追放された技術士《エンジニア》は破壊の天才です~仲間の武器は『直して』超強化! 敵の武器は『壊す』けどいいよね?~

いちまる

文字の大きさ
上 下
86 / 133
貴族一家と還る墓

上の空

しおりを挟む
 彼女は、ぼんやりとしていた。
 自分がどこにいるのか、あるいは何をしているのかも、おぼろげだった。

「……ト……ゼット……」

 声をかけられても、自分に向けた声なのかが理解できない。
 どうしてこうも、頭にもやがかかったままなのか――。

「――リゼット!」

 ――まとまらなかった思考が、大きな声で固まった。

「……え?」

 リゼットは、やっと自分が今、ダンジョンの奥に来ているのだと思い出した。
 ここは四方八方を豪勢な鉛色の建物で囲まれたCランクダンジョン『鋼鉄の宮殿』で、自分達は納品アイテムの『自生ねじ』と魔獣の素材を集めに来た。第八階層の中心部に生えているそれをいくつか回収した――ここまで、リゼットは思い出せた。
 そして彼女の肩を叩いて声をかけたのは、呆れた調子のカムナだ。

「あんた、いつまでぼーっとしてるわけ? 目当てのアイテムは回収して、魔獣メタリオも必要な数を倒したから帰るって、さっきからずっと言ってんのよ?」
「……あ、ああ……そうですわね」

 取り繕うそぶりを見せる彼女が呆けているのは、決して寝不足などではない。
 ラウンドローグ家が没落し、両親が死んだとリゼットが聞かされてから、五日が経っていた。うち二日ほどは部屋から出てこなかった彼女だが、その後ダンジョンの探索をしたいとクリスに頼みに来た。
 クリスはというと、最初は渋っていた。仕事に穴をあけられないとか、気分転換とか理由は言っていたが、見るからにまだメンタルが不安定で、ダンジョンでの探索がより危険なトラブルを引き起こさないか心配だったのだ。

「大丈夫かい、リゼット? やっぱり、しばらく休んだ方がいいんじゃないかな」
「そうね、さすがのあたしでも、今のあんたを探索に連れて行こうなんて思わないわよ。ホープ・タウンに戻ったら、避暑地でもローズマリーに紹介してもらいなさい」

 カムナにすら心配され、リゼットは慌てて手を振った。

「な、何も問題ありませんわ! 気持ちはしっかり切り替えましたし、こうしてダンジョン探索もできていますし! ノープロブレムでしてよ!」
「ノープロブレムって、どの口が言ってんのよ……」

 肩をすくめるカムナの隣で、マガツがぽつりとつぶやいた。

「四十一回」
「へ?」
「ダンジョン侵入から今に至るまで、仲間が守らないと死んでいた回数。マガツはクリス以外守らないから、正確には回数が増えて、六十三回になるの」

 六十三回も死んでいた、と聞かされると、リゼットも顔が強張った。
 実際のところ、彼女は確かに油断してばかりだった。すれ違った他の探索者が、上の空で半分体の透けたリゼットを見て目を丸くしたのにも、気づかないほどだった。

「マガツの言い方はともかく、実際、相当気が抜けているっ! 心ここにあらずの状態ともいえるな! そんな気持ちでダンジョンを探索するのは、やはり危険だぞっ!」
「両親の件とは別で、何か気になることでもあるんじゃないの?」

 とはいえ、心のうちにまで言及するのは、ダンジョン内では褒められたものではない。

「カムナ、今聞いてあげるのはよくないよ。街に戻ってからでも……」

 そう思ってカムナを制したクリスだが、リゼットは彼の声すら聞こえていなかった。

「……夢を、見ますの」
「夢?」

 リゼットが、絞り出すように言葉を紡いだ。

「お父様と、お母様が……わたくしの前にいますの。でも……いつの間にか、二人はどこにもいなくて、暗闇にわたくしだけが残されていましたわ。なのに……」

 彼女の口調が、自分を責めるものへと変わった。
 吐き出すような声が、何かをおびき寄せているとも気づかなかった。

「なのに、声だけが聞こえてきますの! 二人がわたくしを責める声が――」

 自分の世界に入り込むリゼットの背後の物陰から、何かが飛びかかってきた。
 牙を剥いて彼女を引き裂こうとしたのは、虎を模した鋼の魔獣だ。

「――リゼット、危ないッ!」

 避ける間も、幽体化する余裕もないリゼットを、フレイヤが突き飛ばした。彼女の代わりに、騎士の右肩を怪物の爪が裂いた。
 傷口を抑えて倒れ込むフレイヤを見て、やっとリゼットも正気に戻ったようだった。しかし、まだ完全に状況を理解していないのか、手にした武器アームズが破壊されれば消滅するというのに、彼女は隠れようとも透けようともしない。
 ならばとばかりに、クリスとカムナ、マガツが仲間を庇い、魔獣に反撃した。

「フレイヤ! この……『神威拳カムナックル』!」
「オロックリン流解体術壱式『甲型』ッ!」

 カムナの拳とクリスのツールが、たちまち魔獣の四肢を破壊した。さらに、マガツのワンピースの下から飛び出した鋼の触手が、敵の胴体を穿ち、一撃で死に至らしめた。
 今更だが、マガツはまだ触手の力を有している。鋼鉄のそれは槍となり、盾となり、クリスを守る最強の武器となるのだ。
 魔獣を無残に切り刻み、ダンジョンへと還る肉塊にするのは造作もなかった。
 とはいえ、彼女はクリスしか守らない。フレイヤを咄嗟に守ることはできなかった。

「ぐッ……すまないな、急な判断で人を守るとなると、これしか思いつかなかった……」

 肩から流す血で服を染めるも、立ち上がって余裕を保つフレイヤ。
 一方、リゼットは無傷にもかかわらず、酷くうろたえていた。

「わ、わたくし……わたくしは……!」

 こうなってしまったなら、もう事情を聞いている余裕はない。

「ひとまず、ダンジョンから出よう! マガツ、フレイヤを担げるか!」
「クリスのお願いなら、何でもできるよ。よいしょ」

 触手でフレイヤを持ち上げたマガツの傍で、クリスはリゼットを見つめた。
 怒りでも苛立ちでもなく、不安と心配、慈しみの視線だった。

「……リゼットも、こっちに来てくれ。大丈夫だよ、俺が守るから」

 ただ、それが今の彼女には、どうしようもなく苦しかった。

「……はい……」

 上の階層へと帰っていくパーティーに保護されるように、リゼットは歩き出した。
 もう、彼女が探索に復帰できそうにないのは、誰の目にも明らかだった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

八百長試合を引き受けていたが、もう必要ないと言われたので圧勝させてもらいます

海夏世もみじ
ファンタジー
 月一に開催されるリーヴェ王国最強決定大会。そこに毎回登場するアッシュという少年は、金をもらう代わりに対戦相手にわざと負けるという、いわゆる「八百長試合」をしていた。  だが次の大会が目前となったある日、もうお前は必要ないと言われてしまう。八百長が必要ないなら本気を出してもいい。  彼は手加減をやめ、“本当の力”を解放する。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。