追放された技術士《エンジニア》は破壊の天才です~仲間の武器は『直して』超強化! 敵の武器は『壊す』けどいいよね?~

いちまる

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番外編:鮫とリゾートとバカンスと

ノーブルに、ピュアに

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 客席に嘔吐を誘発させそうな音がやんでから、クリスがステージに戻ってきた。

「とりあえずフレイヤはスタッフの人に任せてきたけど、こんな調子で大丈夫かなあ?」

 フレイヤが無事であると知ったレインボゥはほっと胸を撫で下ろしたが、それはそれ、これはこれ。彼女がベストカップルに選ばれることはないだろう。

『ざ、残念ながらフレイヤちゃんは失格よぉ! けど安心して、あと三人もクリスちゃんにはカップル候補がいるんだから! あーしでも嫉妬しちゃうわねぇ~!』

 第一、クリスにはほかの候補が三人もいるのだ。
 残りの面子を優先させた方が、客席も盛り上がるに違いない。

『続いては、ラウンドローグ家出身のガチ貴族! リゼット・ベルフィ・ラウンドローグちゃんのエントリーよぉ~っ!』

 レインボゥがニューエントリー・ガールを紹介すると、先ほどまでの空気を塗り替えるような歓声とともに、フレイヤが出て行った出入り口からリゼットが入ってきた。
 彼女もまた、昨日と同じ水着であったが、纏う雰囲気は違っていた。

「お待たせいたしました、クリス様」

 澄んだ声と淑やかな佇まいは、紛れもなく貴族のそれだった。
 クリスが面食らうほど大人びた顔つきの彼女には、カムナと口げんかする子供っぽさはどこにもない。帝都に名を連ねる名家、ラウンドローグの一人娘として誰もが認める美麗さが、確かに一挙手一投足から感じられた。

「……り、リゼット? なんだか、いつもと雰囲気が違うような……?」
「貴族として、一人の乙女として、当然のふるまいですわ。さ、クリス様、お手を」
「手? あ、うん……わわっ!」

 驚くクリスが手を引かれ、優雅なダンスが始まった。
 どこからか聞こえてくるバック・ミュージックに合わせて、リゼットがステップを踏む。南国のアップテンポとは真逆の雰囲気の、スローな曲調だ。

「そう固くならなくても大丈夫ですわ、クリス様。わたくしに身を委ねてくださいな」

 ただ、誰も違和感を覚えたりはしない。
 むしろ観客は誰しもが、水着の二人の舞踏に見とれていた。

「すげえ、貴族のダンスが見られるなんて!」
「まるで舞踏会みたい……!」

 コンテスト参加者ですらうっとりするようなシチュエーションに、ステージはついさっきとは別の意味での静寂に包まれた。まるで誰もが、舞踏会のさなかにいるようだ。

「ごめんね、踊りはあまり得意じゃなくて……」
「殿方をエスコートするのは、時にレディの務めですわ。ご安心くださいまし、クリス様に恥をかかせるようなことはありませんの」

 どこか拙い動きのクリスを、リゼットがリードする。
 穏やかで温かい二人の間の空気を見て、レインボゥも感激しているようだった。

「上手だね、リゼット」
「クリス様も、とっても素敵ですの♪」

 気づけば二人の息は合い、おぼつかないステップも音の上に重なるようになっていた。
 そうしているうち、あっという間にアピールタイムは終わってしまった。レインボゥが首から下げたホイッスルの音が、たちまち二人を現実へと引き戻したのだ。

『お見事よぉ~っ! リゼットちゃん、素敵な時間をありがとぉ~っ!』

 彼女の声を聞き、リゼットはクリスの手を静かに離した。
 名残惜しそうな様子ではあったが、ここで潔く退くのも貴族らしさと言えるだろう。

「ではクリス様、またあとで。フレイヤの面倒も見ておきますわ」
「本当に助かるよ、リゼット……じゃあ、あとでね」

 にこりと微笑んだ彼女がステージの裏へと優雅に歩き去るのを見て、客席からわっと拍手が巻き起こった。今のところ、クリスとリゼット以上のカップルがいない証拠だ。
 だが、それも今だけになる可能性がある。なんせこの後には、まだマガツとカムナが残っているのだから。

『素敵なカップルを見せてもらって大満足、と言いたいところだけど、まだ半分よぉ! 次は出自不明、だけど超キュートな不思議系ヒロイン、マガツちゃん! カモーン!』

 レインボゥの声に従うように、入り口からひょっこりとマガツが顔を出した。
 あどけない顔つきを見て、男性よりも女性の歓声が客席から聞こえてくる。先ほどとは違う意味で暑い空気がステージを包む中、マガツはクリスの前にちょこんと立った。

「クリス、マガツは男女の関係性についてよく知らないの。フレイヤとも相談したけど、彼女は急に飲酒を初めて、様子がおかしくなったの」

 ああ、なるほど、とクリスは納得した。フレイヤがどのタイミングで飲酒を始めたのかと疑問に思っていたが、マガツとこういった話をしていたからだったらしい。

「あ、うん……俺も知ってるよ。でも、マガツも無理はしなくていいんだよ?」

 クリスがそう言うと、マガツはふるふると首を横に振った。

「無理じゃないよ。マガツ、リゼットみたいに踊れなくても、皆みたいに人間の心がなくても、クリスにどうすればいいかは知ってるから」
「え?」

 驚くクリスに、マガツがとてとてと歩み寄る。
 そして、彼の頬に小さくキスした。
 大きな大きな親愛の意味を込めた、小さな口のキスだった。

「マガツの気持ち、いっぱい込めたの。待ってるね、クリス」

 珍しくちょっぴり微笑んで見せたマガツは、軽い足取りでステージの裏へと消えていった。彼女の姿が見えなくなった途端、客席から爆発音のような歓声が響いた。

「「――推せるぅ~っ!」」

 大人が子供同士の恋愛を見守るような、温かい声だった。

『ピュアな愛情っていいわねぇ~っ! ああいう子、あーしも好きよぉ~っ!』
「……ストレートに言われると、照れるなぁ……!」

 珍しく頬を赤らめたクリスは、マガツがキスした右の頬に手で触れた。
 冷たさの中に、まだ彼女の柔らかさと温かさが残っているような気がした。
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