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おっさん、新人冒険者の面倒を見る
万年C級冒険者
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「――ダンテさん、いつまでC級冒険者でいるつもりですか?」
「え?」
冒険者ギルドでクエストを受ける男――ダンテは、目を丸くした。
「え、じゃないですよ! 毎回毎回、受けるクエストはC級の中でも簡単な採取クエストばかりで、討伐にはちっとも行かないじゃないですか!」
いつものようにカウンターでクエストの詳細を聞こうとした彼に、若い受付嬢がこう言ってきたからだ。
「見た感じなよなよしてるわけでもないですし、王都ギルドで冒険者活動を始めてもう何年も経ちますし……いい加減、B級に昇格してみては?」
確かにダンテの見た目は、決してひょろりとはしていない。
馬の尾のようにまとめた髪、茶色のショートヘアと細い目、右頬の大きな切り傷。
ジャケットとカーゴパンツ、長いブーツと腰に下げた冒険者ギルド公認のポーチ。
見た目は人でにぎわう冒険者ギルドを探せば、いくらでもいると言っても過言ではないくらい普通の、今年35歳になるおっさんだ。
そんないかにも平々凡々の男は、少し困った様子で頭を掻いた。
「そう言われてもなぁ、俺は今のままで十分満足してるし、暮らしにも困ってないし……」
「向上心がないと冒険者なんてやっていけませんよ、ダンテさん!」
ダンテの話をしているのに、彼女の言葉には本人よりも熱がこもっている。
「近頃は駆け出し冒険者にも陰でバカにされてるんですから、もうちょっとシャキッとしてください!」
受付嬢の言うように、ダンテは周りから『万年C級冒険者』とバカにされていた。
C級といえば、冒険者になりたてのD級のひとつ上のランク。
1、2年で上のランクに行く冒険者がほとんどの中で、何年も同じところでダラダラと冒険者稼業を続けるダンテが、若い連中に見下されるのは当然だろう。
「はい、クエスト受注書です! 次は昇格クエストを受けるって、期待してますよ!」
「はは、頑張るよ」
ダンテは話を受け流して、依頼書を受け取った。
近くのテーブルに腰かけた彼が手にしているのは、この王都ヴェインから少し森で採取できる、ちょっとした薬草の採取。
誰でもこなせるクエストだし、生活費になるのなら、ダンテはこれでいいと思っている。
「あの受付嬢さん、俺を気遣ってくれるのは嬉しいけど、毎度口調がきついんだよな」
彼女の言葉は正しい。
冒険者のランクが上がれば上がるほど、有名になり、裕福になれる。
そもそも冒険者というのは、野心に溢れているのが常だ。
「……B級か。俺には無縁の世界――」
依頼書をひらひらと揺らし、ダンテがひとりごちた時だった。
「――よくもあたし達を囮にしたな、このヒトゴロシーっ!」
突然、ギルドに甲高い声が響き渡った。
「……何だ?」
ダンテだけでなく、冒険者の視線が集まる。
その先にいるのは、10人は下らない冒険者パーティーと向かい合う、ふたりの少女だ。
「セレナ、声が大きい。騒ぎになるから、落ち着いて」
ひとりは、ダンテの胸元くらいの背丈もない女の子。
膝まで伸びたストレートの黒髪と猫耳、太い尻尾、死んだ魚のような生気のない黒の瞳。
シャツとロングスカート、大きなリュックに加えて、マフラーで口元を覆っている。
「じゃあ、リンは納得できるの!? あたし達、危うくゴーレムに頭を叩き潰されて、クエスト中に死ぬところだったんだよ!?」
「……まあ、ボクもちょっとムカついてる」
「でしょーっ!? あたしを転ばして、ゴーレムが襲ってる間に倒すなんて許せない!」
もうひとりの、ずっと地団太を踏んでいる少女は、どうやら寡黙そうな子の友人だ。
金色のツインテールと八重歯、二股の尻尾、青くて大きな瞳がよく目立つ。
腰布付きのパンツルックも特徴的だが、なによりこのふたりの頭とお尻からは――まるで猫のような、髪と同じ色の耳と尻尾が揺れているのだ。
これが獣人の中でも、猫耳族の特徴だとダンテは知っていた。
「一番許せないのは、あんた! あんたがちーっとも悪びれてないところだっ!」
さて、セレナと呼ばれた少女が睨みつけて指さす相手も、ダンテは知っている。
「悪びれるって、このアポロス様がか?」
いや、マントを羽織る赤髪の男、アポロスを知らない者はギルドにいないだろう。
王都でも数えるくらいしかいないA級冒険者で、乱暴者ではあるが実績は確かだ。
「いいか、お前らを荷物持ちとして、パーティーに迎え入れてやった時に言ったはずだ。俺様のパーティー『竜王の冠』に入ることは、危険を伴うってな」
「ぐ……!」
「それを覚悟で加入するって言ったのはテメェらだぜ? なあ、エヴリン?」
彼がセレナを黙らせると、隣の女性が妖艶な笑みを浮かべて頷いた。
「アポロスの言う通りね。危険な目に遭ったのも、貴女達がもたついていたからよ」
ギルド最大級のパーティー『竜王の冠』のサブリーダー、エヴリンは、ある意味ではアポロス以上の有名人だ。
淡い紫色の髪をなびかせる絶世の美女で、王都で最も美しい冒険者とも称されている。
「むしろA級冒険者のアポロスと私が率いる、ギルド屈指のパーティーに、荷物持ちとしてでも加入できたのを感謝するべきね」
「それすらこなせない無能を引き入れたのは、間違いだったがな!」
このふたりが率いるパーティーに刃向かえる者も、逆らう者もそうそういない。
たとえ新入りの荷物持ちとして酷使された末に、クエストの途中に囮にされたとしても、誰も文句を言えないのだ。
今回も例に漏れず、アポロスは黙るしかないセレナに顔を寄せ、唾を吐いた。
「『竜王の冠』の唯一のルールを教えてやるよ。『力こそすべて、無能は捨て駒』だ」
「……ッ!」
「囮にすらなれない獣人のクソガキに、もう用はねえよ。テメェらは追放だ」
パーティーからの追放を言い渡したアポロスが、顔を離す。
だが、セレナはうつむいたまま、拳を握り締めて震えている。
「……分かった。行こう、セレナ」
リンはあっさりと納得したが、顔を上げたセレナは違う。
背を向けようとしたアポロスを、猫の目でまだ睨んでいた。
「なんだ、その目は? 俺様に何か言いたいことでもあるのか、あァ?」
少しだけ間を空けて、セレナが言った。
「……あたしじゃない。親友を殺しかけたこと、絶対に許さないから」
自分よりも、仲間が死にかけたことを、セレナは許すつもりはないようだ。
そんな彼女の態度が、アポロスの怒りを湧きあがらせた。
「ったく、口の減らねえガキだな!」
衆人環視の中、アポロスは躊躇いなく背負っていた巨大な剣を鞘から抜く。
「ちょっと痛い目を見りゃあ、黙る気になるかァ!?」
そして、エヴリンや他のパーティーメンバーが止めるより早く、セレナめがけて振り下ろした。
「セレナ!」
「――ッ!」
逃げる間もないふたりが、凶刃の犠牲となるその刹那。
「――そこまでだ」
巨大な剣の動きが、ぴたりと止まった。
先の曲がった、奇妙な形のナイフにぶつかって。
――それを握り、間に割って入ったダンテによって。
「え?」
冒険者ギルドでクエストを受ける男――ダンテは、目を丸くした。
「え、じゃないですよ! 毎回毎回、受けるクエストはC級の中でも簡単な採取クエストばかりで、討伐にはちっとも行かないじゃないですか!」
いつものようにカウンターでクエストの詳細を聞こうとした彼に、若い受付嬢がこう言ってきたからだ。
「見た感じなよなよしてるわけでもないですし、王都ギルドで冒険者活動を始めてもう何年も経ちますし……いい加減、B級に昇格してみては?」
確かにダンテの見た目は、決してひょろりとはしていない。
馬の尾のようにまとめた髪、茶色のショートヘアと細い目、右頬の大きな切り傷。
ジャケットとカーゴパンツ、長いブーツと腰に下げた冒険者ギルド公認のポーチ。
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そんないかにも平々凡々の男は、少し困った様子で頭を掻いた。
「そう言われてもなぁ、俺は今のままで十分満足してるし、暮らしにも困ってないし……」
「向上心がないと冒険者なんてやっていけませんよ、ダンテさん!」
ダンテの話をしているのに、彼女の言葉には本人よりも熱がこもっている。
「近頃は駆け出し冒険者にも陰でバカにされてるんですから、もうちょっとシャキッとしてください!」
受付嬢の言うように、ダンテは周りから『万年C級冒険者』とバカにされていた。
C級といえば、冒険者になりたてのD級のひとつ上のランク。
1、2年で上のランクに行く冒険者がほとんどの中で、何年も同じところでダラダラと冒険者稼業を続けるダンテが、若い連中に見下されるのは当然だろう。
「はい、クエスト受注書です! 次は昇格クエストを受けるって、期待してますよ!」
「はは、頑張るよ」
ダンテは話を受け流して、依頼書を受け取った。
近くのテーブルに腰かけた彼が手にしているのは、この王都ヴェインから少し森で採取できる、ちょっとした薬草の採取。
誰でもこなせるクエストだし、生活費になるのなら、ダンテはこれでいいと思っている。
「あの受付嬢さん、俺を気遣ってくれるのは嬉しいけど、毎度口調がきついんだよな」
彼女の言葉は正しい。
冒険者のランクが上がれば上がるほど、有名になり、裕福になれる。
そもそも冒険者というのは、野心に溢れているのが常だ。
「……B級か。俺には無縁の世界――」
依頼書をひらひらと揺らし、ダンテがひとりごちた時だった。
「――よくもあたし達を囮にしたな、このヒトゴロシーっ!」
突然、ギルドに甲高い声が響き渡った。
「……何だ?」
ダンテだけでなく、冒険者の視線が集まる。
その先にいるのは、10人は下らない冒険者パーティーと向かい合う、ふたりの少女だ。
「セレナ、声が大きい。騒ぎになるから、落ち着いて」
ひとりは、ダンテの胸元くらいの背丈もない女の子。
膝まで伸びたストレートの黒髪と猫耳、太い尻尾、死んだ魚のような生気のない黒の瞳。
シャツとロングスカート、大きなリュックに加えて、マフラーで口元を覆っている。
「じゃあ、リンは納得できるの!? あたし達、危うくゴーレムに頭を叩き潰されて、クエスト中に死ぬところだったんだよ!?」
「……まあ、ボクもちょっとムカついてる」
「でしょーっ!? あたしを転ばして、ゴーレムが襲ってる間に倒すなんて許せない!」
もうひとりの、ずっと地団太を踏んでいる少女は、どうやら寡黙そうな子の友人だ。
金色のツインテールと八重歯、二股の尻尾、青くて大きな瞳がよく目立つ。
腰布付きのパンツルックも特徴的だが、なによりこのふたりの頭とお尻からは――まるで猫のような、髪と同じ色の耳と尻尾が揺れているのだ。
これが獣人の中でも、猫耳族の特徴だとダンテは知っていた。
「一番許せないのは、あんた! あんたがちーっとも悪びれてないところだっ!」
さて、セレナと呼ばれた少女が睨みつけて指さす相手も、ダンテは知っている。
「悪びれるって、このアポロス様がか?」
いや、マントを羽織る赤髪の男、アポロスを知らない者はギルドにいないだろう。
王都でも数えるくらいしかいないA級冒険者で、乱暴者ではあるが実績は確かだ。
「いいか、お前らを荷物持ちとして、パーティーに迎え入れてやった時に言ったはずだ。俺様のパーティー『竜王の冠』に入ることは、危険を伴うってな」
「ぐ……!」
「それを覚悟で加入するって言ったのはテメェらだぜ? なあ、エヴリン?」
彼がセレナを黙らせると、隣の女性が妖艶な笑みを浮かべて頷いた。
「アポロスの言う通りね。危険な目に遭ったのも、貴女達がもたついていたからよ」
ギルド最大級のパーティー『竜王の冠』のサブリーダー、エヴリンは、ある意味ではアポロス以上の有名人だ。
淡い紫色の髪をなびかせる絶世の美女で、王都で最も美しい冒険者とも称されている。
「むしろA級冒険者のアポロスと私が率いる、ギルド屈指のパーティーに、荷物持ちとしてでも加入できたのを感謝するべきね」
「それすらこなせない無能を引き入れたのは、間違いだったがな!」
このふたりが率いるパーティーに刃向かえる者も、逆らう者もそうそういない。
たとえ新入りの荷物持ちとして酷使された末に、クエストの途中に囮にされたとしても、誰も文句を言えないのだ。
今回も例に漏れず、アポロスは黙るしかないセレナに顔を寄せ、唾を吐いた。
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「……ッ!」
「囮にすらなれない獣人のクソガキに、もう用はねえよ。テメェらは追放だ」
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だが、セレナはうつむいたまま、拳を握り締めて震えている。
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リンはあっさりと納得したが、顔を上げたセレナは違う。
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「なんだ、その目は? 俺様に何か言いたいことでもあるのか、あァ?」
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「ったく、口の減らねえガキだな!」
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そして、エヴリンや他のパーティーメンバーが止めるより早く、セレナめがけて振り下ろした。
「セレナ!」
「――ッ!」
逃げる間もないふたりが、凶刃の犠牲となるその刹那。
「――そこまでだ」
巨大な剣の動きが、ぴたりと止まった。
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