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探索者ライフ①フレイヤの酒騒動!

依存症の恐怖!

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 禁酒から四日目。
 クリス・オーダーが寝泊まりする宿は、夜にはすっかり静まり返る。誰も酒盛りをしないし、そもそも女亭主が許さない。
 だから、灯りが消えれば廊下を歩き、階段を下りる者もいなくなる。

「……ふう、ふう……」

 そんな宿の調理場で、ごそごそとうごめく影が一つ。
 泥棒でも、ましてや殺人鬼でもない――フレイヤだ。
 四日も酒を断っていた彼女はいまや、無意識に酒を求めるモンスターと化していた。といっても、宿はクリス達に協力しているため、手の届く範囲に酒を置いていない。
 だが、彼らは一つだけ忘れていた。
 調理場に必ず置いてある、料理酒のことを。

「り、料理用の……これを一滴、そうだ、一滴だけ……」

 ぐっと料理酒の入った瓶を掴むフレイヤの目元には、恐ろしいほどのができている。安眠しているのにも関わらず、ストレスが溜まっているのだ。
 この酒を少し口にすればおさまるだろうが、フレイヤにもまだ良心は残っているようで、瓶を床に置いて頭を抱えた。

「ああ、ダメだ、ダメだ! 何を考えているんだ私は、クリス君達の信頼を損なうことになるんだぞ!」

 自分を戒める言葉を吐き散らすフレイヤは、ちらりと酒瓶に目をやる。
 あれを一口だけ。一口だけでいいのだ。
 自分のためだと叱られる。ならば、仲間のために飲めばいいのだ。

「で、でも……少しだけ……仕方ない、偶然料理酒があったから、うん、人気の探索者が毒を盛られるのはよくある! 仲間のための毒見というわけだ!」

 彼女はとても聖騎士パラディンとは思えないようなひどい責任転嫁と共に、とうとう瓶をしっかと握りしめた。どう見ても、二度離すつもりはないらしい。
 小刻みになる呼吸と震える指が、ゆっくりと瓶の口を彼女の唇に近づける。
 あと少し、ほんの少しでこの苦しみから逃れられる。

「では早速、失礼して――」

 禁酒のことなどすっかり忘れたふりをして、遂にフレイヤは酒を飲もうとした――。



「――うん、仲間に対して失礼だね、フレイヤ」
「ひゃあああっ!?」

 だが、不意に聞こえた声のせいで、酒瓶を落としてしまった。
 心臓が爆発しそうなほど高鳴るのをどうにか抑えながら、フレイヤは滝のような汗と共に振り返った。調理場の入り口に立っているのは、当然クリスだ。

「く、くくく、クリス君!? いつからそこに!?」
「言い訳をし始めた頃からかな。でも、いるのは俺だけじゃないよ」

 うろたえるフレイヤの前に、暗がりからカムナとリゼット、マガツが姿を現した。
 誰も彼も、酒に逃げようとしたフレイヤを侮蔑の目で睨んでいる。

「あんたねえ、いくらなんでもそれはありえないわよ」
「わたくしもいましてよ。まさか依存症の恐ろしさの一端を仲間で見る羽目になるとは、思いもしませんでしたわ」
「マガツ、知ってる。人間は愚か」

 こうとまで責められても、フレイヤはまだ酒の未練を断ち切れないでいた。
 ちらちらと料理酒の瓶を見ているのが、その証拠だ。

「き、聞いてくれ! やっぱりこんなやり方は間違っていると思うんだ! 禁酒というのはだな、最初は少しずつ量を減らして、そうして完全に断っていくものだろう!?」
「そうだね。同じ言い訳を三回は聞いたね」
「あの時は意志が弱かった! 今回は違うんだ、信じてくれ!」

 信じてくれとは言うが、今のフレイヤのさまを見て、誰が信じられるだろうか。
 仲間達の尽力を無下にして、あさましい言い訳まで並べて、料理用の酒を飲もうとする。仲間の責任も多少はあるかもしれないが、もうその段階の話ではない。
 そしてこんな彼女を何度も許すほど、仲間達は優しくもない。

「……こんなフレイヤは、もう見たくないよ」
「え?」

 クリスのため息は、今までとは違った。
 フレイヤの体から力が抜けていくのと同時に、辺りが急に暗くなった。酒を断っていたせいか、あるいは恐怖に呑まれたからだろうか。
 見えるのは、遠くに離れていく仲間達だけだ。

「嘘をついてまで酒を飲むなんて、ケーベツしたわ。二度と顔を見せないで」

 カムナが冷たい目で睨むのを最後に、すたすたと暗闇の中へ消えてゆく。

「そのまま酒に溺れて、惨めな最期を一人で迎えていなさいな」
魔獣メタリオもフレイヤはきらい。マガツもきらい」

 慌ててフレイヤが仲間達を追いかけようとするが、足に力が入らない。
 床にべたりと転がり込んだ彼女が手を伸ばしても、誰一人として優しさを見せない。

「ま、ま、待ってくれ! 今度こそお酒をやめる、だから……!」

 それでも必死に、酒のことも忘れて喚くフレイヤだったが、もう後の祭り。

「じゃあね、フレイヤ。君とのパーティーは解消だ」

 クリスの姿がぱっと消えて、フレイヤは一人、闇の底に取り残された。
 一滴の酒を求めた彼女は、本当に大事なものを失った。
 罪を犯した者は、永遠に後悔しながら暗い闇をさ迷い続けた――。





「――わあああああっ!?」

 ――そして、大声と共に飛び起きた。
 汗びっしょりの顔で目覚めたフレイヤの表情は迫真そのもので、コップ一杯分はあろうかという手汗は確かに恐怖を覚えた証拠だ。
 彼女が酒を求めたのも、仲間から捨てられたのも、すべては夢であった。

「……夢、か……あまりにも、生々しすぎるぞ……!」

 しかし、フレイヤはただの夢だと切り捨てられなかった。
 彼らの好意に甘え続けていれば、いずれ現実になりかねない。

(いいや、分かっている。このままではきっと、また酒に手を付けてしまう。クリス君や仲間の助けを無下にして、また失望させてしまう!)

 アロマの漂う部屋の匂いすら変えてしまうほどの汗の中、フレイヤは布団を握り締めた。

(……やるしかない! 自分を変えるべく、死地に赴く必要があるんだっ!)

 闇の奥で、フレイヤの瞳に炎が灯った。
 彼女は決めたのだ。自分のすべてを投げうってでも、酒を断つのだと。
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