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おっさん、新人冒険者の面倒を見る
ヒミツの武具屋
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セレナはてっきり、ダンテが武具屋に連れて行ってくれるものだと思っていた。
なのに、リンと一緒にやって来たのは、老婆が編み物をするただの一軒家だ。
「ダンテ……入るところ、間違えたんじゃないの?」
「間違えてないさ。ここで俺は、いつも武器を調達してたんだ」
「信じらんないなあ……」
いまいち信じられない様子のセレナの脇を抜けて、リンが老婆に声をかけた。
「おばあちゃん、武器売ってる?」
「そうだねぇ、肩がこって仕方ないねぇ」
「ダメだこりゃ」
会話にならない会話を聞いて、セレナがあきれ顔で肩をすくめる。
「やっぱりただの、おばあちゃん家だよ! こんなところに冒険者の武器なんて、置いてるわけないじゃん!」
ところが、ダンテは連れて行く場所を間違えたわけでも、からかっているわけでもなさそうだった。
「おっと、言い忘れてたな。正確に言うと、この奥だ」
彼はリンをどかして、老婆に囁いた。
「『烏がなんと鳴く、雄鶏の声で鳴く』」
「……!」
老婆は猫を抱えて、椅子から立ち上がった。
部屋の奥にゆっくり歩き、壁を軽く叩く。
「……どぉぞ、お入りくださいな」
すると、壁がミシミシと音を鳴らして、まるで扉のように開いた。
何の変哲もない一軒家の端に、どこかに繋がる秘密の扉が現れたのだ。
「えっ! えっ!」
「どういうこと!?」
目を白黒させるセレナとリンを、ダンテは心底楽しそうに見つめている。
「表向きはただの家だ。暗号を知ってるやつにしか、武器を売ってくれないんだよ」
ふたりの肩を叩いて、彼はすたすたと秘密の入り口の中へと入っていった。
慌ててついてくるセレナ達の足音が響くほど、通路は狭く、おまけに暗い。
まるでダンジョンの恐ろしい洞窟を探検しているような気分になって、思わず互いの手を握り合うセレナとリンを尻目に、ダンテは足を止めた。
そして、行き止まりらしい壁をゆっくりと押し開けた。
「――おや、ダンテ・ウォーレン様」
今度こそ、セレナとリンは自分の目を疑った。
ただの一軒家から秘密の入り口を抜けた先にあったのは、ひとりの中年紳士が武具の手入れをしている――まさしく誰もが想像する武具屋そのものだったのだ。
「スミス、久しぶりだな」
剣を並べる男性が最初に声をかけたのは、ダンテだった。
「ナイフをお渡ししたのが最後ですから、随分と久しいですな。そちらのお方は?」
スミスと呼ばれた武具屋の店主が眼鏡をかけると、レンズにふたりの姿が映った。
その目に何もかも見透かされているような気がして、ふたりは息を呑む。
「俺が面倒を見てる冒険者だ。こっちの背の高い方に、剣を選んでやってくれ」
「かしこまりました。少々お待ちを」
店主がすたすたと店の奥に向かうのを見て、セレナはほっと安心した。
すると、今度は「なんでこんなところに店があるのか」とか「なんでダンテはこのお店を知っているのか」とか、様々な疑問が浮かんでくる。
質問はざっと10をくだらなかったが、中でも気になったことを彼女は口に出した。
「買うのはあたしだから、あたしが選ぶんじゃないの?」
当然と言えば当然の問いかけだが、ダンテは彼女を一瞥もせずに答えた。
「このスミスは、武器と防具の達人だ。客を見ただけで、そいつに一番合った素材、サイズ、武器の種類をチョイスしてくれる。いわば武器のスペシャリストだな」
とてもそうは見えない、ただの中年の武具屋の店主だ。
セレナもリンもそう思っていた。
「猫耳族、15歳、剣を握って3年、珍しい二股、武器は主にそちらで振るう……」
しかし、スミスが背を向け、武器のしまわれた棚を漁る声を聞いて、考えを改めた。
「見ただけで、そこまで分かるの!?」
「言ったろ。スペシャリストだってな」
ダンテが答えると、スミスが戻ってきた。
「お待たせしました。こちらはいかがでしょう」
彼が長いテーブルに置いたのは、ひと振りの剣だ。
「やや幅広のルミナリ鋼製刀身、隣国アルバレオの職人技による柄と鍔の装飾。広い攻撃範囲と軽さ、扱いやすさを両立させた剣でございます。どうぞ、お手に取ってご覧ください」
陽の光も浴びていないのに、白銀に煌めく剣の柄を、セレナは恐る恐る掴んだ。
そして金毛の尻尾で器用に持ち上げると、彼女の顔がパッと華やいだ。
「すごい……体の一部みたいに振れるし、尻尾にもなじむ……!」
本能的に理解したのだ。この剣以上に、自分が使うのに適した武器はないと。
「だろ? 俺が武器を唯一買う場所だ、外れはないさ」
「ダンテ様のナイフも、わたくしが選んだものでございます」
スミスが話す武器には、ふたりとも覚えがある。
先端が鉤状になっている、何とも使いづらそうなナイフだ。
「ああ、あの変な形のナイフ……」
「おいおい、変とはなんだよ。これはこれで、けっこう高いんだぞ?」
「どれくらい?」
ふむ、と思い出しながら、スミスが答えた。
「そうですね、王都の一等地に屋敷を5つ構えても、ひと振りの値段に届きません」
「「はああぁ!?」」
頭で処理しきれないほどの金額が飛び込んできて、今度こそセレナ達は開いた口が塞がらなかった。
屋敷ひとつと交換できる武器すら以上なのに、それが5つあっても足りないなんて。
しかもダンテが、それをふた振りも持っているなんて、到底予想できなかった。
「王国最北部の『死の山』の頂上で、ごくわずかしか採掘できない『アザトートクロム』を精錬した刀身に、ドワーフ族秘伝の特殊加工を施したナイフです。世に出回れば、国宝として飾られる逸品と呼んで過言はないかと」
「ちなみにセレナが買う剣の代金は、150万エメトだぞ」
「ひゃくごっ……」
あまりにもさらりと伝えられた剣の値段を理解して、セレナはそれを尻尾ではなく、両手でしっかりと握りしめた。
何かの拍子で落としたらと思うと、背筋が凍る。
歯をがちがちと鳴らすセレナを置いて、ダンテはポケットから取り出したメモに何かを書いた。
「王都中央大銀行の、いつもの口座から必要な額を持っていけ。今の暗証番号はこれだ」
それを手渡すと、スミスは静かに頷いた。
「間違いございません。またのご利用をお待ちしております、ダンテ様」
どうやら剣の代金は、王都に鎮座する銀行から支払うようだ。
150万エメトを小銭のように、銀行を財布のようにしか扱わないダンテの金銭感覚はどうなっているのか――貯金額は、どれほどのものか。
真実は、ダンテにしか分からない。
「よし、剣は調達したし、次はリンの魔導書を……」
さっさと武具屋を出ようとしたダンテだったが、不意に振り返った。
「……何してんだ、お前ら」
セレナとリンが、ふたり仲良く剣の両端を持ち、プルプルと震えて動けずにいるのだ。
尻尾と耳を揺らすそのさまは、金塊を抱えたおマヌケな盗賊のようだ。
「な、なんか、150万エメトを背負ってると思うと、膝が震えて……」
「ボクも、隣にいると足が子羊になっちゃう……」
随分と新鮮なリアクションを前に、ダンテは思わずはにかんだ。
「……おかしな奴らだな」
結局、彼はふたりが落ち着くまで武具屋を出なかった。
なのに、リンと一緒にやって来たのは、老婆が編み物をするただの一軒家だ。
「ダンテ……入るところ、間違えたんじゃないの?」
「間違えてないさ。ここで俺は、いつも武器を調達してたんだ」
「信じらんないなあ……」
いまいち信じられない様子のセレナの脇を抜けて、リンが老婆に声をかけた。
「おばあちゃん、武器売ってる?」
「そうだねぇ、肩がこって仕方ないねぇ」
「ダメだこりゃ」
会話にならない会話を聞いて、セレナがあきれ顔で肩をすくめる。
「やっぱりただの、おばあちゃん家だよ! こんなところに冒険者の武器なんて、置いてるわけないじゃん!」
ところが、ダンテは連れて行く場所を間違えたわけでも、からかっているわけでもなさそうだった。
「おっと、言い忘れてたな。正確に言うと、この奥だ」
彼はリンをどかして、老婆に囁いた。
「『烏がなんと鳴く、雄鶏の声で鳴く』」
「……!」
老婆は猫を抱えて、椅子から立ち上がった。
部屋の奥にゆっくり歩き、壁を軽く叩く。
「……どぉぞ、お入りくださいな」
すると、壁がミシミシと音を鳴らして、まるで扉のように開いた。
何の変哲もない一軒家の端に、どこかに繋がる秘密の扉が現れたのだ。
「えっ! えっ!」
「どういうこと!?」
目を白黒させるセレナとリンを、ダンテは心底楽しそうに見つめている。
「表向きはただの家だ。暗号を知ってるやつにしか、武器を売ってくれないんだよ」
ふたりの肩を叩いて、彼はすたすたと秘密の入り口の中へと入っていった。
慌ててついてくるセレナ達の足音が響くほど、通路は狭く、おまけに暗い。
まるでダンジョンの恐ろしい洞窟を探検しているような気分になって、思わず互いの手を握り合うセレナとリンを尻目に、ダンテは足を止めた。
そして、行き止まりらしい壁をゆっくりと押し開けた。
「――おや、ダンテ・ウォーレン様」
今度こそ、セレナとリンは自分の目を疑った。
ただの一軒家から秘密の入り口を抜けた先にあったのは、ひとりの中年紳士が武具の手入れをしている――まさしく誰もが想像する武具屋そのものだったのだ。
「スミス、久しぶりだな」
剣を並べる男性が最初に声をかけたのは、ダンテだった。
「ナイフをお渡ししたのが最後ですから、随分と久しいですな。そちらのお方は?」
スミスと呼ばれた武具屋の店主が眼鏡をかけると、レンズにふたりの姿が映った。
その目に何もかも見透かされているような気がして、ふたりは息を呑む。
「俺が面倒を見てる冒険者だ。こっちの背の高い方に、剣を選んでやってくれ」
「かしこまりました。少々お待ちを」
店主がすたすたと店の奥に向かうのを見て、セレナはほっと安心した。
すると、今度は「なんでこんなところに店があるのか」とか「なんでダンテはこのお店を知っているのか」とか、様々な疑問が浮かんでくる。
質問はざっと10をくだらなかったが、中でも気になったことを彼女は口に出した。
「買うのはあたしだから、あたしが選ぶんじゃないの?」
当然と言えば当然の問いかけだが、ダンテは彼女を一瞥もせずに答えた。
「このスミスは、武器と防具の達人だ。客を見ただけで、そいつに一番合った素材、サイズ、武器の種類をチョイスしてくれる。いわば武器のスペシャリストだな」
とてもそうは見えない、ただの中年の武具屋の店主だ。
セレナもリンもそう思っていた。
「猫耳族、15歳、剣を握って3年、珍しい二股、武器は主にそちらで振るう……」
しかし、スミスが背を向け、武器のしまわれた棚を漁る声を聞いて、考えを改めた。
「見ただけで、そこまで分かるの!?」
「言ったろ。スペシャリストだってな」
ダンテが答えると、スミスが戻ってきた。
「お待たせしました。こちらはいかがでしょう」
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「やや幅広のルミナリ鋼製刀身、隣国アルバレオの職人技による柄と鍔の装飾。広い攻撃範囲と軽さ、扱いやすさを両立させた剣でございます。どうぞ、お手に取ってご覧ください」
陽の光も浴びていないのに、白銀に煌めく剣の柄を、セレナは恐る恐る掴んだ。
そして金毛の尻尾で器用に持ち上げると、彼女の顔がパッと華やいだ。
「すごい……体の一部みたいに振れるし、尻尾にもなじむ……!」
本能的に理解したのだ。この剣以上に、自分が使うのに適した武器はないと。
「だろ? 俺が武器を唯一買う場所だ、外れはないさ」
「ダンテ様のナイフも、わたくしが選んだものでございます」
スミスが話す武器には、ふたりとも覚えがある。
先端が鉤状になっている、何とも使いづらそうなナイフだ。
「ああ、あの変な形のナイフ……」
「おいおい、変とはなんだよ。これはこれで、けっこう高いんだぞ?」
「どれくらい?」
ふむ、と思い出しながら、スミスが答えた。
「そうですね、王都の一等地に屋敷を5つ構えても、ひと振りの値段に届きません」
「「はああぁ!?」」
頭で処理しきれないほどの金額が飛び込んできて、今度こそセレナ達は開いた口が塞がらなかった。
屋敷ひとつと交換できる武器すら以上なのに、それが5つあっても足りないなんて。
しかもダンテが、それをふた振りも持っているなんて、到底予想できなかった。
「王国最北部の『死の山』の頂上で、ごくわずかしか採掘できない『アザトートクロム』を精錬した刀身に、ドワーフ族秘伝の特殊加工を施したナイフです。世に出回れば、国宝として飾られる逸品と呼んで過言はないかと」
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150万エメトを小銭のように、銀行を財布のようにしか扱わないダンテの金銭感覚はどうなっているのか――貯金額は、どれほどのものか。
真実は、ダンテにしか分からない。
「よし、剣は調達したし、次はリンの魔導書を……」
さっさと武具屋を出ようとしたダンテだったが、不意に振り返った。
「……何してんだ、お前ら」
セレナとリンが、ふたり仲良く剣の両端を持ち、プルプルと震えて動けずにいるのだ。
尻尾と耳を揺らすそのさまは、金塊を抱えたおマヌケな盗賊のようだ。
「な、なんか、150万エメトを背負ってると思うと、膝が震えて……」
「ボクも、隣にいると足が子羊になっちゃう……」
随分と新鮮なリアクションを前に、ダンテは思わずはにかんだ。
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