追放された美少女を助けた底辺おっさんが、実は元”特級冒険者”だった件について。

いちまる

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おっさん、新人冒険者の面倒を見る

おしゃべりな情報屋

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「……お酒はほどほどにしとくべきだな。頭が痛てえ……」

 次の日、ダンテはぶつくさと文句をたれながら宿の廊下を歩いていた。
 ひどくげんなりした顔の原因は、もちろん昨日の祝勝会だ。
 特級冒険者としてのスイッチを入れたダンテならまだしも、日頃めったに酒を飲まない彼の頭と胃にダメージをもたらすのに、昨晩飲んだ酒は十分すぎた。

「ったく、現役時代は3日酒を流し込まれても、ケツから注がれてもピンピンしてたのに……これが、おっさんになるってことなのかね」

 重くのしかかる年齢のリスクとは、ここまで大きなものか。
 彼は大きくため息をついて、いつも通りセレナ達の泊まっている宿の一室をノックした。

「セレナ、リン、起きてるか? お前らも二日酔いで――ん?」

 それからすぐに、ドアを開けた。普段なら返事が聞こえるまで開けないが、今日は別だ。

「……いない」

 というのも、部屋のどこにもセレナやリンの姿が見えないのだ。
 窓は開いていないし、隠れている様子もない。
 嫌な予感を覚えたダンテは、頭の中から酒気しゅきをすっかり振り払うと、階段を駆け下りて、まだ掃除をしている太った宿のおかみに声をかけた。

「おかみさん、セレナとリンを見なかったか?」
「あのふたりなら、朝早くから出てったよ。あんたは連れて行かないのかって聞いても、秘密にしといてとしか言わなかったのよね」

 あのふたりがダンテに黙ってどこかに行くなど、よほどの事態だろう。

「どうして、俺にすぐ教えてくれなかったんだ」
「あんた、酒を飲み過ぎて死んだように寝てたでしょうが」

 おかみが眉をひそめると、ダンテは頭を掻くしかなかった。

「……それもそうか」

 ありがとう、と小さく呟いて、ダンテは宿を出て大通りを歩く。

(セレナ達のことだ、恐らくクエストに出発したんだろう)

 どこに行ったかはともかく、目的ははっきりしている。
 問題は、目的よりも、どこに行ったかの方が知りたいことである点だ。

(冒険者ギルドに聞いても、クエスト関係の情報については向こう側に秘匿ひとく義務がある。俺はまだパーティー申請してないから、何を聞いても答えてくれないはずだ)

 その気になればあらゆる手段で聞き出せるが、荒事あらごとは起こしたくない。

(かといって追跡するのも、難しくはないが……仕方ない、あの男に頼るか)

 ならば、とダンテは大通りを外れて、少し奥まったところにある喫茶店の前に来た。
 きれいな字で看板に『脱獄王』と書かれたカフェは、物騒な屋号を除けば、いかにも作家や音楽家が足しげく通っていそうな清楚な店だ。
 こんな場所とは縁遠い見た目のダンテだが、ためらいなくカフェのドアを開けた。

「入るぞ、マスター」

 ちりん、と鈴の音が鳴ると、カウンターの奥から男がダンテを見た。
 若いカフェのマスターと思しき彼は、細い目でにっこりとダンテに微笑みかける。

「いらっしゃいませ、ダンテさん。欲しいのは、の情報ですね?」

 そして、ダンテが知りたがっている情報をすらすらと話し始めた。
 ダンテはというと、どこで聞いたのかとすら問い返さず、さも彼との会話が当然であるかのようにカウンターの椅子に腰かけた。

「相変わらずの地獄耳だな。そうだ、俺は――」
「朝早くからセレナさんとリンさんがいないのに気づき、手っ取り早く情報を集めてから追いかけた方がいいと思い、私のところに来た。違いますか?」
「その通りだ。だから――」
「彼女達が冒険者ギルドでクエストを受けたと分かっているが、秘匿義務があるので教えてくれないと思い、私のところに来た。違いますか?」

 ダンテはあきれた様子で、カウンターを指で軽く叩く。

「……頼むから、俺の話に割り込むな」
「おや、失礼しました」

 今更ではあるが、このマスターと呼ばれる男はただの喫茶店の主ではない。
 ダンテが特級冒険者の頃から世話になっている、国内有数の情報屋だ。
 彼が知らない情報は国内にはなく、あらゆる王族や貴族の弱点を握っているとすら噂されるマスターは、国防に関わる者達の間では都市伝説となっている。
 もちろん、彼が実在すると知っている人間は、国内でもごく一部だけである。

「そこまで把握してるなら、情報を買いたい。いくらだ?」

 何かを知りたい時には、マスターを頼るのが一番だと、ダンテは知っていた。

「20万エメトです」
「おい、いつもより高いぞ」
「早急に必要なのでしょう?」

 多少金にがめついのが、玉にきずだが。

「……地獄に堕ちるぜ、お前」
「地獄の看守も、買収してみせますよ」

 狐のような顔で笑いながら、マスターが言った。

「冗談はここまで。ご友人の情報をお教えしましょう」

 彼はカウンターの下から数枚の紙を取り出し、ダンテの前に広げた。

「まず彼女達ですが、『ヤヴァン盗賊団』の捕獲クエストを受注しています。正確に言うと、『竜王の冠ドラゴンクラウン』のアポロス・ハービンジャーが彼女達に受注するよう仕向けていますね」

 一番上の紙に記されているのは、アポロスの顔と、彼から向けられた矢印――その先にいるのは、セレナとリン、そしてダンテだ。

「アポロスが?」
「彼はふたりを挑発して、クエストを受けさせました。他に必要な情報はすべて、このメモに記してあります。盗賊団の根城からセレナさんの足取りまで、何もかもね」

 資料をポーチに突っ込み、ダンテは席を立つ。

「助かったよ、マスター。俺も冒険者として活動し始めたし、また何度か頼らせてもらうぜ」

 そうしてカフェを出ようとした彼を、マスターが不意に引き留めた。

「ああ、ところで、特級冒険者の皆さまと王国軍部大臣さまから言伝を……」
「くたばれ、って返しておいてくれ」

 しかし、ダンテは振り向きすらしなかった。
 王国軍部大臣――その一声で戦争を起こす権力の持ち主からの頼みごとを、ダンテはまるで聞くつもりはなかった。
 どうせまた、どこかの国を滅ぼせとか、消し去れとか言うに決まっている。
 ダンテはもう、彼の命令を聞いてやるつもりはなかった。
 カフェを出た彼にとって最も大事なのは、冒険者ギルドで真相を聞き出すことだ。

(……さて、アポロスのところに行くか)

 セレナ達を焚き付けた張本人がなんと言うか、予想はついている。
 どこまでも調子に乗り、傲慢ごうまんな態度を崩さないだろう。
 ならば――痛い目にって、嫌でも理解させる必要がありそうだ。

(ナメた態度のガキには、きついおきゅうえてやらないとな)

 ギルドに向かうダンテの足取りはどこか軽かったが、眼光は刃のように鋭かった。
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