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貴族一家と還る墓

ライフ・ゴーズ・オン

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「……お父様、お母様。わたくし、決心がつきましたわ」

 リゼットの言葉を聞いて、彼女の両親はぱっと顔を綻ばせた。

「そうか。それは嬉しいよ、リゼット」

 ただ、二人は気づいていなかった。
 餌を手に入れられる喜びからか、彼女が何をしているのかも見ていなかった。

「ええ、はっきりと分かりましたわ。わたくしの両親は――」

 自身の分身である鎖付きナイフを構えて――。

「――前に進まなくていいなど、そんな弱い言葉を一度も使いませんでしたわ!」

 彼女は武器を投げ飛ばして、両親を鎖で雁字搦めにした。
 まさか攻撃されると思っていなかったのか、両親の顔はたちまち醜悪に歪んだかと思うと、枯れた枝と葉だけで構築されたグロテスクな人形へと変貌した。
 どうにかして、長い指を伸ばしてリゼットに触れようとしているが、鎖で縛りつけられていてちっとも動けない。耳元まで裂けた口をこれでもかと開き、両親だった何かはリゼットに向かって吼えた。

『ぐ……リゼット……』
『コノ……オヤ……フコウモノ……ヒトゴロシ……!』

 奇声を上げる二人を見据えるリゼットの目は、めらめらと燃えていた。
 両親に会いたい一心でここに来た時とは違う覚悟を秘めた目だ。

「言われずとも。わたくしはとんだ親不孝者、お父様とお母様を殺したも同然。挙句の果てに、無茶をして今しがた、永遠に闇の中に沈みそうになっていましたわ」

 これから自分は、何よりも求めていた希望を自ら手放す。その痛みは想像を絶するが、リゼットはもう、相手がどんな姿になっても鎖を緩める気はなかった。

「……それでも、わたくしは戻りますわ! あの日、あの時、わたくしが選んだ道に!」

 リゼットが勢いよく鎖を引っ張ると、めきめきと枝木がへし折れる音がした。

『オ、オオ、オオオ……ッ!』

 怪物が苦悶のうめき声を轟かせると、とうとう辺りの霧が晴れ、かろうじて残っていた食堂の名残すらなくなった。残っているのは壁や床を木の根が這っている、穴の上よりもずっと小さな部屋だ。
 どう見ても屋敷の廊下ほど長くも大きくもない部屋を見回し、リゼットが呟いた。

「……これが、幻覚の正体……部屋に魔獣メタリオが巣食っていましたのね。そしてあの幹や根っこで、生命力を吸い尽くすのですわね」

 これでやっとリゼットも部屋の秘密が解けた。魔獣は自分に見せたような幸せな幻覚を他の探索者に見せて、生命を奪い取っていたのだ。他者の思い出を利用し、もてあそぶという卑劣な手段を使って殺していたわけである。
 ますます許せないと思うリゼットに、後ろから声をかける者がいた。

「リゼット!」

 同じく部屋に閉じ込められていたクリスだ。
 リゼットが魔獣を捕らえた影響で、彼を攻撃する幻覚は消え去っていたようだ。

「クリス様! ご無事でしたのね!」
「そっちこそ、怪我はないかい? 君も俺と同じように、幻覚を……」

 少しだけ寂しげな顔を見せて、リゼットが頷いた。

「……見ましたわ。両親の、あの日の幸せな記憶の幻影を見せられて……そこに留まろうと、僅かにも思ってしまいましたわ」

 静かに言いながら、リゼットは両親を模した魔獣に近寄る。

『ア……ウゥ……』

 何を言っているのかは分からないが、きっとリゼットをまだ騙そうとしている。
 だが、もう何を言われても、彼女の心は揺らがなかった。

「ですが、お父様が言っていたのを思い出しました。幼いわたくしに、ラウンドローグ家としての在り方を――『どんな時でも、前に進め』と。それが真の貴族の強さだとも」

 彼女の胸の中には、幼い記憶に刻まれた本当の父の言葉があるからだ。甘やかすだけの偽りの声は、リゼットにはどうやっても響かない。

「あの時はそう言ってくれましたが、二人はわたくしのせいで、わたくしがいた過去を探してしまい、永遠に留まってしまったのかもしれません……しかし!」

 それでもどうにかして彼女の生命力を吸おうと足掻く怪物を、リゼットは睨んだ。

「お父様も、お母様も! 娘に立ち止まれと言うような、軟弱な人じゃねえですわッ!」

 そして、鎖を渾身の力で引いた。
 ただでさえひび割れた弱弱しい枯れ木の塊は、瞬く間に粉々になった。

『ギィイイヤアアァァー……ッ!』

 凄まじい絶叫と共に、魔獣の姿は消え去った。
 塵と化していく魔獣を見下ろすリゼットを中心に、根や葉、部屋を埋め尽くしていた植物らしい要素がことごとく枯れていく。

「……根が崩れていく……魔獣が死んだ証拠だ!」

 クリスが周囲を見回す中、リゼットが武器を落とし、その場に崩れ落ちた。
「リゼット!」
 駆け寄ったクリスがリゼットを抱きかかえると、彼女はひどく青ざめた顔をしていた。
 幽霊とはいえ、両親の幻影を自らの手で引きちぎるのは、相当なストレスだったはずだ。思い悩んだ末の行動なのは、つらそうな顔からもよく分かった。

「クリス様……申し訳ございません。ご心配を、おかけして……」
「いいんだよ、リゼット。君が無事なら、それでいいんだ」

 愛する人の腕に抱かれながら、リゼットが目を閉じた。

「……わたくし……わたくしは、本当に前に……進めるのでしょうか……」
「進めるさ。リゼットは一人じゃない、君の傍には俺も、カムナ達もいる。もう一度歩き出す為に、俺達は何でもするよ」

 彼女の頬を撫でながら、クリスが答えた。

「泣いてもいい、後悔してもいい。何度でも、俺達が君の背中を押すって、約束するよ」

 幽霊の肌は、確かにクリスの暖かさを感じ取れた。
 その温度は間違いなく、かつて両親が自分に与えてくれたもの。
 どうしようもなく、たまらなくなって、リゼットは彼の胸に顔を埋めて泣いた。

「……クリス様……クリス様ぁ……!」

 穴が崩れ落ち、仲間の声が聞こえても、リゼットはずっと泣き続けた。
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