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貴族一家と還る墓
とある別荘
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ワキューは、ホープ・タウンのすぐ隣にある小さな町だ。
これと言って目立ったところもなく、わざわざ移り住む者はもっといない。少し前はホープ・タウンの騒々しさを嫌うが、街まですぐに行ける利便性だけを求める貴族や富裕層が別荘を建てる、うってつけの場所だと喜ばれていた。
しかし、そのブームもホープ・タウンのさらなる開拓のせいで、ここ二、三年ですっかり廃れてしまった。今や、残っているのは老人老婆と立ち並ぶ家くらいだ。
そんな町の片隅に、リゼットとクリスは来ていた。
「……リゼット、ここが間違いなく、別荘なんだね?」
「そ、そのはずですわ! わたくしの記憶に、間違いはありませんの!」
「うん……別荘だったのは、俺も何となくわかるよ」
彼女の言い分では、辺りに何もない中に、豪華な別荘が建っているとのことだった。
確かに、広い庭を有する二階建ての、彼女がこれだと言った別荘はあった。
「けど、これじゃあまるで……廃墟みたいだ」
だが、ここにあるのは、別荘の成れの果てとしか言いようのない廃墟だった。
どこもかしこもぼろぼろなさまが、周りに建物がなく、畑だけの環境では一層悪目立ちしている。昼間でも、幽霊屋敷と言われれば納得してしまうだろう。
窓もことごとく割れた哀れな建物を前遺して、リゼットは慌てて玄関に駆け出した。
「たまたま長く使われていないだけですわ! さっきも言った通り、ラウンドローグ家は貴族生活から離れているだけですもの! きっと、中には手掛かりが……」
そして、勢いよく扉を開いたが、やはり中は無残な有様だった。
何年も人が立ち入っていないのはもはや当然として、二階に上る階段も、部屋の隅に押しやられた家具も、埃がたっぷり載っていて、中には朽ちたものもある。
「……ええと……」
それでも、リゼットの脳は、ここが間違いなく別荘であると認識していた。
家族と共に過ごした記憶は、誤魔化しきれるものではなかった。
「埃の積もっている量はともかく、老朽化の具合を見るに、恐らく十年以上は人が立ち入ってないね。ちょうど、リゼットが死んだ時期と重なるんじゃないかな」
ふう、と家具の埃を払いながら、クリスは聞いた。
「ラウンドローグ家のことは、どこで聞いたんだい?」
「……正直なところ、情報はほとんど得られませんでしたわ。帝都の貴族に関する情報は、その関係者以外閲覧できませんし、ホープ・タウンから外に出る機会もあまりありませんでしたし……そりゃあ、ラウンドローグ家は有名というほどでもありませんが……」
「別荘をしらみつぶしに探すよりは、帝都に直接出向いた方がいいかもしれないね」
貴族の情報というのは、探索者が考えているよりもずっと厳重に守られている。ごく稀に、世話人や関係者に漏れることもあるらしいが、期待はできない。
有名であれば多少の漏洩はあるが、リゼット曰く、ラウンドローグ家はそれほど有名ではない。クリスもホープ・タウンにいて、一度だって聞いた覚えのない名前なのだから、わざわざその一家について調べる者もいなかっただろう。
それでも、クリスは落胆するリゼットを放っておくつもりはなかった。
「いくら何も教えてくれないような閉鎖的な空間でも、ここにいるよりは、いい情報が手に入りそうだしね。その時は、俺もついて行くよ」
「ああ、クリス様! 何とお優しい……」
リゼットが顔をほころばせた、その時だった。
「――こら、クソガキ共! ここは立ち入り禁止だぞ!」
開いたままの扉の方から、怒鳴り声が聞こえてきた。
驚いたクリスとリゼットが声のする方を見ると、見知らぬ男が立っていた。
「す、すみません……えっと、この別荘を管理されている方、ですか?」
男はクリスの問いかけに、ふん、と鼻を鳴らしながら答えた。
「そんなところだ。買い手もいねえし、解体するにも金がかかる厄介な家屋だが、今は一応俺のバカ親父が買い取った、うちの所有物だ。勝手に入られちゃ、困るんだよ」
髭をたくわえた中年男性の言葉に、リゼットがぴくりと反応した。
「父親……もしかして、ラウンドローグ家の方ですか?」
「バカ言え、うちはラウンドローグなんて名前じゃねえよ……いや、ラウンドローグといえば、ここの別荘の最後の持ち主だったな。あんた、そいつらの知り合いか?」
もしかすると、彼が家族について知っているかもしれない。
そう思ったリゼットは、躍り出て言った。
「そうですわ! わたくしがラウンドローグ家の一人娘、リゼットですわ!」
男はリゼットの名前を聞いて、一瞬だけキョトンとした。
それから、悪い冗談でも聞いたような、侮蔑の混ざった視線で彼女を睨んだ。
「はっ、長女だって? 親戚なら別荘の維持費でも請求してやろうかと思ったが、タチの悪りい嘘ついてんじゃねえよ。騙そうとしたって、長女を探してあいつらがどうなったか知ってるぜ。別荘の管理の都合で、色々と話が入ってくるもんでな」
「……タチの悪い嘘?」
「リゼット、もう行こう。何も聞かない方が――」
「どういう意味ですの?」
クリスは何も聞かないように忠告するつもりだったが、遅かった。
「そりゃそうだろ。ラウンドローグ家の連中なら死んだって聞いたぞ」
家族が死んだ。
男が告げたのは、最悪の真実だった。
「……え?」
リゼットの瞳が、僅かに澱んだ。
これと言って目立ったところもなく、わざわざ移り住む者はもっといない。少し前はホープ・タウンの騒々しさを嫌うが、街まですぐに行ける利便性だけを求める貴族や富裕層が別荘を建てる、うってつけの場所だと喜ばれていた。
しかし、そのブームもホープ・タウンのさらなる開拓のせいで、ここ二、三年ですっかり廃れてしまった。今や、残っているのは老人老婆と立ち並ぶ家くらいだ。
そんな町の片隅に、リゼットとクリスは来ていた。
「……リゼット、ここが間違いなく、別荘なんだね?」
「そ、そのはずですわ! わたくしの記憶に、間違いはありませんの!」
「うん……別荘だったのは、俺も何となくわかるよ」
彼女の言い分では、辺りに何もない中に、豪華な別荘が建っているとのことだった。
確かに、広い庭を有する二階建ての、彼女がこれだと言った別荘はあった。
「けど、これじゃあまるで……廃墟みたいだ」
だが、ここにあるのは、別荘の成れの果てとしか言いようのない廃墟だった。
どこもかしこもぼろぼろなさまが、周りに建物がなく、畑だけの環境では一層悪目立ちしている。昼間でも、幽霊屋敷と言われれば納得してしまうだろう。
窓もことごとく割れた哀れな建物を前遺して、リゼットは慌てて玄関に駆け出した。
「たまたま長く使われていないだけですわ! さっきも言った通り、ラウンドローグ家は貴族生活から離れているだけですもの! きっと、中には手掛かりが……」
そして、勢いよく扉を開いたが、やはり中は無残な有様だった。
何年も人が立ち入っていないのはもはや当然として、二階に上る階段も、部屋の隅に押しやられた家具も、埃がたっぷり載っていて、中には朽ちたものもある。
「……ええと……」
それでも、リゼットの脳は、ここが間違いなく別荘であると認識していた。
家族と共に過ごした記憶は、誤魔化しきれるものではなかった。
「埃の積もっている量はともかく、老朽化の具合を見るに、恐らく十年以上は人が立ち入ってないね。ちょうど、リゼットが死んだ時期と重なるんじゃないかな」
ふう、と家具の埃を払いながら、クリスは聞いた。
「ラウンドローグ家のことは、どこで聞いたんだい?」
「……正直なところ、情報はほとんど得られませんでしたわ。帝都の貴族に関する情報は、その関係者以外閲覧できませんし、ホープ・タウンから外に出る機会もあまりありませんでしたし……そりゃあ、ラウンドローグ家は有名というほどでもありませんが……」
「別荘をしらみつぶしに探すよりは、帝都に直接出向いた方がいいかもしれないね」
貴族の情報というのは、探索者が考えているよりもずっと厳重に守られている。ごく稀に、世話人や関係者に漏れることもあるらしいが、期待はできない。
有名であれば多少の漏洩はあるが、リゼット曰く、ラウンドローグ家はそれほど有名ではない。クリスもホープ・タウンにいて、一度だって聞いた覚えのない名前なのだから、わざわざその一家について調べる者もいなかっただろう。
それでも、クリスは落胆するリゼットを放っておくつもりはなかった。
「いくら何も教えてくれないような閉鎖的な空間でも、ここにいるよりは、いい情報が手に入りそうだしね。その時は、俺もついて行くよ」
「ああ、クリス様! 何とお優しい……」
リゼットが顔をほころばせた、その時だった。
「――こら、クソガキ共! ここは立ち入り禁止だぞ!」
開いたままの扉の方から、怒鳴り声が聞こえてきた。
驚いたクリスとリゼットが声のする方を見ると、見知らぬ男が立っていた。
「す、すみません……えっと、この別荘を管理されている方、ですか?」
男はクリスの問いかけに、ふん、と鼻を鳴らしながら答えた。
「そんなところだ。買い手もいねえし、解体するにも金がかかる厄介な家屋だが、今は一応俺のバカ親父が買い取った、うちの所有物だ。勝手に入られちゃ、困るんだよ」
髭をたくわえた中年男性の言葉に、リゼットがぴくりと反応した。
「父親……もしかして、ラウンドローグ家の方ですか?」
「バカ言え、うちはラウンドローグなんて名前じゃねえよ……いや、ラウンドローグといえば、ここの別荘の最後の持ち主だったな。あんた、そいつらの知り合いか?」
もしかすると、彼が家族について知っているかもしれない。
そう思ったリゼットは、躍り出て言った。
「そうですわ! わたくしがラウンドローグ家の一人娘、リゼットですわ!」
男はリゼットの名前を聞いて、一瞬だけキョトンとした。
それから、悪い冗談でも聞いたような、侮蔑の混ざった視線で彼女を睨んだ。
「はっ、長女だって? 親戚なら別荘の維持費でも請求してやろうかと思ったが、タチの悪りい嘘ついてんじゃねえよ。騙そうとしたって、長女を探してあいつらがどうなったか知ってるぜ。別荘の管理の都合で、色々と話が入ってくるもんでな」
「……タチの悪い嘘?」
「リゼット、もう行こう。何も聞かない方が――」
「どういう意味ですの?」
クリスは何も聞かないように忠告するつもりだったが、遅かった。
「そりゃそうだろ。ラウンドローグ家の連中なら死んだって聞いたぞ」
家族が死んだ。
男が告げたのは、最悪の真実だった。
「……え?」
リゼットの瞳が、僅かに澱んだ。
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