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帝国鉄道と魔獣少女

『帝国鉄道』

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 説明などせずとも、帝国最大の移動手段を、テーブルを囲む全員が知っていた。

「いんぺりある……ろこもおてぃぶ? 何それ?」

 ぽかんと口を開けた、カムナを除いては。
 思わず、ケビン達はずっこけそうになった。
 帝国、ましてや最先端が多く集まるホープ・タウンに住んでいて、インペリアル・ロコモーティブを知らない住人がいるとは思っていなかったのだ。
 とはいえ、彼女はまだ起動して一年も経っていない。それを加味した上で、どうにかずっこけずに済んだリゼットが、服の裾を正しながら言った。

「カムナ、ご存じありませんの? 帝都と西部の港町クルーメル、東部のベルナティオ・アッシャー鉱山を繋ぐ、帝国唯一にして最大の『汽車』ですわ」
「……キシャ?」
「あ、そこからですのね」

 今度こそずっこけたリゼットの代わりに、フレイヤが説明役に名乗り出た。

「汽車というのは、ダンジョンで発掘された『動力石』を消費しながら人を乗せて動く、黒い鉄の塊だ! この石は砕くとエネルギーと一緒に蒸気に似た煙が出るから、蒸気で動く車――蒸気機関車こと汽車、というわけだな!」

 ホープ・タウンを直接横切っているわけではないが、帝国に住む人々にとって、汽車はやや値が張るが貴重な交通手段だ。漆黒の鉄塊が、未知のエネルギーを秘めた石を燃やしながら爆走するさまを一度見て、圧倒される者も多い。
 それに、乗車賃が高いと言っても、空を飛ぶドレイク便に比べればまだ安い。というわけで、多少なりまともな生活を送れる人にとっては、有効な遠征手段に違いないのだ。

「馬車より早いの?」
「同じくらい早いっ! 疲れ知らずで、たくさんの人を運ぶぞっ!」
「ふーん……どんなのかは想像つかないけど、ま、見れば分かるわよね」

 とはいえ、汽車をまったく知らないカムナに説明しようと思えば、半日あっても足りないだろう。
 今はケビンが口元で急かす通り、話を進めるのが先決だ。

「話を戻すよ。『インペリアル・ロコモーティブ』の路線は帝都を跨いで東西に繋がっているけど、その途中で荒原地帯を横切る。人型の魔獣メタリオが特に目撃されてるのは、この小さな駅……ペンティマの近くだね」

 ケビンが羽ペンで指したのは、ホープ・タウンから随分離れた、小さな駅だ。

「ペンティマ? 駅しかないと言っても過言ではない、小さな町ですわよ?」

 地図に記された駅の大きさがその規模を示すのであれば、ペンティマは街そのものが駅と言ってもいいくらいには小さい。他の駅がその三倍くらいのサイズがあるとすれば、街に駅があるというより、駅があるだけ、と言った方がいいだろう。
 しかし、ケビンにとって、ここは紛れもなく無視できない地域であった。

「だからこそ、魔獣にとっては身を隠しやすいのかもしれない。ここには聖騎士団ロイヤルナイツもあまり巡回しないし、ダンジョンもない。近くにはいくつも洞窟があって、見られないように行動するにはうってつけだ」

 実際問題、人型の魔獣を目撃した回数と移動範囲を示す円が一番大きいのは、このペンティマだ。もしかすると、ここに魔獣の隠れ家があるかもしれない。

「こいつを追えば、クリスに会えるってわけね!」
「うむ! 確証はなくとも、手掛かりにはつながるはずだっ!」

 カムナとフレイヤがテーブルを叩き、互いに強く頷いた。

「ここから一番近い駅は、ホープ・タウン南部のバリアットですわ。巨大な駅を中心に街が広がっている都市駅グルーナを中継しますし、そう遠くもありませんわね」
「そういうことなら、カムナちゃん、これを持っていきなさい」

 ローズマリーはポケットをまさぐると、ちょっぴり高級な質感を漂わせる、ギルドの判が押された紙をカムナに渡した。

「……何、このペラい紙?」

 カムナにとってはただのしょぼくれた紙だ。
 だが、ケビンや受付嬢は、紙そのものが金塊であるかのように見つめていた。

「エクスペディション・ギルドが発行してる『特別乗車許可証』よぉ。これさえあれば、無料でバリアットからペンティマまで行けるわぁ」

 あっさりとローズマリーが渡したこの許可証は、カムナ達は知らないが、実はよほどのことがなければ発行されない。発行にもかなり時間がかかるので、恐らく、これはギルド本部長の私物と思っていい。受付嬢達が驚くのも、当然だ。
 ただ、ここでもやはり、カムナは首を傾げていた。

「無料? 汽車って、馬車みたいに乗るのにお金がいるの?」
「当たり前ですわ。駅員から切符を買って……もう、後で説明してあげますわよ」

 呆れるリゼットの隣で、フレイヤがぱん、と手を叩いた。

「とにかく、これで目的地は決まったなっ! 準備をして、向かうとしよう!」

 フレイヤの言葉に、カムナ達もショートコントをやめ、強い決意を秘めた瞳で見つめ合った。ケビンとローズマリーも頷き、往くべき場所を決めた三人は、救出の準備を整えるべくギルドの外へと大股に歩き出した。
 本部の外から大通りに出たリゼットは、カムナの右腕をちらちらと見ていた。

「カムナ、貴女、その腕で戦えますの?」
「クリスの部屋に、あたしの武器のスペアがあるの」

 骨格だけの武骨な掌をひらひらと揺らし、カムナが答えた。

「『高速連射機関銃ガトリングガン』に『散弾銃ショットガン』、『射出錨腕アンカーアーム』のセットを、常に置いてるのよ。つなぎ方は教えてもらったから、右腕は武器に変えてどうにかするわ」

 それだけ言って、カムナは歩く足を速めた。
 フレイヤとリゼットが追いかけるのも、彼女は見ていなかった。
 カムナオイノカミの目に映っているのは、ここにはないもの。自分に来るな、と言い残し、武器アームズを置いて行った主人。
 絶対に許せない。でも、それ以上に助けたい。

(待ってなさいよ、クリス。あたしが絶対に、あんたを助けてみせる!)

 ずんずん、と歩く彼女の瞳は、ギルドに戻った時よりもずっと、熱く燃えていた。
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