追放された美少女を助けた底辺おっさんが、実は元”特級冒険者”だった件について。

いちまる

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おっさん、新人冒険者の面倒を見る

もっと強くなりたい

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「それにしても、ダンテ。あんたが人を連れて来るなんて驚いたよ」

 困った顔で、ダンテが頬をいた。

「ちょっと訳ありなんだ。俺がしばらく、面倒を見ることになってる」
「はっ! あんたが一番の訳ありだってのに、それ以上の人間がいるもんかい!」

 あれも違う、これも違うと魔導書を出してはしまいを繰り返すオババの手が止まる。

「風の噂で聞いたよ。元の仕事を捨てて、もう何年も冒険者を続けてるってね。おまけに稼ぎの悪いC級に何年も居座って……」

 オババの声色が変わった。
 口やかましい老婆から、孫をいつくしむ祖母の声に。

「……本当に、不器用でバカな子だよ」

 彼女はいったい、ダンテをどこまで知っているんだろうか。
 聞いてみたい気持ちが膨らんだが、それを言及する勇気は、セレナ達にはなかった。

「オババ、喋りすぎだ」
「あんたが喋らなさすぎるだけさ……あったよ、あんたに合う魔導書だ」

 ぴしゃりとダンテが会話を終わらせると、オババがとうとう1冊の本を取り出して、リンに手渡した。
 モンスターの皮で作られたカバーは、不思議なことに、触れると温かく感じられる。
 まるで、魔導書そのものが生き物として、呼吸をしているかのようだ。

「エルフ族が呪文を記した魔導書だが、他の種族が使うのを前提にしてる。魔力が少ない人間や獣人でも、多少なり息切れは防げるだろうよ」

 パラパラとページをめくるリンの肩に、ダンテが手を置いた。

「呪文を唱えてみろ、リン」
「いいの?」
「武器の試し切りと同じようなもんさ。1ページ目の呪文を読み上げな」

 リンが頷き、最初のページに記された、淡く光る文字列に目を滑らせる。

「――『湧き出せ、本に宿りし魔の力よ』」

 そして、呪文を読み上げた。
 なんということはない、魔導書がどれほどの力を有しているのかを確かめるための、ただ魔力を放出するだけの魔法である。
 過去に魔導書で同じ魔法を使った時、屁のような魔力が出たのをリンは覚えている。
 ただ、今回は違った。
 七色に光る、虹のような魔力が、魔導書からふわふわと湧きあがってきたのだ。

「……これが、魔導書に秘められた魔力……!」
「こんなにきれいなの、ボク、初めて見た……」

 セレナ達が見惚みとれるほどの美しさを持つエネルギーの波動。
 それは間違いなく、この魔導書がリンの才能に応えてくれた証拠だ。

「魔導書と持ち主の波長が合えば合うほど、魔力は綺麗な色で現れる。ここまでぴったり合うのも、珍しいがね」

 腕を組んで満足げに笑うオババとダンテを、リンは交互に見つめた。

「ダンテ、これ……!」

 死んだ魚のような目に、キラキラと星のような輝きが宿っている。
 こんな顔をして、何が言いたいかを察せないほど、ダンテは勘が鈍いわけではなかった。

「分かってるよ。オババ、この本をくれ」
「あいよ。1冊50万エメト、割増でしめて60万エメト、銀行からもらっとくよ」

 武具屋の時と同じで、銀行から直接大金をもらうのが、彼の行きつけのシステムらしい。
 相変わらずとんでもない金額で買ってもらったわけではあるが、とにもかくにも、リンもセレナ同様に素晴らしい武器を手に入れたわけだ。
 商談が終わったダンテ、セレナが家を出る中、リンはオババに振り向いた。
 なんだかんだ、彼女は自分のために、色々と魔導書を探してくれたのだから、キライと言ったまま別れるのは良くないと思ったのだ。

「おばあちゃん、ありがとう」
「ケッ。昼寝するから、とっとと帰りな」

 椅子に腰かけたオババは、手で「さっさと失せろ」とジェスチャーした。
 リンは口端だけを少し吊り上げて笑うと、外に出る。
 王都の中でもあまり人通りのない道は、もう夕暮れ時になったのもあって、すっかり静かな雰囲気を張り詰めていた。

「よし、武器も魔導書も揃ったし、今日は宿に戻るとするか」

 ひと仕事を終えたダンテが大きく伸びをするのを、セレナがじっと見つめる。

「……ねえ、ダンテって何者なの?」
「何者って、ただの万年C級冒険者だよ。採取クエストでその日暮らしをする、王都ならどこにでもいるおっさんだ」
「そんなウソ、今更通じないよ」

 セレナだけでなく、リンもずい、と顔を寄せる。
 女の子ふたりから圧をかけられても、ダンテは表情ひとつ変えない。

「正体を探るなら、面倒を見る話はナシだ」

 少しの間、ふたりとひとりは互いを見つめ合った。
 ダンテの瞳の奥にのが何なのか、今のセレナ達にはまるで見当がつかなかった。
 というより、世の中には知らない方がいいこともあるのだろう。
 だからセレナもリンも、秘密を掘り起こそうとはしなかった。

「……分かった。ダンテの正体を、ボクらは聞かない」
「でも、あたしもリンも、ダンテの戦いを見て思ったんだ。こんなに強い人が一緒にいてくれるっていうのは、強くなるチャンスじゃないかって!」
「つまり?」

 問い返すダンテを、ふたりはまなざしで見つめた。

「お願い! あたし達に、戦い方を教えてほしいのっ!」

 そして、目を丸くする彼の前で、セレナ達は真剣な頼みごとをぶつけた。

「今のままでもあたしとリンは十分強いと思ってたけど……フレイムリザードに勝てないんじゃ、これから先、冒険者なんてやってけるわけないから、だから……!」
「お願い、ダンテ。セレナの夢の為に、ボクも強くなりたい」

 生半可な気持ちでのお願いではないと、ダンテは察している。
 はるばる遠くから王都まで来て、未熟さゆえに夢をあきらめたくはないのだと、ふたりの目にともる火が、ダンテの心を揺り動かす。

「……ガラじゃないんだけどな」

 長く感じるわずかな時間を経て、彼は首の後ろに手を当てて言った。

「分かった。戦い方くらいでよけりゃ、教えてやるよ」

 彼女達の面倒を見るだけでなく――強くなれるよう、導くと。

「「わーいっ!」」

 ダンテの答えを聞いた途端、セレナとリンの顔が明るくなった。
 よほど嬉しかったのか、ふたりで手をつなぎ、ぴょんぴょんと跳ねるほどだ。

「もっと強くなるぞーっ!」
「なるぞーっ」

 しまいには小躍こおどりすら始める彼女達を見て、ダンテは笑った。

「……ほんと、お前らといると退屈しないな」

 こんな風に、1日に何度も笑ったのはいつぶりだろうか。
 ちょっとずつ、凍った心が融かされてゆくのを、彼は確かに感じ取っていた。

(心から強くなりたいと思ってるんだ、真面目に教えてやるとするか)

 ――そのお礼として、戦いを教えるなら悪くない。
 夕暮れに染まってゆく王都の端で、ダンテはそう思った。
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