追放された技術士《エンジニア》は破壊の天才です~仲間の武器は『直して』超強化! 敵の武器は『壊す』けどいいよね?~

いちまる

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雪山と大鋸の騎士

勇気(嘘)をその手に

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 敵を倒す。クリス達はこれまで何度もやってきて、その度に勝利を掴んできた。しかし、今度ばかりはどうにかなるものではないとフレイヤは思っていた。
 カムナとリゼットが椅子に座ると、彼女はこれ以上ないほど大きなため息をついた。

「……できるはずが、ないだろう」

 わがままな子供を諭すように、フレイヤが言った。
「奴を討伐できるものなら、とうの昔にやっている。そんなことができるわけがないから、レヴィンズ家は封印という道を選んだんだ。なぜそれが分からないんだ」
 レヴィンズ家が封印し続けてきたのは、白氷騎が常軌を逸した強さを持っているからだ。事実、フレイヤが幼い頃に見た怪物は、レヴィンズ家が総出でかかっても、三人を歯牙にもかけなかった。
 だから、彼女はあの怪物を倒す相手ではなく、恒久的に封印するべき相手と捉えていた。
 ところが、クリスはふうん、と呟いた後に、フレイヤに問いかけた。

「君の知る誰かが、倒そうとしたのを見たのかい?」

 誰も倒そうとしなかったのか、と挑発していた。少なくとも、そう見えた。
 普段よりもずっと余裕のないフレイヤが、そんな言い分を無視できるはずがなかった。

「――ふざけているのかッ!」

 恐ろしい形相で怒鳴りつけたかと思うと、フレイヤが立ち上がった。

「もうこれしかないんだ、クリス君! 君の優しさは承知しているが、封印術を持つ者も、受け継ぐ者もいないなら、私の死に賭けるしかない! この手段が最善なんだ!」

 彼女の怒りはめったに見られない。聖騎士パラディンとして感情を抑え込む訓練をしていた者の激怒は、まさしく野火のごとく燃え盛っていた。
 フレイヤも冗談半分で死を覚悟している、などと言ったつもりはない。命を投げうってでもできることをすべて成し遂げると言ったのに、最も信頼している相手が死を侮辱するような言葉を口にすれば、怒るなという方が無理な話だ。
 一方、屈強な女騎士が本気で苛立つさまに、カムナですら跳び上がったのに対し、クリスは眉ひとつ動かさなかった。

「俺にとっての最善は、仲間を誰も死なせない手段だ」

 その声を聞いて、フレイヤの表情から、僅かに怒りが消え失せた。
 クリスはおどけていない。はぐらかしてもいない。いたって冷静――というより、心臓が冷えるほど落ち着いているのが、声色だけで分かったからだ。

「もしも君が死ねば白氷騎を永遠に封印できるとしても、それしか手段がないってどこの誰が言っても、俺は他の手段を探し続ける。最後の最後まで、諦めない」

 果たして、クリスが腹の底に秘めているのは、フレイヤ以上の覚悟だった。
 勝てる見込みがなくとも、作戦が潰えても、それでも諦めない強固な意志だ。

「……どうして、そこまで……」
「だって、俺が同じことを言えば、君もこう答えるだろう?」
「――ッ!」

 そう聞いた途端、フレイヤの怒りは霧散した。

「『クリス・オーダー』は、いや、クリス・オロックリンは仲間を見捨てない。君が俺を見捨てず、どんな時だって全身全霊で力になってくれたように、俺も応えてみせる!」

 果たして、クリスに考えなどなかった。あるのはただ、いつもと同じ考えで、仲間を誰一人として失わせない、パーティーの指針と彼の願いだけだ。
 ごくごく当たり前に胸の中に秘めている想いを、フレイヤは知っているつもりだった。初めて会った時も、鋼鉄魔獣ギガ・メタリオと遭遇した時も、彼は死なないと言っていた。言葉通りに帰ってきて、また、仲間も死なせなかった。
 それが当然だというのに、どうして自分は疑っていたのだろうか。
 彼の言葉を、ふざけていると言って一蹴できたのか。

「……倒す手段に、あてはあるのか」

 煙のように怒気が抜けていくフレイヤの前で、クリスは笑った。

「あるよ。全力で敵にぶつかって、ありったけの力をぶつける。これしかないね!」

 カムナも同じように歯を見せて笑ったし、リゼットは頬に指をあてて笑顔を見せた。

「賛成。というか、あたしはそれしか思い浮かばなかったけど?」
「『命は絶やさず在ってこそ、永久に燃やし続けられる』。ラウンドローグ家の家訓ですわ」
「死んでるあんたが言っても、説得力ないわよ」
「茶々を入れないでくださいまし!」

 こんな時ですら口喧嘩をする二人を見て、フレイヤは思った。この三人をヴィノーに連れてきた時点で、自分の言い分など到底通らなかったのだろうと。
 自分をここまで愛してくれた人達が、自分の死に納得するはずがないだろうと。
 呆れたように笑みを浮かべ、フレイヤは小さく頷いた。

「……明日、君達も洞窟までついて来てくれ。どこまで奴に通じるかは分からないが、試してみる価値はあるだろう……白氷騎に、戦いを挑むとしよう」
「よし!」
「そうこなくっちゃ!」

 三人は(喧嘩をしていた二人も含めて)大げさなほどガッツポーズをしてみせた。

「出発は明朝だ。物資は後でバルディに用意させるから、準備を済ませておいてくれ」

 フレイヤはそうとだけ告げて、扉を開けて廊下に出た。
 客室の中からは、クリスがカムナやリゼットの調子を見ると言っていたり、カムナが自分に新たに内蔵された武器を披露したりと、さっきまでの雰囲気が嘘のように和気あいあいとし始めた。死地に赴くというのが、信じられない空気だった。
 おそらく、これが『クリス・オーダー』というパーティーの持ち味なのだ。誰が相手でも気負わず、自分達の繋がりと力があれば勝てると、心の底から信じている。
 扉を閉め、廊下を歩きだしたフレイヤには、三人が羨ましかった。
 真の恐怖と現実を知らないまま、戦いに出向く三人が羨ましかった。

 長い廊下を歩くフレイヤの目は、今までで一番曇っていた。クリスに同伴を許可した時の表情とは真逆で、霧散した怒りの代わりに、覚悟を腹に秘めたようでもあった。
 ただ無言で階段を上り、また長い廊下を歩いた先の重厚な扉の前で、フレイヤは止まった。静かにノックをして扉を開けると、そこにはバルディと、ベッドに寝かされたバーンズがいた。
 首元や手首、胸にチューブを繋がれた男の有様は、やせこけた顔つきと相まって、かつてレヴィンズ家と街を率いた豪傑とは、とても思えなかった。

「フレイヤ様、旦那様は……」

 部屋に入ってきた彼女に、バルディが声をかけた。
 バルディが何を言おうとしたか、フレイヤは察していた。

「分かっている。少し、外してくれないか」

 彼女の冷たい声を聞いて、バルディは頷きだけを返して外に出た。
 バタン、と扉が閉まり、使用人が廊下を歩いて行く音が遠ざかっていくのを聞きながら、フレイヤはバーンズの、窪んだ眼をじっと見つめた。

「父上、貴方は私を心から憎んでいるのでしょう。私にすべてを奪われ、感情のままに追放し、後継者を探し、最期には病に倒れた。その理由となった私が、憎いでしょう」

 父は自分を憎んでいるのだと、フレイヤはずっと思っていた。
 絶縁しても、罵詈雑言をぶつけてもなお、赦されるはずがないと思っていた。

「安心してください、貴方の望みはかないます。レヴィンズのさだめは、私が背負います。父上への、母上への、兄上への罪償いとして――」

 だからフレイヤは、他の誰が何と言おうと、務めだけは果たすつもりだった。

「――私の旅路の果てと共に、何もかもを終わりにしましょう」

 ――死すらも、その務めの中に含まれていた。
 自らが死ぬことで、家族への償いになると、信じて疑わなかった。
 少しの間だけ、父の躯のような顔を見つめていたフレイヤは、部屋の壁に飾られた剣を手に取った。久しく手入れもされていない、古びた剣だが、彼女には確かな価値があった。

「母上の剣をお借りします。この剣に込められた力で、奴を永遠に封印します」

 幼いフレイヤを守った剣を、今まさに、彼女は腰に提げた。
 明日、すべてを終わらせる。
 たとえ、クリス達の優しさを欺き――永遠に恨まれるとしても。
 自分の心に決着をつけるべく、そして自らが背負い続けてきた罪に赦しを得るべく、フレイヤは何も言わずに部屋を出て行った。
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