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帝国鉄道と魔獣少女
暴行、殴打
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汽車の激突で発生した爆発は、たちまち駅の外にもパニックをもたらした。
煙が立ち込めるせいか、悲鳴や絶叫は聞こえてくるのに、誰も入ってこない。駅員も清掃員もいない、グルーナ駅に今いる人間は、爆風で壁に叩きつけられたクリスだけだ。
全身に痛みを感じる中、彼はよろよろと、どうにか立ち上がった。
「……ぐ、うぅ……」
辺り一面が残骸と炎に包まれているが、彼は安堵の表情を浮かべていた。見たところ、人が焼かれているさまも、誰かが怪我をしている様子もないからだ。
つまり、彼の計らい通り、怪我人をゼロに抑え込めたのだ。
(よかった……車掌さんの連絡のおかげで、どこにも人はいない……駅は三割ほど吹き飛んだけど、汽車は車庫を突き抜けてない……!)
天井すら一部が崩れ落ち、窓がすべて割れるほどの惨状を引き起こした爆発は、クリスの想定をやや上回っていた。さすがに、ここまでやればマガツも生きてはいない。
救う、と約束した相手を、大衆の命を天秤にかけて失わせた事実は、彼の心を締め付けた。痛みも忘れて目を瞑ってしまうほどに、彼は己の無力に歯噛みした。
(あれだけの爆風だ……魔獣ならまず木っ端みじんになる……ごめんね、マガツ……君を救えなかったのは、俺の甘さと弱さだ)
とはいえ、後悔してばかりもいられない。
このまま悠長に反省会を続けていても、折れた腕も、体の傷も治らない。幸いにも、ギルドであればたいていの傷、病気は治療できる。
(体が軋むな、腕の骨も折れてる……ギルドで特効薬をもらわなきゃ――)
マガツの体は、火が治まってから探すしかない。
そう思ったクリスが、よろりと爆炎に背を向けた時だった。
――鈍い衝撃が、腹部に奔った。
「――お、ごッ……!?」
鈍いのは、一瞬だけだった。
衝撃はたちまち全身を貫き、口から血となって、代わりに噴き出した。
がくがくと震えるクリスの腹からは――鋼の触手が突き出していた。
「……そん、な……どう、し、て……!?」
槍のように鋭い形状を取った触手は、クリスを貫通したと見るや、ずるりと引き抜かれた。口から流れる血ではなく、腹を抑える彼が振り返った先に、それはいた。
「――私はあの程度では死なない。スサノヲ、考えが甘い」
マガツヒノカミだ。
焔を背にして四本の触手を揺らめかせ、こちらに迫ってくる、正真正銘の怪物だ。
「人間にしては考えたけど、その程度。でも、私もスサノヲに対しての考えを改める。今までは手足を詰める程度に思っていたのに、それじゃあ反撃する」
虚無の表情の中に見えるのは、想像を絶するほどの怒り。
それは、扁平ではなく、先端を槍の如く尖らせた触手にも表れていた。
「だから、決めた。神に差し出す前に、一度完全に壊す」
「なッ……がああぁッ!?」
いや、感情が最も表れていたのは、マガツの行動そのものである。
クリスに逃げる間も与えず、彼女は触手で彼の折れた右腕を貫いた。そして自分の元まで引き寄せると、今度は血の流れる腹を、別の触手で締め付けた。
当然、止血する為だけではない。
なるべく長く、彼に死んでほしいからだ。
「スサノヲは簡単に壊れない。徹底的に壊す。神に逆らう考えをなくすまで、壊す」
持ち上げられたクリスは、壁に、天井に、床に叩きつけられる。
だらりとして反応が鈍くなると、炎で炙るように投げ込み、削るように地面を擦る。
「ふぐッ……お、ごあぁ……ぐおおぉッ!」
右瞼が切れ、目が開けられないほど血が流れる。愛用の衣服はほとんど破れ、残っているはショートパンツほどの長さになった歪なズボンだけ。露出した胸元も、腹筋も、肌の見える部位はほぼ傷がついていた。
もはやクリスは、まだ生きているのが不思議なほど痛めつけられていた。それでもなお、マガツは彼が十分に苦しんでいるとは思っていなかった。
マガツは、反応の薄くなったクリスの右足に触手を巻き付けた。
「――あああああぁッ!」
そして、彼の足を曲がらない方向に曲げた。
べき、ばき、という嫌な音と共に、クリスの右足の骨が剥き出しになった。
「足の骨を折った。もう、抵抗できない」
いよいよ逃げられないと判断したらしいマガツは、クリスを触手から解放した。実際、彼はもう立ち上がるどころか、力を入れることすら難しくなっているようだった。
勝ち誇ったマガツは彼を見下して、吐き捨てるように言った。
「諦めて。神の元に戻って、この世界をタカマガハラへと染め直す尖兵として、原生生物を滅ぼす。それが私、マガツヒノカミとスサノヲに託された願いなの」
マガツヒノカミの願い。
それが、果たしてマガツの願いなのか。
――否。
「……訂正しろ」
がくがくと体を震わせながら、なんと、クリスは立ち上がった。
死んでもおかしくない重傷を負う彼を奮い立たせたのは、ただ気力だけだ。
折れた足で、右腕で体を支えた、猛勇と呼ぶには程遠い、無様な有様だった。それでも彼は、立ち上がり、もう一人のマガツに叫ばなければならなかった。
『マガツは、乱暴なマガツが怖くて、嫌い』
胸の奥に閉じ込められた、マガツの悲しい声を覚えていたからだ。
「マガツの……君が覆い隠したマガツの望みは、そんなものじゃない! 意識を上塗りした君の野望を、神とやらの野望を……マガツの願いと一緒にするなッ!」
燃え盛る駅の中で、崩れ落ちそうな天井の下で、血反吐と共にクリスは吼えた。
その姿は、マガツにとっては到底理解できなかった。自分が壊そうとした相手を思いやる、そもそも思いやるなどというのは、人間の不要な感情でしかなかったからだ。
「……自分の手で壊そうとしたのに……あなたこそ、異常そのもの」
だから、彼女は会話を続けようとはしなかった。
「もういい、話すだけ無駄。残った腕と頭を潰して、終わり」
ただ静かに触手を揺らめかせ、クリスの頭と左手に狙いを定めた。
射出速度は、もう言うまでもない。クリスは絶対に逃げられず、脳天を貫かれる。
(ダメだ、手も足も動かない……クソ、こんなところで――)
目を瞑るしか、今の彼にはできなかった。
ここにいない仲間の姿を走馬灯のように思い浮かべ、彼は死を悟った。
逃れられない死を、彼はただ待つばかりだった。
――ただ、クリスの元には、触手はいつまでも突き刺さらなかった。
「……?」
何も起きない現状を不可思議に思い、彼は静かに目を開けた。
そこにいたのは、マガツ、と。
「――『流星神威拳』ッ!」
彼女の顔を左腕で殴り抜くカムナ。
「我流聖騎士剣術『赤鋸斬り』ッ!」
回転する大鋸を触手に激突させるフレイヤ。
「『ノーブル・ディフェンダー』ッ!」
鎖付きナイフを激突させて触手の軌道を逸らしたリゼット。
――ここにいないはずの、クリスの三人の仲間だった。
「……え……?」
茫然とするクリスの前で、マガツが殴り飛ばされ、瓦礫にめり込んでいった。
煙が立ち込めるせいか、悲鳴や絶叫は聞こえてくるのに、誰も入ってこない。駅員も清掃員もいない、グルーナ駅に今いる人間は、爆風で壁に叩きつけられたクリスだけだ。
全身に痛みを感じる中、彼はよろよろと、どうにか立ち上がった。
「……ぐ、うぅ……」
辺り一面が残骸と炎に包まれているが、彼は安堵の表情を浮かべていた。見たところ、人が焼かれているさまも、誰かが怪我をしている様子もないからだ。
つまり、彼の計らい通り、怪我人をゼロに抑え込めたのだ。
(よかった……車掌さんの連絡のおかげで、どこにも人はいない……駅は三割ほど吹き飛んだけど、汽車は車庫を突き抜けてない……!)
天井すら一部が崩れ落ち、窓がすべて割れるほどの惨状を引き起こした爆発は、クリスの想定をやや上回っていた。さすがに、ここまでやればマガツも生きてはいない。
救う、と約束した相手を、大衆の命を天秤にかけて失わせた事実は、彼の心を締め付けた。痛みも忘れて目を瞑ってしまうほどに、彼は己の無力に歯噛みした。
(あれだけの爆風だ……魔獣ならまず木っ端みじんになる……ごめんね、マガツ……君を救えなかったのは、俺の甘さと弱さだ)
とはいえ、後悔してばかりもいられない。
このまま悠長に反省会を続けていても、折れた腕も、体の傷も治らない。幸いにも、ギルドであればたいていの傷、病気は治療できる。
(体が軋むな、腕の骨も折れてる……ギルドで特効薬をもらわなきゃ――)
マガツの体は、火が治まってから探すしかない。
そう思ったクリスが、よろりと爆炎に背を向けた時だった。
――鈍い衝撃が、腹部に奔った。
「――お、ごッ……!?」
鈍いのは、一瞬だけだった。
衝撃はたちまち全身を貫き、口から血となって、代わりに噴き出した。
がくがくと震えるクリスの腹からは――鋼の触手が突き出していた。
「……そん、な……どう、し、て……!?」
槍のように鋭い形状を取った触手は、クリスを貫通したと見るや、ずるりと引き抜かれた。口から流れる血ではなく、腹を抑える彼が振り返った先に、それはいた。
「――私はあの程度では死なない。スサノヲ、考えが甘い」
マガツヒノカミだ。
焔を背にして四本の触手を揺らめかせ、こちらに迫ってくる、正真正銘の怪物だ。
「人間にしては考えたけど、その程度。でも、私もスサノヲに対しての考えを改める。今までは手足を詰める程度に思っていたのに、それじゃあ反撃する」
虚無の表情の中に見えるのは、想像を絶するほどの怒り。
それは、扁平ではなく、先端を槍の如く尖らせた触手にも表れていた。
「だから、決めた。神に差し出す前に、一度完全に壊す」
「なッ……がああぁッ!?」
いや、感情が最も表れていたのは、マガツの行動そのものである。
クリスに逃げる間も与えず、彼女は触手で彼の折れた右腕を貫いた。そして自分の元まで引き寄せると、今度は血の流れる腹を、別の触手で締め付けた。
当然、止血する為だけではない。
なるべく長く、彼に死んでほしいからだ。
「スサノヲは簡単に壊れない。徹底的に壊す。神に逆らう考えをなくすまで、壊す」
持ち上げられたクリスは、壁に、天井に、床に叩きつけられる。
だらりとして反応が鈍くなると、炎で炙るように投げ込み、削るように地面を擦る。
「ふぐッ……お、ごあぁ……ぐおおぉッ!」
右瞼が切れ、目が開けられないほど血が流れる。愛用の衣服はほとんど破れ、残っているはショートパンツほどの長さになった歪なズボンだけ。露出した胸元も、腹筋も、肌の見える部位はほぼ傷がついていた。
もはやクリスは、まだ生きているのが不思議なほど痛めつけられていた。それでもなお、マガツは彼が十分に苦しんでいるとは思っていなかった。
マガツは、反応の薄くなったクリスの右足に触手を巻き付けた。
「――あああああぁッ!」
そして、彼の足を曲がらない方向に曲げた。
べき、ばき、という嫌な音と共に、クリスの右足の骨が剥き出しになった。
「足の骨を折った。もう、抵抗できない」
いよいよ逃げられないと判断したらしいマガツは、クリスを触手から解放した。実際、彼はもう立ち上がるどころか、力を入れることすら難しくなっているようだった。
勝ち誇ったマガツは彼を見下して、吐き捨てるように言った。
「諦めて。神の元に戻って、この世界をタカマガハラへと染め直す尖兵として、原生生物を滅ぼす。それが私、マガツヒノカミとスサノヲに託された願いなの」
マガツヒノカミの願い。
それが、果たしてマガツの願いなのか。
――否。
「……訂正しろ」
がくがくと体を震わせながら、なんと、クリスは立ち上がった。
死んでもおかしくない重傷を負う彼を奮い立たせたのは、ただ気力だけだ。
折れた足で、右腕で体を支えた、猛勇と呼ぶには程遠い、無様な有様だった。それでも彼は、立ち上がり、もう一人のマガツに叫ばなければならなかった。
『マガツは、乱暴なマガツが怖くて、嫌い』
胸の奥に閉じ込められた、マガツの悲しい声を覚えていたからだ。
「マガツの……君が覆い隠したマガツの望みは、そんなものじゃない! 意識を上塗りした君の野望を、神とやらの野望を……マガツの願いと一緒にするなッ!」
燃え盛る駅の中で、崩れ落ちそうな天井の下で、血反吐と共にクリスは吼えた。
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逃れられない死を、彼はただ待つばかりだった。
――ただ、クリスの元には、触手はいつまでも突き刺さらなかった。
「……?」
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そこにいたのは、マガツ、と。
「――『流星神威拳』ッ!」
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回転する大鋸を触手に激突させるフレイヤ。
「『ノーブル・ディフェンダー』ッ!」
鎖付きナイフを激突させて触手の軌道を逸らしたリゼット。
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