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探索者ライフ①フレイヤの酒騒動!
地獄の酒盛り
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『ギョオッ! ギャオォー!』
神聖武器倉庫を酒蔵にした魔獣が雄たけびを上げると、急にクリスの脳髄を針で突き刺すような感覚が襲いかかってきた。
「うぶ、ごほっ……!?」
その後に続いたのは、眩暈と強烈な吐き気だ。
間違いなく、酒気がおよぼす悪影響そのものである。
(そんな、ろ過構造を三段層にしてあるはずのマスクを貫通して、酒気が迫ってくる!?)
予想をはるかに上回る酒の濃さに困惑するクリスだったが、突然、足を何かに掴まれて引きずられてしまった。
「ぐあっ!」
どうにか抵抗しようとするが、手足に力が入らない。
彼は苦しそうに呻く救助班や同伴者を横目で見ることしかできないまま、猿太鼓の前まで連れてこられた。
『グルル……』
『ガアォッ!』
しかも、猿太鼓に従っているのは鹿や狼の魔獣なのだ。
種族の違う魔獣が徒党を組んでダンジョンで生き延びる例は、そう少なくない。問題なのは、この二頭や、猿太鼓の後ろにいる魔獣が、基本的に孤立して生きている場合だ。
(小型魔獣の『黒犬』と『二本角』!? 本来群れないはずなのに、どうして猿太鼓に味方してるんだ!? いや、それよりもどうして、カムナ達が……)
百歩譲って群れを形成しているのは納得できたとして、カムナやマガツという、酒の影響を受けないはずの二人すら地に伏せているのは理解できなかった。
カムナに関しては、事前に特殊なコーティングも施してきたのである。
どうしてだろうかと唸るクリスの前で、答えはあっさりと出された。
『ムゥ……ブハーッ!』
『ガアルウゥ……!』
なんと、猿太鼓は酒を口から垂らして他の魔獣に分け与えていたのだ。
それを飲んで恍惚の表情を見せる魔獣と、一層濃くなる瘴気こそが答えだった。
(あいつから酒をもらって、味方になったのか! それにとんでもない濃度の息で、カムナとマガツを錆びさせた! 二人とも意識はあるけど、動けないんだ!)
よくよく見れば、カムナの関節には軋みが見える。
生物である以上コーティングができないマガツの錆び方は、もっと悲惨だ。
「う……くり、す……」
「マガツ、ちょっとだけ待ってて! この魔獣を倒して、すぐに――」
どうにか立ち上がって二人を助けようとしたクリスだが、猿太鼓に体を掴まれた。
「――ごほ、げほッ!?」
猿太鼓に接近させられただけだというのに、マスクが意味をなさないくらいきつい匂いが鼻を突いた。
(ひどい酒気だ! 頭がくらくらして、思考が鈍る……!)
これではとてもではないが、腕にツールを振るう力も入らない。
どうにかぶんぶんと修理用ツール『焔』を振り回そうとするクリスだったが、彼の口が乱暴に指で開けられた途端、信じられない攻撃を受けた。
『ギャホッ、ギャホッ!』
「ごぼ、が、ごぼぼぼぼッ!?」
なんと、猿太鼓が酒をクリスの顔に注ぎ始めたのだ。
小さな滝くらいの勢いで吐き出される酒は、マスクの隙間から入り込んで、たちまちクリスの顔とマスクの間に溜まった。
目が充血し、自分の真下で酒のおこぼれに預かる魔獣の声が遠く聞こえるほど頭ががくがくと揺れる。鼻血が噴き出す中、酒はついにクリスから無理矢理マスクを剥がした。
(まずい、思考が鈍るどころじゃない! こんな濃度の酒を流し込まれたら、皆を助ける前に中毒で殺される! どうにか、どうにかしないと……!)
マスクが落ちるのと同時に、酒は止まった。
ただ、狂喜する猿太鼓に抱えられたクリスは完全に衰弱している。
「この、クリスを、よくもッ!」
カムナが錆びた体を動かして立ち上がろうとするも、猿太鼓には届かない。
『ブフゥーッ!』
魔獣が酒気を帯びた息を吐きかけるだけで、頬から錆びついたカムナが倒れ込んでしまった。容易く鋼が錆びる毒の息は、人間にとっては致命傷だろう。
「ああああッ!?」
「……か、むな……!」
クリスは、魔獣が操るのは酒だと思っていた。間違いはないはずだ。
もっとも、彼の誤算もあった。今や酒は魔獣の体内で昇華し、毒へと変貌を遂げた。そこまで予想ができなかったのは、完全にクリスの失態である。
そんな風に後悔したところで、後の祭り。
助けが期待できない状況なら、木乃伊取りが木乃伊になるのみだ。
(くそ……意識が途絶える……みん、な、ごめ……――)
自分の愚かさを心底呪いながら、クリスの意識はゆっくりと途絶えてゆく。
呼吸すらままならない彼に、猿太鼓はもう一度酒を飲ませようとした――。
「――我流聖騎士剣術ッ! 『超回転斬り』ッ!」
その時だった。
凄まじい覇気、喊声とともに、猿太鼓の右腕が千切れ飛んだ。
『バハァ!?』
『ガウ、アギャウッ!?』
絶叫する猿太鼓と困惑する魔獣から腕が宙を舞い、クリスを掴んだまま少し離れたところに落ちた。衝撃はともかく、クリスは無傷である。
「……ごほ、この……技は……!」
だが、クリスにとっては無事に助かったことよりも、彼を助けた技が大事だった。
この技を知らないはずがない。誰が使う剣技かも知っているが、当の本人はクリス・オーダーの中で一人だけ、ダンジョン探索から外れているはずだ。
だから、クリスはまさか彼女がいるとは思えなかった。
「いやはや、随分と危険な状況だったな! これほどの酒気と脅威は、流石のクリス君でも想定できなかったと見える!」
彼の予想は、眼前に仁王立ちする雄姿でかき消された。
聖騎士の黒い正装も、燃え盛る炎のように揺れる髪も知っている。
「だが、もう安心していいぞっ! あとはこの新生・『赤鋸の騎士』!」
巨大なチェーンソーを携えた屈強な女騎士を、見間違うはずがない。
「――フレイヤ・レヴィンズが、引き受ける!」
フレイヤだ。
頼れる仲間が、禁酒センターより舞い戻ってきたのだ。
神聖武器倉庫を酒蔵にした魔獣が雄たけびを上げると、急にクリスの脳髄を針で突き刺すような感覚が襲いかかってきた。
「うぶ、ごほっ……!?」
その後に続いたのは、眩暈と強烈な吐き気だ。
間違いなく、酒気がおよぼす悪影響そのものである。
(そんな、ろ過構造を三段層にしてあるはずのマスクを貫通して、酒気が迫ってくる!?)
予想をはるかに上回る酒の濃さに困惑するクリスだったが、突然、足を何かに掴まれて引きずられてしまった。
「ぐあっ!」
どうにか抵抗しようとするが、手足に力が入らない。
彼は苦しそうに呻く救助班や同伴者を横目で見ることしかできないまま、猿太鼓の前まで連れてこられた。
『グルル……』
『ガアォッ!』
しかも、猿太鼓に従っているのは鹿や狼の魔獣なのだ。
種族の違う魔獣が徒党を組んでダンジョンで生き延びる例は、そう少なくない。問題なのは、この二頭や、猿太鼓の後ろにいる魔獣が、基本的に孤立して生きている場合だ。
(小型魔獣の『黒犬』と『二本角』!? 本来群れないはずなのに、どうして猿太鼓に味方してるんだ!? いや、それよりもどうして、カムナ達が……)
百歩譲って群れを形成しているのは納得できたとして、カムナやマガツという、酒の影響を受けないはずの二人すら地に伏せているのは理解できなかった。
カムナに関しては、事前に特殊なコーティングも施してきたのである。
どうしてだろうかと唸るクリスの前で、答えはあっさりと出された。
『ムゥ……ブハーッ!』
『ガアルウゥ……!』
なんと、猿太鼓は酒を口から垂らして他の魔獣に分け与えていたのだ。
それを飲んで恍惚の表情を見せる魔獣と、一層濃くなる瘴気こそが答えだった。
(あいつから酒をもらって、味方になったのか! それにとんでもない濃度の息で、カムナとマガツを錆びさせた! 二人とも意識はあるけど、動けないんだ!)
よくよく見れば、カムナの関節には軋みが見える。
生物である以上コーティングができないマガツの錆び方は、もっと悲惨だ。
「う……くり、す……」
「マガツ、ちょっとだけ待ってて! この魔獣を倒して、すぐに――」
どうにか立ち上がって二人を助けようとしたクリスだが、猿太鼓に体を掴まれた。
「――ごほ、げほッ!?」
猿太鼓に接近させられただけだというのに、マスクが意味をなさないくらいきつい匂いが鼻を突いた。
(ひどい酒気だ! 頭がくらくらして、思考が鈍る……!)
これではとてもではないが、腕にツールを振るう力も入らない。
どうにかぶんぶんと修理用ツール『焔』を振り回そうとするクリスだったが、彼の口が乱暴に指で開けられた途端、信じられない攻撃を受けた。
『ギャホッ、ギャホッ!』
「ごぼ、が、ごぼぼぼぼッ!?」
なんと、猿太鼓が酒をクリスの顔に注ぎ始めたのだ。
小さな滝くらいの勢いで吐き出される酒は、マスクの隙間から入り込んで、たちまちクリスの顔とマスクの間に溜まった。
目が充血し、自分の真下で酒のおこぼれに預かる魔獣の声が遠く聞こえるほど頭ががくがくと揺れる。鼻血が噴き出す中、酒はついにクリスから無理矢理マスクを剥がした。
(まずい、思考が鈍るどころじゃない! こんな濃度の酒を流し込まれたら、皆を助ける前に中毒で殺される! どうにか、どうにかしないと……!)
マスクが落ちるのと同時に、酒は止まった。
ただ、狂喜する猿太鼓に抱えられたクリスは完全に衰弱している。
「この、クリスを、よくもッ!」
カムナが錆びた体を動かして立ち上がろうとするも、猿太鼓には届かない。
『ブフゥーッ!』
魔獣が酒気を帯びた息を吐きかけるだけで、頬から錆びついたカムナが倒れ込んでしまった。容易く鋼が錆びる毒の息は、人間にとっては致命傷だろう。
「ああああッ!?」
「……か、むな……!」
クリスは、魔獣が操るのは酒だと思っていた。間違いはないはずだ。
もっとも、彼の誤算もあった。今や酒は魔獣の体内で昇華し、毒へと変貌を遂げた。そこまで予想ができなかったのは、完全にクリスの失態である。
そんな風に後悔したところで、後の祭り。
助けが期待できない状況なら、木乃伊取りが木乃伊になるのみだ。
(くそ……意識が途絶える……みん、な、ごめ……――)
自分の愚かさを心底呪いながら、クリスの意識はゆっくりと途絶えてゆく。
呼吸すらままならない彼に、猿太鼓はもう一度酒を飲ませようとした――。
「――我流聖騎士剣術ッ! 『超回転斬り』ッ!」
その時だった。
凄まじい覇気、喊声とともに、猿太鼓の右腕が千切れ飛んだ。
『バハァ!?』
『ガウ、アギャウッ!?』
絶叫する猿太鼓と困惑する魔獣から腕が宙を舞い、クリスを掴んだまま少し離れたところに落ちた。衝撃はともかく、クリスは無傷である。
「……ごほ、この……技は……!」
だが、クリスにとっては無事に助かったことよりも、彼を助けた技が大事だった。
この技を知らないはずがない。誰が使う剣技かも知っているが、当の本人はクリス・オーダーの中で一人だけ、ダンジョン探索から外れているはずだ。
だから、クリスはまさか彼女がいるとは思えなかった。
「いやはや、随分と危険な状況だったな! これほどの酒気と脅威は、流石のクリス君でも想定できなかったと見える!」
彼の予想は、眼前に仁王立ちする雄姿でかき消された。
聖騎士の黒い正装も、燃え盛る炎のように揺れる髪も知っている。
「だが、もう安心していいぞっ! あとはこの新生・『赤鋸の騎士』!」
巨大なチェーンソーを携えた屈強な女騎士を、見間違うはずがない。
「――フレイヤ・レヴィンズが、引き受ける!」
フレイヤだ。
頼れる仲間が、禁酒センターより舞い戻ってきたのだ。
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