなかった。
「わっ……!?」
そんな彼女の体が、一瞬だけふわりと宙に浮いた。
もう一度、セレナがまばたきすると、彼女の体は幽霊屋敷の口から離れていた。
彼女を脇に抱え、光よりも素早く救出したのは、他ならないダンテだ。
「ダンテ!」
しかも彼は、もう片方の脇にリンまで担いでいる。
「油断しすぎだ、お前ら。あいつは立派なモンスターだぞ」
厳しい口調で窘めるダンテだが、ふたりは彼の言葉が頭に入ってこない。
というのも、彼女達は1秒にも満たない間に、幽霊屋敷と距離をとって自分達を助けたダンテの早業が、とても人間のものだとは思えなかったのだ。
(え、今、瞬間移動した!?)
(まばたきしてないのに……ダンテを追えなかった……!)
さて、当の本人はというと、ふたりの驚きなど知る由もない。
「しかもどうやら、俺達を餌と認識したみたいだな。相手がどんな動きを見せるか分からないし、いったん退くぞ」
「う、うん……ダンテ、前!」
そのまま一気に逃げ出そうとしたが、ダンテはもう一度足を止める羽目になった。
真後ろにいたはずの幽霊屋敷が、今度は真正面に立っているのだ。
「なんだと……!?」
ダンテの神業よりも早い動きなど、いよいよ瞬間移動か、幻覚の類としか思えない。
「どうしよう、ダンテ!?」
「この湿原を抜ける! ここ全部があいつのテリトリーの可能性が高い!」
ならばとばかりに、ダンテは踵を返してヴォルコン湿原を駆け抜けようとした。
しかし、そうはいかなかった。
「わ、わわっ!」
なんとセレナ達が、するりとダンテの脇から抜け出してしまったのだ。
「セレナ、リン!」
そのままどこに吸い込まれるかは明白だ。
大きく開いた、幽霊屋敷の口である。
「なんで、おかしいよ! ダンテの手が掴めないよ、このままじゃ――」
涙目で足掻くセレナとリンを、ダンテが必死に掴もうとするが、どうやってもするりとすり抜けてしまい、引っ張れない。
そのうち、とうとうふたりは幽霊屋敷の口元まで引きずり込まれ――。
「「きゃあああああ――……」」
悲鳴と共に、閉じた口の中へと姿を消してしまった。
残されたのはダンテと、まだ食べ足りないと言いたげな幽霊屋敷だけだ。
(どういうことだ……俺はふたりから手を離していないのに、すり抜けて屋敷の中に吸い込まれた。しかも俺の直感と探知をすり抜けて、こいつは目の前に現れた)
揺れるカンテラの目で、モンスターは確かにダンテを見ている。
(霊体エネルギーを感知して捕縛している、と考えるのが定石だな。20年前に国の外で暴れてたカルト集団が、同じような魔法を使ってたが……)
様々な仮説が頭に浮かんでは消えるが、そのすべてが無駄であると結論付けた。
「……おっさんになってすっかり鈍ったとは、思いたくないな」
自分のミスでふたりを危機に晒したなら、責任を取るべきだ。
ホルスターからナイフを抜き、ダンテは幽霊屋敷に刃を向けた。
「一度だけ警告するぞ、ふたりを吐き出せ。さもないと、屋敷か木片か分からないくらいに切り刻んでやる」
わずかな沈黙ののち、幽霊屋敷がもう一度口を開いた。
『……がぱぁ』
中に見えるのは、人影のような何か。
セレナか、あるいはリンか、もしくはどちらでもない罠か。
『もっちゃ……もっちゃ……』
何であれ、幽霊屋敷の意図はダンテにも伝わった。
自分に刃向かえば、中の人間を食べてしまうぞ、と言いたいようなのだ。
いかに敵を殺す手段があるとはいえ、セレナとリンを確実に助け出す手段がない以上、ダンテにここまで効く脅迫はないだろう。
彼を脅した人間はことごとくこの世にいないが、今回は例外になりそうだ。
「……元特級冒険者を脅すなんざ、命知らずにもほどがあるが……面白い、乗ってやる」
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「ただし、俺を丸呑みにしたら、ちゃんと消化するんだな。じゃないと――」
視界のすべてが暗くなる間際、ダンテは言った。
「――お前が内側から、真っ二つになるぜ」
『ぱくん』
幽霊屋敷が口を閉じ、完全な闇が訪れた。
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