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1巻

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 プロローグ


「――てめぇ、いい加減にしろよ!」

 薄暗く広い洞穴ほらあなに、男の怒鳴どなり声が響いた。
 カンテラが地面に落ち、その火がパチパチと音を立てて輝く。ホールのようにくり抜かれた洞穴の中心には、暴力的な光景が広がっていた。
 この場にいるのは、四人の人物。
 一人は、どことなく弱気そうな青年。ぬかるむ地面に倒れ込んで、腹部を抱えてうめいている様子から、恐らくその辺りをなぐられたか、られたようだ。当然、たった今強気な口調で叫んだのは彼ではない。
 別の一人は、頭に血が上った様子で、豪奢ごうしゃ装飾そうしょくほどこされたピストルを振り回しながらわめいている。倒れている青年よりも頭一つ背の高い男だ。
 彼の後ろにいる女性二人は、男の暴虐ぼうぎゃくを止めようとしない。

「どういうことだ! 俺様のじゅうが不調を起こすのはよ、全部てめぇのせいだろ!」

 四人の他に誰の気配もない、声すら吸い込まれる迷宮めいきゅうらしき場所で、男の暴虐は続く。

「げほ、ごほ……不調って言ったって、そんな乱暴な使い方をすれば……」

 かみを掴んでつばを吐き散らす男に、青年はかろうじて反論した。

「口答えすんじゃねえよ、平民の『技術士エンジニア風情ふぜいがよォ!」
「うぐっ!」

 しかし、彼の言い分をこの男が聞く様子はない。かっとなった調子で男が青年の腹を蹴り飛ばすと、彼は後方に倒れ込み、泥と血に汚れた顔でもんどりうった。

「なぁなぁなぁ、技術士ってのはどんな仕事だ? 探索者シーカーである騎士ナイト魔法使いウィザードのアームズをしっかり修理して、調整して最高の状態にすることだろ? 違うか、あァ?」

 どうやら、彼らは仲間同士で、青年は重要な役職にあるらしい。
 だが、男にとってそれは、暴力を振るうのをやめる理由にはならないようだ。

「それがてめぇの仕事だって言ってやるのが、おかしいってのか、あァ!?」
「うああぁっ!」

 そこからはもう、一方的ないじめだった。
 殴る蹴るは当然のこと、不調を起こしているはずのピストルの底で頭を殴りつける。
 ひたいや腕、脚から血が流れてもお構いなしだ。このままでは青年が死ぬまで、男はへこみ始めているピストルで殴打を続けるだろう。

「そ、そうじゃない! 俺はしっかり修理したんだ、俺は――」
「もういいわ、ジェイミー。貴方あなたの手を汚すだけ無駄よ」

 殺されると直感した青年が弁明しようとした時、とうとう背後の女性が口を挟んだ。
 きつい口調の女性は、華美かびな服装――こんな地下深くとおぼしき場所には不釣ふついな格好をしており、いかにも高いくらいらしい出で立ちだ。
 高慢そうな彼女の後ろにいる、おどおどした少女もまた、同じような衣服を纏っていた。

「……ったく、仕方ねえ。いとしのイザベラのお願いとありゃあな。運が良かったな」

 彼女の言葉ならば聞くのか、ジェイミーと呼ばれた男は青年から手を放し、乱暴に蹴飛ばした。地面に転がった青年は、てっきり自分が助かったのかと思った。

「……イザベラ、俺は……」
しゃべらないで。貴方の口からは、もう何も聞きたくないわ」

 もちろん、そんなはずはなかった。
 彼女――イザベラの目は、ジェイミーのそれよりもずっと冷静で、冷酷だった。たわむれも残虐さもない、ただひたすら青年を侮蔑ぶべつする目をしていた。

「私達Aランクパーティー『高貴こうきなるつるぎ』にスカウトしてもらっておきながら、この程度の力しか示せないのね。もう少し仕事のできる男だと思っていたけど……残念ね」
「う、うう……」
「パルマ、この男を焼き殺しなさい。せめてものうっぷん晴らしにはなるでしょうね」
「は、はい、お姉様」

 彼女達がなぜここにいるのか。どうして青年がおとしめられているのか。そんな疑問は、やがて些末さまつなものになる。
 何故なら、これから青年は、この三人によって殺されるからだ。
 さっと青ざめた青年の前に、パルマと呼ばれた少女がおどり出た。右手には長い鉄製の杖を握っており、その先端で輝く水晶玉には、地面に転がったカンテラよりもずっと明るい火がともっている。
 これで何をするかは、もはや明白だ。青年を焼き殺すつもりだろう。
 仮に焼き殺されなくとも、今度はイザベラの右腰にがっている剣が、彼を斬り殺すだろう。

「だとよ。無能で愚図ぐずなお前の行きつく先は、処刑ってわけだ」
「そ、そんな……!?」

 ジェイミーも、こうなることが分かっていたからこそ、殴るのをやめたのだ。
 定められた結末におののき、青年は背負っていた荷物を掴み、腰を抜かしたまま後ずさりする。
 だが、背中に洞穴の壁が当たってしまい、逃げられないと悟った。
 イザベラは冷たく告げる。

「ここはダンジョンで、他の探索者はいない。誰も私達をとがめはしないわ……まあ、外だろうと、帝国創設者たるアルヴァトーレ一族の最高傑作さいこうけっさく、このイザベラ・ド・アルヴァトーレを責められる人間なんて一人もいないのだけれど」
「ま、待てよ、待ってくれ!」
「『高貴なる剣』に貴族以外の人間を加えるなんて、一時の気の迷いでもやめておくべきだったわね。反省の材料にさせてもらうわ。今度はもっといい技術士をやとうから、安心して死んでちょうだい……パルマ、やるのよ」
「はい、や、やります。それでは――」

 青年が必死の形相ぎょうそう命乞いのちごいをしても、彼女達は聞く耳を持たない。
 とうとう杖をかかげたパルマを前に、青年は必死に逃げようと、もがくように思い切り地面に足を踏み込んだ。
 ――それが、まずかった。

「えっ?」

 彼が足に力を入れた途端、地面が陥没かんぼつした。
 体が沈むのと同時に、待ち構えていたように地面にばっくりと裂け目ができて、青年の姿がわずかにゆがんだ。

「――あ、う、うわああああああぁぁ……!」

 そして、彼は文字通り、落ちていった。
 青年が落ちた亀裂きれつは決して大きくはない。そんな穴に都合良く落ちるなど、偶然にしてはできすぎている……と疑ってしまう。
 人ひとり、ふたり程度なら呑み込んでしまう亀裂を、残された三人は覗き込んだ。

「……落ちた、のかしら?」
「そ、そうですね、お姉様。あの男、運良く緩んだ地盤の裂け目に落ちた、ようです」
「ならいいわ。彼はダンジョンで事故にって死亡。『エクスペディション・ギルド』にはそう伝えておいて、ジェイミー」

 彼女はあっさりと、青年を見限った。既に死んだ者として扱っている。

「ああ。それにしても、もう少しらしをしてやりたかったもんだぜ」
「……ストレス発散なら、このキスで我慢して頂戴ちょうだい、ね?」

 イザベラが穴に背を向け、ジェイミーの頬にキスをすると、彼は満足げに微笑んだ。

「ふっ、しょうがねえな……愛してるぜ、マイハニー」
「お姉様……」

 邪魔者を消し、男をはべらせて満足げなイザベラと、彼女を敬愛けいあいに満ちた視線で見つめて追いかけていくパルマ。性根はどうあれ、この瞬間だけ切り取れば、彼ら三人は理想のパーティーに見えるだろう。
 だから、地の闇に落ちていった男は、結局不要だったのだ。
 こうして、三人の元仲間は、洞穴から完全にいなくなった。


 消えてしまった者について語るとすれば、まずは何者であるかと、名前を告げる必要がある。
 不遇なる技術士。
 名を、クリス・オロックリン。
 彼がどうしてこんな目に遭ったのか。話はしばらく前にさかのぼる。




 第一章 技術士エンジニアとカムナオイノカミ


 この世界に『ダンジョン』が出現してから、百余年が経った。
 ――ダンジョンとは、突如として世界中に出現した巨大な迷宮の総称である。
 そこに住まう生物、環境、広大さはたちまち人々を魅了した。特に原生生物の身体を形作る特殊な素材ははがねにもまさる硬度をほこり、誰もがこぞって欲しがった。
 剣やおのを振るう戦士、一族に代々伝わる摩訶不思議まかふしぎな術を操る魔法使い、希少な武器である銃をもちいる射撃手、商人、遊び人、賢者けんじゃ、薬剤師などが『探索者シーカー』に転職し、未知の世界がもたらす栄光と利益に目を輝かせ、やみの中へと飛び込んだ。
 探索者達の中で最も重宝ちょうほうされたのは、技術士エンジニアと呼ばれる役職だ。
 ダンジョン内の生物は非常に強力で、並の装備では倒すまでに時間がかかる。
 人々はすぐに、それらからいだ素材を用いた武器を造って戦うようになった。
 これらの武器はアームズと称され、今や探索者の標準装備になるまでに至っている。
 ただし、普通の武器と比べて、構造が複雑なのが唯一の難点。
 そこで、アームズの調整や、修理に駆り出される職業が技術士である。
 基本的に探索者は複数人でパーティーを組むが、その中に最低でも一人は技術士がいるのが通例だ。そして、彼らが粗雑に扱われることなど、滅多めったにない。
 ただ、彼――クリスは、その滅多にない状況を引き当ててしまった。
 生まれつきおかしな色の右目を有している点以外は、彼はありふれた外見だった。
 強めのウェーブがかかった、やや長い髪の色は黒。眉の色も髪と同じで、瞳は右が紫で左が緑色、紫の目は生まれつき白目が黒い。背は人並み。
 肌は少し白いが、ダンジョン探索に備えてしっかりときたえられている。紺色の長袖ジャケットと白のシャツに黒いズボン、腰布を纏い、鈍色にびいろの特殊革製ブーツを装着した、探索者としてはありふれた格好だ。
 三週間ほど前、クリスはとある目的の為に生まれ故郷を出て、都会にまでやってきた。右も左も分からない中、彼が『高貴なる剣』と出会ったのは、イザベラ達によるスカウトが理由である。

「――オロックリン。貴方、私達のパーティーに入らない?」
「……俺を、Aランクのパーティーに?」
「ちょうど技術士を探していたのよ。報酬ほうしゅうはずむわ」

 目的を果たすべく、なるべく強い探索者と共に、難関のダンジョンに行きたいと、彼はずっと思っていた。
 そんな矢先に、公的に認められる中では最高ランクであるAランクを掲げるパーティーがスカウトしてくれたのだから、クリスが喜ばないはずがなかった。
 しかも一同は、全員が貴族の生まれだというではないか。訓練では相応以上の成果を上げていたと聞き、彼はAランクの実力に納得して、早々にダンジョンへ向かった。
 ――ところが、彼を待っていたのは理不尽りふじんまみれた日々だった。

「もっと早く調整しなさい。今晩までには修理しなさい。アルヴァトーレの血を引く私のアームズに触れる権利を、こうべを垂れて喜びなさい」

 まず、リーダーのイザベラ。彼女の言葉は、クリスの心をむしばんだ。
 内側にカールを巻いた桃色のロングヘアーと吸い込まれそうな緑色の瞳、真っ白な肌とうるんだ唇が合わさり、彼女は誰もが振り返る美貌びぼうの持ち主だ。
 高級なネックレスやピアス、腕輪といった装飾品をこれでもかと身につけ、フリルが至る所にちりばめられた特注のあおいドレスを纏っている。腰には剣を収めるさやを装備していた。
 ブーツも特注品で、黒い革製。いずれも一般人では買えない代物だ。

「これで調整したというの? 完璧にしなさいと言ったはずよ、私は」

 高貴な雰囲気をただよわせる彼女の要望は、まさしく世間知らずを体現していた。無理な要求を繰り返し、クリスが寝不足になるのもざらだった。
 なのに礼の一つも言われず、与えられるのは成果に対する愚痴ぐちと文句だった。

「お姉様の期待に応えられないなんて、本当に使えません……」

 イザベラの妹であるパルマは、姉の肯定者であり、クリスの否定者だった。
 姉と同じ桃色の長い髪は、白く大きなリボンでツインテールにしてある。くりくりと大きなあわい緑の瞳と林檎りんごのような頬の持ち主。
 マントのように纏った紫色のローブには、可愛らしいワンポイントや装飾が至る所にちりばめられている。白と灰のツートンカラーシャツと藍色のミニスカートの下にはスパッツを着用し、膝を覆うほど長いブーツを愛用していた。

「無能で、愚図で、便所のくそにもおとる……どうしてお姉様は、こんな男を……」

 可愛らしい見た目とは裏腹に、性格はひど陰湿いんしつで、姉の言葉に妄信的もうしんてきだった。だから、イザベラと同様にクリスに対する評価も冷たく、殺意に近い目線を向けることもあった。
 だが、この二人は暴力を振るわなかっただけ、まだましだ。

「このゴミ野郎! アームズがまた壊れたぞ!」

 イザベラの恋人にしてやはり貴族でもあるジェイミーは、傲慢ごうまん化身けしんだった。
 髪は濃い茶色のショートヘア。あごひげをたくわえて、眉は太めで目は細め。洒落じゃれたシャツの上から深い緑色のジャケットを羽織はおり、銀色の派手なアクセサリーを身につけている。
 黄土色おうどいろのカーゴパンツと、底の分厚いサンダルをいている。がっしりした体格で、筋肉質で肌はやや浅黒い。
 主な装備であるピストルはホルスターに入れて腰に提げ、ボウガンを背中に斜め掛けにして持っている姿から察せる通り、彼は射撃手である。

「俺に口答えする気か? 俺様はジェイミー・マイヤー! かのマイヤー家の次男だぞ、てめぇなんかとは格が違うんだよ! 言うことだけ聞いてやがれ、ボケがっ!」

 彼は他の二人とは違い、容赦ようしゃなく暴力を振るった。
 反論は家柄いえがらこぶしによってふうじられ、時には憂さ晴らし程度で殺されかけた。周囲の人間がクリスを助けようとしなかったことが、彼らの実家が本当に権力を持っている証拠でもあった。
 とにもかくにも、クリスは思いつく限り最悪のパーティーハズレくじを引いてしまったのだ。

「『高貴なる剣』の名をはずかしめるだけね、貴方の存在は。じきに新しい技術士を雇うから、それまで必死に貢献こうけんしなさい。手を抜いたら、その指を斬り落としてやるわ」
「杖も直せないのに……お姉様の剣も直せないのに、技術士を名乗るなんて……本当にどうしようもない、パーティーのはじさらし……」
「てめぇみたいなやつの役割はな、もう決まってんだよ! 俺様達のストレス発散係としてもうちょっと耐えろよな! いいか、もし勝手に逃げようとしてみろ! 父上に言いつけて、二度と探索者なんてできなくしてやるよ!」

 毎日、毎日、邪悪じゃあくな文句が頭上を飛び交う。
 少しでも反論しようとすれば、暴力と罵倒がクリスを襲う。

「家柄と訓練の実績を認められて、Aランクを『エクスペディション・ギルド』から与えられた我らが『高貴なる剣』……その私達がBランク以上の探索ができない理由はなぜだか分かる? 貴方がいつまでも成長しないからよ。クリス・オロックリン」

 イザベラはクリスをおとしめるたびに、自分達がいかにすぐれているかを延々えんえんと語った。クリスにとっては、聞くだけで吐き気をもよおしそうな呪いとなった。
 ひと月にも満たなかったが、それは暴力の日々だった。暴言の日々だった。生傷なまきずが絶えない日々は生き地獄じごくだった。
 理不尽だけが無限に続くように感じられた。
 Aランクも、探索も、もはやどうでも良くなっていた。
 それでも、彼はパーティーを離脱しなかった。正確に言えば、離脱できなかった。
 替わりが来るまで逃げるなとおどされたのもそうだが、最初に属したパーティーから早々に離脱するのは周囲に良くない印象を与えると考えたのだ。
 自分の技術士としての技量の低さが不満を生んでいるのだと考え、必死に耐えた。
 真面目な態度と、技術士であり続ければいつかむくわれると信じ、何をされようとも、自分にできることを最大限成し続けた。
 だが、愚直ぐちょくなまでに耐え続けた結果が、これだった。
 彼は暗い闇の中で愚かさをなじられ、死を選ばされた。
 彼女達の横暴さをはじめに見抜けなかったのは、クリスが目的を果たすのを急いでいたからでもあるし、彼に探索者としての経験がまるでなかったからでもある。
 何より大きな要因は、ひとえに運が悪かったから、としか言いようがない。
 ただ、まさか死に至るとまでは思わなかった。殺されるとは思わなかった。
 闇に落ちていく中、このまま夢がついえるのかと思うと、技術士としてすべきことも為せないままに死ぬのかと思うと、悔しくてならなかった。
 どうして、『高貴なる剣』は自分を雇ったのだろう。
 元から自分に目を付けていたのか。本当に偶然だったのだろうか。
 考えがめぐり、巡り、巡り行く果てに――。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「――はっ」

 クリス・オロックリンは、目を覚ました。

「痛っ……俺、どうなって……」

 彼は背中に伝わる冷たさと、目を開けているのに何も見えない暗黒であることから、自分が洞窟の中に寝転がっているのだと気づいた。
 ゆっくりと体を起こすと、骨がきしむような痛みがはしった。ぺたぺたと触れてみると、顔も体も、まだ痛々しくれている。体中傷だらけで、頭もくらくらしている。
 どうしてだろうかと少しだけ考えて、すぐに現実に引き戻された。
 自分がどこにいるのかも、なぜこうなったのかも、答えはもう分かっている。

「そうだ、落ちたんだ……イザベラ達に、殺されそうになって……」

 彼は落下したのだ。元仲間に殺されかかり、床の崩落に巻き込まれてしまった。
 もしやと思って、背負っていたリュックを掴むと、幸い荷物は奇跡的に無事のようだった。ついでに、中でうごめくものも、まだ動けるようだ。

「大丈夫かい、『コネクト』?」

 リュックの口を開くと、クリスが名前を呼んだそれが飛び出した。

『コン!』

 銀色の小さなきつねの姿をしているが、これはクリスの立派な工具で、相棒あいぼうだ。
 彼が技術士エンジニアになって間もない頃、長い時間をかけて自分専用のツールを造り上げた。あまり人と話す機会のないクリスは、自律的じりつてきに思考し、動く機能を積み込んだ。
 そうして完成した、彼の技術の結晶けっしょうがコネクトである。
 ちなみにコネクトの名の由来は、何でも繋ぎ合わせられる万能ツールである、ということから。クリスと繋がる存在、なんて意味もこっそり込めている。
 今ではこの狐は、何かとクリスの相談相手になってくれているのだ。
 さて、どうにか生きているようだが、コネクトがいてもクリスは希望を抱けなかった。
 少しずつ目が闇に慣れてきて天井を見つめると、暗い闇の中に、ここよりは少しだけ明るい切れ目があった。遠く、遠くに見えるそれは、クリスが落ちてきた穴だった。

「……助からないだろうな、俺」
『コーン……』
「ああ、ごめんね。ツールに心配されるようじゃ、技術士失格だ」

 つぶやいた答えを振り払うように、クリスは荷物をあさり始めた。

「とりあえず、明かりがないと何も見えないな。えっと、予備のカンテラは、っと」

 手に触れる感覚だけでカンテラを取り出し、明かりを灯す。

「ま、燃料がどれだけもつか分からないけどな、はは……」

 あきらめた調子で独り言を呟きながら、クリスは明かりをつけた。
 ぱっと周囲が照らされ、視界を取り戻した彼がひとまず何があるかと確かめるように、カンテラを持って振り返った時だった。

「――うわああッ!?」

 思わず、クリスは驚愕の声を上げて飛び退すさってしまった。
 眼前に広がっていたのは――広い空間を埋め尽くすように転がっていたのは、両手足の指で数えても到底足りないほどの数の、化け物だった。
 どれもこれもクリスよりずっと大きく、犬猫や鳥とは似ても似つかないおぞましい外見をしている。巨大な腕、よろいのような鋼に包まれた外見に、クリスは見覚えがあった。

「……これは……魔獣メタリオ!? それもこんなに!?」

 魔獣。ダンジョンにのみ生息する、全身に鋼を纏った恐るべき怪物だ。
 ダンジョンを探索する仕事をしているので当然クリスは何度か遭遇したことがあった。だが、ここまで密集しているのは初めてだ。
 彼は今度こそ死を覚悟したが、不思議なことに、どの怪物も彼を襲ってこなかった。
 その理由は、呼吸もせず動かず、まばたきすらしていないからだ。明かりに照らされた怪物はどれもこれも手や足をもがれていて、しかも鋼にほこりが載るくらいの月日が経っているようだった。
 つまり、全て死んでいるらしいのだ。

「埃をかぶってるし、どれも死んでるのか? これだけの数も大きさも、初めて見た……」

 恐怖心を一旦捨て置いて、死因を探りつつ、クリスは魔獣達の周りを歩き始めた。そして、すぐにそれを見つけた。

「何だ、これ」


 ――それは、人間だった。
 ――もっと詳しく言うなら、少女のようだった。


 ようだった、というのは、あまりにも人間離れして見えたからだ。少なくとも、壁にもたれかかって目を見開いた様は人間ではなかった。
 髪型は一つのねもない、腰までの長さのブロンド。瞳の色も髪と同様に金色で、丸く大きい。瞳の奥には人間と違い、レンズらしき小さな部品が埋め込まれているように見える。
 眉は太い金色。胸は比較的大きめで、背はクリスより頭一つ低い。
 総じて美少女、と呼ぶにふさわしい。身に纏っているのがぼろ切れ一枚で、体はおろかまぶたすら事切れたようにぴくりとも動かない点をのぞけば、だが。


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