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雪山と大鋸の騎士

家族の想い

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「え……?」
「あれを見るんだ、アメノハバキリの胸を……君が穿った傷痕を!」

 フレイヤが目を凝らすと、カムナ達を軽く払いのけるアメノハバキリの胸元には、刺さったままの剣があった。赤い光を伴ってはいるが、敵を封印できなかった剣だ。
 これまでの彼女には、そうとしか見えなかった。だが、今は違う。

「赤く、光っている……まさか……!」

 刃が残ったままの傷痕の周囲が、ひび割れている。そこから赤い光がにじみ出し、ゆっくりと鎧に広がっているのだ。
 クリスを見たフレイヤに、彼は笑顔で頷いて言った。

「カムナ! 剣が刺さっているところに、思い切り蹴りを叩き込んでくれ!」
「オッケー! リゼット、一瞬だけでいいからあたしを透明にしなさい!」

 主の命令を聞いたカムナは、リゼットの返事を聞く前に駆け出した。

「今のわたくしでは、一瞬が限界ですの! それに透明にしてさし上げるのは、クリス様だけ……ああ、もう、借りですわよ!」

 腕が失っただけではなく、満身創痍のカムナが突進しているのだから、とうとうリゼットも普段の関係性を棚に上げた。
 リゼットがナイフの中で力を込めると、カムナの姿が透けた。
 地面に叩きつけられる槍の衝撃波は、半透明になった彼女にはまるで当たらなかった。

『む!? 我が槍が透けて通っただと!?』

 驚きで動きの鈍ったアメノハバキリの前で、カムナは敵の胸元まで跳び上がる。

「くらえ、カムナ・キィィーックッ!」

 そして、姿を現した彼女が、渾身の蹴りを傷痕めがけて繰り出した。
 みしり、と剣がめり込んだ音と、乾いた音が鳴り響いたが、アメノハバキリにダメージが入った様子はなかった。それどころか、カムナを盾で払い飛ばした。
 瓦礫に突っ込んだ二人を見て、アメノハバキリは兜の内側で笑った。

『なんのこれしき! 赤子の駄々で砕けるほど、我の鎧は老いておらん――』

 ところが、だ。
 突然、アメノハバキリの鎧に、みしみしと嫌な音が鳴り響いた。
 怪物が笑うのをやめ、わずかに動揺した次の瞬間――なんと、アメノハバキリの鎧の一部が、炸裂したようにはじけ飛んだのだ。

『――な!? なんじゃ、とおおぉぉぉ!?』

 装甲が爆裂したのを見た怪物は、狂ったように叫んだ。
 先ほどまでの余裕はどこへやら、アメノハバキリは盾を落とし、露出した生々しい青い肉体を掻きむしる。しかも、その生身にすら赤いひびが奔り、怪物の体を内部から焼いているようなのだ。

『ぐ、う、おおぉ……!』
「鎧の内側が、赤くなって……あいつ、痛がってる……!」

 フレイヤだけでなく、瓦礫から顔を出したカムナとリゼットも、アメノハバキリのもだえ苦しむ姿に驚きを隠せなかった。

「さっきまで攻撃しても、全然ダメージが入らなかったのに、どうして!?」
「クリス様、もしや……!」

 もっとも、クリスだけは「予想していた」と言いたげに、歯を見せて笑っていた。

「ああ、その通りだ! フレイヤが突き刺した剣から放たれたエネルギーが、時間をかけてアメノハバキリの全身に行き渡ったんだ!」

 クリスが指さした先には、鎧の中から漏れだす赤い光があった。苦しんでいる怪物からしてみれば、きっと内側から火で炙られているような気分だろう。
 パーティーにとっては喜ばしい出来事だが、フレイヤはまだ、納得がいかなかった。

「どうして……私の命は、まだ途絶えてないのに……?」

 自分の命を込めた一撃が通じなかったのは、折れた剣が証明したはずなのに。
 茫然とするフレイヤの疑問に対する答えは、クリスが知っていた。

「……フレイヤ。君の母さんと兄さんは、きっと君を守った時には、すべての力を使い果たしていなかったんだ。剣にはまだ、家族の想いが残っていたんだよ」
「……家族、の……!」
「君を守りたいっていう優しさが、剣に封印の力として込められてたんだ」

 フレイヤが無意味だと思っていたすべては、何一つとして無意味ではなかった。
 家族が死の間際に残した封印の力は、アメノハバキリを閉じ込めた時にはまだ、完全に使い果たされていなかった。きっと、フレイヤがもう一度敵に立ち向かうことになったなら、再び力になれるよう、エネルギーは残されていたのだ。

「フレイヤ、君のすべてが無意味だったなんて、今でも言うのかい?」

 諦めが次第に希望に変わっていくフレイヤを見て、クリスは微笑んだ。

「俺はそうじゃないって、はっきり言えるよ。君のすべてが、家族との思い出が――これまで俺達と歩んできた道のりが、過ちでも、無意味でもないって!」

 そう言って、クリスは立ち上がった。
 彼の目に映っているのは、不遜な鎧ではなく、全身から発される熱で手負いとなり、武人然とした風体を捨てて敵を刺し潰そうとする怪物だ。

『うぐ、この……若造共が、よくも我の鎧を……!』
「さて、相手もようやく本気を出すみたいだ……解体術、参式『神業かみなり』」

 クリスが『焔』を握り締めると、ツールから熱が迸る音が聞こえた。トツカノツルギを解体した彼の解体術の奥義、究極の炎熱で敵を焼き切る『参式』だ。
 これまでは技が通じなければ、自分にリスクをもたらすだけだと思い、使用しなかった。しかし、攻撃が通じるようになったと確信できる今ならば、話は別だ。

「俺は行くよ、フレイヤ。君は、どうする?」

 仲間に背中で語りかけられ、フレイヤは拳を強く握った。
 正直に言えば、怖かった。自分の罪と向き合うのも、自分よりずっと強い家族を殺めた敵と対峙するのも、考えただけで心臓が潰れそうなほど恐れていた。
 だとしても、今のフレイヤが逃げる理由にも、諦める理由にもならなかった。

(……母上、兄上……父上……ありがとう、ございます)

 気づけば、彼女の拳の上に、の掌が重なっていた。
 誰のものであるかは、問うまでもなかった。
 何をなすべきかも、問いかけるまでもなかった。

(ですが、私は……まだ、そちらには行けません。使命を果たす、その日までは!)

 彼女は分かっていた――騎士たるものが、成し遂げるべき役割を。
 三人の手が風に乗って消えた瞬間、フレイヤは真に握るべきものを掴み、立ち上がった。

「――決まっているとも! 負傷した者が戦っているというのに、一人蹲っているなど、元聖騎士パラディンの恥というものだっ!」

 自身が背負っていた、二つ名の象徴――回転式大鋸『グレイヴ』の柄だ。
 文字通り敵の墓標となる武器アームズを構え、柄を握り締めると、耳をつんざくほどの機械音が鳴り響く。フレイヤの心臓が、チェーンソーの音に共鳴して鼓動する。
 剣は役割を果たした。ならば、次に役目を全うするのは、己の力だ。
 そう気づいたフレイヤの燃える瞳に、もう迷いはなかった。

「フレイヤ……!」
「貴女、やっと……!」

 瓦礫から身を乗り出した二人と、隣に並び立つクリスに、フレイヤは笑顔を見せた。

「皆、待たせたな! 『大鋸のレヴィンズ』――ここに帰還したぞッ!」

 彼らの知る女騎士、フレイヤ・レヴィンズが、ここに蘇ったのだ。
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