追放された技術士《エンジニア》は破壊の天才です~仲間の武器は『直して』超強化! 敵の武器は『壊す』けどいいよね?~

いちまる

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雪山と大鋸の騎士

我が名は。

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 果たして、地面を揺らすほど巨大な二つの氷塊が倒れて、中にいたものが凄まじい音と共に、地面に降り立った。
 見上げるほど大きな体躯は、誰もが予想していた醜悪な怪物とは程遠い外見をしていた。

「巨大な……騎士……!?」

 クリスの言う通り、それはまるで、純白の騎士だった。
 兜から鎧、手にした身の丈ほどもある鉄騎槍と円形の盾、その何もかもが真っ白だった。そうでないところをあげるなら、首元の青いたてがみと、兜の隙間から除く金色の瞳くらいだろうか。
 街に災厄をもたらす存在でなければ、見とれてしまうほど、怪物は美しかった。

「これが、白氷騎の本当の姿なの!? 鋼鉄魔獣ギガ・メタリオじゃなくて!?」

 カムナが唖然として見上げるのを、怪物は睨んだ。

『ふう……幾年ぶりの外の空気も、悪くないのう』

 もう一度漏らした声は、今度は兜の中から聞こえてきた。しかも澄んだ声とは程遠い、老人のようにしゃがれた声だった。

「封印が解けるのに、わざわざ俺達を待っていたのか……!」
『待っていた? 我は呼んでおったのだ、レヴィンズの手の者を。少しでも我の覇気を外に漏らしてやれば、奴らがここにきて、戦いを楽しめると思っておったが……おお!』

 何やら身勝手な理屈を話していた白氷騎は、ふとフレイヤの存在に気付いた。

『その赤い髪! お主、バーンズ・レヴィンズの血筋か!』

 フレイヤは、喋るたびに地面を揺らす怪物を睨み返した。

「……フレイヤ・レヴィンズ。貴様の言う通り、バーンズは私の父だ」
『そうか、そうか。世代も移り変わったか。じゃが、我の読みは合っておったな。我が暴れてやれば、赤髪の者が戦いにはせ参じると思っておったのよ』

 不思議なことに、白氷騎が話している間は、オオカミ達は攻撃してこなかった。
 しかしその一方で、一行を逃がさないと言わんばかりに、ぐるりと取り囲んでもいた。

『ところが、誰も我を封印に来ないではないか。レヴィンズ家の者が、もう街におらぬかと思うてな。憂さ晴らしもかねて、少しばかり我の小走りを向かわせたのだ』
「小走り……使い魔ファミリアか!」
『レヴィンズ家でなくともよい、我を興じさせるほどのつわものがいれば、我も戯れの甲斐があったというものよ。特に今は、レヴィンズ家の末裔だけでなく、その仲間もいるようだからな』

 要するに、怪物は自分のもとに来られるほどの相手を探していた、ただそれだけだった。
 自分と戦えるつわものをおびき出し、洞窟に来るように仕向ける為だけに、ヴィノーの街のどれほどの人が犠牲になったか。

「……戯れだと……!」

 そう考えただけで、フレイヤの体に滾る正義の血が、沸騰してしまいそうだった。

「貴様の好奇心ひとつで、街を襲わせたのか! その為にどれほどの住民が犠牲になったか分かるか! なぜ、封印が解けるのなら、レヴィンズの末裔と戦いたいというのなら、貴様の方から出向いてこなかった!」
『異なことを言うな。我を封じた者の望み通りに、動いてやる義理があるか?』
「ぐっ……!」

 白氷騎の言葉に、フレイヤは唇を噛みしめた。いくら彼女が正義と人道を説いても、相手は人を人とも思わない、本物の怪物なのだ。
 しかも今は、自分を封印した人間が相手だ。卑怯卑劣だと罵ったところで、自分を百年以上閉じ込めてきただろうと言われると、向こうにも復讐の権利がある(だとしても、その行為を許す理由にはまったくならないが)。

『復讐などは、まあ、どうでもよいものだ。大事なのは、我の一部を蹴散らすほどの力を持ったお主らと戦い、首を取り、次のもののふを探すことよ』

 どちらにせよ、強い敵を求める武人然とした怪物に話は通じない。そう思ったクリスは、修理兼戦闘用ツール『焔』を携えたまま、フレイヤの前に出た。

「首を取るなんて、簡単にはさせないよ、白氷騎」

 クリスが名前を呼んだ途端、白氷騎は金色の瞳で彼を見た。
 そして、やけに大げさな素振りで、首を横に振って、言った。

「……お主らはいつも、妙な名前で我を呼ぶな。我の真の名は――『アメノハバキリ』じゃ」
「アメノハバキリ……!?」

 白氷騎の本当の名前を聞いたクリスは、大きく目を見開いた。
 彼は決して、アメノハバキリを名乗る白い鎧と面識があったわけではない。なのに、自分の頭の中で、ある存在とのつながりが、なぜか明確になっていた。
 クリスの頭を過ったのは――イザベラ、もといトツカノツルギだ。ホープ・タウンとギルドを恐怖のどん底に叩き落とした、あの恐ろしい怪物の姿が脳裏に浮かんだ。

「クリス、あいつの名前って、もしかしてイザベラを操ってたあれと……!」
「一つ問いたい! 貴方は、『トツカノツルギ』を知っているのか!?」

 カムナが問いかけるのも無視して、クリスは思わず一歩前に出て、叫んだ。
 アメノハバキリがクリスを睨む目が、きゅっと細くなったように見えた。

『トツカノツルギ……おう、もちろん知っておるとも』

 兜の奥で、それはからからと笑っていた。

『あの女は好かん。自分の手を汚さず、の世界に来た時も、人を統べるなどと言い出しおって、に……む?』

 意味不明な言葉を連ねていたアメノハバキリだったが、ふと、クリスの顔をじっと見つめた。まるでこちらのすべてを見透かすような視線を感じ、クリスは嫌悪感を露にした。

「……なんだ?」

 たっぷり十秒ほど見つめてから、アメノハバキリは洞窟に響くほどの大声をあげた。

『その目、間違いない。お主、なんじゃ、『タカマガハラ』の者か!』
「……は?」

 クリスが、仲間達が呆けるほどの、おかしなことを。
 カムナが初めて会った時に発した言葉。場所を示す言葉。クリスはこれまで何の関係もない事柄だと思っていたが、アメノハバキリは確かに言った。
 このクリス・オロックリンが、タカマガハラにいた、と。
 フレイヤやリゼットはともかく、クリス本人、ひいてはそのタカマガハラに最も関連深いカムナですら、アメノハバキリが何を言っているのかを理解できなかった。特にクリスは、怪物に話を聞きたくても、言葉が口から出てこなかった。

『そうならそうと早く言わんか! てっきりは諦めたかと思うておったが、やれやれ、あの男はまるで懲りん……というより……』

 そのうち、アメノハバキリの口調がおどけた様子から、神妙なものに変わった。

『……なるほど。裏切り者、か』

 そしてまた、彼を珍妙な名前で呼んだ。
 死の間際に絶叫した、トツカノツルギと同じように。

「スサノヲ? クリス、あんたのことを言ってるわけ?」
「多分、そうだ……トツカノツルギも、俺をそう呼んでたから……」

 状況がまるで呑み込めないクリス達だったが、アメノハバキリはもはや、自分が話したいことをすべて話し終えたようだった。
 ――いや、話を無理矢理切り上げた、というべきだろうか。

『お主がいるなら遊びはなしじゃ――話は御仕舞。レヴィンズ諸共、消すとしよう』

 今やアメノハバキリは、槍と盾を持ち上げ、四人を血祭りにあげる気でいた。
 オオカミで囲まれ、逃げられないクリス達の前で醸し出す雰囲気が、百戦錬磨の武人のそれへと変わった。そんな覇気を見せつけられて、まだ呆けているほど、誰も間抜けではない。

「随分と情緒が落ち着きませんのね、このご老人は!」

 リゼットがナイフを、カムナが拳を構える隣で、遂にフレイヤが剣を抜いた。

「クリス君、皆、来るぞ!」

 赤い刃が煌めくのと、白銀の槍が迫るのは、ほぼ同時だった。
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