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探索者ライフ①フレイヤの酒騒動!

お酒はほどほどに

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「――ふう、やっと落ち着いてきたよ……二人とも、大丈夫?」
「コーティングしてくれてたから、まだ大分マシね。それでも体中が軋んで仕方ないわ、あとでしっかりとメンテナンスしてくれる?」

 神聖武器倉庫での激闘と脱出から、丸一日が経った。
 ホープ・タウンへと戻って治療を受けたクリスの酒気は、そこまでしてようやくましになってきた。とはいえ、まだ頭痛は残っている。
 一方でカムナとマガツの錆び取りは、急を要する仕事でもあった。専用の塗布剤や各種加工を施して外見はすっかりましになったが、まだ内部にはダメージがあるらしい。

「もちろんだよ。それにしても……」

 塗布剤の違和感にもぞもぞするマガツの背中をさすりながら、クリスが言った。

「ありがとう、フレイヤ。君がいないと、俺達は今頃全滅してたよ」

 手を腰に当てて、フレイヤは太陽のような笑顔を見せた。

「礼には及ばないぞっ! 私も立派なパーティーメンバーだからなっ!」

 完全に酒を克服しただけでなく、耐性まで手に入れた彼女の大活躍のおかげで、クリス達は助かったと言っても過言ではないのだ。

「リゼットも、ショットガンズのメンバーを地上に届けてくれて助かったよ」
「どういたしまして、ですわ。彼らも仲間が無事でとても喜んでいましたし……もしもあと何日か到着が遅れていれば、きっと迷い込んだお方は助かりませんでしたわ。クリス様が、お助けされる決意をしたおかげですの」

 確かに、ここにいないショットガンズのメンバーはクリスの手を握り、泣きながら感謝していた。ついさっきまで、このギルドで何度もお礼を言われていたのだ。
 しかし、クリスはどこかうかない表情だった。

「……なんだか、自分の弱さを思い知らされたよ」

 二日酔いに近い症状で苦しんでいた彼が思っていたのは、己の未熟さだ。

「酔いや中毒はマスクを使って防護できる、カムナ達はコーティングすれば問題ないと過信していた……俺もまだまだ慢心してばかりで、修行が足りないな」

 もっと完璧なアイテムを造っていれば、皆が危険な目に遭うこともなかった。
 自分ならできる、問題ないと傲慢な考えを持っていたのは事実で、そのせいで仲間を失いかけたのだ。技術士エンジニアとして、恥ずべき行いだ。
 つくづく自分の間抜けさに落ち込むしかないクリスの肩を、カムナが叩いた。

「そうしょい込むもんじゃないわよ。リゼットが言ったように、あんたの決断で助かった人もいるんだから、結果なんてのは今が良ければいいってワケ」

 カムナの意見に同意するのは、仲間達だけではない。

「そうよぉ、それにクリスちゃんは笑ってる方がイケメンよぉ!」
「ローズマリー本部長!」

 内股で歩いてくるローズマリーも、カムナの意見に肯定的だ。

「取り残されてたショットガンズのメンバーは、仲間と一緒に禁酒を始めるらしいわよ。フレイヤちゃんの変わりぶりに、勇気をもらったんだって」
「そう言ってもらえると嬉しいものだな、はははっ!」

 無事に生きて帰ってきたおかげで、アルコール依存症になっていた探索者の考え方を変えられた。あの施設での生活は大変だろうが、いい経験になるに違いない。
 そういう意味では、クリスはしっかりとなすべきことを成したのである。
 褒められこそすれど、ねめつけられるはずがないのだ。
 ローズマリーにも肩を強く叩かれたクリスは、つんのめりながらも小さく笑った。その様子を見たフレイヤも、強く頷いた。

「ところでクリス君、マガツが回収したお酒はどうしたんだ? 祝い酒としてもうしばらくはコレクションとして置いておきたいんだが、それくらいはいいだろう?」

 ところが、朗らかな空気は一瞬にして凍り付いてしまった。
 フレイヤが禁酒を始める前に回収された酒の所在を聞いたからだ。
 彼女にとってとても大事なお酒を渡しても、もう酔い潰れるような飲み方はしないだろう。問題は、マガツがそれをどこかに捨ててしまったことだ。

「あ、えっと、あれはね……」

 しどろもどろになるクリスの後ろから、マガツがひょっこりと顔を出した。

「そのお酒って、マガツが捨てたお酒?」

 彼女があっさりと自白すると、フレイヤの目が一瞬だけ細くなった。

「マガツ!?」
「あんた、黙ってなさいって言ったでしょ!?」
「ふ、フレイヤ、ごめん! お酒を没収した日に、ついうっかり……本当にごめん!」

 こうなればもう、ごまかしは聞かない。クリスは頭を下げて謝るほかない。
 どんな叱咤も覚悟していたクリスだが、返ってきたのは怒りの声ではなかった。

「あれは私の年収と同じくらいの高い酒だ! うむ、人生の節目に飲もうと取っておいた、聖騎士団ロイヤルナイツを離れた時に仲間からもらったものだったんだが、捨ててしまったなら仕方ないというものだ! はっはっは!」

 クリスが顔を上げると、フレイヤは大きな口を開けて笑っていた。
 まるで、酒への頓着などすっかり忘却の彼方へ押しやったかのような顔だ。

(あ、あれ? 怒ってない?)
(お酒をやめて、頓着がなくなったのかも?)

 カムナ達を交えた四人がひそひそと話していても、フレイヤはまだ笑っている。

「はっはっは、はーっはっはっは……」

 いや、彼女達は気づくべきであった。
 その笑い顔が喜びからくるものではなく、およそ信じられない現実からの逃避であると。
 次第に小さくなっていく笑い声の、最後はというと。

「……ぐすん」

 メンバー最年長の、ぽろぽろと涙を零すつらそうな顔だった。

「わーっ! ごめん、本当にごめんね、フレイヤーっ!」

 四人が一斉に駆け寄って、フレイヤを慰めた。




 ――余談だが、それから三日ほどして彼女の酒瓶は見つかった。
 どうやらマガツが捨てたのは近くの川で、奇跡的に割れずに済んだ瓶が何本か、ホープ・タウンの端で発見されたのだ。
 その瓶の中身がまだ残っているかは、誰も知らない。
 ただ、今はフレイヤの部屋の棚に飾られている。
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