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おっさん、新人冒険者の面倒を見る
エンカウント!
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「――じゃあ、ダンテにも何度か昇格クエストの誘いがあったの?」
セレナの声が、木々の間に響いた。
ドラゴーレム討伐クエストを受けた一行が向かったのは、前回フレイムリザードを倒した地域だが、岩場ではない。
目撃情報があったのはさらにその奥の山林地帯で、より危険な場所でもある。
そんな中でも、どうしてセレナ達が悠々と歩いているかというと、ここに来る道中ですでに襲ってきたモンスターを何匹か狩っているからだ。
ダンテはともかく、ふたりがすっかり自信をつけているのはそれが理由なのだ。
「3年前まではな。それからは、俺にやる気がないと判断されたのか、すっかり声もかけられなくなったよ」
さて、セレナの問いかけに、ダンテは顎を掻きながら答えていた。
「よく降格されなかったね」
「C級からの降格は、基本的にはない。引退勧告はあるが、俺は採取だけとはいえそれなりにクエストはこなしてたし、そんな話はなかったな」
ダンテの言うように、冒険者は引退するか死ぬまで冒険者でいられる。
欲張りさえしなければ、C級でも存外生活はできるものだ。
「でもさ、あたし達はダンテがすっごく強いって知ってるよ? なのにどうして、B級とか、A級冒険者に昇格しないの?」
「うん。ボクも気になってた」
「前に言ったろ? 昇格しなくても食うには困らないからだ」
だからダンテは、同じ質問をされるたびに、同じ答えを返していた。
ただ、彼の視線はすっと下りて、自分の手のひらをじっと見つめていた。
「……それに、俺は……」
不意に足を止めた彼の手のひらが、赤く染まる。
ダンテ・ウォーレンの脳裏に浮かぶのは、死屍累々の戦場に立つ自分の姿と、彼の四肢を斬り落とさんとするかつての同胞の姿だ。
彼らの顔は嫌でも覚えているが、不思議と記憶の中では黒く塗りつぶされている。
そして誰もが、怨嗟に満ちた声で叫ぶのだ。
『なぜ特級冒険者をやめるんだ、お前の損失は国の存亡にかかわるというのに!』
『どれだけ多くの人を殺してきたか分かってる!? 今更後戻りなんてできないわ!』
『いいですか。あなたのような人間に、居場所なんてないんですよ』
誰もが友だった。誰もが敵になった。ひとつの信念を貫くべく、その道を選んだ。
なのに、どうして――。
『『――戻ってこい、ダンテ!』』
――俺はまだ、あの頃の幻覚を見るのか。
――まだ、あの日の選択を後悔しているのか。
「ダンテ、どうしたの?」
セレナの尻尾で肩を叩かれ、ダンテは我に返った。
どろどろの底なし沼よりも澱んだ瞳が、いつもの色に戻るのに、幸いセレナもリンも気づいていないようだ。
少し心配そうなふたりを見て、ダンテは意地悪い鼻の鳴らし方をする。
「……俺は、お前らみたいに金にがめつくないから、今で十分なんだよ」
そうして蛸のように口を尖らせると、ふたりの不安は明るさに変わった。
ついでに、自分達が強欲だと言われているのも分かった。
「言ったなー、こんにゃろーっ!」
「デュクシ、デュクシ」
歯を見せて笑いながら、セレナ達が尻尾でダンテの頬をつつく。
獣人の中でも、猫耳族だけがやってくれる、じゃれつきのようなものだ。
こんなことをしてくれるほど、彼女達と仲良くなれたという事実が、ダンテの心臓の奥底に残るどす黒い泥を押し込めてくれた。
「よせよせ、もうドラゴーレムの縄張りに入ってるんだから……おっと」
とはいえ、いつまでもはしゃいではいられない。
ダンテだけでなく、セレナとリンも尻尾を下ろして、その場にとどまった。
「ふたりとも、来たぞ」
「うん、あたしもリンも気づいたよ」
「尻尾がビリビリしてる。あいつが近づいた証拠だ」
拓けてもいない、鬱蒼と木々の生い茂る森の中央で、3人が周囲を警戒した時だった。
「上だっ!」
ダンテの声とともに、セレナとリンが、とっさにその場から離れた。
その判断は正解だ――なんせ、彼女達がいた場所を押し潰すように、モンスターが空から落ちてきたのだから。
『ゴオオオオオォーッ!』
落ちてきたというよりは、着陸したと言うべきか。
全身を灰色の岩で覆われた、フレイムリザードのメスよりも大きなドラゴン型のモンスターの落下は、もはや隕石の墜落と似たようなものだ。
周りの木々を薙ぎ倒し、ドラゴーレムは黒玉のような瞳でセレナ達を睨んだ。
「……ドラゴーレム……こんな間近で見るのは、初めて……!」
ドラゴーレムはあくまでゴーレムの仲間で、ドラゴンのまがい物でしかない。
しかし、セレナとリンにとっては、他のどんなモンスターよりも脅威だ。
サマニ村で触れてはならないと言われ、自分達よりも強かった大人がことごとく倒された怪物とぶつかるプレッシャーは、想像以上のものに違いない。
一方でダンテは、モンスターを冷静に観察していた。
(同種の中でもかなり大きい……体を形成する石の色や傷からして、相当年季の入ったモンスターだ。恐らく、B級冒険者でもソロなら返り討ちに遭うだろうよ)
ダンテがもしも戦うなら、難儀する相手ではない。
(まあ、想定の範囲内だ。あとはあいつらが怖気づかないか、だな)
セレナやリンが戦うとすれば、話は別だ。
彼女達が足の震えを抑えられないでいたなら、あるいは恐怖で鳴り続ける歯を止められないでいたなら、ダンテが代わりに戦うつもりだったのである。
「セレナ、ボク……」
「分かってる、あたしもビビってるよ!」
だが、セレナは恐れを押し殺すように声を張り上げた。
「でも、やれる! ダンテが、戦い方を教えてくれた!」
「……!」
「ここで逃げたら、アポロスの言ってた3流冒険者のままだ! ドラゴーレムのクエストを受ける時から、あたしは決めてたんだ――絶対に逃げないって!」
剣を抜き、尻尾で強く握りしめた時、セレナの足はもう震えてはいなかった。
敵をしっかと見据える目に、恐れもない。
「なら、ボクも逃げない」
そんな勇気に触発されたリンも、魔導書をめくってゆく。
「どんな時だって、セレナひとりに戦わせたりしない。ボクは、セレナの親友だから」
「……うん!」
拳をぶつけ合ったふたりは、ドラゴーレムの前に立つ。
セレナもリンも、ダンテに助けは求めなかった。
「そこで見ててね、ダンテ! あたし達が、ドラゴーレムをやっつけるところを!」
「ああ、見てるぞ。特訓の成果を、見せてやれ」
ダンテがにやりと微笑んだ。
『グルオオォォーッ!』
会話が終わるのを待っていたかの如く、ドラゴーレムが雄叫びをあげた。
これから3つの餌を貪るのだという、モンスターの意思表示でもあった。
セレナの声が、木々の間に響いた。
ドラゴーレム討伐クエストを受けた一行が向かったのは、前回フレイムリザードを倒した地域だが、岩場ではない。
目撃情報があったのはさらにその奥の山林地帯で、より危険な場所でもある。
そんな中でも、どうしてセレナ達が悠々と歩いているかというと、ここに来る道中ですでに襲ってきたモンスターを何匹か狩っているからだ。
ダンテはともかく、ふたりがすっかり自信をつけているのはそれが理由なのだ。
「3年前まではな。それからは、俺にやる気がないと判断されたのか、すっかり声もかけられなくなったよ」
さて、セレナの問いかけに、ダンテは顎を掻きながら答えていた。
「よく降格されなかったね」
「C級からの降格は、基本的にはない。引退勧告はあるが、俺は採取だけとはいえそれなりにクエストはこなしてたし、そんな話はなかったな」
ダンテの言うように、冒険者は引退するか死ぬまで冒険者でいられる。
欲張りさえしなければ、C級でも存外生活はできるものだ。
「でもさ、あたし達はダンテがすっごく強いって知ってるよ? なのにどうして、B級とか、A級冒険者に昇格しないの?」
「うん。ボクも気になってた」
「前に言ったろ? 昇格しなくても食うには困らないからだ」
だからダンテは、同じ質問をされるたびに、同じ答えを返していた。
ただ、彼の視線はすっと下りて、自分の手のひらをじっと見つめていた。
「……それに、俺は……」
不意に足を止めた彼の手のひらが、赤く染まる。
ダンテ・ウォーレンの脳裏に浮かぶのは、死屍累々の戦場に立つ自分の姿と、彼の四肢を斬り落とさんとするかつての同胞の姿だ。
彼らの顔は嫌でも覚えているが、不思議と記憶の中では黒く塗りつぶされている。
そして誰もが、怨嗟に満ちた声で叫ぶのだ。
『なぜ特級冒険者をやめるんだ、お前の損失は国の存亡にかかわるというのに!』
『どれだけ多くの人を殺してきたか分かってる!? 今更後戻りなんてできないわ!』
『いいですか。あなたのような人間に、居場所なんてないんですよ』
誰もが友だった。誰もが敵になった。ひとつの信念を貫くべく、その道を選んだ。
なのに、どうして――。
『『――戻ってこい、ダンテ!』』
――俺はまだ、あの頃の幻覚を見るのか。
――まだ、あの日の選択を後悔しているのか。
「ダンテ、どうしたの?」
セレナの尻尾で肩を叩かれ、ダンテは我に返った。
どろどろの底なし沼よりも澱んだ瞳が、いつもの色に戻るのに、幸いセレナもリンも気づいていないようだ。
少し心配そうなふたりを見て、ダンテは意地悪い鼻の鳴らし方をする。
「……俺は、お前らみたいに金にがめつくないから、今で十分なんだよ」
そうして蛸のように口を尖らせると、ふたりの不安は明るさに変わった。
ついでに、自分達が強欲だと言われているのも分かった。
「言ったなー、こんにゃろーっ!」
「デュクシ、デュクシ」
歯を見せて笑いながら、セレナ達が尻尾でダンテの頬をつつく。
獣人の中でも、猫耳族だけがやってくれる、じゃれつきのようなものだ。
こんなことをしてくれるほど、彼女達と仲良くなれたという事実が、ダンテの心臓の奥底に残るどす黒い泥を押し込めてくれた。
「よせよせ、もうドラゴーレムの縄張りに入ってるんだから……おっと」
とはいえ、いつまでもはしゃいではいられない。
ダンテだけでなく、セレナとリンも尻尾を下ろして、その場にとどまった。
「ふたりとも、来たぞ」
「うん、あたしもリンも気づいたよ」
「尻尾がビリビリしてる。あいつが近づいた証拠だ」
拓けてもいない、鬱蒼と木々の生い茂る森の中央で、3人が周囲を警戒した時だった。
「上だっ!」
ダンテの声とともに、セレナとリンが、とっさにその場から離れた。
その判断は正解だ――なんせ、彼女達がいた場所を押し潰すように、モンスターが空から落ちてきたのだから。
『ゴオオオオオォーッ!』
落ちてきたというよりは、着陸したと言うべきか。
全身を灰色の岩で覆われた、フレイムリザードのメスよりも大きなドラゴン型のモンスターの落下は、もはや隕石の墜落と似たようなものだ。
周りの木々を薙ぎ倒し、ドラゴーレムは黒玉のような瞳でセレナ達を睨んだ。
「……ドラゴーレム……こんな間近で見るのは、初めて……!」
ドラゴーレムはあくまでゴーレムの仲間で、ドラゴンのまがい物でしかない。
しかし、セレナとリンにとっては、他のどんなモンスターよりも脅威だ。
サマニ村で触れてはならないと言われ、自分達よりも強かった大人がことごとく倒された怪物とぶつかるプレッシャーは、想像以上のものに違いない。
一方でダンテは、モンスターを冷静に観察していた。
(同種の中でもかなり大きい……体を形成する石の色や傷からして、相当年季の入ったモンスターだ。恐らく、B級冒険者でもソロなら返り討ちに遭うだろうよ)
ダンテがもしも戦うなら、難儀する相手ではない。
(まあ、想定の範囲内だ。あとはあいつらが怖気づかないか、だな)
セレナやリンが戦うとすれば、話は別だ。
彼女達が足の震えを抑えられないでいたなら、あるいは恐怖で鳴り続ける歯を止められないでいたなら、ダンテが代わりに戦うつもりだったのである。
「セレナ、ボク……」
「分かってる、あたしもビビってるよ!」
だが、セレナは恐れを押し殺すように声を張り上げた。
「でも、やれる! ダンテが、戦い方を教えてくれた!」
「……!」
「ここで逃げたら、アポロスの言ってた3流冒険者のままだ! ドラゴーレムのクエストを受ける時から、あたしは決めてたんだ――絶対に逃げないって!」
剣を抜き、尻尾で強く握りしめた時、セレナの足はもう震えてはいなかった。
敵をしっかと見据える目に、恐れもない。
「なら、ボクも逃げない」
そんな勇気に触発されたリンも、魔導書をめくってゆく。
「どんな時だって、セレナひとりに戦わせたりしない。ボクは、セレナの親友だから」
「……うん!」
拳をぶつけ合ったふたりは、ドラゴーレムの前に立つ。
セレナもリンも、ダンテに助けは求めなかった。
「そこで見ててね、ダンテ! あたし達が、ドラゴーレムをやっつけるところを!」
「ああ、見てるぞ。特訓の成果を、見せてやれ」
ダンテがにやりと微笑んだ。
『グルオオォォーッ!』
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