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おっさん、新人冒険者の面倒を見る
ふたりだけの挑戦(クエスト)
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「ダンテ、遅いね」
「どーせゲロ吐いてるんでしょ。その間に、じゃんじゃん飲んじゃうもんねーっ!」
ダンテがトイレを汚している頃、セレナはまだジョッキを空にしようとしていた。
彼女ならもう少し飲んでも大丈夫だと、リンは知っている。
だとしても、これ以上飲ませるのは、健康面でも金銭面でもよろしくない。
「セレナはいったん、お水を飲んで。ダンテみたいに吐いちゃうよ」
「だいじょーぶっ! あたし、パパに似てお酒にチョー強いから――」
リンにへべれけ顔で安心無事をアピールして、セレナが大笑いしようとした。
「――クエスト達成おめでとう、ガキども」
ところが、彼女達の笑顔はたちまち消え去った。
ふたりの後ろから、あのアポロスとエヴリン、『竜王の冠』の連中がぞろぞろとやってきたからだ。
酒場が騒がしいからか、誰もトラブルの前兆には気づいていない。
危険な事態に発展するかもしれないと思う者は、ひとりとしていないようだ。
「……あんたが言うと、嫌味にしか聞こえないよ。何か用?」
「何もないなら、どっか行って」
辛辣に突き放す言葉を、アポロスは余裕たっぷりの態度で受け流す。
「おいおいおいおい、俺様は祝いに来てやったんだぜ? ドラゴーレムはB級冒険者でも討伐に失敗するような大物だ。俺様はもちろん、簡単にブチ殺して……」
「アポロス、本題に入ってあげたら?」
自慢話をエヴリンに遮られても、まだ彼は苛立たない。
いつもの彼なら唾をまき散らして怒鳴るのに、どうしてだろうか。
「……そうだな、とにかくお前らは、そいつを倒した――」
ふたりの頭に浮かんだ疑問は、すぐに解消された。
「――ダンテのおかげでな!」
自分達に対する、最大級の罵倒と共に。
酔いが醒めたセレナもリンも、思わず椅子から立ち上がった。
「……どういう意味?」
「そのままの意味さ! あの万年C級冒険者は確かにくたびれたおっさんだが、俺様の一撃を受け止めたんだ! 実力はそれなりにあると認めてやろう!」
大仰な態度で、アポロスがうんうんと頷く。
「だが、テメェらはどうだ? ひよっこの新米冒険者が、ダンテにおんぶにだっこでクエストを成功させてるだけだろ? 違うか、あァ?」
そんな彼が仲間に手を掲げて同意を求めると、パーティーメンバーが大笑いした。
エヴリンですら、クスクスと口を隠して小バカにする始末だ。
「違うに決まってんでしょ! あたし達だって戦ってる!」
「ああ、そうとも。ダンテに教えてもらったやり方で、戦ってるんだよなァ?」
「……っ!」
セレナが反論しても、アポロスが畳みかけて来る。
「噂で聞いたぜ、ダンテを訓練を積んでるんだってな? それがなけりゃ、テメェらは今頃モンスターの胃袋の中ってわけだ!」
「そんな、わけ、ない……」
「あるだろ? 田舎から来たガキふたりに、何の価値もねえんだよ!」
リンが拒んでも、アポロスが断言する。
はっきりとふたりが言いきれないのは、彼女達もダンテに多く助けられたところがあると自覚している証拠だ。
自分達だけの力でどうにかしてきたなど、口が裂けても言えないのだ。
「……ダンテは……」
「ダンテ、ダンテ、ダァ~ンテェ~? 今度はダンテに、俺様をやっつけてもらうか? パパによちよちしてもらうみてぇにさァ~?」
「……っ」
とうとうリンが押し黙ったのをかばうように、セレナがアポロスに詰め寄った。
「さ、さっきも言ったでしょ! 本題に入ってよ!」
セレナの声は上ずっていて、いつもの勝気な態度も陰っている。
だとしても、とリンの為に無理に強がるセレナの前で、アポロスは1枚の紙を突き出した。
「……証明してみせろよ。こいつらを捕まえて、な」
紙をひったくり、セレナはリンと一緒に食い入るように内容に目を通す。
「……何、これ」
顔を上げたセレナに、アポロスはこれ以上ないくらい厭らしい笑顔で言った。
「近頃王都の一部を騒がせてる『ヤヴァン盗賊団』の捕獲クエストだ。残忍で狡猾な盗賊団の親分、ヤヴァンを捕まえられたなら、俺様も実力を認めてやる」
要するに、暗にふたりだけでクエストを受けてみろと。
ダンテの力を借りず、新米冒険者だけで残虐な盗賊団を倒せと言っているのだ。
普通なら仲間のところに書類を持ち帰り、受けるか否かを相談するだろう。
「もちろん、依頼書を持って帰ってもいいぜ? ダンテに見せて、3人仲良く――」
しかし、アポロスの挑発は、ふたりから思考の冷静さを奪い取った。
「――やってやる!」
ほとんど反射的に、セレナが吼えた。
紙をくしゃくしゃに握りしめ、怒りで瞳孔が揺れている。
「あたしとリンだけで、こんな連中全員とっ捕まえて騎士団に引き渡す! そしたらアポロス、あんたが詫びてあたし達の靴を舐めるって約束しろ!」
「楽しそうな賭けね。隣のお嬢ちゃんも、いいのかしら」
エヴリンは笑っているが、リンはハイライトのない目で彼女の男を睨んでいる。
「靴に苦い樹液を塗っておくから、覚悟してて」
彼女達が自分の提案した戯れに乗ってきて、アポロスは眉を吊り上げた。
「いいぜ、乗った! ダンテなしでどこまでできるか、見せてみろよな!」
そうしてセレナを軽く指で小突くと、パーティーメンバーを率いて、酒場を出て行った。
残されたのは何一つ雰囲気の変わらない酒場『不死身』のやかましい酒盛りの声と、ぶるぶると手を震わすセレナとリンだ。
「悪りい、ゲロ吐いてた……どうした、お前ら?」
口の中の牙を研ぐように歯軋りをしているうち、ダンテがトイレから戻ってくる。
彼の問いに、ふたりはとても答えられる気分ではなかった。
「何でもないよ。ダンテ、あたし達は先に帰るね。これ、お代の3千エメト」
「ボクも。じゃあね」
セレナ達は紙をポケットに詰め込み、代わりにエメト貨幣を何枚かダンテに渡すと、さっさと宿を出て行ってしまった。
「お、おい……」
引き留める間もなく、ふたりは酒場から姿を消した。
こんな時、年頃の少女達を慰めたり、相談を聞いたりできるほど、ダンテは器用ではない。
特級冒険者も、若者の悩みには無能であると、彼自身が察していた。
「……すいません、お会計」
だからダンテは、従業員の女性を呼んで、自分も帰ることにした。
「はい! 全部で3千と52エメトです!」
「……足りねえじゃねえか」
酒代の一部を、自分の財布から払って。
「どーせゲロ吐いてるんでしょ。その間に、じゃんじゃん飲んじゃうもんねーっ!」
ダンテがトイレを汚している頃、セレナはまだジョッキを空にしようとしていた。
彼女ならもう少し飲んでも大丈夫だと、リンは知っている。
だとしても、これ以上飲ませるのは、健康面でも金銭面でもよろしくない。
「セレナはいったん、お水を飲んで。ダンテみたいに吐いちゃうよ」
「だいじょーぶっ! あたし、パパに似てお酒にチョー強いから――」
リンにへべれけ顔で安心無事をアピールして、セレナが大笑いしようとした。
「――クエスト達成おめでとう、ガキども」
ところが、彼女達の笑顔はたちまち消え去った。
ふたりの後ろから、あのアポロスとエヴリン、『竜王の冠』の連中がぞろぞろとやってきたからだ。
酒場が騒がしいからか、誰もトラブルの前兆には気づいていない。
危険な事態に発展するかもしれないと思う者は、ひとりとしていないようだ。
「……あんたが言うと、嫌味にしか聞こえないよ。何か用?」
「何もないなら、どっか行って」
辛辣に突き放す言葉を、アポロスは余裕たっぷりの態度で受け流す。
「おいおいおいおい、俺様は祝いに来てやったんだぜ? ドラゴーレムはB級冒険者でも討伐に失敗するような大物だ。俺様はもちろん、簡単にブチ殺して……」
「アポロス、本題に入ってあげたら?」
自慢話をエヴリンに遮られても、まだ彼は苛立たない。
いつもの彼なら唾をまき散らして怒鳴るのに、どうしてだろうか。
「……そうだな、とにかくお前らは、そいつを倒した――」
ふたりの頭に浮かんだ疑問は、すぐに解消された。
「――ダンテのおかげでな!」
自分達に対する、最大級の罵倒と共に。
酔いが醒めたセレナもリンも、思わず椅子から立ち上がった。
「……どういう意味?」
「そのままの意味さ! あの万年C級冒険者は確かにくたびれたおっさんだが、俺様の一撃を受け止めたんだ! 実力はそれなりにあると認めてやろう!」
大仰な態度で、アポロスがうんうんと頷く。
「だが、テメェらはどうだ? ひよっこの新米冒険者が、ダンテにおんぶにだっこでクエストを成功させてるだけだろ? 違うか、あァ?」
そんな彼が仲間に手を掲げて同意を求めると、パーティーメンバーが大笑いした。
エヴリンですら、クスクスと口を隠して小バカにする始末だ。
「違うに決まってんでしょ! あたし達だって戦ってる!」
「ああ、そうとも。ダンテに教えてもらったやり方で、戦ってるんだよなァ?」
「……っ!」
セレナが反論しても、アポロスが畳みかけて来る。
「噂で聞いたぜ、ダンテを訓練を積んでるんだってな? それがなけりゃ、テメェらは今頃モンスターの胃袋の中ってわけだ!」
「そんな、わけ、ない……」
「あるだろ? 田舎から来たガキふたりに、何の価値もねえんだよ!」
リンが拒んでも、アポロスが断言する。
はっきりとふたりが言いきれないのは、彼女達もダンテに多く助けられたところがあると自覚している証拠だ。
自分達だけの力でどうにかしてきたなど、口が裂けても言えないのだ。
「……ダンテは……」
「ダンテ、ダンテ、ダァ~ンテェ~? 今度はダンテに、俺様をやっつけてもらうか? パパによちよちしてもらうみてぇにさァ~?」
「……っ」
とうとうリンが押し黙ったのをかばうように、セレナがアポロスに詰め寄った。
「さ、さっきも言ったでしょ! 本題に入ってよ!」
セレナの声は上ずっていて、いつもの勝気な態度も陰っている。
だとしても、とリンの為に無理に強がるセレナの前で、アポロスは1枚の紙を突き出した。
「……証明してみせろよ。こいつらを捕まえて、な」
紙をひったくり、セレナはリンと一緒に食い入るように内容に目を通す。
「……何、これ」
顔を上げたセレナに、アポロスはこれ以上ないくらい厭らしい笑顔で言った。
「近頃王都の一部を騒がせてる『ヤヴァン盗賊団』の捕獲クエストだ。残忍で狡猾な盗賊団の親分、ヤヴァンを捕まえられたなら、俺様も実力を認めてやる」
要するに、暗にふたりだけでクエストを受けてみろと。
ダンテの力を借りず、新米冒険者だけで残虐な盗賊団を倒せと言っているのだ。
普通なら仲間のところに書類を持ち帰り、受けるか否かを相談するだろう。
「もちろん、依頼書を持って帰ってもいいぜ? ダンテに見せて、3人仲良く――」
しかし、アポロスの挑発は、ふたりから思考の冷静さを奪い取った。
「――やってやる!」
ほとんど反射的に、セレナが吼えた。
紙をくしゃくしゃに握りしめ、怒りで瞳孔が揺れている。
「あたしとリンだけで、こんな連中全員とっ捕まえて騎士団に引き渡す! そしたらアポロス、あんたが詫びてあたし達の靴を舐めるって約束しろ!」
「楽しそうな賭けね。隣のお嬢ちゃんも、いいのかしら」
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「いいぜ、乗った! ダンテなしでどこまでできるか、見せてみろよな!」
そうしてセレナを軽く指で小突くと、パーティーメンバーを率いて、酒場を出て行った。
残されたのは何一つ雰囲気の変わらない酒場『不死身』のやかましい酒盛りの声と、ぶるぶると手を震わすセレナとリンだ。
「悪りい、ゲロ吐いてた……どうした、お前ら?」
口の中の牙を研ぐように歯軋りをしているうち、ダンテがトイレから戻ってくる。
彼の問いに、ふたりはとても答えられる気分ではなかった。
「何でもないよ。ダンテ、あたし達は先に帰るね。これ、お代の3千エメト」
「ボクも。じゃあね」
セレナ達は紙をポケットに詰め込み、代わりにエメト貨幣を何枚かダンテに渡すと、さっさと宿を出て行ってしまった。
「お、おい……」
引き留める間もなく、ふたりは酒場から姿を消した。
こんな時、年頃の少女達を慰めたり、相談を聞いたりできるほど、ダンテは器用ではない。
特級冒険者も、若者の悩みには無能であると、彼自身が察していた。
「……すいません、お会計」
だからダンテは、従業員の女性を呼んで、自分も帰ることにした。
「はい! 全部で3千と52エメトです!」
「……足りねえじゃねえか」
酒代の一部を、自分の財布から払って。
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