上 下
96 / 133
貴族一家と還る墓

いつかまた、空の上で

しおりを挟む
 カムナ達がギルド本部で話し込んでいる頃、クリスとリゼットはワキューの町から少し離れた共同墓地に来ていた。
 あまり管理もされていない様子の墓地は、個人の墓標がないのはもとより、草木が生え放題の汚らしいありさまだった。人は二人の他に誰もおらず、久しく人間が入ってきた痕跡もない。
 それでもクリス達は、中央に鎮座するやや大きな墓標の前で、静かに祈りを捧げた。
 リゼットの両親がここに眠っていると、別荘の管理人から聞いたからだ。

「……クリス様、ありがとうございました」

 静かに目を開いてリゼットが言うと、クリスが小さく微笑んだ。

「お礼を言うのは、俺の方だよ。リゼットが魔獣メタリオを倒せなかったら、俺はここにはいないんだからね」
「いえ、そちらもですが……ここについて来てくれたことへの、お礼ですわ。別荘の管理人様にお聞きしましたの、お父様とお母様がここでお眠りになっていると。名前も彫られていない、無縁仏の共同墓地ですわ」

 彼女の視線は、名前も彫られていない墓に向いていた。

「何がなくとも、確かにここにいる。それだけで、今のわたくしには十分ですの」

 語り掛けるように墓を見つめるリゼットに、クリスは真相を告げるか迷っていた。

(……ローズマリー本部長の話を聞いて、リゼットに真意を伝えられないまま、か。ダンジョンから戻ってきても、何も伝えないなんて、このままじゃあ俺は卑怯者だな)

 利用していたのかと蔑まれようとも、クリスには話す義務があった。
 自分を納得させるように頷いた彼は口を開いた。

「リゼット、実は、ダンジョンの話をしたのは……」

 ところが、彼の言葉をリゼット自身が遮った。

「分かっていますわ。わたくしの想いが、死人と会える世界に向かう為に必要だったのでしょう? ローズマリー様の企みに、わたくしが気付いていないと?」

 にこっと笑ったリゼット。一方、クリスは目を丸くしていた。

「知ってたのかい?」
「もちろんですわ。それでも、縋りたい気持ちがありましたもの」

 それから彼女は、そんな表情のまま空を見上げた。

「とはいえ、ローズマリー様に不信は抱いておりませんわ。あのお方もギルド本部長の立場がありますし、時には手段も選んでいられないでしょう。言葉に出していなくても、双方納得の上ですわ」

 つう、と幽霊の頬を涙が伝ったのを、クリスは見逃さなかった。
 貴族として気高い心を持っていても、彼女はまだクリスと同年代の子供だ。両親との死別や、二人を結果として手にかけた苦しみは、耐えがたいはずだ。
 ここまで当人に言わせたのなら、クリスが詫びない理由はなかった。

「……ごめん、リゼット。俺は、事情を知っていて君に言わなかった、卑怯者だ」
「もしそうだとしても、クリス様のお声が、わたくしを助けてくださいましたわ。あなた様のお声がなければ、わたくしは幸せな闇の中に、永遠に閉じ込められて、本当に大事なものは、ここにあると知らないまま……仮初の中から出られずにいましたわ」

 リゼットは涙を拭い、ステップを踏むように歩き出した。
 空元気ではない。心の底に残った闇と向き合う勇気を抱けるようになった表れだ。

「真に大事なのは、家族を忘れないこと。わたくしが犯した罪も、あるべきだった過去もすべて抱えて、それでも生きることですわ」

 彼女は逃げなかった。
 罪と向き合った。家族を愛した。迷いも何もかもを抱きしめた。
 その上で、リゼットは何よりも大事な答えを見つけた。

「幽霊として、与えられた新たな命を、二人に会う最期の瞬間まで生きる! それが、リゼット・ベルフィ・ラウンドローグの進むべき道ですわ!」

 くるくると回ってクリスに満面の笑みを見せるリゼットの姿は、彼からしてみれば、太陽よりずっと眩しかった。どうしてこんなに強くあれるんだろうと思うのと同時に、羨ましさすら湧いてきた。
 だから彼も、彼女に負けないくらいの笑顔で返した。

「……やっぱり格好いいな、リゼットは。俺も、ついて行ってもいいかい?」
「もちろんですわ! あ、ですが……」

 自分のもとに歩いてくるクリスを、リゼットは快く受け入れるつもりだった。
 だが、それよりもずっと素敵な提案が思い浮かび、弱弱しく手を前に突き出した。

「……できれば、ずっと隣を……」
「ん?」
「な、なんでもありませんわ! 帰りましょう、クリス様!」

 リゼットは本音を呑み込んだ。
 本当なら、ここでクリスに想いを告げたかった。しかし、ここで抜け駆けをするのはフェアではないし、その時ではないとも分かっていたからだ。
 だから彼女は、歩いてきたクリスの隣に立ち、同じ速さで歩みを進めた。

(お父様、お母様! わたくしを空の上で見守ってくださいまし! 今度ここに来るときは――最愛の人と、一緒に来ると約束しますわ!)

 幽体化した手を彼の掌に重ねようとした時、後ろからふと声が聞こえた気がした。

『――楽しみにしているよ、リゼット』
『私達の分まで、幸せになってね』

 きっと、幻聴だ。
 だとしても、リゼットの幸せを願う声は、紛れもない本物だ。
 彼女は歩みを止めなかった。

「……はい!」

 代わりに、無邪気な子供のように笑った。
 陽の光に透けた掌が、クリスの掌と重なる。
 愛しい気持ちをありったけ込めて、リゼットは透明のまま、彼の手を握った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

勇者に幼馴染で婚約者の彼女を寝取られたら、勇者のパーティーが仲間になった。~ただの村人だった青年は、魔術師、聖女、剣聖を仲間にして旅に出る~

霜月雹花
ファンタジー
田舎で住む少年ロイドには、幼馴染で婚約者のルネが居た。しかし、いつもの様に農作業をしていると、ルネから呼び出しを受けて付いて行くとルネの両親と勇者が居て、ルネは勇者と一緒になると告げられた。村人達もルネが勇者と一緒になれば村が有名になると思い上がり、ロイドを村から追い出した。。  ロイドはそんなルネや村人達の行動に心が折れ、村から近い湖で一人泣いていると、勇者の仲間である3人の女性がロイドの所へとやって来て、ロイドに向かって「一緒に旅に出ないか」と持ち掛けられた。  これは、勇者に幼馴染で婚約者を寝取られた少年が、勇者の仲間から誘われ、時に人助けをしたり、時に冒険をする。そんなお話である

ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。

yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。 子供の頃、僕は奴隷として売られていた。 そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。 だから、僕は自分に誓ったんだ。 ギルドのメンバーのために、生きるんだって。 でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。 「クビ」 その言葉で、僕はギルドから追放された。 一人。 その日からギルドの崩壊が始まった。 僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。 だけど、もう遅いよ。 僕は僕なりの旅を始めたから。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。