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貴族一家と還る墓

あの日か、今か

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「リゼット、あっという間にたいらげちゃったわね。おかわりはいるかしら?」
「ええ、いただきたいですわ! お母様の料理は世界一美味しいですわ!」

 その頃、リゼットは家族と食卓を囲み、母親の料理に舌鼓を打っていた。
 彼女の頭の中にはもやがかかっているのに、まるで気づいていない。今ここにある家族との時間以外は、リゼットにとって不要だというかのようだ。
 ここに来るまでに何があったかも、彼女は完全に忘れてしまっていた。

「どうだい、お前。今日は食卓を囲んで、夜までリゼットと語らうというのは?」
「そうね、私もリゼットの話をたくさん聞かせてほしいわ。はい、おかわりをどうぞ」

 おかわりのスープが置かれたのを喜びながら、リゼットは言った。

「わたくしも大賛成ですわ、今日は一晩中、お父様とお母様とお話ししていたいですわ……ああ、でも、その前に、二人に会ってほしい人を紹介させてくださいまし!」

 リゼットには両親とやりたいことが山ほどある。
 そのうちの一つが、最愛の人を紹介することだ。
 危機に陥った自分を助けてくれただけでなく、いつでも親身に接してくれた。苦しい時、つらい時には傍にいてくれたし、まさしく理想の王子様だ。ライバルは多いが、負けてやるつもりはない。
 もっとも、ライバルが誰かなど、今の彼女は覚えていないが。

「ふむ、どんな人かね?」
「もしかして、リゼットのいい人かしら?」

 朗らかに笑う両親に、リゼットが頷いた。

「そうですの! わたくしを救ってくださった王子様、クリス様に――」

 クリス様とは、誰か。
 名前を言った途端、リゼットの頭の中で、急に何かが目覚めた。

「――クリス、様?」

 クリスという名前は、確かに自分の王子様で間違いない。なのに、どこで出会ったのか、そもそも本当に出会っているのかも思い出せない。
 第一、彼が誰であったか、名前以外の何も思い出せないのだ。
 まるで、記憶に無理矢理蓋がされてしまったかのように。

(どこかで聞いたような……いえ、どこかで聞いたなんて、おぼろげなものじゃなくて……とても大事だったような、そんな気が……)

 ぼんやりと首を傾げる彼女の耳にふと、かすかな声が聞こえてきた。

『……リゼット……』

 男の声だ。家族が自分を呼んだのだろうか。

「……? お父様、お母様、わたくしを呼びました?」
「いいや、呼んでいないよ」
「では、誰が……」

 疑問を口にするリゼットの答えは、すぐに返ってきた。

『――リゼット!』
「――っ!」

 脳にこだました――クリスの声が、答えそのものだった。
 決して大きな声ではなかったのに、彼女は脳を金槌で直接殴られたような衝撃を受けた。そしてその衝撃が、リゼットにすべてを思い出させた。
 自分が何をしていたのか。どうしてここにいるのか、どうやってここに来たのか。リゼット・ベルフィ・ラウンドローグの、正真正銘のすべてを。

(間違いありませんわ、あれはクリス様のお声! いや、そもそもわたくし、どうして今まであのお方のことを忘れていたんですの!? クリス様だけじゃなくて、仲間も、『クリス・オーダー』も、何もかも!)

 仲間も自分の生死も、すべてが記憶として戻ってきた途端、彼女の体は幽霊ながら真っ当に機能した。同時に、今まで食べていたものが異物であるとも判断できた。

「げほ、ぺっ、ぺっ!」

 口からリゼットが吐きだしたのは、スープだと思っていた葉や枝、水だ。

(スープはただの水と木片……屋敷も食卓も、よく見れば全部草木でできていますわ! つまり、ここにあるものは全部偽物……!)

 豪華な食堂など、どこにもない。料理もない。あるのはリゼットと、あたかも彼女に幸せな世界を与えていたかのように見える、虚栄の残骸だけである。
 今いるところがどんなところであるかも、当然リゼットは思い出していた。死人と会える階層だが、待ち望んでいた結果とはまるで違う。

「ここから出なくては……クリス様のところに、戻らなくては!」

 やっとこれが罠だと気づいたリゼットは、踵を返そうとした。
 しかし、彼女を引き留める者はまだ、そこにいた。

「――どこに行くんだい、リゼット」
「お願い、どこにも行かないで」

 リゼットの両親だ。
 悲しそうな顔をする二人を見据えて、リゼットは足を止めてしまった。

「……お父様、お母様……」

 偽物だと分かっているのに、二人の表情はあまりにも本物であった。ともすれば恨みつらみにすら思えてしまう悲しみの視線が、リゼットの心に痛いほど突き刺さった。

「ずっと探していたんだ。いなくなってからずっと、ずっと……私達にとって、娘よりも大事なものはなかった。金も名誉も、リゼットに比べればちっぽけなものだ」
「森の中で死んだあの時も、最期まで、あなたを想っていたのよ。なのに、またいなくなるなんて、私には耐えられないわ。あんまりでしょう、リゼット?」
「……わたくしの、せいで……」

 両親の責める言葉を、リゼットは否定できなかった。
 自分がダンジョンで死ななければ、二人とも幸せに暮らせていたはずだ。没落とは無縁に、自分と一緒に今も屋敷で温かい日々を送っていたはずだ。
 そんな二人を森の中で野垂れ死にさせたのは、紛れもない自分なのだ。
 だからこそ、リゼットは戸惑った。
 このまま帰っていいのか、父と母の魂だけは本物なのではないかと疑った。

「リゼット、苦しんでまで、無理に前に進まなくていいじゃないか」
「私達と一緒にいてちょうだい。永遠に、ここで暮らしましょう」

 二人が笑顔でこう告げるまでは。

「――っ」

 ただその一言を聞いて、リゼットの目が見開いた。
 驚愕と――腹の底から湧き上がる、怒りで。
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