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雪山と大鋸の騎士
誰もいない街
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それから少しして、フレイヤを含む四人は歩く必要がなくなった。
正確に言うと、移動経路を考える必要すらなくなった。
「まさかクラウディオ山に、こんな長いトロッコの線路があるなんて……」
なぜなら一同は、山を登るトロッコに乗っていたからだ。
普通なら、トロッコが坂道を上るなんてことはない。しかも、誰もレバーを動かしていないのに、この車輪のついた木製の四角い箱は、ひとりでに走っているのだ。
フレイヤ、リゼットと向かい合って座るクリスは、トロッコの中央部に取り付けられた、自分より二回りほど小さい別の木箱に、何かしらの仕掛けがあると思った。そこに取り付けられた煙突のような円形の棒から、煙が出続けているからだ。
「しかも中継地点もあるなんてね。使い込んだ後もある、頑丈なトロッコだ」
「ヴィノーに住む者だけが使う、秘密の線路だ。麓の街に買い物に行くときに用いていたが、今はこうして、私が山を巡回する為の乗り物になっている」
腕を組んだフレイヤの返事に、クリスが反応した。
「巡回……あの怪物が、人を襲っていないか見回っているのかい?」
フレイヤの目が、戦った痕跡の残る三人の手や顔を捉えた。
「……やはり、あれと遭遇したのか」
「知っているんだね、フレイヤ。あれは原生生物か、それとも魔獣なのか、どっちなんだ?」
「分からない。ただ、危険であるのは確かだ」
この山を巡回しているフレイヤが――探索者の中でも屈指の戦闘力を有するフレイヤが危険だと言うのだから、あの怪物は、まともな人が対峙するべき相手ではないのだろう。
カムナとリゼットが息を呑む中、フレイヤは静かに口を開いた。
「氷の体を持ち、砕いても復活する。俊敏で、凶暴な性質を持ち、人間を優先して攻撃する。倒すには火や熱を持った道具をぶつけるしかない。レヴィンズ家ではあれを『使い魔』と呼んでいる……今教えられるのは、これだけだ」
あの怪物が単発的でなく、複数生息し、何かしらの群れとなっているのはクリスにも推測できた。ただ、『使い魔』と呼ばれているのには驚いた。
あれは意志を持った生物でありながら、何者かのサーヴァントにすぎないというわけだ。あんな厄介な怪物の主は何者か、カムナ達も考えたくないと、表情で言っていた。
「使い魔、ね。ってことは、誰かに従ってるってわけよね?」
「主については、街で話す。ここでは常に、奴らの襲撃を警戒しないといけないからな」
トコトコと走るトロッコの外の景色を、フレイヤはそうとだけ言って眺めた。
トロッコの速度は、普通よりもずっと早い。半日どころか、うまくいけば二時間ほどで街に到着できそうなほどの速さだが、気が抜けないのも事実だ。またあの怪物が、いつ追いかけてくるか分からないのだから。
というより、フレイヤが警戒するほど危険な怪物が野放しになっている現状が、リゼットにとってはとても信じられなかった。
「どうして帝都は動きませんの? 聖騎士団に危険性を伝えれば、聖騎士の巡回ルートに加え入れられるはずですわ」
彼女の問いに、フレイヤは首を横に振って答えた。
「奴らが再び動き出したのは、つい二週間ほど前だ。それにもう、申請は済ませた。聖騎士団は入山を選ばずに、山の入口付近の警備を強化したよ」
「どうしてよ!? 聖騎士があいつらを全部ぶっ飛ばせば、万事解決でしょ!?」
「ここは国境付近だ、必要以上の軍事力を投入すれば、周囲の緊張が高まるんだよ」
聖騎士の愚鈍さに苛立つカムナに、クリスが説明した。
「それに今は、ダンジョンの調査や魔獣の討伐が主な仕事だからね。何がいるかも分からない、そもそも国の利益になる保証もない地域に手を煩わせている余裕はないんじゃないかな……あくまで俺の、予測だけどね」
「おおむね正解だ、クリス君。今の聖騎士団は利益を求める王族や貴族の傀儡、うまみのない辺鄙なところに人を割く気など、微塵もないだろう」
呆れたようなフレイヤの口調に、クリスは彼女が聖騎士団を抜けた理由を垣間見た気がした。
世の為人の為と意気込んで入団した組織は、フレイヤの言うことが正しいのなら、間違いなく腐敗していた。所属している者達がどう思っていようと、利権や利益を得られる事態にのみ駆り出され、他の喘ぎ、苦しむ者達は無視する。
山の奥にダンジョンが存在すると言えば、きっと帝都も即座に動いただろう。他国との緊張も無視して、そこから得られる未知の技術をこぞって手に入れようとしただろう。
そんな組織に嫌気がさしたのが退団の理由なら、クリスも納得できた。
「幸い、使い魔は山の外には出ない。ああ、それだけが本当に、幸いだ」
彼女は吐き捨てるように言うと、椅子にもたれかかった。
そうしてカムナとリゼットだけが時折会話を交えるくらいの雰囲気を保ったまま、トロッコは雪山を駆け上がっていった。
幸運にも、途中で使い魔が追いかけてくることも、トロッコが故障して動かなくなるようなトラブルもなかった。カムナが欠伸をするほどには、退屈な道中だった。
そのうち、木々の景色が切り開かれていった。
百本が十本、十本が切り株だけになった時、トロッコがゆっくりと止まった。
「……着いたぞ、ここがヴィノーだ」
簡易的な椅子と線路の終着点だけがあるところで静止したトロッコから、四人は再び雪を踏んで歩きだした。
彼らの目の前に広がる、柵に囲まれたそこは、紛れもなく街だった。家屋があり、屋敷があり、店があり、私設と広場がある。小さいながら、間違いなくそこは街だ。
――そのほぼすべてが、無残に破壊されていなければ、の話だが。
「……うわ……」
「街というより、これでは廃墟ですわ……!」
屋根が潰された程度のところもあれば、もはや家なのか瓦礫の山なのかの判別すらつかないところもある。広場が雪と土が掘り返され、人の雰囲気などまるでない。戦争の跡地だと言われても、三人は信じただろう。
「使い魔の襲撃で、街はこの有様だ。住民は皆、一番近い麓の街に避難した。ここに残っているのは、我々だけだ」
「……聖騎士団が想定しているよりも、危険な状況だね」
フレイヤは頷き、街の一番奥にある大きな屋敷を指さした。
不思議にも、そこだけは被害を免れたようで、荘厳さをそのまま残していた。
「あの屋敷が、私の実家――レヴィンズ家だ。そこで話をするとしよう」
何も言わず、三人はフレイヤの後ろについて行った。
街は小さいのに、その屋敷だけは妙に豪奢だった。周りの建物が軒並み被害を受けてしまい、おんぼろと呼ぶことすらためらわれるような状態になっているのも、一層屋敷の違和感を引き立たせている。
まるでここだけが、何かによって守られているかのようだ。
「フレイヤの実家、随分とでかいわね」
「小さな街の権力者というだけだ。リゼット君の実家ほど大きくはないと思うが?」
「そうですわね。わたくしの実家のお屋敷はギルド本部よりも広くて、お庭は三つ、長い廊下にメイド達がずらっとならんで……」
「はいはい、生前自慢はいいわよ」
会話を交えながら歩いていると、一行はすぐに大きな門の前に着いた。
力を込めたフレイヤが門を押し開けて、中に入ると、これまた門のように重厚な扉があった。彼女はわずかにためらったが、諦めた調子で軽くノックをした。
「――私だ、フレイヤだ」
彼女の声を聞いたのか、誰かが階段を下りてくる音が聞こえた。
正確に言うと、移動経路を考える必要すらなくなった。
「まさかクラウディオ山に、こんな長いトロッコの線路があるなんて……」
なぜなら一同は、山を登るトロッコに乗っていたからだ。
普通なら、トロッコが坂道を上るなんてことはない。しかも、誰もレバーを動かしていないのに、この車輪のついた木製の四角い箱は、ひとりでに走っているのだ。
フレイヤ、リゼットと向かい合って座るクリスは、トロッコの中央部に取り付けられた、自分より二回りほど小さい別の木箱に、何かしらの仕掛けがあると思った。そこに取り付けられた煙突のような円形の棒から、煙が出続けているからだ。
「しかも中継地点もあるなんてね。使い込んだ後もある、頑丈なトロッコだ」
「ヴィノーに住む者だけが使う、秘密の線路だ。麓の街に買い物に行くときに用いていたが、今はこうして、私が山を巡回する為の乗り物になっている」
腕を組んだフレイヤの返事に、クリスが反応した。
「巡回……あの怪物が、人を襲っていないか見回っているのかい?」
フレイヤの目が、戦った痕跡の残る三人の手や顔を捉えた。
「……やはり、あれと遭遇したのか」
「知っているんだね、フレイヤ。あれは原生生物か、それとも魔獣なのか、どっちなんだ?」
「分からない。ただ、危険であるのは確かだ」
この山を巡回しているフレイヤが――探索者の中でも屈指の戦闘力を有するフレイヤが危険だと言うのだから、あの怪物は、まともな人が対峙するべき相手ではないのだろう。
カムナとリゼットが息を呑む中、フレイヤは静かに口を開いた。
「氷の体を持ち、砕いても復活する。俊敏で、凶暴な性質を持ち、人間を優先して攻撃する。倒すには火や熱を持った道具をぶつけるしかない。レヴィンズ家ではあれを『使い魔』と呼んでいる……今教えられるのは、これだけだ」
あの怪物が単発的でなく、複数生息し、何かしらの群れとなっているのはクリスにも推測できた。ただ、『使い魔』と呼ばれているのには驚いた。
あれは意志を持った生物でありながら、何者かのサーヴァントにすぎないというわけだ。あんな厄介な怪物の主は何者か、カムナ達も考えたくないと、表情で言っていた。
「使い魔、ね。ってことは、誰かに従ってるってわけよね?」
「主については、街で話す。ここでは常に、奴らの襲撃を警戒しないといけないからな」
トコトコと走るトロッコの外の景色を、フレイヤはそうとだけ言って眺めた。
トロッコの速度は、普通よりもずっと早い。半日どころか、うまくいけば二時間ほどで街に到着できそうなほどの速さだが、気が抜けないのも事実だ。またあの怪物が、いつ追いかけてくるか分からないのだから。
というより、フレイヤが警戒するほど危険な怪物が野放しになっている現状が、リゼットにとってはとても信じられなかった。
「どうして帝都は動きませんの? 聖騎士団に危険性を伝えれば、聖騎士の巡回ルートに加え入れられるはずですわ」
彼女の問いに、フレイヤは首を横に振って答えた。
「奴らが再び動き出したのは、つい二週間ほど前だ。それにもう、申請は済ませた。聖騎士団は入山を選ばずに、山の入口付近の警備を強化したよ」
「どうしてよ!? 聖騎士があいつらを全部ぶっ飛ばせば、万事解決でしょ!?」
「ここは国境付近だ、必要以上の軍事力を投入すれば、周囲の緊張が高まるんだよ」
聖騎士の愚鈍さに苛立つカムナに、クリスが説明した。
「それに今は、ダンジョンの調査や魔獣の討伐が主な仕事だからね。何がいるかも分からない、そもそも国の利益になる保証もない地域に手を煩わせている余裕はないんじゃないかな……あくまで俺の、予測だけどね」
「おおむね正解だ、クリス君。今の聖騎士団は利益を求める王族や貴族の傀儡、うまみのない辺鄙なところに人を割く気など、微塵もないだろう」
呆れたようなフレイヤの口調に、クリスは彼女が聖騎士団を抜けた理由を垣間見た気がした。
世の為人の為と意気込んで入団した組織は、フレイヤの言うことが正しいのなら、間違いなく腐敗していた。所属している者達がどう思っていようと、利権や利益を得られる事態にのみ駆り出され、他の喘ぎ、苦しむ者達は無視する。
山の奥にダンジョンが存在すると言えば、きっと帝都も即座に動いただろう。他国との緊張も無視して、そこから得られる未知の技術をこぞって手に入れようとしただろう。
そんな組織に嫌気がさしたのが退団の理由なら、クリスも納得できた。
「幸い、使い魔は山の外には出ない。ああ、それだけが本当に、幸いだ」
彼女は吐き捨てるように言うと、椅子にもたれかかった。
そうしてカムナとリゼットだけが時折会話を交えるくらいの雰囲気を保ったまま、トロッコは雪山を駆け上がっていった。
幸運にも、途中で使い魔が追いかけてくることも、トロッコが故障して動かなくなるようなトラブルもなかった。カムナが欠伸をするほどには、退屈な道中だった。
そのうち、木々の景色が切り開かれていった。
百本が十本、十本が切り株だけになった時、トロッコがゆっくりと止まった。
「……着いたぞ、ここがヴィノーだ」
簡易的な椅子と線路の終着点だけがあるところで静止したトロッコから、四人は再び雪を踏んで歩きだした。
彼らの目の前に広がる、柵に囲まれたそこは、紛れもなく街だった。家屋があり、屋敷があり、店があり、私設と広場がある。小さいながら、間違いなくそこは街だ。
――そのほぼすべてが、無残に破壊されていなければ、の話だが。
「……うわ……」
「街というより、これでは廃墟ですわ……!」
屋根が潰された程度のところもあれば、もはや家なのか瓦礫の山なのかの判別すらつかないところもある。広場が雪と土が掘り返され、人の雰囲気などまるでない。戦争の跡地だと言われても、三人は信じただろう。
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「……聖騎士団が想定しているよりも、危険な状況だね」
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まるでここだけが、何かによって守られているかのようだ。
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「そうですわね。わたくしの実家のお屋敷はギルド本部よりも広くて、お庭は三つ、長い廊下にメイド達がずらっとならんで……」
「はいはい、生前自慢はいいわよ」
会話を交えながら歩いていると、一行はすぐに大きな門の前に着いた。
力を込めたフレイヤが門を押し開けて、中に入ると、これまた門のように重厚な扉があった。彼女はわずかにためらったが、諦めた調子で軽くノックをした。
「――私だ、フレイヤだ」
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