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探索者ライフ①フレイヤの酒騒動!
『猿太鼓』
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さて、神聖武器倉庫には、永遠に続くような廊下を走る影が二つ。
カムナ達と別れて遭難者の探索をする、クリスとリゼットだ。
「神聖武器倉庫、代わり映えしない光景で迷ってしまいそうですわ!」
「ダンジョン専用のコンパスがあるから、ひとまず孤立はしなさそうだ!」
クリスが手にしているのは、最近帝都で開発されたコンパスだ。これは方角を確かめるアイテムではなく、所有しているもう一方のコンパスのありかを示すものだ。
もう片方を持っているのはもちろんカムナで、針の揺れが細かくなるほど距離が近づいている証拠になる。つまり、正常に動いている限り合流はそう難しくない。
問題は、遭難者の状態だ。動けないとなると、話は変わってくる。
「だけど装備がないと……いた!」
そうなっている場合にはどうしたものかとクリスは悩んでいたが、その必要はない。
なぜなら、前方にぐったりと倒れ込んでいる男を見つけたからだ。
「大丈夫ですか、返事をしてください!」
「……う、うう……」
だっと駆け寄ったクリスが彼を起こすと、男は苦しそうな顔で返事をした。
ひとまず、生きていると思ってよさそうだ。
「おかしいですわ、ダンジョンに取り残されたのに怪我がないなんて?」
「ラッキーと思っておこう!」
男をリゼットに委ねて、クリスはポーチから小さな箱状のアイテムを取り出した。
これもつい最近、帝都で開発に成功した、ダンジョンで使える通信機だ。範囲は限られているが、狭いダンジョンの同じ階層内ならある程度会話ができる。
「カムナ、マガツ! 取り残された探索者を見つけたよ、今からそっちに合流する!」
ところが、通話口からは何の音も聞こえなかった。
「……カムナ? カムナ!」
何度かボタンを押して会話を試みるが、何も返ってこない。
クリスの表情に、次第に焦りの色が浮かび出す。
「ど、どうなってますの? 通信機が故障していまして?」
顔を覗き込んだリゼットの問いに答えたのは、クリスではなかった。
「……あ、あいつだ……あいつの宴に……誘われたんだ……!」
よろよろと起き上がったショットガンズのメンバーの男が、迫真の形相でクリスにもたれかかり、彼らにとんでもない危険を教えようとしていたのだ。
「あいつ?」
「『猿太鼓』って魔獣だ……あいつ、俺の酒を飲んでから他の魔獣と一緒に酒盛りを始めやがった……それに連れ込まれたら、俺みたいに動けなくされちまう……!」
やはり、前に突入した救助班からの連絡通り、魔獣が酒を生成している可能性は高い。
いくら依存症で酒を持ち込んだと言っても、数日間酒盛りをしてもなくならない量の酒を持ち運ぶのは不可能だろう。
「だったら君は、どうして脱出できたんだい?」
「飽きられたんだ……あんた達が見つけてくれなきゃ、動けずにダンジョンで飢えて死んでたよ……他の人間も連れてこられてたし、あんたの仲間もきっと……!」
もしかすると、もう片方のグループも同じ目に遭っているかもしれない。
「だったら、行くしかない。酔わない二人がやられたなら、別の何かがあるはずだ!」
「お供しますわ、クリス様!」
リゼットが彼に追随して立ち上がったが、クリスが待ったをかけた。
「いいや、リゼットは彼を連れてダンジョンの安全地帯まで避難してくれ。何よりもまずは遭難者の命を無事に連れ戻さないといけないからね」
「ですが……」
「俺なら何とかするよ。彼の無事を確認してから、助けに来てくれると嬉しいな」
ここでリゼットがクリスと一緒に魔獣に挑み、予想外の手段でやられたなら、せっかく助かったかもしれない遭難者も助けられなくなる。
そこまで彼が考えていると察せないほど、リゼットは間抜けではなかった。
「クリス様……分かりましたわ! そこな殿方、しっかり掴まっていてくださいまし!」
彼女は深く頷くと、遭難した男をよっこいせと担ぎ、白い髪とドレスを靡かせる。
そうしてクリスが何度かまばたきする間に、彼女の体はすっかり消え去った。
(リゼットの透過能力なら、きっとダンジョンの外に彼を連れて行ってくれる! だったら俺は、リゼットが戻ってくるまでに皆を見つけ出さないと!)
通信を諦めたクリスは、コンパスを頼りにカムナを探すことに決めた。
いつまでも同じ風景にしか見えない神聖武器倉庫は、魔獣が強いことで有名だが、先ほどから一匹も遭遇しない。イザベラの時と同じで、嫌な予感がクリスの脳裏をよぎる。
しかも今回は、マスクにへばりつくような酒気まで感じられるのだ。
(酒気が濃くなってきた……きっと、これが濃ければ濃いほど、敵に近づいてる……)
コンパスの針の振れ幅が小さくなり、とうとう一つの道を示した時、クリスの視界がぱっと開けた。武器が並ぶ廊下を抜け、四角形の広場に躍り出たのだ。
辺りを見回して立ち止まったクリスの視線の先に、転がる影がいくつかある。
「――カムナ! マガツ!」
カムナ達とショットガンズ、そして救助班だ。
そのうち人間だけは、ひどい顔色で倒れ込んでいる。マスクは剥がされたのか、もしくは自分で外したのか、どちらにしても転がり落ちて防御策の意味をなしていない。
こんな有様に誰がしたのかは、明白だ。
(救助班の皆が、あの男と同じ症状に……ということは、あの魔獣が!)
カムナ達のすぐ後ろで狂ったように騒いでいる類人猿――『猿太鼓』だ。
赤茶色の毛並みとでっぷりと肥えた体躯。背丈はゆうに三メートルを超え、手足は人間二人を並べたよりもずっと太い。こいつにひどい目に遭わされた探索者は数知れず。
ただ、今回はまた区別の理由で、この魔獣に一同は悩まされていたようだ。
『ギャホッ! ギャア、ウギィーッ!』
猿太鼓はぎゃあぎゃあと喚きながら、口から淡い紫色の液体を吐き出した。
そしてそれを手で救うと、ごくりと飲んでみせた。
「な……!?」
マスクを舐めまわすような空気の濃さと、黒髪にべたつく感覚。
「こいつ、やっぱり……自分の体で酒を醸造してるんだ!」
クリスは確信した。
この猿太鼓こそが、神聖武器倉庫を酒で支配しているのだと。
カムナ達と別れて遭難者の探索をする、クリスとリゼットだ。
「神聖武器倉庫、代わり映えしない光景で迷ってしまいそうですわ!」
「ダンジョン専用のコンパスがあるから、ひとまず孤立はしなさそうだ!」
クリスが手にしているのは、最近帝都で開発されたコンパスだ。これは方角を確かめるアイテムではなく、所有しているもう一方のコンパスのありかを示すものだ。
もう片方を持っているのはもちろんカムナで、針の揺れが細かくなるほど距離が近づいている証拠になる。つまり、正常に動いている限り合流はそう難しくない。
問題は、遭難者の状態だ。動けないとなると、話は変わってくる。
「だけど装備がないと……いた!」
そうなっている場合にはどうしたものかとクリスは悩んでいたが、その必要はない。
なぜなら、前方にぐったりと倒れ込んでいる男を見つけたからだ。
「大丈夫ですか、返事をしてください!」
「……う、うう……」
だっと駆け寄ったクリスが彼を起こすと、男は苦しそうな顔で返事をした。
ひとまず、生きていると思ってよさそうだ。
「おかしいですわ、ダンジョンに取り残されたのに怪我がないなんて?」
「ラッキーと思っておこう!」
男をリゼットに委ねて、クリスはポーチから小さな箱状のアイテムを取り出した。
これもつい最近、帝都で開発に成功した、ダンジョンで使える通信機だ。範囲は限られているが、狭いダンジョンの同じ階層内ならある程度会話ができる。
「カムナ、マガツ! 取り残された探索者を見つけたよ、今からそっちに合流する!」
ところが、通話口からは何の音も聞こえなかった。
「……カムナ? カムナ!」
何度かボタンを押して会話を試みるが、何も返ってこない。
クリスの表情に、次第に焦りの色が浮かび出す。
「ど、どうなってますの? 通信機が故障していまして?」
顔を覗き込んだリゼットの問いに答えたのは、クリスではなかった。
「……あ、あいつだ……あいつの宴に……誘われたんだ……!」
よろよろと起き上がったショットガンズのメンバーの男が、迫真の形相でクリスにもたれかかり、彼らにとんでもない危険を教えようとしていたのだ。
「あいつ?」
「『猿太鼓』って魔獣だ……あいつ、俺の酒を飲んでから他の魔獣と一緒に酒盛りを始めやがった……それに連れ込まれたら、俺みたいに動けなくされちまう……!」
やはり、前に突入した救助班からの連絡通り、魔獣が酒を生成している可能性は高い。
いくら依存症で酒を持ち込んだと言っても、数日間酒盛りをしてもなくならない量の酒を持ち運ぶのは不可能だろう。
「だったら君は、どうして脱出できたんだい?」
「飽きられたんだ……あんた達が見つけてくれなきゃ、動けずにダンジョンで飢えて死んでたよ……他の人間も連れてこられてたし、あんたの仲間もきっと……!」
もしかすると、もう片方のグループも同じ目に遭っているかもしれない。
「だったら、行くしかない。酔わない二人がやられたなら、別の何かがあるはずだ!」
「お供しますわ、クリス様!」
リゼットが彼に追随して立ち上がったが、クリスが待ったをかけた。
「いいや、リゼットは彼を連れてダンジョンの安全地帯まで避難してくれ。何よりもまずは遭難者の命を無事に連れ戻さないといけないからね」
「ですが……」
「俺なら何とかするよ。彼の無事を確認してから、助けに来てくれると嬉しいな」
ここでリゼットがクリスと一緒に魔獣に挑み、予想外の手段でやられたなら、せっかく助かったかもしれない遭難者も助けられなくなる。
そこまで彼が考えていると察せないほど、リゼットは間抜けではなかった。
「クリス様……分かりましたわ! そこな殿方、しっかり掴まっていてくださいまし!」
彼女は深く頷くと、遭難した男をよっこいせと担ぎ、白い髪とドレスを靡かせる。
そうしてクリスが何度かまばたきする間に、彼女の体はすっかり消え去った。
(リゼットの透過能力なら、きっとダンジョンの外に彼を連れて行ってくれる! だったら俺は、リゼットが戻ってくるまでに皆を見つけ出さないと!)
通信を諦めたクリスは、コンパスを頼りにカムナを探すことに決めた。
いつまでも同じ風景にしか見えない神聖武器倉庫は、魔獣が強いことで有名だが、先ほどから一匹も遭遇しない。イザベラの時と同じで、嫌な予感がクリスの脳裏をよぎる。
しかも今回は、マスクにへばりつくような酒気まで感じられるのだ。
(酒気が濃くなってきた……きっと、これが濃ければ濃いほど、敵に近づいてる……)
コンパスの針の振れ幅が小さくなり、とうとう一つの道を示した時、クリスの視界がぱっと開けた。武器が並ぶ廊下を抜け、四角形の広場に躍り出たのだ。
辺りを見回して立ち止まったクリスの視線の先に、転がる影がいくつかある。
「――カムナ! マガツ!」
カムナ達とショットガンズ、そして救助班だ。
そのうち人間だけは、ひどい顔色で倒れ込んでいる。マスクは剥がされたのか、もしくは自分で外したのか、どちらにしても転がり落ちて防御策の意味をなしていない。
こんな有様に誰がしたのかは、明白だ。
(救助班の皆が、あの男と同じ症状に……ということは、あの魔獣が!)
カムナ達のすぐ後ろで狂ったように騒いでいる類人猿――『猿太鼓』だ。
赤茶色の毛並みとでっぷりと肥えた体躯。背丈はゆうに三メートルを超え、手足は人間二人を並べたよりもずっと太い。こいつにひどい目に遭わされた探索者は数知れず。
ただ、今回はまた区別の理由で、この魔獣に一同は悩まされていたようだ。
『ギャホッ! ギャア、ウギィーッ!』
猿太鼓はぎゃあぎゃあと喚きながら、口から淡い紫色の液体を吐き出した。
そしてそれを手で救うと、ごくりと飲んでみせた。
「な……!?」
マスクを舐めまわすような空気の濃さと、黒髪にべたつく感覚。
「こいつ、やっぱり……自分の体で酒を醸造してるんだ!」
クリスは確信した。
この猿太鼓こそが、神聖武器倉庫を酒で支配しているのだと。
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