追放された技術士《エンジニア》は破壊の天才です~仲間の武器は『直して』超強化! 敵の武器は『壊す』けどいいよね?~

いちまる

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帝国鉄道と魔獣少女

猛追

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 クリスと目が合った彼女が、何かを呟いた気がした。
 だが、既に彼はマガツから目を逸らし、マードック夫妻に向かって叫んだ。

「ラルフさん、シェリーさん――屈んでっ!」

 彼の声が客車中に響くか響かないかのうちに、クリスはもう一度窓の外を見た。
 遠くにはもう、マガツはいなかった。
 ――代わりに、彼女は窓のすぐそばまで並行し、触手をこちらに伸ばしてきていた。

「わああああっ!?」
「きゃああ!」

 銀の鋼の触手は窓を、客車の壁を貫通し、たちまちクリスがいる場所より後ろを粉々に砕いてしまった。ひどく歪で、線路に残骸が散ってゆく中、それは現れた。

「……マガツ……!」

 虚ろな瞳でクリスを睨むのは、やはりマガツだった。
 樹の幹にへばりつくように、寄生する虫のように、彼女は四つの触手で汽車にしがみついていた。しかもすごい重量なのか、強固な汽車がみしみしと悲鳴を上げている。
 その気になれば、彼女はたちまち乗客と汽車を破壊し尽くすだろう。

「二人とも、座席の陰に隠れていてください。皆も、指示があるまで動かないで!」

 悲鳴とパニックに包まれた客車が、クリスの一言で静かになった。マードック夫妻も他の客と同様に、座席の陰に隠れたが、誰もがひどく恐怖で震えていた。
 クリスは心配する一方で、マガツから目を離せなかった。彼女は今、無表情の中に、隠しきれないほどの怒気を放っていたからだ。

「逃げたね、スサノヲ。私から逃げた……どうやって、逃げたの?」
「教えられないかな。俺を思ってくれる子が、助けてくれたとだけは言っておくよ」
「スサノヲは目を離すと逃げると分かった。私はもう、二度とスサノヲを逃がすつもりはない。だから……」

 マガツは二本の触手を客車から引き抜き、陽の光でぎらつかせながら言った。

「今度は、手と足を斬り落とす。止血はしてあげるから、安心して」
「遠慮するよ」

 クリスもまた、『焔』を構えて答えた。

「それよりも早く、絶対に、俺は君の中のマガツを救う。君があの子を解放してくれるなら、俺は何もしない。けど、まだマガツを苦しめるなら……俺は、君を解体する」

 瞳を細めたマガツと、一対のツールを構えるクリスが向き合った。
 前者は汽車を人間もろとも完全に破壊し尽くしてしまえばそれで終わりだが、後者は違う。一定の時間までに汽車を破壊されれば逃げ切れないし、乗客を殺させるわけにはいかない。制限は、クリスの方がずっと多い。

(破壊された客車に人がいなかったのが幸いとはいえ、移動する汽車の中での戦闘だ。誰も傷つけないように、なおかつマガツの追跡を振り切らないと!)

 汗の流れる拳をぐっと握りしめた時、クリスの背後で声がした。

「な、ななな……なんじゃこりゃあ!?」

 駅員より少し格調高い衣服を身に纏い、顎が外れるほど叫んだのは、汽車の車掌だ。
 耳をつんざくほどの大声以外は、彼の存在はクリスにとって好都合だった。

「車掌さん、ちょうどいいところに! お願いしたいことが――」

 しかし、マガツにとって、もはや彼以外の声は耳障り以外の何物でもなかった。

「人間は邪魔。先に殺す」

 言うが早いか、マガツは触手をマードック夫妻めがけて振り下ろした。

「それはダメっ!?」

 クリスは車掌に向けていた意識をたちまちマガツへと戻し、触手をツールではじいた。
 二振りの『焔』を接続した高熱溶断剣『爆炎剣』は、触手をやはり解体できなかった。だが、攻撃の軌道を逸らすような反撃は、触手が突き刺す相手を夫妻ではなく、近くの壁へと移し替えることはできた。

「触手の解体はできないけど、熱を帯びた刃ならはじける! マガツ、勝負だ!」
「……小癪……!」

 攻撃を防がれると思っていなかったのか、マガツは二本の触手を壁に串刺しにして、宙に浮きながら、クリスに残った鋼の腕で猛攻を仕掛けてきた。
 クリスとしても、マガツの目にも留まらぬ猛攻をすべてさばき切るのは至難の業だ。それでも、彼女を煽り立て、乗客を無視させたのには確かな価値があった。

(よし、マガツの意識をこっちに向けられた! あとは……)

 客室の壁が吹き飛び、窓が粉々に割れ、悲鳴が飛び交う。
 床に穴が開いたところで、未だに茫然としている車掌に向かって、クリスが叫んだ。

「ちょっと質問があります! 次の駅にはあとどれくらいで着きますか!?」

 はじかれた触手が、車掌の右頬を掠めた時、やっと彼は我に返った。

「お、おおまかだが、あと五分くらいだ!」
「この汽車には動力通信機がありますか!? グルーナに車庫は……この、ちょっと邪魔だ! グルーナに車庫はありますか!?」
「どっちもあるぞ!? でも、それが一体……!?」

 客車が原形を留めないさまになりゆく最中、クリスは触手と鍔迫り合って言った。

「お願いがあります、車掌さん! 乗客をここの一つ手前の客車に集めてください!」
「ぜ、全員……!?」
「全員です! それが済んだら、グルーナに通信を入れてください! 救助連絡と一緒に、線路を車庫に入れる方に切り替えて、駅に誰も人がいない状況を作ってほしいって! そしたら次の駅に停まらずに、そのままグルーナまで行きます!」
「おいおい、そんな無茶苦茶な……!」

 車掌は小便を漏らしそうなほど焦っていたが、クリスはもう、お構いなしだ。
 彼自身気づいていないが、数人の乗客を誰一人欠けさせないと覚悟した彼の顔は、修羅の形相だ。事実、クリスは今、完全にマガツの攻撃をいなしている。
 それこそ、マガツが少しばかり圧されるほどに。

「乗客は誰も死なせません! 約束します、でりゃあっ!」

 そしてとうとう、クリスの両腕から放たれたツールによる突きが、マガツに直撃した。
 表情をまるで歪めなかった彼女だが、肉体には確かな衝撃があった。そしてクリスが思い切り蹴りを叩き込むと、とうとうマガツの体がぐらりと揺れた。
 触手だけでは自重を支えきれなかったのか、マガツは客車から落下した。線路に激突し、あっという間に彼女は遠く見えなくなってしまった。
 ひとまず危機が去ったのを目の当たりにして、車掌もようやく冷静になったようだ。

「……わ、分かった! 皆さん、慌てずにこっちの車両に避難してください!」
「車掌さんと運転士さんも、客車に逃げてくださいねーっ!」

 彼の言葉と手に従って、今が唯一の機会とばかりに、乗客が一斉に奥に駆けて行った。
 老若男女問わず、どたどたと奥の客車に逃げていく中、マードック夫妻が立ち止まった。二人はさっきよりずっと生傷だらけになったクリスを、不安げに見つめた。

「クリス君……」
「坊ちゃん、無茶しないで……!」

 優しく頬を撫でる二人に、クリスは笑顔で応えた。

「心配ありません。俺が必ず、皆さんの命を守ります!」

 本当は、うまくできるか分からない。
 そんな不安を心の中に押し隠し、彼は夫妻が奥に逃げ切るまで、笑顔のままでいた。
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