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帝国鉄道と魔獣少女
ペンティマ、小さな出会い
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ここはホープ・タウンから遠く離れた街、ペンティマ。
周辺を荒原と洞穴の多い危険地帯に囲まれたここは、かつて何もない場所だった。そこに街を発展させる要因となったのは、帝国鉄道の路線だ。
駅を設置し、帝都や港町までの路線を敷くと、おのずと人が集まり、街となった。とはいえ、住みづらい地域性と街全体の貧しさが顕著で、あくまで駅があるだけの、寂れた地域と言ってもいいだろう。
ここに来るとすれば、街そのものに用があるか、どこかから逃げてきた訳アリだけだ。
「着いた……鉄道駅、ペンティマだ……」
そして、駅を囲う柵から身を乗り出したクリスは、間違いなく後者だ。
あれからどうにかして洞窟を脱出した彼は、近くの高場に上り、このペンティマを見つけた。そして傷む体に鞭打ち、どうにかここまでやってきたのだ。
(洞窟からここまで、さほど離れてなくて良かったよ。マガツが気付くかとも思ったけど、きっと逆方向のダンジョンに行ったのかもしれないな)
幸運にも、マガツに補足された様子はなかった。もしも彼女がクリスの逃亡を察知していたなら、きっと彼はここまで逃げられなかっただろう。
そして同時に、ペンティマにはちょうど汽車が停車していた。汽車の向きからして、間違いなく都市駅グルーナを中継し、ホープ・タウンの駅バリアットに停まる汽車だ。
(うん、汽車が停まってるし、ホープ・タウンのバリアットまでは問題なく戻れそうだ)
自分の運の良さに感謝しながら、クリスは駅の中へと入った。
「ちょっと、そこの君」
ところが、後ろを歩いていた屈強な駅員に、むんずと腕を掴まれてしまった。
「……俺、ですか?」
「そうだよ、君だ。浮浪児がこんなところにいるんじゃない。他のお客さんの邪魔になるんだから、出て行きなさい」
きつい視線が刺さっているのを感じて、クリスは自分の見てくれに気付いた。洞窟から出た時の泥や砂、頬や手足の傷。浮浪児と言われても、おかしくない。
「や、浮浪児じゃなくて、俺は汽車に乗りたくて……」
「帝国鉄道に? 冗談を言うな、そんな一文無しの見てくれで、どうやって乗るというのかね?」
そして駅員の一言で、やっとクリスは、自分が冷静さを欠いていると悟った。
今のクリスは、洞窟からツールを取り出して逃げるのに必死で、ポーチ等の私物をすっかり忘れていたのだ。つまり、クリス・オロックリンは今、貨幣も何も、琴線になるようなアイテムを一つも持っていないのである。
(やばい、やばい! すっかり忘れてた!)
慌てた調子でポケットをまさぐるクリスだが、小銭もちっとも出てこない。
(お金、お金! どこでもいい、ポケットでもポーチの中でも……って、ポーチはここを出た時から持ってなかった……マガツに潰されたのかも……)
そして焦るクリスを待ってやるほど、駅員は寛容でもない。
「どうしたね? 切符代が払えないなら、ここからつまみ出してもいいんだぞ」
「ま、待ってください! エクスペディション・ギルドに連絡を入れてもらえませんか! ローズマリー本部長に話を通してもらえれば、きっと分かってくれます!」
「あいにくだが、こんな小さな駅には『通信機』なんてないな。第一、君みたいなひょろいのが、探索者なわけがないだろう?」
(さ、散々な言われようだなぁ……)
通信機とは、近頃開発されたらしい、遠く離れた相手とも会話できる道具だ。ギルドにはスタッフ用に常備されており、帝都でも普及しているらしいが、ここにはない。ホープ・タウンですらごく一部の富裕層しか持っていないのだから、おかしくはない。
しかも、手を離してはくれたが、駅員は今度は指を鳴らしている。
力ずくでクリスを引きずり出すつもりであるのは、明白だ。
「さて、長話は終わりだ。駅から出て行ってもらうよ」
周囲がざわつく中、とうとうクリスは乗車賃を払うのを諦めた。
(どうする、駅員さんの腰のポーチを解体してお金をくすねるか? それともいっそ、彼を昏倒させて騒ぎになっている間にこっそりと乗車するか……)
他の手段を考えるが、どれも正体がばれた時、エクスペディション・ギルドに迷惑がかかる内容ばかり。しかも、必ず怪我人が出てしまうだろう。
(いやいや、どっちも乱暴すぎるだろ! なるべく穏便に、だけど――)
必死で頭を捻るクリスに、しびれを切らした駅員が手を伸ばした、その時だった。
「――ちょっと、いいかのう?」
かすれた男性の声が、駅員の手を制した。
彼とクリスが振り向いた先には、杖をついた背の低い老人と、その妻らしい女性が立っていた。どちらも裕福そうな格好をしていて、衣服には汚れ一つない。
クリスの知り合いでもない老人は、モノクルを光らせながら二人に近づいてきた。
「……どうされました?」
「その子は、わしらの知り合いじゃよ。そうきつく問い詰めんでやっておくれ」
駅員の目つきは、明らかに老人の言い分を疑っていた。
「ですが、浮浪児が無銭乗車をしようと……」
「ここに切符があるわ。どうぞ、見てやってちょうだい」
しかし、女性が鞄の中から出した切符を手に取って、駅員は小さなため息をついた。
「……確かに。どうぞ、お通りください」
どうやら、女性が出したそれは、紛うことなき本物の切符のようだ。ついでに女性が二人分の切符を見せれば、どんな事情であれ、クリスも立派な乗客というわけだ。
みすぼらしい見た目はともかく、乱暴事は起こしていない。ならば問題ないと判断したのか、駅員はそそくさと仲間達の待合室に戻っていった。
さて、クリスはというと、老人に杖で小突かれながら改札口を通り、汽車の前まで連れてこられた。正直なところ、クリスは老人老婆と本当に面識がなかったし、ここまでしてもらう理由も思い当たらなかった。
「……あの……」
だから直接、老人に聞こうとした。だが、彼の言葉を老人が遮った。
「気にせんでもええ。どうにも困っておったようじゃからの、うちの家内が助けてやってくれと言ったんじゃ。お礼なら、こいつにしてあげてくれんかの」
「またまた、あなたったら。この子を助けたいと言ったのは、あなたでしょうに」
どうやら、二人は偽りない善意から、クリスを助けてくれたようだ。
ありがたい、とクリスは内心感謝しつつ、驚きを隠せなかった。
「ありがとうございます、ええと……」
「わしはラルフ・マードック。妻のシェリーと一緒に古物商をやっとる」
ラルフに紹介され、シェリーは愛らしい笑顔を見せて手を振った。
「坊ちゃん、もしよかったら、中で事情を聞かせてくれないかしら? 見たところ、ただ汽車に乗りたくて駄々をこねていたわけじゃないんでしょう?」
「すまんが、家内は世話焼きでな。まあ、話を賃料だと思って、聞かせてやってくれ」
「は、はい……」
客車の入り口までとんとん、と背中を押されながら、クリスは思った。
(何だろう、この人達。すごく温かくて……悪い人じゃ、なさそうだ)
こうしてクリスは、老夫婦と共に、予定通り客車に乗り込めた。ボロボロの身なりで、周りの目が少し気になった。
だから、いい人だと分かっていても、夫婦と面と向かって座るのは、どうにも落ち着かなかった。
周辺を荒原と洞穴の多い危険地帯に囲まれたここは、かつて何もない場所だった。そこに街を発展させる要因となったのは、帝国鉄道の路線だ。
駅を設置し、帝都や港町までの路線を敷くと、おのずと人が集まり、街となった。とはいえ、住みづらい地域性と街全体の貧しさが顕著で、あくまで駅があるだけの、寂れた地域と言ってもいいだろう。
ここに来るとすれば、街そのものに用があるか、どこかから逃げてきた訳アリだけだ。
「着いた……鉄道駅、ペンティマだ……」
そして、駅を囲う柵から身を乗り出したクリスは、間違いなく後者だ。
あれからどうにかして洞窟を脱出した彼は、近くの高場に上り、このペンティマを見つけた。そして傷む体に鞭打ち、どうにかここまでやってきたのだ。
(洞窟からここまで、さほど離れてなくて良かったよ。マガツが気付くかとも思ったけど、きっと逆方向のダンジョンに行ったのかもしれないな)
幸運にも、マガツに補足された様子はなかった。もしも彼女がクリスの逃亡を察知していたなら、きっと彼はここまで逃げられなかっただろう。
そして同時に、ペンティマにはちょうど汽車が停車していた。汽車の向きからして、間違いなく都市駅グルーナを中継し、ホープ・タウンの駅バリアットに停まる汽車だ。
(うん、汽車が停まってるし、ホープ・タウンのバリアットまでは問題なく戻れそうだ)
自分の運の良さに感謝しながら、クリスは駅の中へと入った。
「ちょっと、そこの君」
ところが、後ろを歩いていた屈強な駅員に、むんずと腕を掴まれてしまった。
「……俺、ですか?」
「そうだよ、君だ。浮浪児がこんなところにいるんじゃない。他のお客さんの邪魔になるんだから、出て行きなさい」
きつい視線が刺さっているのを感じて、クリスは自分の見てくれに気付いた。洞窟から出た時の泥や砂、頬や手足の傷。浮浪児と言われても、おかしくない。
「や、浮浪児じゃなくて、俺は汽車に乗りたくて……」
「帝国鉄道に? 冗談を言うな、そんな一文無しの見てくれで、どうやって乗るというのかね?」
そして駅員の一言で、やっとクリスは、自分が冷静さを欠いていると悟った。
今のクリスは、洞窟からツールを取り出して逃げるのに必死で、ポーチ等の私物をすっかり忘れていたのだ。つまり、クリス・オロックリンは今、貨幣も何も、琴線になるようなアイテムを一つも持っていないのである。
(やばい、やばい! すっかり忘れてた!)
慌てた調子でポケットをまさぐるクリスだが、小銭もちっとも出てこない。
(お金、お金! どこでもいい、ポケットでもポーチの中でも……って、ポーチはここを出た時から持ってなかった……マガツに潰されたのかも……)
そして焦るクリスを待ってやるほど、駅員は寛容でもない。
「どうしたね? 切符代が払えないなら、ここからつまみ出してもいいんだぞ」
「ま、待ってください! エクスペディション・ギルドに連絡を入れてもらえませんか! ローズマリー本部長に話を通してもらえれば、きっと分かってくれます!」
「あいにくだが、こんな小さな駅には『通信機』なんてないな。第一、君みたいなひょろいのが、探索者なわけがないだろう?」
(さ、散々な言われようだなぁ……)
通信機とは、近頃開発されたらしい、遠く離れた相手とも会話できる道具だ。ギルドにはスタッフ用に常備されており、帝都でも普及しているらしいが、ここにはない。ホープ・タウンですらごく一部の富裕層しか持っていないのだから、おかしくはない。
しかも、手を離してはくれたが、駅員は今度は指を鳴らしている。
力ずくでクリスを引きずり出すつもりであるのは、明白だ。
「さて、長話は終わりだ。駅から出て行ってもらうよ」
周囲がざわつく中、とうとうクリスは乗車賃を払うのを諦めた。
(どうする、駅員さんの腰のポーチを解体してお金をくすねるか? それともいっそ、彼を昏倒させて騒ぎになっている間にこっそりと乗車するか……)
他の手段を考えるが、どれも正体がばれた時、エクスペディション・ギルドに迷惑がかかる内容ばかり。しかも、必ず怪我人が出てしまうだろう。
(いやいや、どっちも乱暴すぎるだろ! なるべく穏便に、だけど――)
必死で頭を捻るクリスに、しびれを切らした駅員が手を伸ばした、その時だった。
「――ちょっと、いいかのう?」
かすれた男性の声が、駅員の手を制した。
彼とクリスが振り向いた先には、杖をついた背の低い老人と、その妻らしい女性が立っていた。どちらも裕福そうな格好をしていて、衣服には汚れ一つない。
クリスの知り合いでもない老人は、モノクルを光らせながら二人に近づいてきた。
「……どうされました?」
「その子は、わしらの知り合いじゃよ。そうきつく問い詰めんでやっておくれ」
駅員の目つきは、明らかに老人の言い分を疑っていた。
「ですが、浮浪児が無銭乗車をしようと……」
「ここに切符があるわ。どうぞ、見てやってちょうだい」
しかし、女性が鞄の中から出した切符を手に取って、駅員は小さなため息をついた。
「……確かに。どうぞ、お通りください」
どうやら、女性が出したそれは、紛うことなき本物の切符のようだ。ついでに女性が二人分の切符を見せれば、どんな事情であれ、クリスも立派な乗客というわけだ。
みすぼらしい見た目はともかく、乱暴事は起こしていない。ならば問題ないと判断したのか、駅員はそそくさと仲間達の待合室に戻っていった。
さて、クリスはというと、老人に杖で小突かれながら改札口を通り、汽車の前まで連れてこられた。正直なところ、クリスは老人老婆と本当に面識がなかったし、ここまでしてもらう理由も思い当たらなかった。
「……あの……」
だから直接、老人に聞こうとした。だが、彼の言葉を老人が遮った。
「気にせんでもええ。どうにも困っておったようじゃからの、うちの家内が助けてやってくれと言ったんじゃ。お礼なら、こいつにしてあげてくれんかの」
「またまた、あなたったら。この子を助けたいと言ったのは、あなたでしょうに」
どうやら、二人は偽りない善意から、クリスを助けてくれたようだ。
ありがたい、とクリスは内心感謝しつつ、驚きを隠せなかった。
「ありがとうございます、ええと……」
「わしはラルフ・マードック。妻のシェリーと一緒に古物商をやっとる」
ラルフに紹介され、シェリーは愛らしい笑顔を見せて手を振った。
「坊ちゃん、もしよかったら、中で事情を聞かせてくれないかしら? 見たところ、ただ汽車に乗りたくて駄々をこねていたわけじゃないんでしょう?」
「すまんが、家内は世話焼きでな。まあ、話を賃料だと思って、聞かせてやってくれ」
「は、はい……」
客車の入り口までとんとん、と背中を押されながら、クリスは思った。
(何だろう、この人達。すごく温かくて……悪い人じゃ、なさそうだ)
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