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貴族一家と還る墓

いつかまた、空の上で

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 カムナ達がギルド本部で話し込んでいる頃、クリスとリゼットはワキューの町から少し離れた共同墓地に来ていた。
 あまり管理もされていない様子の墓地は、個人の墓標がないのはもとより、草木が生え放題の汚らしいありさまだった。人は二人の他に誰もおらず、久しく人間が入ってきた痕跡もない。
 それでもクリス達は、中央に鎮座するやや大きな墓標の前で、静かに祈りを捧げた。
 リゼットの両親がここに眠っていると、別荘の管理人から聞いたからだ。

「……クリス様、ありがとうございました」

 静かに目を開いてリゼットが言うと、クリスが小さく微笑んだ。

「お礼を言うのは、俺の方だよ。リゼットが魔獣メタリオを倒せなかったら、俺はここにはいないんだからね」
「いえ、そちらもですが……ここについて来てくれたことへの、お礼ですわ。別荘の管理人様にお聞きしましたの、お父様とお母様がここでお眠りになっていると。名前も彫られていない、無縁仏の共同墓地ですわ」

 彼女の視線は、名前も彫られていない墓に向いていた。

「何がなくとも、確かにここにいる。それだけで、今のわたくしには十分ですの」

 語り掛けるように墓を見つめるリゼットに、クリスは真相を告げるか迷っていた。

(……ローズマリー本部長の話を聞いて、リゼットに真意を伝えられないまま、か。ダンジョンから戻ってきても、何も伝えないなんて、このままじゃあ俺は卑怯者だな)

 利用していたのかと蔑まれようとも、クリスには話す義務があった。
 自分を納得させるように頷いた彼は口を開いた。

「リゼット、実は、ダンジョンの話をしたのは……」

 ところが、彼の言葉をリゼット自身が遮った。

「分かっていますわ。わたくしの想いが、死人と会える世界に向かう為に必要だったのでしょう? ローズマリー様の企みに、わたくしが気付いていないと?」

 にこっと笑ったリゼット。一方、クリスは目を丸くしていた。

「知ってたのかい?」
「もちろんですわ。それでも、縋りたい気持ちがありましたもの」

 それから彼女は、そんな表情のまま空を見上げた。

「とはいえ、ローズマリー様に不信は抱いておりませんわ。あのお方もギルド本部長の立場がありますし、時には手段も選んでいられないでしょう。言葉に出していなくても、双方納得の上ですわ」

 つう、と幽霊の頬を涙が伝ったのを、クリスは見逃さなかった。
 貴族として気高い心を持っていても、彼女はまだクリスと同年代の子供だ。両親との死別や、二人を結果として手にかけた苦しみは、耐えがたいはずだ。
 ここまで当人に言わせたのなら、クリスが詫びない理由はなかった。

「……ごめん、リゼット。俺は、事情を知っていて君に言わなかった、卑怯者だ」
「もしそうだとしても、クリス様のお声が、わたくしを助けてくださいましたわ。あなた様のお声がなければ、わたくしは幸せな闇の中に、永遠に閉じ込められて、本当に大事なものは、ここにあると知らないまま……仮初の中から出られずにいましたわ」

 リゼットは涙を拭い、ステップを踏むように歩き出した。
 空元気ではない。心の底に残った闇と向き合う勇気を抱けるようになった表れだ。

「真に大事なのは、家族を忘れないこと。わたくしが犯した罪も、あるべきだった過去もすべて抱えて、それでも生きることですわ」

 彼女は逃げなかった。
 罪と向き合った。家族を愛した。迷いも何もかもを抱きしめた。
 その上で、リゼットは何よりも大事な答えを見つけた。

「幽霊として、与えられた新たな命を、二人に会う最期の瞬間まで生きる! それが、リゼット・ベルフィ・ラウンドローグの進むべき道ですわ!」

 くるくると回ってクリスに満面の笑みを見せるリゼットの姿は、彼からしてみれば、太陽よりずっと眩しかった。どうしてこんなに強くあれるんだろうと思うのと同時に、羨ましさすら湧いてきた。
 だから彼も、彼女に負けないくらいの笑顔で返した。

「……やっぱり格好いいな、リゼットは。俺も、ついて行ってもいいかい?」
「もちろんですわ! あ、ですが……」

 自分のもとに歩いてくるクリスを、リゼットは快く受け入れるつもりだった。
 だが、それよりもずっと素敵な提案が思い浮かび、弱弱しく手を前に突き出した。

「……できれば、ずっと隣を……」
「ん?」
「な、なんでもありませんわ! 帰りましょう、クリス様!」

 リゼットは本音を呑み込んだ。
 本当なら、ここでクリスに想いを告げたかった。しかし、ここで抜け駆けをするのはフェアではないし、その時ではないとも分かっていたからだ。
 だから彼女は、歩いてきたクリスの隣に立ち、同じ速さで歩みを進めた。

(お父様、お母様! わたくしを空の上で見守ってくださいまし! 今度ここに来るときは――最愛の人と、一緒に来ると約束しますわ!)

 幽体化した手を彼の掌に重ねようとした時、後ろからふと声が聞こえた気がした。

『――楽しみにしているよ、リゼット』
『私達の分まで、幸せになってね』

 きっと、幻聴だ。
 だとしても、リゼットの幸せを願う声は、紛れもない本物だ。
 彼女は歩みを止めなかった。

「……はい!」

 代わりに、無邪気な子供のように笑った。
 陽の光に透けた掌が、クリスの掌と重なる。
 愛しい気持ちをありったけ込めて、リゼットは透明のまま、彼の手を握った。
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